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第二十一節「器に乗せた想い 甦る巨島 その空に命を貫きて」
~胸に抱きて、友の記憶~
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剣聖の心配を他所に、勇は確実に前進しながら自分の認識領域を広げていく。
下層へ続く道をひたすら進むが……一向に姿を現す様子を見せない、この島に居るはずの魔者。
いつ現れるもしれない相手に警戒しつつも……全く敵の気配を感じない事に焦りが募る。
「ジョゾウさん、気付いてますか?」
「ヌ? 何をであろうか?」
ジョゾウへ質問をぶつけると、勇の意図に反した反応が返る。
「やっぱりか」、そう誰にも聞こえないような声を漏らし考えを張り巡らせる。
勇は既に剣聖同様、この空間における異質さに若干気付き始めていた。
「魔者の命力の気配が全く感じないんです……それどころか、茶奈やシン達の気配すら感じない。 何かこれは変です」
「ぬう……言われて見れば確かに、余りにも静か過ぎような」
だが先程の通信から察するに、どうやら電波による通信は遮断されていない模様……それに安堵を覚えつつ、勇がインカムに再び触れる。
「皆よく聞いてくれ……この中では命力の波動を感じる事が出来ないみたいだ」
『えっ、そうなんですか?』
どうやら勇以外には気付いた者は居なかった様で、それを聞いた全員が驚きの声を上げていた。
「もし敵が居ても近づくまでは気付かない可能性がある……曲がり角とかに気を付けて行動してくれ」
「もしやすれば他にも『ぎみっくう』があるやもしれぬ……慎重に事を運ぼうぞ」
『ええ、互いに背後にも気を付けて行きましょう』
彼等にそう注意を促すと、そっとインカムから指を離し通話を終える。
先程の別れ道以降、特に目立った事は無かったが……長くうねった道のりが方向感覚を狂わせ、自分達の位置が既にどこを歩いているのかわからなくなっていた。
途端、ゆっくりと歩を緩め足を止めると……ジョゾウもそれに合わせ足を止めた。
「どうしたであるか?」
「少し自分の位置がわからなくなって……現状の状況を確認しましょう」
「うむ、それなら先程から起動させておる『おうとまっぴん』を見てみようぞ」
さすがのジョゾウ、既に電子機器の扱いに関しては勇をも凌駕する程の「羽根前」を披露するかの様にタブレットを素早く立ち上げ、オートマッピング機能を開く。
「さすがジョゾウさん……手馴れてますね。 それあるなら別にマーク付けてこなくても良かった気がしますが……」
「勇殿……物理的な意思表示こそ最も有効的な手段ぞ……たぶれっとぅを見ながら戦闘は出来ぬ故」
もっともな話である。
少なくとも印を付けて移動してきた事に関しては、引き返す際にも目印ともなりタブレットを開く必要は無くなる。
それはいざという時に生死を分けるきっかけともなりうるのだ。
戦場のど真ん中でスマートフォンを弄り上気に耽る者など居るはずも無いのだから。
「そうですね……申し訳ない」
「ハハハ、気にするでない。 それよりも見よ、我々の動いてきた軌道が手に取る様よ」
画面に映し出された図……そこには島の中央を中心に、勇達の軌道が下に向けて大きく外周を回る様に円を描く様に刻まれ、一方入口から分かれた茶奈達の線が逆向きに向かう様にマーカーが移動している。
島の中心を基準に刻まれた二手のマーカーは、上下に向けて螺旋を描いている様であった。
「俺達は島内部の外周を回っていたんだな……」
「左様。 そして考えても見よ……中央に繋がる道は此処に至るまでに有ったであろうか?」
その時、勇は「ハッ」とする。
ジョゾウの言う通り、中央に向けた道は此処に至るまでには存在していなかったのだ。
それはつまり……中央に行かせない為に在る構造だという事を悟らせる。
「つまり、如何にして中央へ向かうかが大事かという事よ。 さすればおのずと目的地へ辿り着けるやもしれぬ。 足跡がある限りその可能性は限りなく高いであろうな」
「そしてそこに……連れ込まれた人達が居る……!!」
勇は考える。
何故乗客達は連れ込まれたのだろうか、と。
魔者であれば、ジョゾウやカプロの様に理解ある者で無い限り、人間に敵意を向ける。
それは殺意となって人を殺すだろう……。
だが、彼等はこうして足跡を残している……勇はそこに疑問を拭えなかった。
「何故なんだ……」
考え込み、顎を抱える。
だが、そんな勇の背後からゆらりと現れる影……細い獲物を携えたその影が、気配も無くその手に持った物を今にも振り下ろさんとしていた。
「勇殿ォ!!」
「えっ!?」
一瞬の出来事だった。
油断を晒す勇の頭上を、紫電の雷光が如き一閃が突き抜けたのだ。
キュイイイイイインッ!!
それはジョゾウの斬撃……新造魔剣『天乃心得』による電光石火の一閃であった。
周囲に大量の血のりが飛び跳ね、その一撃が確実なる一刀であった事を物語る。
勇は慌て振り返り……ジョゾウへ申し訳なさそうな顔を浮かべて頭を下げた。
「あ、ありがとうございますジョゾウさん……」
「間一髪で御座った……あれ程油断なさるなと……あ、ああッ!?」
勇へ小言を放とうとした途端……ジョゾウの目に襲撃者の顔が映りこみ、その小さな瞳をこれ程かという程に大きく見開かせる。
その瞳に映るのは彼にとってとても信じられぬ人物であった。
「お、お主は……ゴゴンではないかあ……ッ!!」
勇を襲おうとしていた者……それはなんと、かつてのジョゾウの友人だったのだ。
「ゴゴンッ!! な、何故だぁ!? 何故お主がぁ!?」
「ガハッ……ウゥ……その声まさかジョゾウか……かような所でお前に出会えるなど……」
倒れたゴゴンの傍へ飛び込む様にジョゾウが駆け寄る。
既に彼の息は荒げ、その命は風前の灯火とも思える程に弱りきっていた。
空かさずジョゾウが彼の体を抱え、自身の命力を彼に送り……その命を生かそうと試みる。
「待っておれゴゴン、今助けようぞ!!」
「ウゥ……何故だ、何故裏切り者の俺を助ける……」
裏切り者と自身を呼ぶゴゴンという男、彼はかつてジョゾウと共に励む若者であった。
しかし、かつての獅堂の一件により多くのカラクラ族の者達が里から離れた……彼もまたその一人であったのだ。
だがそんな事に構う事無くジョゾウはなお彼に命力を送り続ける。
ところが……治るどころか一向に体の温度が失われていくのがわかり、彼の焦りを誘う。
「里を裏切ろうがどうであろうが……ゴゴン、お主が友人である事には何ら変わらぬ!!」
「ジョゾウ……」
必死に訴え声を張り上げるジョゾウ。
無駄だと悟ってしまっているからこそ、その瞳が僅かに潤いを浮かべていた。
「……そうか……こんな俺でも、まだ友と呼んでくれるか……俺を……ウゥウ!!」
「ゴゴンッ!?」
「ハァ……ハァ……なればジョゾウ……人間を選んだお前に伝えねばならぬ事がある……賢人を止めよ……彼等は最早止まらぬ……」
「どういうことよ!?」
その言葉に大きくジョゾウが反応し声を荒げた。
彼の言う「賢人」とはカラクラの里を担う王成らぬ王達の事を指す。
カラクラの里では代々6人の賢人が王を支え、その繁栄を培ってきた。
だが、かの旧王ロゴウの反乱に乗じ……六賢人の内の二人が同様にカラクラの里を去ったのだ。
「彼等はとある者に教えられ……盲進を続けておる……それが世界の為だと言ってはばからぬ……!!」
「ある者……!?」
「そうだ……正体は知らぬ……だが、その『男』は言うたのだと……世界を救う為には、人間か魔者を滅ぼさねばならぬと言うたのだと……!!」
「なんと!?」
「ここに二人が共におる……智将グルウと魁将メズリを止めよ……さもなくば……お前達の未来は……無い……ウゥ!!」
既に虫の息であろうその体を振り絞り訴えるゴゴンの痛々しい姿に……ジョゾウのみならず勇すら静かに佇みながら歯を食いしばっていた。
「ウゥウ……ああ……ジョゾウ……楽しかった……あの頃は……思い出す、今でも……」
「うむ……うむ……」
ゴゴンの焦点の合わなくなっていく目から涙が零れ、目やにに塗れた目元の毛へと染み込んでいく……。
「俺は……お前と……友達で……よか……」
そして、ジョゾウが抱く彼の体から力がスゥーっと抜け落ち……だらりと横たわった。
そんな彼を抱くジョゾウの体が僅かに震え声を殺す。
居た堪れなくなった勇はそっと、そんなジョゾウへと声を掛けた。
「……ジョゾウさん、俺は先に行きます。 彼を労ってあげてください……」
そう言い残し、勇はその場を立ち去っていった。
それが勇に出来る精一杯の彼への心遣いだったのだろう。
今にも泣きそうな程に体を震わせる彼の……男の涙を辱めない為に。
「ゴゴン……お主は最後まで勇敢であった……すまぬ……誠にすまぬ……」
ウオアァァァアーーーーーーッ!!
―――
――
―
かつて、ゴゴンは拙僧と共に戦士の道を歩む者の一人であった。
幼き頃から多くの友人達と共に競い、助け合い、高め合ったものよ。
しかしゴゴンは決して武には長けてはおらんかった。
それ故に、ゴゴンと拙僧との間はどんどんと差が開いていくばかり。
拙僧は力を付け、カラクラ精鋭七人衆の長にまで登り詰めた。
そんな拙僧を、ゴゴンは祝福し、称えてくれた。
多くの者達がひがみ、ねたむ中……拙僧を咎める事は決して無かったのだ。
そんなある日……ゴゴンが身を寄せし智将率いる一派が里からの離反を決めた。
最後のその日、ゴゴンは別れを伝える事も無く里を去ったのだ。
伝えたい事は多く在りもうした。
しかし、それも伝える事無く……彼は空へと還ったのだ。
―
――
―――
「ゴゴンよ、今は静かに眠れ……」
友を斬った事……それはジョゾウの心に強く闇を落とす。
だが、彼の心は最早変わらない。
守らねばならぬ世界がある。
守りたい者が居る。
そして、共に戦いたい者が居る。
例えかつての友を斬ろうとも……前に進まねばならない、そう思ったから。
そして友は言った……「賢人達を止めろ」と。
それは彼が出来る精一杯のジョゾウへの後押し……。
その言葉があったからこそ、紫電の翼は立ち上がり……未来を見つめるのだ。
下層へ続く道をひたすら進むが……一向に姿を現す様子を見せない、この島に居るはずの魔者。
いつ現れるもしれない相手に警戒しつつも……全く敵の気配を感じない事に焦りが募る。
「ジョゾウさん、気付いてますか?」
「ヌ? 何をであろうか?」
ジョゾウへ質問をぶつけると、勇の意図に反した反応が返る。
「やっぱりか」、そう誰にも聞こえないような声を漏らし考えを張り巡らせる。
勇は既に剣聖同様、この空間における異質さに若干気付き始めていた。
「魔者の命力の気配が全く感じないんです……それどころか、茶奈やシン達の気配すら感じない。 何かこれは変です」
「ぬう……言われて見れば確かに、余りにも静か過ぎような」
だが先程の通信から察するに、どうやら電波による通信は遮断されていない模様……それに安堵を覚えつつ、勇がインカムに再び触れる。
「皆よく聞いてくれ……この中では命力の波動を感じる事が出来ないみたいだ」
『えっ、そうなんですか?』
どうやら勇以外には気付いた者は居なかった様で、それを聞いた全員が驚きの声を上げていた。
「もし敵が居ても近づくまでは気付かない可能性がある……曲がり角とかに気を付けて行動してくれ」
「もしやすれば他にも『ぎみっくう』があるやもしれぬ……慎重に事を運ぼうぞ」
『ええ、互いに背後にも気を付けて行きましょう』
彼等にそう注意を促すと、そっとインカムから指を離し通話を終える。
先程の別れ道以降、特に目立った事は無かったが……長くうねった道のりが方向感覚を狂わせ、自分達の位置が既にどこを歩いているのかわからなくなっていた。
途端、ゆっくりと歩を緩め足を止めると……ジョゾウもそれに合わせ足を止めた。
「どうしたであるか?」
「少し自分の位置がわからなくなって……現状の状況を確認しましょう」
「うむ、それなら先程から起動させておる『おうとまっぴん』を見てみようぞ」
さすがのジョゾウ、既に電子機器の扱いに関しては勇をも凌駕する程の「羽根前」を披露するかの様にタブレットを素早く立ち上げ、オートマッピング機能を開く。
「さすがジョゾウさん……手馴れてますね。 それあるなら別にマーク付けてこなくても良かった気がしますが……」
「勇殿……物理的な意思表示こそ最も有効的な手段ぞ……たぶれっとぅを見ながら戦闘は出来ぬ故」
もっともな話である。
少なくとも印を付けて移動してきた事に関しては、引き返す際にも目印ともなりタブレットを開く必要は無くなる。
それはいざという時に生死を分けるきっかけともなりうるのだ。
戦場のど真ん中でスマートフォンを弄り上気に耽る者など居るはずも無いのだから。
「そうですね……申し訳ない」
「ハハハ、気にするでない。 それよりも見よ、我々の動いてきた軌道が手に取る様よ」
画面に映し出された図……そこには島の中央を中心に、勇達の軌道が下に向けて大きく外周を回る様に円を描く様に刻まれ、一方入口から分かれた茶奈達の線が逆向きに向かう様にマーカーが移動している。
島の中心を基準に刻まれた二手のマーカーは、上下に向けて螺旋を描いている様であった。
「俺達は島内部の外周を回っていたんだな……」
「左様。 そして考えても見よ……中央に繋がる道は此処に至るまでに有ったであろうか?」
その時、勇は「ハッ」とする。
ジョゾウの言う通り、中央に向けた道は此処に至るまでには存在していなかったのだ。
それはつまり……中央に行かせない為に在る構造だという事を悟らせる。
「つまり、如何にして中央へ向かうかが大事かという事よ。 さすればおのずと目的地へ辿り着けるやもしれぬ。 足跡がある限りその可能性は限りなく高いであろうな」
「そしてそこに……連れ込まれた人達が居る……!!」
勇は考える。
何故乗客達は連れ込まれたのだろうか、と。
魔者であれば、ジョゾウやカプロの様に理解ある者で無い限り、人間に敵意を向ける。
それは殺意となって人を殺すだろう……。
だが、彼等はこうして足跡を残している……勇はそこに疑問を拭えなかった。
「何故なんだ……」
考え込み、顎を抱える。
だが、そんな勇の背後からゆらりと現れる影……細い獲物を携えたその影が、気配も無くその手に持った物を今にも振り下ろさんとしていた。
「勇殿ォ!!」
「えっ!?」
一瞬の出来事だった。
油断を晒す勇の頭上を、紫電の雷光が如き一閃が突き抜けたのだ。
キュイイイイイインッ!!
それはジョゾウの斬撃……新造魔剣『天乃心得』による電光石火の一閃であった。
周囲に大量の血のりが飛び跳ね、その一撃が確実なる一刀であった事を物語る。
勇は慌て振り返り……ジョゾウへ申し訳なさそうな顔を浮かべて頭を下げた。
「あ、ありがとうございますジョゾウさん……」
「間一髪で御座った……あれ程油断なさるなと……あ、ああッ!?」
勇へ小言を放とうとした途端……ジョゾウの目に襲撃者の顔が映りこみ、その小さな瞳をこれ程かという程に大きく見開かせる。
その瞳に映るのは彼にとってとても信じられぬ人物であった。
「お、お主は……ゴゴンではないかあ……ッ!!」
勇を襲おうとしていた者……それはなんと、かつてのジョゾウの友人だったのだ。
「ゴゴンッ!! な、何故だぁ!? 何故お主がぁ!?」
「ガハッ……ウゥ……その声まさかジョゾウか……かような所でお前に出会えるなど……」
倒れたゴゴンの傍へ飛び込む様にジョゾウが駆け寄る。
既に彼の息は荒げ、その命は風前の灯火とも思える程に弱りきっていた。
空かさずジョゾウが彼の体を抱え、自身の命力を彼に送り……その命を生かそうと試みる。
「待っておれゴゴン、今助けようぞ!!」
「ウゥ……何故だ、何故裏切り者の俺を助ける……」
裏切り者と自身を呼ぶゴゴンという男、彼はかつてジョゾウと共に励む若者であった。
しかし、かつての獅堂の一件により多くのカラクラ族の者達が里から離れた……彼もまたその一人であったのだ。
だがそんな事に構う事無くジョゾウはなお彼に命力を送り続ける。
ところが……治るどころか一向に体の温度が失われていくのがわかり、彼の焦りを誘う。
「里を裏切ろうがどうであろうが……ゴゴン、お主が友人である事には何ら変わらぬ!!」
「ジョゾウ……」
必死に訴え声を張り上げるジョゾウ。
無駄だと悟ってしまっているからこそ、その瞳が僅かに潤いを浮かべていた。
「……そうか……こんな俺でも、まだ友と呼んでくれるか……俺を……ウゥウ!!」
「ゴゴンッ!?」
「ハァ……ハァ……なればジョゾウ……人間を選んだお前に伝えねばならぬ事がある……賢人を止めよ……彼等は最早止まらぬ……」
「どういうことよ!?」
その言葉に大きくジョゾウが反応し声を荒げた。
彼の言う「賢人」とはカラクラの里を担う王成らぬ王達の事を指す。
カラクラの里では代々6人の賢人が王を支え、その繁栄を培ってきた。
だが、かの旧王ロゴウの反乱に乗じ……六賢人の内の二人が同様にカラクラの里を去ったのだ。
「彼等はとある者に教えられ……盲進を続けておる……それが世界の為だと言ってはばからぬ……!!」
「ある者……!?」
「そうだ……正体は知らぬ……だが、その『男』は言うたのだと……世界を救う為には、人間か魔者を滅ぼさねばならぬと言うたのだと……!!」
「なんと!?」
「ここに二人が共におる……智将グルウと魁将メズリを止めよ……さもなくば……お前達の未来は……無い……ウゥ!!」
既に虫の息であろうその体を振り絞り訴えるゴゴンの痛々しい姿に……ジョゾウのみならず勇すら静かに佇みながら歯を食いしばっていた。
「ウゥウ……ああ……ジョゾウ……楽しかった……あの頃は……思い出す、今でも……」
「うむ……うむ……」
ゴゴンの焦点の合わなくなっていく目から涙が零れ、目やにに塗れた目元の毛へと染み込んでいく……。
「俺は……お前と……友達で……よか……」
そして、ジョゾウが抱く彼の体から力がスゥーっと抜け落ち……だらりと横たわった。
そんな彼を抱くジョゾウの体が僅かに震え声を殺す。
居た堪れなくなった勇はそっと、そんなジョゾウへと声を掛けた。
「……ジョゾウさん、俺は先に行きます。 彼を労ってあげてください……」
そう言い残し、勇はその場を立ち去っていった。
それが勇に出来る精一杯の彼への心遣いだったのだろう。
今にも泣きそうな程に体を震わせる彼の……男の涙を辱めない為に。
「ゴゴン……お主は最後まで勇敢であった……すまぬ……誠にすまぬ……」
ウオアァァァアーーーーーーッ!!
―――
――
―
かつて、ゴゴンは拙僧と共に戦士の道を歩む者の一人であった。
幼き頃から多くの友人達と共に競い、助け合い、高め合ったものよ。
しかしゴゴンは決して武には長けてはおらんかった。
それ故に、ゴゴンと拙僧との間はどんどんと差が開いていくばかり。
拙僧は力を付け、カラクラ精鋭七人衆の長にまで登り詰めた。
そんな拙僧を、ゴゴンは祝福し、称えてくれた。
多くの者達がひがみ、ねたむ中……拙僧を咎める事は決して無かったのだ。
そんなある日……ゴゴンが身を寄せし智将率いる一派が里からの離反を決めた。
最後のその日、ゴゴンは別れを伝える事も無く里を去ったのだ。
伝えたい事は多く在りもうした。
しかし、それも伝える事無く……彼は空へと還ったのだ。
―
――
―――
「ゴゴンよ、今は静かに眠れ……」
友を斬った事……それはジョゾウの心に強く闇を落とす。
だが、彼の心は最早変わらない。
守らねばならぬ世界がある。
守りたい者が居る。
そして、共に戦いたい者が居る。
例えかつての友を斬ろうとも……前に進まねばならない、そう思ったから。
そして友は言った……「賢人達を止めろ」と。
それは彼が出来る精一杯のジョゾウへの後押し……。
その言葉があったからこそ、紫電の翼は立ち上がり……未来を見つめるのだ。
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