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第十八節「策士笑えど 光衣身に纏いて 全てが収束せん」

~雌雄交えし ぶつかる意思と一筋の光~

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「ジェアァァァーーーーー!!」
「うわぁああーーーーーー!?」

 勇にも負けず劣らずのスピードで駆けて来る茶奈から必死に逃げる。
 だが、茶奈が飛び出すとあっという間にその距離を詰め……勇へと飛び掛かった。

「クソォ!!」

 飛び掛かって来た茶奈の両腕を掴み、その勢いのまま彼女を上空へと放り投げる。
 空高く輝く太陽の下へ飛び上がっていく茶奈の体。

 だが茶奈は臆する事無く、空中で一回転、二回転……そして重力に引かれ大地へ手足を使って着地すると……大地を強く蹴り上げ、再び勇へと突撃を開始した。



 そんな攻防を繰り返す内に、徐々にそのやりとりも激化していく。
 次第に勇も命力を使い防御の意味を込めた手刀や平手打ちが目立つ様になり……それに負けず茶奈もまた激しい攻撃を更に強く見舞わせていく。

 そんな二人を追う様にグラウンドへ出てきた心輝達と、釣られて来たカプロとジョゾウ。
 療養中のアージとマヴォも驚きの顔を浮かべて彼等と合流を果たしていた。
 そこに居た者達は皆、目の前の状況をただただ佇み見届ける事しか出来なかった。

「ど、どうするのこれ……誰か止めてよォ!?」
「誰が止められようか……セリ、貴様は自身で止められると思うか!?」
「え、無理」

 アージの一言に間髪入れず瀬玲が手を横に振る。

「この壮大な夫婦喧嘩、どうにかなる訳ないじゃない……」
「んなっ、女神ちゃんはまだ誰とも結婚してねぇ!!」
「ツッコミどころそこかよ!? そもそも二人共まだ付き合ってすらいねぇー!!」

 勇と茶奈のやり取りを前に興奮を隠せない彼等のやり取りもまた別の方向で昂っていくが……心輝の言葉につい我を取り戻したレンネィがキョトンとして呟いた。

「じゃあ何この喧嘩!?」
「え……うーん……なんだろうな」

 強いて言うなれば兄妹喧嘩……?
 そんな激しい二人の攻防……その命名し難い状況を皆は止める術も無い。
 永遠に続くのではないかとすら思えるその状況に誰しもが不安を抱いていた。



 その瞬間、空に一つの光が瞬いた。



 光は筋を作り……争う二人の元へ一直線に飛び込んでいく。





ッドバォォォォーーーーーンッ!!





 光が大地へと落ちた瞬間、地表がぐらぐらと揺れる。
 大きな土煙が舞い上がり、その周囲の視線を遮った。

「んなっあああ!?」
「うおお!?」
「あっ……くっ、あ、あれはまさか……!?」

 途端、その場の空気がガラリと変わった。



「……おうおめぇら……なかなか面白い事してるじゃあねぇかよぉ……」



 舞い上がった土煙が周囲に散り薄れ……そこに現れた姿―――



「ちょっくらリハビリがてら……遊んでくれねぇかぁ!?」



―――彼こそ剣聖……勇の師にして頂点。



 その両手には、勇と茶奈の頭を掴んでぶら下げ。

 突然の剣聖の登場に周囲の誰しもが驚きの顔を浮かべていた。
 当然、勇と茶奈自身も。

「な、なんでこんな所に剣聖さんが……!?」
「療養中だったんじゃ……」

 勇だけでなく、先程の衝撃でフルクラスタが解けて我を取り戻した茶奈もつい声を上げる。

「おう、ようやくマトモに動けるようになったんでなぁ、とっとと病院から抜け出してきたってぇ訳よ」

 リハビリを行っていたとはいえ……さすがの剣聖、その圧倒的な力は今なお健在と言った所か。
 ラクアンツェに続く「センセーショナル」な登場にまたしても度肝を抜かされる事に成ろうとはこの場に居合わせた者達は誰しも思わなかっただろう。

「剣聖さーん!!」
「折角なんで二人の喧嘩止めてぇ―!!」

 遠くから既に止まっているであろう喧嘩の仲裁を願いながら瀬玲達が走ってくると、剣聖も突然の話に眉を細めた。

「あぁん? 仲裁だァ?」
「そうそう、二人を止められるのはもう剣聖さんしか居ないのォ!!」
「喧嘩を止めるってェなぁ……おぉそうだこうすりゃいい」

 すると何を思ったのか……両手に掴む二人の頭をゆっくりと近づけていく。

「ちょ、剣聖さん何を!?」
「ちょっと待って、剣聖さん!?」

 どんどん近づいていく二人の顔。
 それを防ごうともがくが剣聖の腕は止まらない。



 そして―――



ぶっちゅうぅ……



「んう!?」
「んーーーーー!!」



 周りの目など思う事も無く……勇と茶奈の唇が重なり合った。

 周囲が衝撃の光景に再び驚きの顔を浮かべ慌てる中……他意による二人の口づけはなおも続く。

「レ、レン姐さん……『あちら側』でもチュ、チュッチュって愛情表現なんすかね……?」
「え、えーと……『口を合わせた者同士は魂の融和を誓った者同士が行う神聖な行為』という風潮は文化的にはあるわねー……」

 そんな話をしていると……不意に二人の顔が再び離れていく。

 そして二人の足が大地へと着くが、二人はお互いの顔を逸らし口を押えながら静かに佇む。
 いつの間にか二人の顔は真っ赤に染まっていた。

「おう、大人しくなったじゃあねぇか、これでいいかぁ?」

 剣聖は二人の頭から手を離すと、「パンパン」と手をはたき腰に充てる。
 「カッカッカッ!!」という笑い声と共に顔を高らかに上げていた。

 すると何を思ったのか……不意に茶奈が駆け出し離れていく。
 そして携帯していたクゥファーライデを取り出すと、使い馴れない様子で炎を吹き出し……ぶら下がるような形であっという間に空の彼方へと飛び去って行ったのだった。

「あ、行っちゃった……」
「なんでぇ、今更初めてでも無いだろうによぉ」

 各々が彼女の行く末を見届ける中、勇は気が抜けたのだろう……途端にその場にへたり込み膝を突いた。

「初めてですよォ……多分茶奈も初めてだと思いますよォ~……」
「なぁにぃ? んだってぇ、お前等いつも一緒に居るからてっきりもう夫婦なのかと思ってたぜ」
「んな訳無いじゃないですかぁ……」

 勇はそうぼやきながら「はぁ~」と深く息を吐き出し、ショッキングな出来事を思い出しながら首を深く下げる。

「きっと茶奈は嫌がってるだろうなぁ……」
「なんでだぁよぉ?」
「そりゃ……好きでもない男にファーストキス奪われちゃ……嫌に決まってるじゃないですか……」

 そんな事を呟く勇に対し、堪らず瀬玲達も「エェー!?」と驚きの声を上げた。

「茶奈は出会った時から普通に接してきましたけど、それらしい雰囲気も無かったし、全く脈無いと思いますよォ……。」
「どーしてそうなるのォーーー!?」

 堪らず瀬玲がツッコミを入れると、周囲の者達もそれに賛同する様に首を縦に振る……剣聖ですら。

「皆思い違いだって……ずっと一緒に住んでたからわかるけどさ、茶奈は皆が言う程俺の事思ってないよ」

 そして再び深い溜息……。
 茶奈への度重なる罪悪感に溜息が止まらない。
 勇だけが持つ悩みを前に、サポートすると断言した瀬玲ですらもそれ以上掛ける言葉は思い浮かばない様子。

 勇はいつの間にか地面に体育座りで座り込み、膝に顔をうずめていた。

「たぁーっ!! ったくおめぇはめんどくせぇ所は全っ然治ってねぇな!!」
「……剣聖さんみたいに大柄に成れるとは思ってませんよォ……」

 落ち込みながら減らず口を叩かれ、つい舌打ちをしてしまう剣聖……頭をぼりぼりと掻き乱し、面倒くさい事を仕草でアピールする。

 すると突然、剣聖のつま先がガンガンと勇の太もも横を何度も突き始めた。

「な、何するんですか……!?」
「めんどくせぇ事言ってねぇで謝るなりなんなりしてこいやおう!! おめぇが動かねぇと何も変わりゃしねぇんだよォ!!」

 その力が徐々に強まり、とうとう体育座りが崩され倒れるが……勇は何を思ったのか体を起こし、立ち上がり始めた。

「……わかりました、行ってきます」

 剣聖の一言が彼をその気にさせたのだろう……元々そうしたいと思っていたいと思っていたのだろうが。
 剣聖に焚きつけられ、勇は駆け足でゲートへと向けて走り去っていった。



 決して勇にはこの出来事がガッカリであった訳ではない。
 むしろ慌てていても喜ばしいと思う事だった事には間違いないのだ。
 ただ、それが喜びよりも彼女を落胆させてしまったという事柄の方が勇にとってはウエイトが大きいだけ。
 だからこそ……彼はそれを詫びる為に……脚を動かす事を決めたのだ。



 勇を見届けると……心輝達の顔も落ち着きを見せ始めた。

「剣聖……貴方本当はただ単に面白がってやっただけでしょ?」

 落ち着いたのを見計らってレンネィが剣聖に食い付く様に問い質す。
 その質問を前に剣聖が振り向き見せた顔は……万遍のいやらしい笑顔であった。

「あん? んなの当たり前じゃねぇかあよぉ……あんな面白そうな事ほっとけるかっての」
「ハァ……」

 一番面倒臭い事態を引き起こしているのは剣聖だという事を突っ込みたくもあったが……想像以上に大荒れした状況に疲れたレンネィは何も言う事無く、お手上げでその場から歩いて去っていった。

「あ、えーっと、剣聖さん退院おめでとうございまーす」
「おう、おめぇら随分心配かけたなぁ、まだしばらくはリハビリがてら色々不自由だが……今日からここに住むぜ」
「これで不自由って相変わらず化け物なんですね……」

 大荒れに荒れた剣聖の帰還。
 こうして今日起きたハプニングの嵐は誰しもが予想だにしなかった展開を迎える事で幕を閉じたのであった。



 渦中の当事者達を除いては。


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