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第十五節「戦士達の道標 巡る想い 集いし絆」

~訪里、再会せし獣の少年~

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 某日、アルライの里―――

 京都北部……そこに変容し共に現れた魔者の村 アルライの里。
 そこにアルライ族と呼ばれる、タヌキにも似た風貌の魔者達が平穏に暮らしていた。
 現在日本政府の保護の下、人との友好の先駆けとして里の多くの若者達が交流の為に多くの地域等に出向きメディアなどを賑わしているのだが……



 そんな人と交流深い彼等の住む地に一人……現状に納得が出来ない者が居た。



 土と木で固められた建物……その壁に備えられた濁ったガラス窓……外見は如何にも原始的な建造物。
 だが一歩踏み入れれば、無造作に備え付けられたマルチタップケーブルが伸び、電線を通して天井に備えられたシアリングライトを輝かせる。
 部屋の隅にはWifi搭載型のモデムとルーターが無際限に光を点滅させ、近くに置かれた小さなノートパソコンやスマートフォンへ電波を供給させていた。

 その中央……それこそ外見に似つかわしい、大きな木の幹を輪切りにして造られたテーブルに座る二人の人影。 

「納得出来ねッス……」
「いきなりなんじゃい」

 テーブルに置かれたスープをすすりながら愚痴にも似た不満の言葉を口に漏らす一人の魔者の少年がそこに居た。

 彼の名はカプロ……魔者であり、勇達の親友とも言うべき存在。

 若者である彼、本来であれば里を出て人間との交流を紡ぐ一人にノミネートされてもおかしくないのだが……彼は今里に居てこう毎日愚痴をこぼしながらスープを啜っているのである。
 その隣では体大きさがカプロの5倍以上ともあろう体格を持った彼の師匠バノが相席し、共にスープを啜る。
 だが、突然漏れるカプロの愚痴を前に……豪胆な彼もただ溜息を零すのみ。

「なんでモロビやウノベが外出れてボクが出れねーんスか」
「そりゃもうおめぇ……自分の立場解ってんのかいのォ?」

 それもその筈……カプロは今知る限り、世界で唯一魔剣を製造する事の出来る者だからである。

 もしその事がバレた場合……攻撃が通せない人間ならともかく、同じ魔者にすら狙われかねない。
 その為に彼の存在は日本政府によって魔特隊以上に秘匿されている。
 それほどまでに秘密にしなければならない存在なのである。

 故に彼はアルライの外から出る事叶わずこうしてスープを飲みながら暇を潰す事しか出来ない訳だ。

 勿論、黙っていればなんて事は無いのではあるが……当人、どうにも隠し事が苦手な様で。

「でも、ボクは……外出て女の子と遊びたいッス」
「本音もろ出とるじゃんけぇ……」

 ともなれば……自然とこうなってしまうのも仕方ないと言える。

「そういうがァ……おめぇ人間の女に興味でもあんのかぃの?」
「え、そんなの決まってるじゃないッスか師匠……」

 勿論彼が興味あるのは……動物だ。

 彼等魔者にとって同型の動物は同じ種族の様に見えるらしく……一糸纏わぬペット等が彼等にとっては全裸で歩く者にしか見えない。

 お年頃の彼がそんな夢の様な……もとい不純な環境へ身を投じたいと思う事は自然では無かろうか。

「じゃがのォ……おめぇ、クゥファーライデ完成させるとか息巻いてたんじゃねのけ?」
「それはそのぉ……スランプッスよォ……」

 魔剣クゥファーライデ……茶奈の持つ銀色の錫杖大の魔剣はカプロが彼女の為に作り上げた入魂品……しかしこれはまだ完成とは言い難く、これを完成させる事が現状の彼の目標。
 ……とはいえ、その機構は非常に複雑で、魔剣製造を覚えてまだ1年少ししか経っていないカプロにとってはまだ荷が重い様だ。

「はー……どっかにヒント落ちてねーッスかねー……答えでもいいッスよー……」

 ペタンと机に顎を載せてぼやくカプロに対し、バノは再び「ファ~」と深い溜息を吐く。

「師匠、息が臭いッス」
「うるせぇわぃ」

 そんな日常を今日も過ごすカプロ達であったが……今日だけは何かが違っていた。

「ンヌッ……この気配は……」

 そうぼそりとバノが呟くと、それに気付いたカプロの尻尾がピーンと反り立つ。

 バノの反応……それは命力を広範囲で探知出来る彼特有のもの。
 誰かが里に訪れればたちまち彼によって探知される。
 その後、常に傍に居るカプロがこうして反応する……一つの黄金パターンである。

「誰か来たッスか!?」
「おぉ、おめぇの良く知るヤツが来たみてぇだぞォ」

 そう言われた途端、居ても経ってもいられぬカプロは猛ダッシュで自身の居る家を飛び出し里の入り口へと駆け抜けていった。

「カァー……ったく、相も変わらずせわしないやっちゃ」

 心の色を察知するその力はこの様に訪れる者から里を守る為に非常に有効な力だ。

 そしてそれは信頼深い者を歓迎する事にも……。





 カプロが里の中を駆け、入口へと向かう。
 住宅街を通り抜け、入り口の階段へと辿り着くと……階段を登る一人の男の姿が映り込んだ。

「勇さんッ!! 久しぶりッス!!」
「お、カプロォ!! 元気してたか!!」

 アルライの里に訪れたのは紛れも無い勇本人。
 彼は単身、とある理由で里へと訪れたのだ。

 突然の友人の登場に、カプロは大喜びで子供の様に飛び跳ねていた。

「勿論ッスよぉ!! んで今日はどうしたんスか?」
「あぁ、ちょっと重要な話をしに来たんだ……村長居るかな?」

 『重要な話』……そのキーワードに、カプロの瞳が不穏に怪しく光る。



―――ホホウ、重要な話……これは気になるッスね……―――



 鋭い視線を勇に向けるが……ヒョコヒョコと振られる尻尾がその怪しさすら押し殺していた。

「居るッスけどぉ……ボクも行っていいッスかね?」

 そして隠し事の出来ないその性格が彼のシリアス性を完全に排斥するのである。

 興味津々の様子を見せるカプロを前に……彼の事を良く知る勇は察したのだろう、隠す事無く微笑みで応えた。

「当たり前だろ、お前に関する事だしさ」
「うぴっ!?」

 勇の言った事が余りにも突然で……思わずカプロが素っ頓狂な声を上げて驚きを示す。
 だが、ジワリと湧き出て来る喜びがカプロの口元を押し上げていく。
 気が付けば……二人はなんて事のない世間話を交えながら、村の中へと歩を進めていたのだった。





 二人が村を横断し村長の家に向かう。
 通る里の人々達と挨拶を交え、大広場を通り……数分歩き続ければそこに建つのは村長の家。
 他の家よりも目立つ様に高く突き上がった屋根が特徴の、ちょっとした小じゃれた木造住宅だ。

 何度も足を踏み入れた事があるという事もあり、いつもの様に扉を叩いて村長を呼ぶ。

 大抵このパターンで訪れるのは……いつもの・・・・返事だろう。

「え え え え よ お お よ よ お お お」
「村長何してるんスか……」

 カプロが遠慮する事無く扉を開くと……そこに居たのは高いベッドの上にうつ伏せで寝そべる村長ジヨヨと近所の女性のニャラちゃん。
 これまたいつもの様に村長がニャラちゃんに腰を揉んでもらって……ではなく、今となっては健康器具を使用した腰痛治療を行っていた。

 腰に充てられた健康器具の振動で、小柄な村長の体が小刻みに揺れて声がブレる。
 世界が混ざる事で生まれた近代化の波は、彼の腰痛対策すら進化させたのだ。

「あのねぇ、最近これの振動がいいらしくてねぇ……楽でいいんだけどぉ~なんか複雑でぇ~」

 丁寧にニャラちゃんがゆるりとした口調で解説しているが……カプロにとっては正直彼女自身がクネクネしながら話す姿の方が気になるらしく、ただ一人鼻息を荒くしながら頷いていた。

「村長、いつ頃終わりますか?」
「あらぁ、フジサキユウさんお久しぶりねぇ~……そうねぇ~あと一時間くらいかしら~」
「長いッスね」

 押しかけておいて止めるのもなんだか申し訳無く感じた勇は、仕方なく待つ事にしたのだった。



―――



「いつもありがとのォ……」
「いいえ~無理しないでくださいねぇ~」

 ニャラちゃんが健康器具をそそくさと袋に仕舞い村長の家から出て行く。
 それとすれ違う様に再び勇達が姿を現すと、村長が「ハッ」と思い出したかの様に首を起こす。

 ……完全に忘れていた様だ。

「村長、今平気ですかね?」
「あぁ、かまへんでぇ」

 村長は軽快にベッドから飛び降りると、居間の中央に備えられた自分専用の椅子にポサリと座る。
 勇達も彼に合わせて机を挟んだ対面のソファーへと腰を降ろした。

「んでなんじゃいね」
「実は、カプロの事でお願いが……」
「ボクッスか!?」

 勇が名前を口に出した途端に食い付くカプロ。
 体を起こし尻尾をフリフリと震わせ、目を輝かせながら勇の顔の真横に自身の顔を近づけるのだが……話が進まないと思った勇は無言で彼の顔を手で押しのけた。

「……実は魔特隊の人員拡張に伴って、是非カプロを魔特隊の非戦闘員の一員として迎え入れたいと考えているんです」
「っほお……」

 魔特隊の人員増員計画……それはかねてより福留が企画していた計画。
 戦闘要員は元より、情報量に乏しい魔者側の知識を持つ者の確保は最重要課題だった。
 その為……その仲介役及び技術サポートとしてカプロが指名されたという訳だ。

 魔剣の損傷の修復や新たな魔剣の製造を行う事が出来る彼ならではの役目である。

「んっほぉ!! ボク行くッス!!」
「じゃあの、気を付けてな」

 高々と上がる歓びの声に間髪入れず飛び出た村長からのドライな一声。
 大きく腕を振り上げたカプロはその格好のまま目を丸くして村長へ視線を向けていた。

「……即答ッスか」

 以前の様に止められるとでも思っていたのだろうか、何の抵抗も無く了承する村長の答えに疑いの目は隠せない。

「なんやワーギャー騒いだ方が良かったんかいな、どうせ行くゆうて聞かんのじゃろがい」
「それもそうッスけどぉ~なんかこう、違くないッスか? こういう別れ」
「面倒臭いやっちゃのぉ~……知らんがな」

 手を払い面倒そうな仕草でそう答える村長を前に、カプロが思わず口をすぼめて震わせる。
 これも彼にとっての愛情表現の一つなのだろう……きっと。

 頭を抱えて掻き毟るカプロと、それを上目でニタリと笑う村長。
 そんな傍らで、勇は静かに二人のやりとりを見届ける。



―――心配してない訳じゃあないんだろうけど、面倒くさいんだろうな、本当に―――



 そう思いつつも口には出さずに飲み込む勇であった。



―――



 最低限の荷物を纏めた鞄を背負い、カプロが手を振る。
 里中の仲間達がこれから里を発つカプロを見送る為に集っていたのだ。

 別れの挨拶なんて無い……彼等はいつでも会えるのだから。

 多くの者達に見送られながら、勇とカプロは里を後にした。
 里から外へ続く長い石階段を降り、石のアーチを潜り抜けて里から出ていく。

 そこから出れば、その先は『こちら側』の世界の土地。
 だが、一度出た事のあるカプロにとって、それはなんという抵抗も無い事だ。
 これから車に揺られ、東京へ向かうのだろう……それは不安よりも期待の方が大きかった。

 新たな土地へと出向く為に……彼を必要とする人の為に……カプロは意気揚々と里の外へと足を踏み出す。
 それが、彼自身の望む門出なのだから。



 だが、そこには彼等を送る車が……無かった。



「あれ、車どこッスかね」
「え?無いよ。 俺免許取ってないし……駅までランニングと徒歩に決まってるだろ」

 勇が足踏みしながらそう応えると……ゆっくりと走り始めた。
 あくまでもカプロに合わせたスローペースだが。

 カプロは木々の作る曲道の先へと消えていく彼の姿をポカンとしながら目で追う。
 自身の肩を沈めんばかりにズシリと感じさせるリュックサックを背負った彼は、理不尽な状況に目を座らせていた。

「これは詐欺ッス、どう考えても非戦闘員の扱いじゃねぇッス」

 そう愚痴を漏らし、とぼとぼと歩き始めるカプロであった。


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