上 下
543 / 1,197
第二十節「心よ強く在れ 事実を乗り越え 麗龍招参」

~泣き崩れ請いて望む特訓相手~

しおりを挟む
 ショッピングモールから勇の家までの距離は殆ど無いと言っていい程に近い。
 直線距離で言えば僅か1km程しか離れていない。

 だが、その僅か1kmの距離で……こんなトラブルに見舞われるなど、誰しもが思いもよらぬところであろう。





 二人が買い物を済ませ、横断歩道を渡り大通りを越えた時……不意に一人の人影が猛ダッシュで彼等に向かって飛び込んで来た。

 突然の出来事に勇が警戒し、茶奈を守る様に彼女の前に立ち身構える。



ドゴォ!!



 その人影が物凄い勢いで勇へとタックルを仕掛けてきた。

 だが、命力による強化によって強靭な肉体を有している勇の体は地面を踏ん張り、当然の如く微動だにしない。

 それどころか……突撃してきた人物の肩を取り、その力を篭めてその体を抑える。



「ウゥウ……!!」
「うっ!?」



 うめき声にも近いその声を聞いた途端、勇の顔が強張った。



「ウォォォォ……!!」
「なっ!?」



 焦る勇……その人物の体が力強く持ち上がり、その頭を上げた。



「―――……ォォオオああああ藤咲ィイイイ!!」
「ちょ、え、池上!?」

 そう唸るその人物……池上光一であった。
 だがその顔は酷く……まるで泣く寸前の様に歪み涙が滲んでいた。

「やっどォ!! 会えだァ!! ふじさぎぃいいい!!」
「お、おい、何なんだ池上!?」

 ドン引きの茶奈に目も暮れず、遂に泣きべそを掻く様に鼻づまりの声をまき散らす池上は唯ひたすらに勇の名を呼び、その腕を彼の腰へと回して抱き込んでいた。

「お、おい辞めろ!! なんだってんだ!?」
「アアアアアア!!」

 池上と和解した事を聞いていなかった茶奈は彼が何故こうも勇へと必死にしがみついているのかわかる訳も無く。
 声一つ出せず、唖然とその状況を見守る事しか出来なかった。

「いいから落ち着け池上!! 何なんだよ……」
「フグッ……わ、わがったぁ……ズズッ」

 落ち着いたのだろうか……そっと彼を抱き込む腕を緩め……ゆっくり地に足を付けて立ち上がる。
 そんな様子の池上を見た勇は深く息を吐き出し……彼の肩を掴む手をゆっくり離した。

「これァ奇跡だ……頼むぅ、お前の力を貸してくれェ……」
「いいからまずどうしたいのか言えって」
「あのな……俺もうすぐな、日本ランカー2位とやり合う事に成ったんだわ……」
「マジかよ……」

 突然の話に勇も驚きを隠せない様子を見せる。

「でな……相手が相当なハードパンチャーでよぉ……それを想定したスパー相手居ないか探してたんだけどよ……見つからねぇんだ!! 目ぼしいやつは皆試合が控えててよォ……」
「そりゃ残念だったな」
「だからッ!! 藤咲ィ!!」
「ダメだ、諦めろ」
「言う前から拒否るんじゃねぇ!! 俺は諦めねェ!! 藤咲ィーーー!!頼むスパーの相手してくれッ!! 頼むよぉ~~~!!!」

 途端勇の肩を取り、彼の体を揺すり訴える池上……そんな必死の彼を前に、さすがの勇も困り果てて顔をしかめていた。

 もしここで拒否し続ければ、彼はこのまま自宅まで着いてきそうな勢いだからだ。

 家の場所がバレれば連日張り込まれてもおかしくない……変な事はされないだろうが、これからの生活に支障が出る可能性が無きにしも非ず。

 勇は軽く振り向き、心配そうに無言で見つめる茶奈を確認すると……彼女をこれ以上心配させる訳にもいかないと思い、軽く溜息をついた。

「わかった、わかったよ……やるよ。 けど、俺が力になれるかわからないぞ? それと……」
「ほ、本当かっ!?」
「それと、俺の詮索はするな。 何があってもな。 したら俺は帰る」
「わかった!! 余計な詮索はしねぇ!! 俺ァ特訓になるなら何でもいい!!」

 勇の返答に大喜びし跳ねて喜びを露わにする池上……そんな彼を前に茶奈がぼそっと勇に声を掛けた。

「ゆ、勇さん……大丈夫なんですか?」

 そんな言葉に勇も軽い笑みを作り……小声で返す。

「あぁ、こいつは問題無いよ……言ってなかったけど、和解したんだ」
「そうなんですね……でもそういう事じゃなくて、休む事……」
「あ、まぁ、命力使うつもりはないし、平気さ」

 勇がそう促すと……茶奈はどこか腑に落ちない表情を浮かべるも、静かに頷き彼の意思に従う事にした。
 
 こうして二人は池上に誘われるまま、彼の所属するボクシングジムへと足を運ぶ事になったのであった。


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

処理中です...