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第十二節「折れた翼 友の想い 希望の片翼」

~並べられしは友の願い~

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 朝が訪れ、小鳥のさえずりが里を賑わせる。
 そんなさえずりを囁くのは現代でもお馴染みの雀達で。
 今や別世界の土地だろうと構わず踏み入れて食べ物を求めている。
 魔者が居るからこそ、糧を得る手段としては丁度良いのだろう。

 彼等には人間と魔者の確執など関係無いのだ。
 今この時の様に、世界の交わりなど気にする必要も無いから。
 世界の境界で交雑しあう植物達と同じ様に。

 ただ生きるだけで必死だからこそ。

 そんな生に溢れた細やかな喧噪に気付き、勇達が目を覚ます。
 ただし朝に弱い者を除いて。

「おはよう諸君」
「朝から元気だなーシン」
「いつもの事でしょ」

 昨日は五人揃って例の客間に寝泊りだ。
 これだけ揃えば掃除なんてあっという間なので、別の部屋も確保済み。
 きちんと健全に男女分かれての一泊である。

 もちろんアルライの朝が早い事は文化交流の時から知っている。
 なので彼等の慣習に合わせてこうして起きてきたという訳だ。

 それで早速、起きた三人だけで身支度を整えてくる事に。

 なお、宿泊用の道具は心輝達が勇とちゃなの分もしっかり買ってきている。
 どうせ持っていってないだろうと予め。
 その予想は見事に的中し、二人としてはどれだけ助かった事か。

 お陰で今はしっかりと歯ブラシと歯磨き粉を手にしていて。
 里の皆が集まる共同洗面所へと向かう。



 だが、そこで三人は現実を知る事となる。
 僅か数か月での里の変わりようを前にして。



「うおお、なんじゃこりゃあ!?」
「ちょっと待って。これ聞いてないんだけど」

 そう、共同洗面所がまるっきり別物に代わっていたのだ。
 現代の代物で溢れたピッカピカの場所へと。

 以前は木製で使い古されて茶こけていたのだけれども。
 今やステンレスの板や磨き石をふんだんに使った水場がズラリと。
 更には蛇口が幾つも並び、どこからも綺麗な水が溢れている。
 おまけに出るのは温水と、冬の今では大助かりの仕様である。

 しかも驚く事なかれ、それを利用する者達も随分馴染んでいて。

 アルライ族の皆さん、揃って既に現代の歯ブラシをご愛用中。
 それどころか各メーカーの歯磨き粉を品評するまでに至る。
 マウスウォッシュやドライヤー、クシ、ヘアオイルなどもしっかりと完備だ。
 女性陣に至ってはブランド品の香水まで持ち寄り、香りを愉しんでいるという。

 これにはあの瀬玲でさえ驚愕である。
 一瞬にして現代化したこの風景にはもう。

「幾ら何でも変わり過ぎじゃね?」

「そうみたいだな。俺もここまで変わってるとは思っても見なかったわ」

「よく見たらWIFI通ってるんだけど……どういう事!?」

 一応、報告書は勇に届いていたのだけれど。
 いずれも文字ばかりなのでここまで変わった実感は無くて。
 それでまさかここまで進化していたなどとは思わなかったらしい。
 普通、閉鎖的なら新しい物を受け入れるのには時間が掛かるものなのだが。

 どうやらアルライ族の皆さんは積極的に取り入れていくタイプだった模様。
 既に道具を使いこなしている者も居て、勇達も立ち尽くすばかりだ。

 手に持っていた歯ブラシを思わずぽてりと落としてしまうくらいに。





 そんな驚きだらけの身支度を済ませ、一度工房へと戻る事に。
 途中でちゃなとあずーと擦れ違ったので、ちゃんと行き先を伝えて。

 で、早速工房の引き戸を開いてみれば。

「あ、カプロ……」

 なんと工房にはカプロの姿が。
 ただし大机に突っ伏して眠っているけれど。
 どうやら作業を終わらせてそのまま、ここで眠りこけた様だ。

「ん、もう朝ッスか……」

「ごめん、起こしたか」

「んや、いいッス。皆に話したい事もあったし」

 そのカプロ、夜作業はだいぶ遅くまでやっていた。
 加えて先日も勇の魔剣修復作業で徹夜していたはずだ。
 だからだいぶ眠いはずなのだけれど。

 そんな仕事への向き合い方といい、昨日の真剣な講義といい。
 もしかしたらカプロは少しどころか、かなり真面目な方なのかもしれない。
 お茶目なのはただの性格というだけで。

 それで何かを伝えたくて工房で寝泊まりしたのだろう。
 直ぐに気付けて、呼びに行く手間が無いから。
 そうも考えれば勇達に感心さえ過ってならない。

「んで早速ッスけど、はいこれ」

 するとふと、その小さな手が大机へと伸びる。
 その先には布が被せられていて、何かがその下から引きずり出される事に。

 そうして現れたのは――なんと、一本の短剣だった。

「これってまさか……【エブレ】!?」
 
「そうッス。これは初歩的な魔剣で造り方が細かく書いてあったんで、手初めに造ってみたッス」

 そう、その形は忘れるはずも無い。
 僅かに知る物と意匠が異なるけれど、間違い無くあの魔剣と同じだ。

 勇が初めて手にした魔剣【エブレ】と。

「勇さんが持ってたのもきっとグゥさん達が造ったんでしょね。だから工法が具体的に描かれてたんス。お陰で造り易かったし、アレンジもし易かったッス」

「そうか、そうだったんだな……」

 その魔剣を受け取り、まじまじと眺めれば懐かしさが滲む。
 しかもそんな魔剣をあのグゥ達が造っていたと知ったから。

 まるでグゥが勇の事を守ってくれたと思えてならなくて。

 それにきっと、この想いはグゥ自身も一緒だったに違いない。
 何せ、自分達の造った魔剣が実際に己を守ったのだから。
 レンネィの斬撃を防ぎ、命を救う事によって。

 だからもしかしたら、その時から勇に日誌を渡す事を検討していたかもしれない。
 己に刃を向けない、正しき心を魔剣に映した者だったから。

「造ったのはそれだけじゃねッス」

「え?」

 そしてそのグゥが繋げてくれた希望はカプロの手によって今広げられる。
 大机の覆っていた布をばさりと取り除く事によって。

「これって!?」
「うおおっ、すっげぇ~!!」

 現れたのはなんと、幾つもの魔剣だった。
 それもいずれもが【エブレ】と似た意匠を持つ物で。
 かつ思い付くままに種類を取り揃えて。

 小斧型、拳甲型、双棍型、短弓型、杖型――

 いずれもしっかりとした出来栄えだ。
 粗削りだが、手に取るだけで力が伝わってくる。

「ま、ガワの大半は師匠や別の工房の人が造ってくれたんスけどね」

「それをカプロが仕上げて魔剣にしたんだな」

「そうッス。木製ッスけど、充分パワーは出るハズッスよ」

「うん、わかる。手に取っただけで〝これは魔剣だ〟って伝わって来たから」

 さすが、カプロが「簡単に造れる」と言っただけの事はある。
 まさか一日でこれだけの数と種類が造れるとは。
 しかも完成度はかなり高いという。

 もしかしたら【エブレ】も以前の物より強いかもしれない。

 つまり、そう仕立てられたカプロにはセンスがあるという事だ。
 それも幼少期から培われてきた経験と合わさっての。
 そうでなければこの完成度の説明が付かない。

「で、どうッスかね?」

「うん、いい出来だと思う。お前、きっと才能あるよ」

「うぴぴ、そう言ってくれると嬉しいッスねぇ~」

 だからこそ決して贔屓ひいきする事無く正直にこう答えられる。
 〝これなら本番の魔剣も凄く期待出来そうだ〟という想いも籠めて。

 そうして出来た【エブレ】を眺め、懐かしさを楽しむ。
 手に入れた時の記憶を思い出しながら。

 そんな時、ふと勇の傍から手が伸びる。
 それも置かれていた別の魔剣達へと向けて。

 心輝である。

 やはりこの男が黙って見ている訳も無かったのだ。
 勇の物ならまだしも、使用者の決まっていない物なら遠慮するはずも無い。
 憧れ続けて来た物なら尚更の事で。

 だが――

「やめろシン、お前は持つな」
「んなッ!?」

 そんな心輝の腕が間も無く、勇の手で掴まれ阻まれる事に。 

「な、なんでだよ!? こんなにあるんだから俺だって――」

「そんな単純な話じゃない! この魔剣を持つって事には責任が伴うんだ! これは簡単に手に取っていい玩具じゃなく、誰かを殺したり、殺されに行く様な〝殺人武器〟なんだよッ!!」

「ッ!?」

 そして更には勇の怒号までもが響く。
 それも、やってきたばかりのちゃなとあずーが驚き固まる程の。

 それ程までの剣幕だったのだ。
 まるで危険物を触ろうとした事を注意するかの様な。

「だから福留さんだって本当は俺や田中さんから魔剣を取り上げたいハズさ。だけどそうも言っていられないから、俺達が力を貸す事にしたんだ」

「勇……」

「それだけじゃない。仮に皆が魔剣を持ったとして、俺に皆を守り切れるくらいの力はまだ無いんだ。それじゃ戦いに出ても統也の二の舞になってしまう。もう、あんな想いは沢山なんだよ……ッ!!」

 そう、勇にとって魔剣は未だ危険物なのだ。
 人生を、在り方を崩してしまう程の。

 確かに今まで何度も助けられた。
 その度に優越感さえ感じていたのは確かだろう。

 でもそれ以上に、戦う度に苦しくて、痛くて、悲しくて。
 その上で命が失われて、無力にも苛まれて。

 だから頑なに魔剣を持つ事を否定したのだ。
 そんな生き地獄に親友達を巻き込みたくないから。



 けど、その想いは所詮、独りよがりにしか過ぎない。
 ただ自分がこれ以上後悔したくないだけの。



「待ってよ勇、それは違うんじゃない?」
「……えっ?」

 そんな感情が痛いほど伝わる言葉だったから気付けた。
 彼女だけがその真意と、矛盾に気付く事が出来たのだ。

 心輝を掴む腕、それを更に掴み返した――瀬玲だけが。


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