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第二十五節「双塔堕つ 襲撃の猛威 世界が揺らいだ日」

~再び闇夜に紛れ~

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 勇と亜月はかろうじて逃げ切る事が出来た。
 しかしデュゼロー達の戦いが終わった訳ではない。

 勇達の窮地を救った井出。
 その彼を討ち倒さんと、今なお輝く刃を奮って追い立てている。
 デュゼロー達の繰り出す斬撃に一切の迷いは無い。

 そんな代々田公園はもはや彼等の戦場だ。
 余りの切断力故に、時には木すらも斬り倒し、大地さえも裂き。
 時には建物の壁に大きな斬痕さえ刻み、戦いの傷を広げていく。

 そうしながら彼等の駆ける速度は並みではない。
 広大な公園にも拘らず、一跳びだけで幾つもの木々を通り抜ける程で。
 例え並の人間が見掛けたとしても、何が通ったのか認識さえ出来ないだろう。

「しつこい……な」

 対する井出は回避の一辺倒。
 反撃すら行わず、逃げを講じ続けるのみ。

 しかしその体はもう既に傷だらけだ。
 至る箇所のスーツに切れ痕が残り、動く度に鮮血が舞い散って。
 手に掴んでいたビジネスバッグも、既に取っ手から先が切れ飛んでいる。

 何せ相手は手練れの三人で、自身を守る武器防具も無い。
 例え井出自身の能力が高くとも、このままでは逃げ切る事すら困難だろう。

 それでも、表情は変わらず澄ましたままで不気味ささえ醸し出していて。
 そんな雰囲気がデュゼロー達の感情を逆撫でし、攻撃の激しさを更に増させる事となる。

「よもや貴様自身が姿を現すなど、夢にも思わなかったあ!! ずっと探していたぞッ!!」

「私は貴方、など……知りませんが」

「抜かせえーッ!!」

 デュゼローにもう先程の冷淡さは微塵も残されていない。
 感情を剥き出しにし、「何が何でも殺す」という意思そのものをぶつけるかのよう。

 イビドとドゥゼナーも同様だ。
 デュゼローの攻撃に合わせ、左右からの攻撃で井出を確実に追い詰めていく。
 その動きはもはや戦友のそれ、昨日今日出会ったばかりの仲間とは到底思えない。
 よほどデュゼローを信用しているのか。
 それとも彼等の技術がそれ程に卓越しているのか。

 いずれにせよ、その三人のコンビネーションを前には反撃の隙すら無い。
 いや、それとも井出には反撃するつもりが無いのか―――

 それを好機と見たのか、それとも策略と見たか。
 デュゼロー達の猛攻は勢いを増すばかりだ。
 まるでその意図さえも力ずくで押し潰すつもりかの様に。



 気付けば、公園をほぼほぼ一周していた。
 そこから出ないのは、井出が人目に付くのを避けたからだろうか。

 だがそれはデュゼロー達にとっては好都合だ。
 街の中に逃げられてしまえば探すのはほぼ不可能となる。
 ビル群という林以上の隠れ場所が周囲にひしめいているのだから。

 それに、を整えるにも適しているのだから。



がくンッ!!



「ッ!?」

 その時、井出の膝に違和感が走る。
 なんと、跳ねさせようとしていた左足に力が入らなかったのだ。

「掛かったッ!! 今だあッ!!」
 
 そう、これこそがデュゼローの張っていた罠。

 井出の左足を執拗に狙い、弱らせて。
 かつ同時に微細な命力を送り込み、動きを阻害させる細工を施す。
 後は機会を狙い、その一瞬に畳み込む為に。

 その機会こそが、今この時。

 たちまちデュゼロー達三人が井出の周囲三方から同時に飛び込んでいく。
 まるで五芒星を描く様に、幹を蹴って力の限りに。

「これで終わりだァーーーッ!!」

夜彩よどる紅華となれェい!!」

 イビドとドゥゼナーの魔剣に強き光が灯る。
 デュゼローに呼応した意思が、これ以上に無い力をもたらしたのだ。

 そしてデュゼローの力はその輝きさえも凌駕する。
 今目の前に現れた好機を掴む為に。
 因縁とも言える相手を屠る為に。



「世界を返してもらうぞッ!! この世界に、神は要らぁんッッッ!!!!!」



 今こそ、その一刀閃を大気に刻み込む。



 だが―――
 




「そんな事は、ありませんよ」





 その時井出の口元に浮かんでいたのは、なんと笑み。
 三つの光刃が迫る中で、不敵な笑みを浮かべていたのである。

「なッ!?」

 それに気付いたのは、目前から迫るデュゼローのみ。
 しかし今更それに気付いた所で、もう遅い。

 何故なら、既に井出はこうなる事を予測していたのだから。

カッッ!!!

 その瞬間、井出の足元が突如として強い光を放つ。
 それも、まるで太陽の如き強烈な輝きを。
 場が真白に包まれてしまう程の。

「「「うおおッ!?」」」

 でもこれはただの光ではない。
 光を強く放つ何かが地面から飛び出したのだ。

 それはなんと、光の網。
 格子を象った、まるで蜘蛛の巣の様な網が瞬時に形成されたのである。

「なんだこりゃあッ!?」
「ふ、不覚ゥ!!」

 ただ、それは殺傷力のある物ではなかった様で。
 触れた者を捕らえて離さない、まさに蜘蛛の糸そのものか。
 たちまちイビドとドゥゼナーが糸に取り付かれ、その動きを塞き止められる事となる。

 一方のデュゼローは辛うじて無事だ。
 寸前で軌道を変え、光の網の範囲から逸れた事によって。

「ちぃ!?」

 とはいえ、その網の役目はもう果たしている。
 相手の身体だけでなく、その意識を捕らえる事で。

 意識を逸らし、気配を見失わせる為に。

「―――どうやら嵌められたのは我々だった様だな」

 そう、これはただの囮に過ぎない。
 井出が逃げる為に講じた二重の罠だったのだ。

 井出は既にこの場にはいない。
 全員の意識が逸れた瞬間を狙って逃げおおせたのだろう。
 命力の気配や血の匂いさえも残さず。
 残っているのは光の網だけで。

「気配は無い、か。 逃がしてしまったな」

 一人無事なデュゼローも、その事実を察してようやく剣を降ろす。

 気配の無い相手を追う事は、例え手練れであろうと無理に等しい。
 言うなれば相手が幽霊になった様なものなのだから。
 それに、人が溢れているこの街では五感や命力波レーダーで探るのも不可能だろう。

「まぁいい。 奴に対してはまだ時間が有る。 今は目の前の大事に備えなくてはな」

 だからこそこうして冷静さを取り戻す事が出来る。
 切り替えが早いのもまた強者故に。
 それだけ、己の使命や目的もハッキリ把握しているのだろう。

 〝今、自分が何をするべきか〟という事もしっかりと。

「お前達、いつまでそうしているつもりだ?」

 まずは目の前で起きている惨状を、と。

 光の網は残り続けている。
 という事はつまり、魔者の二人はなお捕らえられたままな訳で。

「これ外れねェんだ!! クソッ!」
「ぐぅう、一体何なのだこれは!!」

 なおジタバタともがき暴れ、脱出を試みようとする姿が。

 しかしどちらも成果はと言えば皆無。
 トリモチの様に絡み付いた糸がなお二人を縛り続けている。
 むしろ最初よりも複雑に絡み合ってひどい状態だ。

 よく見れば普通の糸と違い、まるで身体に溶け込んでいるかのよう。
 物理的というよりも、存在に絡み付いていると言った方が正しいかもしれない。
 命力で構築されているからだろうか。

「全く、仕方の無い奴等だ」

 そんな動けない彼等の前に、再びデュゼローの魔剣が姿を晒す。
 ただし先程の魔剣と違い、今度は小剣型だが。

ピュンッ!!

 その魔剣が横薙ぎの残光を描けば、それだけで事は終わり。
 瞬時に糸が断裂し、連鎖的に網全てが粉々に砕け散っていく。
 断ち切られた事で存在維持が出来なくなったのだろう。

 たちまち、欠片全てが光の粒子となって大気に消え失せる。
 高濃度の命力が崩れるのと同様にして。

「す、すまねぇ……」

「恩に着る。 だが追わなくて良いのか? 余程の相手なのであろう?」

「ああ。 だが見失った以上、深追いは禁物だ。 計画の綻びを生む訳にもいかんしな。 それに今回の目的も達した。 一旦戻るとしよう」

 どうやらイビドとドゥゼナーは井出が何者かを知らない様で。
 あれ程の執念を見せておきながらの引き様に、揃って首を傾げる姿が。

 ただ、デュゼローの言う事も一理ある。
 それをわからない訳でもない二人だからこそ、今はただ静かに頷くのみ。



 こうしてデュゼロー達もまた、東京の闇夜に消えた。
 一切の騒動を公園の外で起こす事も無く。
 その後は誰も、彼等の姿を見た者は居なかったという。

 ただし、その姿を目撃した者達も居る。
 偶然公園で遭遇したカップル達だ。
 きっと今頃、魔者達を映した画像がインターネット上で拡散されようとしている事だろう。

 でもきっと、デュゼロー達はその事に気が付いている。
 そうでなければ……現代の文化を知らなければ、ここまで来れるはずがないのだから。

 けど、もしかしたら―――



 彼等は敢えて人前に姿を晒したのかもしれない。
 内に秘めた計画を成就する為にも。

 その目的を、まだ誰も知る由は無い。


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