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第十三節「想い遠く 心の信 彼方へ放て」

~彼女が遺したモノ~

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 仲間達が士気を高め、盛り上がりを見せた時……その気に当てられた様に勇の顔が上がる。
 突然、椅子に座り前のめりになっていた体を起こし、掠れた声を上げた。

「福留さん……俺も行きます……」
「勇君……ですが君の目は……」

 勇の目は焼かれ、視界は映らない筈……そう認識していた福留が思わずそう返す。
 だが勇は静かに頷き……落ち着きのある声を上げた。

「多分もう……目は治ってると思います……ずっと集中して治していましたから」
「そ、そうですか……」
「すいません、包帯取ってもらっていいですか?」
「……分かりました」

 勇の進言に戸惑いながらも、福留は言われるがままにゆっくり彼の目に掛かった包帯を巻き取っていく。
 包帯の中から現れたのは、僅かに赤く腫れた表皮……そして瞑られた瞼。
 包帯の柔らかい感触が肌から離れると……勇はゆっくりとその目を見開かせた。
 
 するとその視界が開いていき、周囲にはいつもの様に見慣れた人々が並び立つ姿が見え始める。
 命力による自然回復は上手く行った様である。



 しかしその視界に入る誰しもが、彼の事を見て「なんて事だ」「これは……」という戸惑いを篭めた声を口に出し始めた。



「一体どうしたんだ……皆?」
「まさかこんな奇跡が……ありえるんでしょうか……」

 勇の視界が彼等の目線で埋め尽くされる。
 その視線は一心に……その瞳へ。

 右目は至って普通の瞳。



 だがその左目は……青く透き通った網膜を持った瞳へと変貌していた。



「日本人には網膜がこの様な色になる色素は持ち合わせていない筈です……命力による治療でこんな事が可能なのでしょうか?」
「知らねぇよォ……誰も好き好んで目の色なんか変えたがらねぇっての」

 騒ぐ仲間達を前に、事情を掴めない勇が動揺の顔を浮かべる。

「一体何が……?」

 瀬玲が勇の一言を聞いておもむろに自分の手鏡を取り出して勇に向ける。
 その瞬間勇の口から「あ……」と声が漏れ、鏡越しにその左目をじっと見つめた。

「……ずっと彼女の最後の姿を思い返していた……俺を見る目が……彼女の青い目が忘れられなくて……頭から消えなくて……」
「勇……」
「頭が錯覚しちゃったのかもな……まったく意識してなかったから……」
「……治すのかよ?」

 心輝の問いに勇は首を振って応えた。

「いや……このままでいい……これで、いいんだ……」
「まるで……エウリィさんが貴方の目に宿ったみたいね……」
「ああ……俺……彼女を守れなかったから……だから……こんな事は思っちゃいけないのかもしれない……でも俺は……」

 もっと優しくしてあげたかった。
 もっと彼女の想いに応えてあげたかった。
 でも……今となっては後悔しかない。
 だからもう俺は……後悔しない様に……迷わない様に……。

「やろう、皆……獅堂を止めるんだ……」

 その言葉に全員が頷く。

「やるならすぐがいい……時間を開けりゃベリュムが火を噴く力を溜めかねねぇ」
「そうだな。 鋭芯一突えいしんいっとつ……叩くのであれば少数精鋭が良いだろう……この人数で十分だ」
「分かりました。 しかし今は夜……翌日の早朝4時にここを発ち、早朝に戦いを開始しましょう」
「っしゃ、燃えてきたぜ!!」
「アンタはいつも燃えてばかりでしょ……」
「そして燃え尽きるのもねー」
「すいませんが3人はその前に別行動です」

 盛り上がった途端に突然の福留の言葉。
 3人が堪らず揃って不満の声を上げた。

「ちょっと待ってくださいよ、ここに来てそれは無いじゃないッスかあ!!」
「ハハ……勘違いしないでください……君達には君達にしか出来ない事が有るんです」
「私達だけ……?」
「はい。 早速ですが3人にはアルライの里へ向かってもらいます……君達の分の準備は御味君に動いてもらう予定です」

 するとまるで見計らったかの様に……部屋の外から福留の部下の女性が姿を現し、心輝達を招く様に手を振る。
 それを見た心輝達は彼女に誘われるがまま部屋の外の方へと歩み始めた。

「勇、あっちで会おうぜ!」
「ああ、皆も頼んだよ」

 そう言い残し、心輝達は夜の闇へと消えていった。

「では皆さん、食事は用意してありますのでまずは英気を養い戦いに備えましょう……」
「私達はどうすれば……?」

 勇の父親と母親もまたその話を聞いていたが、戦えない彼等には今の話に付いていく事が出来なかった。
 しかしそんな不安な表情を浮かべる両親に対し福留は優しく答える。

「お二方は念の為に、皆が帰り落ち着くまでは医療病棟の方に泊まってください……身の回りの事は我々の方でお手伝いしますので」
「あ、ありがとうございます……」
「御心配なさらずとも、浴場やトイレ等も完備していますからきっと不自由無い筈です」

 その様に答える福留に、勇の父親の別の方面での不安は拭えずその口を開く。

「……勇達は勝てるでしょうか……?」

 その難しいとも言える問いに、福留が答える事は出来ない。
 戦いは常に非情……例えこの様に戦力が集まったといえど、必ず勝てると言いきる事など出来はしない。

 だが、口を止める福留に代わり声を上げたのは……剣聖であった。

「戦いに絶対なんてもんはねぇ……その質問は過度な期待を持つだけだ……」
「う……そう……ですよね……」

 剣聖の言葉に両親共、深く肩を落とす。
 だがそんな彼等に向けて剣聖ののほほんとした声色の言葉が続いた。

「だが、信じるだけなら誰だって出来らぁな……信じる事が……出来るかどうかが大事なんじゃねぇか?」
「……はい……そうですね、判りました。 ……お母さん、行こうか」
「えぇ……勇、私達は信じてるからね……必ず、帰って来てね?」
「あぁ……約束するよ。 必ず帰るから……願ってててれよな」

 それはいつだか彼等に伝えた事と同じ言葉。
 意識したのか、それとも自然とその言葉が出たのか……意図こそ判らないものの、聴いた事のある言葉が彼等の不安を大きく拭う。
 二人は彼の言葉を前にそっと笑顔を浮かべ、事務員と共に事務所を後にした。

「よぉおめぇ……親達に心配させる様な情けねぇ事するんじゃねぇぞ?」
「分かってます……俺は死ぬ気なんて無いですから」

 命力珠の力はまだ完全には溜まっていない……だがそれでもやらなければいけない。
 獅堂を止めなければ……この国がどういう方向へ進んでいってしまうのか判らない。

 勇の心は強く願う。
 少女の残したこの瞳に誓う。
 「必ずあの男を止めて……世界がおかしく成らないように、俺は力を奮う」と。

 静寂の夜が彼等を包み、その体を、心を癒す……。
 全ては、来たるべき時の為に……その力を奮う為に。





 そんな彼等を待つ様に、一人の男が松明の光に当てられ醜悪な笑みを浮かべながら王の椅子に座る。

「来るかなぁ……楽しみだなぁ……ハハハ……」

 一人の真っ直ぐな心の男と、一人の歪みうねった心の男の想いが交わる事も無く……その鋭さをより尖らせる。
 その先を貫くのは信念か、それとも邪念か……。

 日の光が彼方から差し込み、世界を幾重にも照らす。
 相容れぬ者同士である彼等の戦いは間も無く始まろうとしていた。


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