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第二十四節「密林包囲網 切望した過去 闇に紛れ蠢きて」

~堕~

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「はああッ!!」

 勇の魔甲の先端が雑兵の頭部へと撃ち抜かれた。
 激しい衝撃が雑兵の大きな体を跳ね飛ばし、背後に居た者達までをも薙ぎ倒していく。

 魔甲は装備そのものに備えられた命力珠の力によって強度を強化され、防御だけでなく打撃にも使用可能だ。
 その威力は折り紙付きと言える。

「んっぎぃーーー!!」

 アレムグランダを解放して更に速度を増したあずーもまた縦横無尽に暴れ回る。
 二人の猛攻を前に、雑兵達が次々と地に伏していった。

 既に倒れた数は百人をゆうに超え……なおその数は加算されていく。
 だが一向に収まる事の無い彼等の増援は、終わりの見えない戦いを感じさせる程だった。

 勇達の焦りが募りに募る。

 もし全てのオッファノ族がこちらに押し寄せてきていたら?
 このまま命力が尽きたら?
 車両の兵士達は助かったのか?

 様々な想いが駆け巡り、彼等の力にも僅かな影響を及ぼし始めていた。

 ただ王を倒せば済む事……今までずっとそうしてきた。
 だが今は違う。
 王は未だ居場所も姿も形もわからない。
 影すら見えはしない。

 終わりなき戦い……そこで諦めれば……いっそ全てを薙ぎ払ってしまえば……。

 そんな想いが脳裏に過ると……翠星剣が、エスカルオールが、心に反応し光を走らせる。
 それを自我が抑え、再び光を押し込む。
 そんな事が繰り返され、彼等の判断力を鈍らせていった。



 そしてその焦りが……遂にあずーの心を影響を及ぼした。



「ウグッ!! ウッウーーーーーーッ!!」

 見た目はただ戦っている様にしか見えない。
 だがその眼は強く見開かれ、瞳がブレて定まらない様を見せていた。

「あずッ!?」
「終わらないッ!? 終わらないィーーーッ!? アアーーーッ!!」

 焦りが彼女の心を蝕み、更にその力を増させていく。
 既に魔装の命力珠も力尽き、アレムグランダの効力を失ったのにも関わらず。
 彼女の溢れ出る力が魔剣の推進力をも増幅させ、既に目にすら留まらぬ程の速さにまで加速していた。

 通り過ぎる度に、木々が豪風に押され、刻まれていく。



 それは命力の暴走オーバーロード……いつかレンネィが危惧していた彼女の弱点。



「あッがァァァーーーーーー!!」

 その姿はまるで閃光そのもの。
 密集する様に立ち並ぶ木々の合間を、幾多もの光の軌跡が一瞬にして刻み込まれていく。
 正確に、精密に、確実に……敵を斬り裂いていた。
 その動きはまるで冷静に戦っている様にも見える。

 だが明らかに……叫び声を上げるあずーの様子はおかしかったのだ。

「あずゥーーーッ!!」

 勇がそれを知る事が出来たのは感覚鋭化の力があったからこそ。
 彼女の様子に気付いた勇は、いつの間にか彼女を追う様に林を駆け抜けていた。

「んッうゥーーー!! まだ終わらないッ!! のォ!? 福留さンッッッ!?」

 あずーは自分が未だ冷静だと思い込んでいる。
 気付いていないのだ……自身が今、どのような状況下に晒されているのか。

 死の危険に晒されているのか……を。



 ただ、守りたくて。
 ただ、傍に居たくて。
 ただ、想いを寄せたくて。



 その願いにも近い心の在り方が……彼女を叫ばせた。



「終わらせてッ!! 帰ろウッ!! ユウくぅーーーーーーーーンッッッ!!」



 強烈なまでに輝かせた時……彼女の体は空へと高く高く舞い上がる。
 己の命力を翼へと換え、その一扇ぎが彼女を空へと導いたのだ。
 虚ろな彼女の瞳が偽りの勇の姿を映し、光悦な笑みを誘う。

 月下。
 その光に負けぬ輝きを放つ彼女の姿は、神々しさすら纏わせる程だった……。

「あず……」





 だがその一瞬―――
 夜空を斬り裂く無音の一筋が……無情にも彼女の体を貫いたのだった。





「アッ……―――」

 纏っていた光が大気へ溶けていく。
 たちまち揚力を失った体は傾き、そして重力に引かれ落ちていった。

「あずゥゥゥーーーーーーーッッッ!!」

 勇が落下していく彼女の体を追い掛ける様に駆け抜け、その体を跳び上がらせる。
 彼女の体を空中で受け止め……そのまま共に大地へと着地を果たした。

「あずッ!! しっかりしろ!! あずゥ!!」
「う……勇君……ごめん……しくじっちゃった……エホッ……」

 勇の腕に抱き込まれた彼女は、全身をダラリとさせた虚脱状態。
 途端彼女が咳き込むが……血は出ておらず、何かが貫いたあとも見当たらない。
 だが抱き込まれた彼女は苦しそうな表情を浮かべ、青ざめた顔がその苦しさを物語る様であった。

 そんな彼等を包囲していくオッファノ族達。
 勇が彼女を片手で抱きかかえ、剣を突きだすと……彼等も下がり、距離を保ったまま様子を伺う様に佇むのみ。
 恐れか、それとも指示なのか……彼等は何故か手を出してこない。

 しかしそんな事などわかるはずも無く、焦る勇がただ彼等を威嚇し下がらせていた。

「来るなッ!! 近づくなァ!! わぁーーーッ!!」

 四面楚歌……もはや彼に打つ手は残されていない。

 そんな時、二人を囲むオッファノ族達の背後から……一人の大きな影が姿を現した。



 それはウロンド。
 亜月を射った張本人である。



「フジサキユウ どっちだ」
「なっ……!? ぐっ、お、俺だッ!!」

 突然自分の名前を呼ばれ、勇が戸惑いを隠せない。
 だが当のウロンドは厳しい目で睨み付けたまま。
 
「そうか ではおれは うってないのだな フジサキユウを」

 その一言は勇の感情を強く逆撫でさせた。
 あずーを射ったのは彼……そう悟らせるには十分過ぎた。



「じゃあ貴様が……貴様がァーーーーーーッ!!」



 あずーを抱えたまま、勇が飛び掛かる。
 勇の縦一閃。
 ウロンドに向けて刻まれる、闇夜を斬り裂く鋭い斬撃。

 だが力をほとんど残しておらず、また感情を爆発させた勇の力は不完全。
 今の彼の力はウロンドでも対応出来る程度にまで減衰していたのだ。

 ウロンドは手に持つ魔剣を掲げ、勇の斬撃を受け止めたのだった。

「クソオッ!!」



チリッ……チリリッ!!



 魔剣同士が弾き合い、命力の火花が弾け飛ぶ。
 勇は圧し負けまいと必死に力を篭める。
 それに対しウロンドは……仏頂面を浮かべ、彼の瞳に目を合わせていた。

「……いいのか そいつ そのままではしぬ」
「何ッ!? 貴様がやったんだろうがッ!!」
「やった だが さっしょうこうげき ちがう これはどくだ」
「なっ!?」

 なおせめぎ合いが続く中……二人が言葉を交わす。

「いま しょち なおるかもしれない どうする ニンゲン すくうか ころすか」
「どういう……事だッ!?」



ガゴンッ!!



 その瞬間、勇の顎部へとウロンドの太い足からなる蹴り上げが見舞われた。
 激しい衝撃が彼の体を宙に舞わせる。

「げぇふッ!?」

 勢いのまま、あずー共々大地へ転がっていく。
 勇が体を起こし、周りを見回せば……そこは再びオッファノ族達が囲む中央付近。

 暗闇が支配する密林の中……彼等の輝く目だけが彼一身に向けられていた。

「ウ……グッ……!!」

 勇は彼女を抱え上げながら立ち上がるが……状況は何も変わらない。
 リーダーであろうウロンドの合図一つでたちまち周囲の雑兵達が一斉に襲い掛かれば、如何な勇であれど死は免れないだろう。
 勇の心は恐怖に駆られ、それを騙す様にギリリと歯を噛み締める。

 だが、それを理解したのか否か……背が高く、肩幅の大きいウロンドがなお佇み彼を見下ろす。
 その大きな体は、他の者達と比べても一層大きい。
 まるで睨む眼を大きく見せるが如く……闇夜に浮かぶ巨体が勇を威圧し続けていた。

 そんな彼が……静かに口を開く。

「えらべ すくうか ころすか せんたくしがある おまえには」
「な……に……!?」
「えらべ!!」

 一向に攻撃を仕掛けてこないオッファノ族達。
 そして何故か選択を要求する魔剣使いを前に、勇の心が焦りと迷いに惑わされる。

 だが、あずーはまだ死んではいない……助かるかもしれない。



 その可能性が、彼を揺り動かした。



「あずッ……!!」

 その瞬間、勇は全力で飛び出し……北へ、自分達がやってきた道へと引き返す様に駆け抜けたのだった。
 その間もオッファノ族達は追う様子すら見せず、ただじっと彼の行く末を見届けていた。


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