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第二十二節「戦列の条件 託されし絆の真実 目覚めの胎動」

~混ざり合う世界はなおコンフュージョン~

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 気付けば11月。
 大気と共に、隠す事無く世間に公表された空島の一件で過熱した情勢も冷え込み始めていた。
 もっとも、空島があるのは南半球……これから夏の季節ともあり、一目見ようとするヤジウマ達でごった返しヒートアップしていく訳ではあるが……。



 世間が空島で湧き上がっているのを他所に……勇達が次の作戦の打ち合わせを行う為に魔特隊本部へと集合していた。

 見慣れた会議室……壇上の横にある机に平野と笠本が座り、福留を待つ。
 勇達もまた彼がやって来るのを今か今かと待ちながら談笑にふけっていた。



 そんないつもと変わらない風景……だがそこに瀬玲の姿は無い。



 既に全員が彼女の意思を認識しており、それを受け入れたからこそ……彼女に頼ろうと思う者は誰一人として居なかった。

 それは決して彼等が冷たいからという訳ではない。
 先日福留が彼女に伝えた言葉……「戦いを望まない者が戦いから身を引く事は喜ばしい事だ」という考えが、今まで壮絶な戦いを繰り広げてきた勇達にもまた芽生えていたからである。

 死闘を経て、死ぬ事が終着点であってはならない……特に彼女の様に思いやりのある人間であればなおさらだ。
 きっと彼女の様な人間がいずれ人を導くのだろう……それを身近で感じていたからこそ、勇達は彼女の選択を受け入れたのだ。



 予定していた会議時刻へと近づくと……合わせたかの様に廊下から床を突く足音が僅かに響き、その音が徐々に大きくなっていく。



カツーン……カツーン……



 福留がやって来たのだろうと誰しもが思い、彼の登場を部屋の中から伺う様に入口に顔を向ける。
 その時……誰しもが驚き口をあんぐりと開けた様子を見せつけた。



 何故ならそこに現れたのが……瀬玲だったからだ。



「何、私が来ると何か不味かった?」
「い、いや、そういう訳じゃないけど……」

 瀬玲に仲間達の視線が注がれる中……会議室の中へと入って来た彼女は、そのまましれっと会議室に並べられた椅子へと腰を掛ける。
 突然の彼女の登場に皆が声を殺し佇むが……久々の彼女との対面に募る想いもあったのだろう、沈黙を破る様に勇が彼女に声を掛けた。

「その、セリ……空島の事なんだけど―――」
「ん……ごめんなさい、その時は私も言い過ぎた。 反省してる」

 話し掛けた途端の唐突な切り返しと謝罪に驚いた所為か……勇が彼女へ伝えようと心に思い描いていた事が頭から煙の様に消え去り、思わず言葉を詰まらせた。
 
「あ、えっと……元気そうじゃん」
「うん、3週間も休めば元気になるし……そもそも私自身は殆ど動いてないから疲れてなかったけど。 勇こそ聞いてたよりも元気そうだったから安心した」

 「聞いていた」、その言葉を聞いた途端……勇の目がスッと動き、心輝へと向けられる。
 それに気付いた心輝がいじらしい笑顔を浮かべたまま手を小さく上げ、指をチロチロとわざとらしく動かしていた。



 そんなやりとりをする彼等の前に、不意に現れる福留。
 誰しもが瀬玲に気を取られ、足音に気付かなかった様だ。

「皆さんこんにちは……おや、瀬玲さん来ていたのですね」
「えぇ、一応まだ・・魔特隊は辞めてないですし」
「ふむ……そうですか」

 彼女の口から洩れたその言葉は、彼女の気持ちが変わっていない事を暗に示す。
 それに気付いた勇達からは……「彼女は辞めないかもしれない」というもう一つの期待に足る願いが霧散し、胸の奥へと消えていった。
 
 彼女の言葉に福留もまたすぐれない表情を浮かべながらも……そのまま壇上へと上がり会議の準備を始める。
 手際良く会議資料を本部内ネットワークへと情報を移していく様は相変わらずで……間に談笑など挟める間も無く、あっという間に情報をプロジェクターへと表示させた。

「いきなりで申し訳ありませんが、時間が推してまして……手短にさせて頂きますねぇ」

 福留はこうして魔特隊の代表として動き回っているが、これ以外にも私事を含め様々な事を掛け持ちしている。
 彼が忙しい際はこの様に削れる所を削ると自ら公言する……それが彼の処世術である。 

 例えそれが世界を救う仕事であろうと、基本的にやる事は変わらない……それが福留スタイルなのだ。

「先日の空島の件で負った勇君の負傷は、皆さんが思うよりも実は結構重いものでしてねぇ……体調を考慮してチームの編成を変更する事にしました」

 勇の限界を超えた反動による負傷は確かに当初こそ酷かったものの……現状では言う程の怪我は残っておらず、後遺症も無い。
 福留は勇の体調では無く……彼の命力の減少の事を考慮し、それを伏せた上で体調を理由に行動を避けさせたのだろう。
 命力が低下すれば戦闘にも支障が出かねない為、万全を期した結論であった。

「それに伴い、今回受けた依頼は二件となります。 こちらが現地の資料です」

 彼の言葉に合わせる様にプロジェクタが現地の写真と思われる左右に分かれた二つの映像を映し出す。
 そこに映し出されたのはいずれも魔者の姿……一つは山岳部と思われる岩々が並ぶ地域に映る魔者、そして片方は湿地帯と思われる森林の中に潜む魔者の姿。

 山岳地帯に映る魔者は、既存の動物に酷似するような姿ではないが……強いて挙げるならば恐竜のパキケファロサウルスに近いと言えばよいだろうか。
 輪郭は人間に近いが硬そうな表皮を持ち、頭髪を持たず丸みを持った頭部が特徴的な魔者であった。

 森林に映る魔者は、体毛が深く顔付きこそわからないものの……全体的に体付きが大きく、特に太い腕が特徴的なゴリラを彷彿とさせる様な体付き。
 ただし長く縮れた黄土色の体毛はその全容を隠してしまう程に全体を覆う様を見せつけていた。
 
「左の岩山に居る魔者はモンゴル北山岳部の変容地域に現れたイ・ドゥール族といいまして、『こちら側』との接触を頑なに拒絶してきた魔者達です。 今まで戦闘こそありませんでしたが、意思疎通を図る為に協力願いたいという訳で今回の依頼を受ける事になりました」

 画像がスライドし、表示された地図を拡大させると……本来何もないはずの山の中にぽつりと小さな街とも思える石畳みの光景が映りこむ。
 それが彼等、イ・ドゥール族の根城であろう事を彷彿とさせた。

「右の写真は南米のジャングル地帯の変容地域に最近・・現れたオッファノ族という魔者らしく……こちらは凶暴で手が付けられないそうです。 既に近隣地域に住んでいた原住民族のいくつかが被害に遭っており、予断を許さないようです」
「ちょっと待ってください、最近現れたって……!?」

 その時、福留の語りを遮る様に勇が荒げた声を上げた。
 彼が言いたい事が既にわかっていたのか……福留は考えを巡らせる事もなくその質問に答えた。

「はい、そうです……皆さんは空島の件でお気付きになられませんでしたか? 何故空島の様な衛星写真に写る大きな物体が誰にも見つからずに2年間も悠々自適に動けていたのかと」
「それは……」

 空島はその個体の大きさだけでも2キロメートルは誇る全長を持ち、暴風圏は衛星の映像からくっきりと黒く映る程の巨大さを誇っていた。
 現代技術により世界のあらゆる場所を映す事が出来る昨今……2年も空島の様な巨大な物が見つからない訳は無いのだ。

「空島は最近、この世界に転移してきたと思われます。 そしてそれに伴う様に、オッファノ族もまた現れたのでしょうねぇ……時期を察するに今からおおよそ2か月前、つい最近のお話です」

 福留から語られた話を前に、誰しもが動揺の顔を浮かべ静かであった会議室に騒めきを呼ぶ。

 フララジカ……混ざり合う世界。
 それは真っ最中であれど、再び『あちら側』からの転移は無いモノだと思い込んでいたからだ。

「世界の各所に現れた魔者達との争いが落ち着いてきた所で再びこの様に増えてしまった事には実に無念を禁じ得ませんが……起きてしまった以上、我々は今まで通り問題解決をする為に動くしか道はないでしょう」

 福留はそう語り、勇達の動揺を打ち消す。
 放たれた言葉は世間話をする時の様にゆったりとした口調と柔らかい物腰。
 それは彼等の感じていた不安が如何に小さな事であったかを悟らせるに足る、落ち着いた声色であった。


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