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第二十三節「驚異襲来 過ち識りて 誓いの再決闘」

~剣 魔 去 る~

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 世界は広い。

 一人で回ろうなどと思うものなら幾年、幾十年掛かるだろうか。
 
 未だ知り得ない場所すらあるこの世界で、人はなお謎を求め、世界を探訪する。

 その先に在るのは……真実か、それとも徒労か。





 瀬玲達がモンゴルへと旅立ったその日、彼女達を見送る為に殆どの人員が出払っていた。
 人気ひとけの無くなった事務所を歩く二人の影。
 彼等は誰にも見られる事無く、気付けば事務所のある土地からも姿を消していた。

 その二人とは……剣聖とラクアンツェである。

 敷地内で働くズーダー達の目を盗んで消えた二人。
 ただ、見掛けないだけ。
 そう思っていた彼等がそれに気付いたのは、彼等が消えた翌日の事であった。





「いいのぉ? お別れの挨拶しなくても……」
「あん? んなの必要ねぇだろうがよぉう……どうせすぐ会えるってよォ」

 そう会話を交わす二人が居る場所は、波に削られた岩肌が目立つ海岸沿い。
 荒れた海を前にした二人がその先を見つめ、目的地がある先を見据えていた。

「そう……まぁもしこれで解決するのなら……会えるかどうかもわからないのだけど」
「はん、違いねぇ……だがそうは言うが簡単に解決するとは思えねぇ……だからこそよ、いつも通りでいいんだぁよ……アイツラに関しては特にな。 メンタルが弱すぎんだ、ドライなくらいが丁度いい」



ザザーン……



 しきりに打ち上がる波が時折彼等に飛び掛かり、着込んだ服の生地に小さな染みを作る。
 そんな事に構う事無く……ラクアンツェは「フフッ」と笑い、海の向こうを見据える剣聖を流し目で見つめた。

「随分彼等にご執心ね……以前までの貴方とは思えない位の入れ込み様……」
「へっ……面白い奴等だとは思ってる事には違いねぇけどな」

 なお視線は変える事無く。
 だが、その顔に浮かぶのは優しい微笑み。
 今までに勇達には見せた事の無い、人間らしい笑い方だった。

「なら……察するよりも言葉で伝えた方がいい事だってあるものよ……」

 そう言いながら……ラクアンツェがそっと振り返り、とあるモノを視界に映す。
 そこに在ったのは、長い月日を掛けて波によって削られて出来た岩の壁……。
 湿り気を持ち、黒く染まった岸壁がただ静かにそこに在った。





―――





 翌日。
 突如剣聖達が消えた事に気付いた勇達は街中を探し回った。
 失踪し、帰ってこなかったら……そんな想いが勇の脳裏に巡り、デジャヴを錯覚させる。

 彼はかつて仲良くなった魔者グゥが失踪し、帰ってこなかった事を重ねていたのだ。

 一日掛かりで探し回ったものの……結局彼等の姿は見つかる事無く。
 二人の捜索は早い段階で打ち切られる事となった。
 彼等が類稀なる強者だからこそ、消えて居なくなる訳など無い……という結論からである。

 例えそうであったとしても……勇の気持ちは落ち着く事は無かった。
 「せめて何か残してくれるだけでもいいのに」……そんな考えが頭に思い浮かび、一層彼の心を惑わせていたのだ。

 勇が事務所のデスクに腕を降ろし、顔を埋めてそんな悩みを脳裏に巡らせる。
 そんな彼の姿を周囲に居た者達全員が心配そうに見つめていた。
 彼への精神的な負担がまた回復の妨げになったらどうしたものか……と。

「あの化け物みたいな剣聖さん達がどうにかなる訳ねぇだろ……何悩んでるんだよ?」
「何って……ただ、なんかこう……冷たいよなぁってさ」

 ぶっきらぼうな剣聖がそんな律儀な事をするはずが無いのは勇にもわかっていた。
 色々と相談に乗ってもらっていた事もあった為か、彼はそこがどうやら納得がいかない様だ。

「むしろあの人がここまで貴方達に入れ込む事自体が私にとっては驚きだけどね?」

 昔から剣聖を知るレンネィがそうも言えば説得力も申し分無い。
 彼女の言葉を耳にすると……勇がおもむろに顔を持ち上げ、不満そうな顔を向けた。

「それですよ……ちょっとはこっちの都合にも合わせて欲しいって思う訳ですよぉ」

 堪り兼ねたのか……勇から漏れ出した言葉は、なんて事の無い彼に関する愚痴であった。

「あの人は本当に出会った時からああなんですよぉ……頼っていいのかダメなのかもわからないし、だからと言って構わないと色々横槍入れて来るし……あの人が一番面倒臭いじゃないですかぁ―――」

 出るわ出るわ、今迄に溜まって来た勇の鬱憤が爆発したかの様に放たれていく。
 淡々と彼への不満の言葉が積み重なっていくと、さすがのレンネィ達も苦笑いしながら黙りこくるのみ。

 勇一人のトークショーと化した事務所……黒い感情が小さい部屋に充満していくようだった。



 すると突然、各々が持つタブレットが一斉に鳴り響く。
 それに驚いた勇達がおもむろにタブレットをそれぞれ取り出し始めた。

 各自が取り出し画面を見ると……そこに映っていたのは「画像通話要求:福留晴樹 <共有通話モード>」という文字であった。

「福留さん……なんだろ」

 おもむろに全員がモード了承を行うと……黒い画面がぼやりと輪郭を映し、福留の顔を映し出した。

『みなさんこんにちは……早速ですが、剣聖さん達からの言伝がありましたよ』
「えっ!? 本当ですか!?」

 途端、事務所から喧騒が生まれ……画面越しで福留の笑い声も僅かに聞こえて来る。

『まぁ言伝というか……早い話、こちらを見て頂ければと……きっと驚きますよぉ―――』

 途端、画面がガタリと動き、パソコンのモニターらしき画像が映し出される。
 そこに映った光景を見た時……勇達から思わず「これは……」と声を漏らした。



 パソコンに映っていたのは、海岸の岸壁に刻まれた文字。



 「さきはまかせた」……そう、大きく岩を削る様にして作られた言伝であった。



「剣聖さん……粋な事してくれてんじゃんか……へへっ」
「ああ……何も心配要らなかったんだな……」

 勇はそう零し、笑顔を浮かべる。
 そんな彼を前に、誰しもが「ハハハ」と声を上げて笑い……彼の安心しきった様子に肩の荷を降ろす。

 気付けば……なんて事の無い一日を再び迎えようとしていた。

 



 その日の夜……埼玉西部。
 人里近い山中に、淡く輝く光が木々の隙間を縫って僅かに漏れる。
 強く輝き光を放つ月の下で……蠢く異形の影がのそりと動き、そしてその鋭い目を輝かせていた。



 今その時……その事を勇達が知る由など、有るはずも無かった……。


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