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第二十節「心よ強く在れ 事実を乗り越え 麗龍招参」

~清掃清潔、歯ブラシとボモイ煮~

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 翌日、早朝6時頃。



「うぅ……んん……あれ……ここは……」

 目を覚ました勇は不意に見慣れない景色を感じ周囲を見渡すが……ふと白い天井のヘコミが目に入り、そこが医務室である事を認識した。
 そのヘコミは、数日前に彼が茶奈に打ち上げられた際に出来たものだ。

「あぁ……俺、剣聖さんにやられたのか……ハハ」

 節々の痛みを感じながらも……十分な休みが取れたのか、すっきりとした感覚でベッドから上体を持ち上げると……大きく腕を伸ばして大きな欠伸を立てた。

「一日寝てたんだな……とりあえず歯でも磨いてくるかな……」

 独り言をぼそぼそと呟きながらベッドから降りると、脱がされ置かれていた靴を履き、ヨタヨタと歩きながら医務室の外へと足を踏み出した。

 向かった先は2階のフロア一角にある共同洗面所。
 そこに着くや真っ先に顔を覗かせると……カプロが先客として歯を磨く姿が目に映った。

「あ、カプロおはよう」
「あっ勇はんおはほうっしゅおはようっす

 歯ブラシを口に咥えながら挨拶を返すカプロに「ハハ」と笑って返すと、勇もその隣へ立つ。

「歯ブラシとかどこにあるんだ?」
「ここッス」

 カプロはそう問われると手馴れた様に屈みこんで洗面所の下に手を伸ばす。
 下の戸棚の扉を開けると、新品の歯ブラシが列挙し勇の目を惹いた。

 その内の一本を手に掴むと……そっと差し出す。
 『デンタロン』と描かれたパッケージのまま差し出された歯ブラシを受け取ると、蓋を剥がし中身を手に取り……足元にあったゴミ箱へとパッケージを捨てる。
 そしてカプロに差し出された歯磨き粉を使い、歯を磨き始めた。

「朝ご飯、ここで食べていくッスよね? 7時過ぎくらいから朝ご飯の時間ッスから食堂来るといいッスよ」
「ああ、わはっはわかった

 そう告げると、カプロは歯ブラシを持ったまま鏡の前でナルシスチックに軽く表情を作り……満足そうな表情を浮かべたまま立ち去っていった。

 先日夕食を食べていない勇の腹は既に栄養を求め静かに音を鳴らしていた。
 安居やすい 料理長の作る料理は食べた事は無いが格別だと聞いていたからこそ、その期待感は空腹感と掛け合わさり大きく膨れ上がる。



―――とはいえ……7時まではまだ時間あるしな……―――



 洗面所に置いてあった時計を覗き込むと……まだ時間は6:20分程度を指している。
 時間はまだまだある様だ。

 「どうするか」そう悩んでいると……ふと、洗面所のシンクの有様に気付く。

 掃除を怠っているのだろうか、僅かに霞む汚れ……水垢が溜まり清潔感を濁していた。



―――掃除してないのか……まぁ業者とか呼べないしな……―――



 ふと、脳裏に現総理である小嶋総理の「ガミガミ」と怒鳴る姿がデフォルメでよぎり……歯を磨くスピードが緩まる。



―――予算とか……あーだこーだと煩そうだしなぁ―――



 歯を磨き終えると……蛇口から流れる水を手ですくい口に含み口内をゆすぐ。
 何度か繰り返し、口の中がすっきりするや否や……「よしっ」と声が響いた。

「折角だし、掃除しておくか」

 そう呟くと、ふと目に入ったシンクの上の棚に置いてある大きめのブラシを手に取り、おもむろにシンクを磨き始めた。



ジャッジャッ!!



 見る見るうちに磨かれた洗面所のシンクから汚れが落ち、光を取り戻していく。



 気付けばシンクからは目立つような汚れが一切消え去り、元の清潔さを取り戻していた。

「出来たばっかだもんな、やっぱり清潔にしておかなきゃダメだよな」

 そっとブラシを棚に戻すと満足そうな顔を浮かべ、シンクの隅々までを改めて舐める様に眺める。
 元々マメに掃除を行う様な性格の勇だからこそであろう……その出来栄えにほんの少し達成感を感じていた。

「よし、これでいいな」

 腰に両手を充て、万遍な笑みを浮かべる。
 そんな彼の居る洗面所に、不意に声が飛び込んだ。

「おっ、勇殿起きたんだなァ」

 突然の声に振り向くと……そこに居るのはマヴォの姿があった。

「あぁマヴォさんおはようございます。 ゆっくり寝れたのか、体調はいい感じですよ」
「女神ちゃんが看病してくれてたもんなぁ、ばっちりだろうよぉ」

 そう言って「ニシシ」と笑うマヴォに勇も笑顔を見せた。

「後で茶奈に礼を言っとかないとな……」
「そうだぜぇ……彼女を大切にしてやってくれよなぁ」

 ノシノシと洗面所前に歩きながら呟くと、その毛むくじゃらの顔を映す鏡をじっと覗き込む。
 そしておもむろに……先程勇が掃除で使ったブラシを手に取ると、そこに共同で使う歯磨き粉を「ブジュウ」と大きくひり出して乗せた。

「あ……それ……」
「あ? なんだぁ?」

 だが既にそのブラシは彼の歯へと充てられ、ゴシゴシと歯を磨き始めていた。

 何の疑いも無く磨かれていくマヴォの口を見て、勇の顔が青ざめていく。

「あ、いや……何でもない、何でもないよ、うん……」
「ほうかぁ」

 勇は引きつった笑顔を作りながら振り返り、その場からぎこちない歩き方で立ち去っていった。



 言わない方が幸せである事もあるものだ。
 後であのブラシを洗浄しておこうと心に誓う勇であった。



―――



 7時にもなると、朝早くにも関わらず住み込み組が食堂へと姿を現し始める。
 特に食に対して執着のあるアンディとナターシャは、始まる前のつまみ食いを求めて30分も前から食堂にやってくる始末だ。



 だが、その日だけはいつもと雰囲気が異なっていた。



「はぁい、アルライ特製のゴダイモのボモイ煮よぉ。 メインの前にどうぞぉ」

 仰々しい名前を挙げて椅子に座る彼等の前に料理を陳列するのはニャラ。
 甘く香ばしい香りが彼等の鼻を突く。

「おほっ!! ボモイ煮ッス!! 食べるの久しぶりッスよぉ!!」
「折角だからぁ、アルライで採れた野菜を持ってきて料理してみたのぉ~」

 椅子から飛び上がり喜びを見せるカプロに、ニャラが嬉しそうな笑顔を見せる。

「めっちゃおいしいッスよ!! 皆も食べてみるッス!!」

 見た目は里芋と根野菜の煮つけ。
 見た目からであれば『こちら側』の料理とあまり変わらないような風貌の料理ではあるが、『あちら側』の者達であれば見慣れた事には変わりないのだろう。
 彼等は抵抗なくそれを口に運んでいた。

「甘いな」
「うむ、甘々に御座る」

 以前勇もアルライの里に訪問した際にこの料理は食べた事があった為、抵抗は無かった。

「これ、命力が尽きた体には結構いいんですよね」
「確かにな、グーヌーにも似た様な料理は存在するぞ。 今度振る舞おうか」
「あらぁ、それも楽しみねぇ~」
「おう、とっとと食わねぇなら俺が全部食っちまうぞ」

 その傍らの厨房でご飯をよそる安居料理長は、その様子をまじまじと見つめていた。

「甘い料理の方が好きなのかネェ……好きならそういう趣向に切り替えるけどもネェ」

 呟きが聞こえたのか、おもむろにアージの言葉が飛ぶ。

「安居殿よ、そんな事はないぞ……貴女の料理はいずれも舌を満足させるものだ。 これからも旨い唐揚げを頼む!!」
「そうかい!? それじゃあしっかり腕を振るわないとネェ!!」

 二人のやり取りを前に皆が笑みを浮かべ、そして続々と出される料理に手を伸ばす。
 そんなアットホームな風景がそこに在り、自然と笑みを誘う。



 そんな彼等の新しい一日がこうして始まりを告げた。


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