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第二十二節「戦列の条件 託されし絆の真実 目覚めの胎動」

~山を越え見下ろす先はストーンバレー~

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 ウランバートルから北東東へと進んだ先……山中とも言える高原は未だ表層に淡い緑を彩った様子をちらほらと見せており、自然の強さをありのままにしていた。

 1機の大型ヘリコプターが緑を残す山間を進み、上昇しては山頂を越えていく。
 すると機内に乗るモンゴル政府のオブザーバーが下を見る様にと合図を送り、同乗していた瀬玲達がおもむろに小さな窓から機外を眺め見た。



 そこに在ったのは……本部で見たイ・ドゥール族の資料写真と同じ、石畳みを這わせられて作り上げられた建物や床、塀を有する彼等の根城。



 その場所は『あちら側』の木々に囲まれており、戦闘となればそれらが障害となるであろう事から近づくのは容易では無い事を伺わせていた。

「こんな真上に悠々と飛んでて平気なの?」
「問題はありません。 彼等は接触を拒みますが、そういった危害を加えてきた事は一度もありませんので」

 今までにも何度もこの様に飛んだ事があるのだろう……オブザーバーの口から放たれたのは穏やかな口調での一言。
 福留の情報通り、イ・ドゥール族は『こちら側』との接触の一切を断っている様で……特に空を飛ぶヘリコプターに対しての敵対行動は見られる事は無かった。



 特に何の問題も無く偵察飛行を終えたヘリコプターは再び進路を切り返し、一つ山を越えた先にあった広場へと着陸した。
 そこに在ったのは、既に以前より設営されていたイ・ドゥール族監視用の施設。
 彼等はどうやら最初の変容事変により転移してきた様で、そういった対策がこの場所以外にもあるという話は瀬玲達も既に聞き及んでいた事である。
 
 着陸を果たすと、巨大なローターが止まる前に機内から瀬玲達が姿を現す。
 施設へと案内されるが、作戦時間がオブザーバー側の関係で限られていたという事もあり……彼女達は特に必要以上の話を伺う必要は無いと感じたのか、すぐに作戦を決行する事を伝えて各々の準備を始めた。

「私は今まで通りここから連絡をいたしますので、皆さんは十分注意しつつ事に当たってください」
「了解した。 行くぞマヴォ、セリ」
「おうよ!!」
「おっけ」

 目的地へ辿り着くには、比較的低めの山を越えなければならない。
 その場所から歩きで越えて作戦領域へと向かうという事もあり、彼女達がくのは道中での休憩やコンディションの調整を行う事による時間のロスを考慮に入れたからである。



―――



 三人が山肌の露わとなった山道を歩く。

 既に出発してから1時間程……強靭な体を持つ彼等とて一つ山を越えるのは一筋縄ではいかない。
 地域柄と、標高が高いという事もあり……既に真冬と思える様な気温が彼女達を包む。
 寒冷対策は十分ではあったが、それでもなお肌を刺す寒さはその体力を必要以上に奪っていくのだ。
 おまけに先日雨が降ったのだろう、若干の湿り気を持つ岩肌や土が歩みをも邪魔する。

「ごめんなさい、私が居なければもっと早く着けたかもしれないのに」
「気にするな……余計な命力は使わない方がいい。 現地まではこれくらいで丁度良いのだ」
「そうだぜ、気にし過ぎなんだよお前は。 そんなに迷惑掛けたくないと思うなら抱きかかえて登ってやってもいいぜ? 『オヒメサマダッコ』って奴でよぉ!!」
「それは勘弁して……」

 一体どこでそんな言葉を覚えたのか……思い当たる節があるとすればカプロだろう。

 その様に緊張を解すのもまたマヴォの得意とする所。
  「ナッハッハ!!」と大声で笑うマヴォ……それにまんまと乗せられた瀬玲とアージもまた思わず笑い声を上げていた。



 彼女達の緊張が解れた頃……丁度良いタイミングで起伏の上端、山の頂へと辿り着く。
 頂から見下ろした先に見えるのは、先程機内から見えた景色と同じ……イ・ドゥール族の根城。
 現地点からその場所へ至るまでにも相当な距離。
 そこでふと、アージとマヴォが立ち止まり根城へと視線を移した。

「……奴等、気付いているな」
「あぁ、違いねぇ……しかもこれはなんだ……」

 二人が唸る様に食い入る様を前に、瀬玲もその視線の先へと目をやる。
 彼女の目に映るのは数人の魔者達……いずれも木々に隠れるように彼等の前に配置する様を見せつけていた。

「セリ、見えるか?」
「えぇ、今見えるだけでも五……六……八人くらい」

 進化したカッデレータの付与能力によって視力が強化された彼女の目にはハッキリと魔者の蠢く姿が見えていた。
 いずれもまばらに動き、如何にも統制が取れていない様を見せる彼等に……瀬玲も首を傾げ顔をしかめる。

「なんだろう、よくわからない動き……守ろうとしているのはわかるんだけど」
「俺もそれが気になっている……だが、動きに迷いは無いように感じる。 それが作戦なのか、それとも別の意図があるのか……」
「まぁ深く考えても仕方ないけどなぁ」

 マヴォの言う事にも一理を感じたのか、アージが静かに頷く。

「そうだな。 セリ、ここからお前の攻撃は届きそうか?」
「ん……多分届くよ。 空島での感覚から射程は問題無さそう」
「そうか、なら手筈通りに頼む」

 瀬玲が静かに頷く。

 ここへ至る直前、彼等は戦闘になった時の事を考慮し打ち合わせを行っていた。
 話し合い兼斥候としてアージとマヴォが前線へと赴き、瀬玲が後方である現地点の山頂で支援攻撃を行う。
 そんな手筈を立てた彼女達にとっては、事実上この場所が戦闘前の最後の顔合わせと言える。

 そうなったのも彼女に無理をさせる事は出来ないという観点から、前線に出さない為と彼等が考慮した為である。
 それは彼女自身も理解しているからこそ甘んじて受け入れていた。

「何、話し合いさえ済めば何の問題も無かろう」
「そうね……」
「何も心配する事は無い……軽く終わらせて、軽く帰ろう」
「ああ、俺達に掛かれば万事解決よぉ!!」

 相も変わらずの調子の良い言葉を前に、再び瀬玲が笑顔を浮かべる。
 彼等も確信がある訳ではない……ただ、瀬玲という存在が彼等にとっても大事な仲間であるからこそ、彼等は強気を見せて彼女を送り出そうとしているに過ぎないのだ。

 それを知ってか知らずか……少し寂しそうにも見える彼女の笑顔。

「ありがとう二人共……でも私の事は気にしないでいいよ。 援護攻撃はこれでも手慣れたものだし……だからさ―――」

 瀬玲は背負っていたカッデレータを左手に持ち換え、そっと自身の前に掲げると……強気の眼差しを並ぶ二人へと向けた。



「―――軽く終わらせて、軽く帰ろう!」



 アージの言葉を借りた瀬玲の一言を前に、アージとマヴォの口角が不意に上がる。
 そして二人は深く頷くと……そっと振り返り、イ・ドゥール族の根城へと歩き始めた。

 すると……歩くアージが振り返る事無く手を上げ、彼女に言葉を贈る。

「セリ……帰った時に余力があったら、最後に料理の一つでも作ってくれ。 たんと味の濃いやつだ」

 ノシノシと歩き続けながらそんな事を言うアージにマヴォも笑いを隠せない。

「なんだよそれ、兄者……セリを口説いてるのかぁ?」
「そ、そんな訳ではない……決してなッ!?」

 慌てふためきながらマヴォの頭をワシャワシャと掻き毟るアージ。
 離れていく二人のそんな様を遠目で眺める瀬玲は、彼等に聞こえる様な大きな声で言葉を返した。



「私はぁーーー!! 薄味派なのぉーーー!!」



 その後二人にも聞こえない程の小さな笑い声を上げ……彼女は小さくなっていく彼等の背中をじっと見守り続けたのだった。


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