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第二十節「心よ強く在れ 事実を乗り越え 麗龍招参」

~二人の戦場と戦いの鐘~

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 池上に誘われ付いて行った先に見えたのは、街の一角に構えるビル。
 「倉持くらもちジム」と看板を掲げたその建物は、都内であるが故に小さいながらもボクシングだけでなくエクササイズを目的とした多目的ビルである様を見せていた。

「こっち来てくれ、まずはオーナーに紹介すっからよ」

 池上がビルの入り口である小さなガラス張りの扉を開き中に入っていくと、勇達もそれに続き入口を潜る。

 その先に見えたのは……小さい敷地であるが思った以上に大きな空間。
 その目の前に見えるのはボクシング用のリング、そしてその周りには所狭しと並ぶ練習機器。
 エクササイズジムは恐らく上の階にあるのだろう、壁にはその旨を示す表示が貼られており、小さな階段へと続いていた。

 思ったよりも小綺麗な様相。
 ボクシングジムの汗臭そうなイメージを払拭するには十分過ぎる程に清潔感を醸し出していた。

「オーナー!! スパー相手連れて来た、早速始めるぜぇ!!」

 中に入ると突然池上が歓びを含んだ様な高い声を上げ奥へと速足で歩き始める。
 室内奥に見えるスパーリング用の道具を取りに行くのだろう……真っ先にそこへ向かい、ハイテンションに身を任せて力強く踏み出していく。

 すると、彼とすれ違う様に……別室からオーナーと呼ばれた小太りの大柄な男が頭を掻きながら姿を現した。

 それは以前勇を説得し池上を自重させた当人。

 オーナーが勇へと視線を向けるや否や、「うおっ!?」と小さく声を漏らし驚きの表情で体を跳ねさせる。

「君は確かあの時の!?」
「あ、はい……あの時はどうも……」

 その様はまるで何も事情をしらぬよう。
 そんなオーナーの反応に対し勇が小さく会釈すると、彼もまた返す様に頭を軽く落とす。

 そして頭を上げると……戸惑いの表情で、奥へと歩いていく池上へと振り向いた。

「オ、オイ、コウお前これ……一体どういう……」
「スパー相手だよォ~最適だろォ?」
「最適っておま……ハァ」

 そう応えながらも視線を向けずに道具を集め続ける池上。
 彼の様子を目の当たりにしたオーナーはそれ以上問い掛ける事も無く……。
 視線を勇に戻すと、どこか申し訳なさそうに体をすぼませた。

「あ、私倉持と申しまして、このジムのオーナーやらさせて頂いてますわ。 なんかすまんな……あの時の約束守れんで……」
「あぁ、いや、もう平気ですよ……一応和解はしたんで敵意が無いのはもう前からわかってたから……池上から何か聞いてないんですか?」
「いやぁアイツはそんな事ちっとも……ハァ……」

 池上は思っていた以上に雑な性格なのだろう。
 「またか」と思わせぶりな表情を見せる倉持に苦笑いでやり過ごす勇であった。



 彼等に伝えられるまま、各々がスパーリングの準備を始める。
 上半身はTシャツ一枚、スパーリング用のグローブとヘッドギアを倉持によって備え付けてもらうと……様に成ったような姿を見せた。

「勇さんボクサーみたい」
「なんか緊張するな……」

 グローブを内側からギュっと掴むと……心なしか強くなった様な感覚を覚え、つい拳を「シュシュッ」と突き出す。
 武器の様な感覚というのだろうか、そんな高揚感を感じ無意識の一発……つい命力を込めて振り抜いた。



ヴォウッ!!



 空を切る音を鳴り響かせ、鋭い一振りが力強く振り切られる。
 そんな様子を見た茶奈が座らせた目で勇をジトリと睨み付けた。

「勇さぁん……!!」
「はは……フリだよフリ……」

 その傍らで素振りを見せつけられた倉持はと言えば……その口を大きく開きただ唖然するのみ。
 だがその視線は拳と言うよりも、勇の体そのものを舐める様に見つめている様であった。

「……彼は一体何者なんだ? あの体付き、あの動き、そしてあの突き……一般人とは思えない程に洗練された肉体と動きじゃあないか……まるで格闘技を極めた奴みたいな……」
「言ったろ、最適だってよォ? あ、それとオーナー、余計な詮索は止めてくれよな。 それをしない事が今回のスパーの条件なんだからよォ」
「んな事言われても……気に成らない訳ないじゃあないか……」



 倉持はこのビルのオーナーであり、ボクシングのトレーナーでありながらエクササイズのインストラクターもこなしている。
 それ故に人の肉体に関しては人一倍詳しく、Tシャツ程度の布であれば関係ない程に人の肉体の分析能力を有していた。
 そんな彼が見た勇の体は、通常の人間を基準に考えれば……ひとえに言って、理想形なのである。
 日本人という比較的体付きの小さい種族として持ちうる理想の肉体像……それすらを凌駕する可能性を秘めた彼の肉体は、筋肉を鍛える事を教える者にとっては最高の指標。
 その母体が目の前に居るのだから落ち着かないのは当然であろう。



 池上がスパーリング用グローブを身に着けると、テーピングを巻きつけて固定する。

 そうして双方の準備が出来上がると……互いに向き合う。
 その表情は互いにやる気が見て取れる様にはっきりと鋭い視線を向けていた。

 勇も池上も共に戦いの場に身を置く者……例えそれが如何な戦場を舞台としようと、その意思は変わりない。

「予め言っとくけど、俺はボクシングなんてやった事のないズブの素人だって事くらいは知っといてくれよな?」
「あぁ、まぁあれだ、殴り合い出来りゃそれでいいよォ」
「オイオイ、物騒だな……」

 池上が「イヒヒ」と歯を浮かばせた笑いを見せる。
 その表情を見るからにそれ以上の事は考えていないのだという事がまるわかりだ。

「まあなんも知らんのもあれだからなぁ……とりあえず攻撃は拳のみでな、細かいルールは……3ラウンド、2ダウン制辺りにしておくかぁ」
「わかりました」

 互いがルールを確認するや、池上が我先にとリングロープを掴んで引き込む様にリングへと上がり……それを真似て勇も同様にリングへと乗り上げた。

 初めてのボクシング用リング……四角い正方形に象られロープに囲われたその大きい様で狭い空間は室内を一望出来る程の高さを有している。
 周囲を伺うと死角が無く周囲から丸見えである事に気付き……ギャラリーこそ他に居ないが、そこから生まれ出た妙な緊張感を勇に纏わせた。

「まぁよろしく頼むぜ」

 両拳を突き合わせてそう声を上げると、勇も静かに頷き……両手を構える。
 左肩を前に突き出す様な形で左腕を構えるその姿はボクサーそのもの……まるで隙の無い様子を見せる彼の姿に、池上も途端にやけ顔を抑え真剣な表情で構えた。

「リング中央でお互いの拳を突き合せたら試合開始だ、二人共準備出来たら始めてくれ」

 今にも殴り合いそうな雰囲気に水を差す様に倉持が慌てて声を上げると、互いがゆっくりと前に歩み出し……リング中央でお互いを見合う。



 そして……互いの突き出された拳が……「パンッ」という音と共に突き合わされた。
 それと同時に「カァーン!!」というデジタルの金鳴音が机に置かれた時計から鳴り響く。

 こうして、二人の闘士による戦いの火ぶたが切って落とされたのであった。


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