上 下
501 / 1,197
第十七節「厳しき現実 触れ合える心 本心大爆発」

~カノジョ ノ イザナイ~

しおりを挟む
 リジーシア領国での出来事が終わったその日……勇達は疲れた体を癒す為にトルコ政府が用意したホテルへと身を寄せていた。

 歴史遺産が多く観光地として有名なイスタンブール。
 彼等が留まるのはその場所にある少し上級観光客向けのホテル……内装は元より、一般向けに造られた構造が下手な高級な作りよりも安心感を呼び起こさせる。

 一人一人に部屋を充てられ、それぞれがプライベートな時間を過ごしながら体を癒していた。



 勇もまた一人……部屋に備えられたクィーンサイズのベッドに横たわり、白い三枚の扇風機がくるくると回る天井をぼーっと見つめ夢想する。

 一つの悟りを開いた勇ではあったが……昼間に体験した柔らかさ・・・・を思い出し、おもむろにその指を動かす。
 しかしその顔は真顔……やましい感情での行動ではない事を伺わせていた。



―――今日は色々あったけど……茶奈になんて言うかな―――



 不意にその指が動きを止めると……ゆっくりと拳を作り、その視界に映りこませる。
 そして握られた拳には僅かに力が篭められ、「グッ」と引き締まる筋肉の音が僅かに響いた。

「とにかく謝ろう……嫌われ続けたとしても」

 ぼそり……誰が聴いてる筈も無い声を漏らし、勇はその拳を再びベッドへと埋める。

 謝れば解決するかどうかなど定かではない。
 そもそも何に対して謝るのか。
 何故謝るのか。

 その意図すら勇には計りかねていた。

 ただ自分の痴態を払拭したかったから。
 茶奈に不快な思いをさせてしまったから。

 想いが巡る。
 だが答えは決まらない。
 
 気付けば時は既に夜の11時を示し、彼を眠りへと誘おうと睡魔が語り掛ける。
 勇の両瞼がゆっくりと沈み始め……閉じようとしていた。



ウーーーッ ウーーーッ



「ん……なんだ?」

 そんな時、小さく鳴り響く音が勇の耳に飛び込んで来た。
 その音源は、寝転がる彼の頭上に当たる場所にある机の上……彼の持つスマートフォンの振動が机を叩く音であった。

 それを便りに、気怠そうに腕を伸ばして机の上をまさぐる。
 すると不意に指がスマートフォンに当たり……そっと掴み取っては画面を自分の顔に向けた。

 画面に映るのは瀬玲のRAINメッセージ通知。

「なんだよ……隣に居るだろ……」

 瀬玲の泊まる部屋は勇の隣。
 SNSで通話するよりも直接話をする派と言える勇にとって、そのまどろっこしさは少々鼻につく様だ。

 ぼやきながらも待機画面を解除しメッセージを開く……すると映りこんだ文を見た途端、勇の目が大きく見開いていく。



『セリ:私の部屋に来て』



―――ちょっと待て……これってどういう……どういうこと―――



 昼間のアレがあったからこそ……再び勇の鼓動が高鳴っていく。



 ―――相手はセリだ。
       あの面食いのセリだ!!
        変な期待をするな!!

      そして仲間だ!!
       仲間に手を出すなんて……



      え、仲間に手を出すのって悪い事なのか……?―――



 勇の頬に一滴の汗が伝いしたたり落ちる。
 温暖気候の土地柄が彼の体温に反応し湿気を纏わせていた。



―――いやいや、そもそもそんなつもりと決まった訳じゃない。

      でももし本当にそうだったら……
       昼間の俺の言葉を聞いて欲情しているとか……?

      そんなバカな……
       いくらなんでもそんなバカな事がある訳が……―――



ウーーーッ、ウーーーッ



「ヒャッ!?」

 再びのスマートフォンの振動。
 突然の事に驚き、いつの間にか象られていたアヒル口からつい珍妙な悲鳴が上がる。

 またしても画面に映る瀬玲からのRAINメッセージの通知。
 勇は筋一杯に伸びた腕の先にある指を震わせながら……待機モードへ戻った画面を復元させた。



 そこに映った文字を前に……勇の目はこれまでに無い程、大きく目を見開く事となる。



『セリ:はやくきて』



 意図が有るにしろ無いにしろ、そんな言葉を投げかけられて動かぬ男など居るだろうか。

 震える腕を抑える様に、もう片方の腕でその手首を掴み力を篭める。
 ギリギリと軋む様な音が筋肉と骨を通して痛みと共に頭に伝わっていく。



―――耐えろ俺、彼女はそんなつもりなんて一切無い……

     ……けどもし「そう」だったら俺は……受け入れたっていい―――



 そう思い立った勇はその足をベッドの上から床へと降ろし……その勢いのまま立ち上がる。
 自分の服装がおかしくないか、そう確かめながらも部屋の外へと歩いていった。

 別の部屋に泊まる平野とアンディとナターシャ、それと他の宿泊客に迷惑を掛けないようゆっくりと扉を開くと……チラチラと如何にも怪しい様子で警戒し、周囲に人が居ないかを確かめながら「のそりのそり」と部屋を出て静かに扉を閉める。

 オートロックである扉には目も暮れず、そっと隣の瀬玲の部屋の前に立つと……その指を部屋に備え付けられたチャイムへと埋めた。

 小さな「チーン」という音が鳴り響くと、間も無く手に掴んだスマートフォンが三度みたび振動を伝える。
 その画面を素早く開くと……そこには『鍵は開いてる』という文字が。



―――行くぞ……!!―――



 ドアノブを手に取り、軽い造りのノブが力に負けて傾くと……ホテル独特の重さを含む扉が開いていく。
 途端に鼻に漂う甘い香りが彼女の存在感を引き立たせる様に脳に刺激を与えた。

 扉の先の通路は狭く……その先にある部屋の全容は壁角に遮られ見る事は叶わない。

 ゆっくりとその体を部屋へと進め、その扉をゆっくりと閉める。
 閉まった事をわざわざ確認すると勇はそっと声を上げた。

「来たよ」
「うん、遠慮しないでいいからさ」

 空かさず聞こえてくる瀬玲の声。
 そんな・・・感情が含んでいるからか、それとも勇がそんな・・・感情だからか……勇には妙にその声が色っぽく感じていた。


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

龍騎士イリス☆ユグドラシルの霊樹の下で

ウッド
ファンタジー
霊樹ユグドラシルの根っこにあるウッドエルフの集落に住む少女イリス。 入ったらダメと言われたら入り、登ったらダメと言われたら登る。 ええい!小娘!ダメだっちゅーとろーが! だからターザンごっこすんなぁーーー!! こんな破天荒娘の教育係になった私、緑の大精霊シルフェリア。 寿命を迎える前に何とかせにゃならん! 果たして暴走小娘イリスを教育する事が出来るのか?! そんな私の奮闘記です。 しかし途中からあんまし出てこなくなっちゃう・・・ おい作者よ裏で話し合おうじゃないか・・・ ・・・つーかタイトル何とかならんかったんかい!

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...