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第十四節「新たな道 時を越え 心を越えて」

~誰知らぬ悪意~

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 木枯らしが舞う10月中頃。
 東京のとある一角にあるオフィスビルの室内にて働く普通の会社員達の姿がそこにあった。

 昼休みを知らせる12時のチャイムの音が室内に鳴り響くと、デスクで仕事をしていた周囲の人間がもそもそと動き始める。
 立ち上がり部屋からそそくさと出ていく者、仲間を集めて出ていく者、自分の鞄を漁り弁当箱を出す者……それぞれの挙動は違えど目的は同じだ。

井出いでく~ん、御飯食べに行こう~!」

 室内に響く高い声の元には女性社員が3人並び、井出と呼ぶ相手に手を振る。
 その呼んだ先には一人の背の高い男の姿があった。

「ああ……いいよ」

 オフィスチェアに座りながら優しそうな面持ちで彼女達に軽い笑顔を向ける。
 呼応する様に立ち上がろうと座る椅子をゆっくりと後ろに引いた。

 すると、同じタイミングで後ろに座ってた社員の椅子が強引に引かれ……互いの背もたれがぶつかり「ガタン」と音を鳴らす。
 途端、激しくぶつけられた井出の椅子が大きく弾かれ……バランスを崩し床へと転がっていった。

「あ……すいません」
「おぉ? 気を付けろよっ!」

 何か気が立っている様な声色で罵声を浴びせるのは、椅子をぶつけてきた・・・・・・男性社員。
 半ばアクシデントの様にも見えるが……周囲の目はどこか冷ややかだ。

 男性社員は井出を仰々しい目で睨み付けると、椅子を机に収める事も無く一人でズカズカとオフィスの外へ歩いて行った。

 井出はそんな彼の威嚇にも似た睨みに怯む所か表情すら変えず、お互いの椅子を机に仕舞っていく。
 その間際……井出が相手側の椅子の背もたれの付け根を掴むと……「ミシリ」と僅かに音を立てるが、周囲の人間は何も気付く素振りも見せない。
 その手から漏れ出た極小さな瞬きが空気に溶け込み、誰に気付かれる事無く立ち上りながら消えていった。

 椅子を机に仕舞い、呼んだ女性社員の元へゆっくり歩いていく。
 それを待ち焦がれた女性社員達が黄色い声を上げて彼を迎えた。

「ごめんね……遅くなってしまったよ」
「いいのいいのー! それより太田に絡まれてない?ヘーキ?」
「アイツマジ性格悪いよね……関わりたくないわ」

 井出に絡んだ太田という男はこの会社でもそんなに評判が良くない男なのだろう……女性社員の愚痴が思わず零れ出る。

「はは……僕は気に成らないけどね」
「さすが井出君、カッコイイ~!」

 井出と女性社員達は揃ってオフィスから出ると、昼食を摂る為にレストラン街へと足を運んで行った。



―――面倒だ……この世界の人間は……―――



 誰にも聞こえない様な声でぼつりと呟く。
 その表情は笑顔ではあるが、どこか作り物の様な頑なな雰囲気を醸し出していた。



―――だが……それであるからこそ……楽しみは増えるものだ……―――



 彼等の姿が繁華街へ消える。
 それはなんて事の無いどこにでもある風景。

 井出は女性達に囲まれながら……天を見上げ、虚空を見つめる。
 




「ったく井出のヤロォ……女にモテるからっていい気になりやがって……」

 コンビニで昼食を買ってきた太田が自分の席に戻り、自分の席に収められた椅子を引き出してその椅子に座る。
 中年太りの様なその体格で「ふぅ」と一息付きながらその背もたれに全体重を乗せた。



バキンッ!



 その途端、背もたれの根本が弾ける様に折れ、支えを失った背もたれと共に太田の身体が後ろに向けて勢いよく倒れ込んだ。



ゴンッ!!



 勢いよく太田の頭がオフィスに叩きつけられ、大きな音が周囲に鳴り響く。
 太田の体は全く動かず、その目は白い眼を剥けていた。
 その背中からは赤黒い生臭い液体がとめどなく溢れ……噴出する場所にはまるで肉を抉る様に鋭利に尖った背もたれの根元が深々と突き刺さっていた。

「キャーーーーーー!」

 その惨状を目の当たりにした女性の叫び声が瞬く間に広いオフィス一杯に広がっていく。
 慌てる会社員達……だが、その顔はどこか複雑な顔付きだった。

 それ程までに……彼の素行は良くなかったのだろう。

 きっとこれは天罰に違いない……そんな呟きが囁かれる中、騒然としたオフィスでは緊急事態の対応が粛々と行われ始めていた。



 オフィス内で慌ただしく騒いでいる頃、そんな事など露知らぬ女子達が井出を囲み楽しいランチタイムを過ごす。
 恐らく彼女達もオフィスに戻った時、きっと他の者達の様に悪態を付く事だろう。
 きっと太田の事など憐れむ事無く、恨み節を連ねるに違いない。

 それを知ってか知らずか……井出が冷たい笑顔を浮かべる。

 彼の目的どころか、その存在すら認知する者は誰一人として居はしない。
 だからこそ彼は今、自由・・なのだ。



 白い雲が空を覆う曇りの日……不穏な空気を流しながら東京の一角はいつもの様な風景を変えず映していた……。


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