上 下
335 / 1,197
第十一節「心拠りし所 平の願い その光の道標」

~今日はとっておきの場所に連れてってやるよ~

しおりを挟む
 約一〇キロの超人ロードワークを終え、勇とエウリィが帰宅を果たす。
 しかもこの距離を僅か半時間ほどでこなして。
 常人では困難を伴う驚異的な速度である。

 それでもエウリィは最後までしっかり付いてきていた。
 勇のやり方に学び、己なりの最適解を考えて。
 最後の方はもうボロボロだったが、それでも少しだけ原理を理解出来たらしい。
 さすがは才女と言った所か。

 とはいえまだまだキッカケを得ただけに過ぎない。
 実力を身に付けるにはこの鍛錬を日々こなす必要があるのだから。
 今回はその一歩手前、肉体の回復手段をざっくり履行しただけなので。

 そんな疲れた身体を、勇が腰から支えて屋内へ。
 すると間も無く、玄関に倒れた別のボロボロな少女の姿が。

「ただいまー……あれ、田中さん。大丈夫?」

「だいっ、じょうっ、ぶっ、はあッ、はあッ!」

 どう見ても大丈夫じゃない。
 汗だくで、でろんでろんで、へろへろで、目も回していて。
 今にも気を失ってしまいそうなくらいに息が荒いという。
 ちゃななりに頑張った成果なのだろう。

 ただ、それでも今は他人に見せられないくらい酷い有様で。
 最近著しい成長を見せる胸部についつい目が行ってしまうくらいだ。

 間も無くエウリィの両手がそんな邪な勇の目を遮る事になったけれども。

「あっ勇さんッ!! ひどいッスよ、ボクを置いていくなんてぇ……」

 そんな中でリビングからもう一人の声が。
 カプロが半泣きで現れたのだ。
 どうやらロードワークへ行ってる間に目を覚ましていたらしい。

 それに気付き、エウリィの指の隙間からリビングを覗けば。
 当然先には母親の気配は無い。
 恐らく仕事に行ったのだろう。

 となると、ちゃなが帰って来るまで一人だった訳だ。
 この様子だと彼女が帰ったのもつい先ほど。
 タオルを持ってる辺りは、カプロが介抱中といった所か。

 なら寂しがるのも当然の事だろう。
 なにせカプロにとっては、この家でさえまだ何も知らない場所なのだから。

「ごめんカプロ、気持ち良く寝てたっぽくてつい」

 本当は父親も有給休暇で家に居るのだけれど。
 最近はなんか許されたのか、休みに起こされる事がめっきり減った。
 なのできっと今も寝ているに違いない。

 つまり勇の配慮不足という訳だ。
 これにはさすがに反省せざるを得ない。

「ホントごめんな。お詫びに、今日はとっておきの場所に連れてってやるよ。それで許してくれよな」

「本当ッスか!?」

「まぁ!! わたくしもお供してもよろしいでしょうか?」

「うん、せっかくだから皆で行こう。お昼過ぎくらいに」

 カプロをここに連れて来た以上、保護者は勇な訳で。
 ならこうして機嫌を取るのもまた勇の義務となる。
 少なくとも、大きな責任は伴うだろう。

 だから勇もその責任を果たす為にカプロを街へ連れて行く。
 エウリィに対してもそうだ。
 これは元々やる予定だったから、決して懺悔の為ではないけれど。

 それでも楽しんでくれればいい。
 東京まで来て良かった、そう言ってもらえればそれだけで。



 決して雪なんて縁の無い、普通な晴れの日のクリスマス。
 でもきっと、カプロ達にはそんな雪よりずっと楽しい思い出を飾れる事だろう。

 人の街。
 たったそれだけの、好奇心そそられる場所へと訪れるだけで。





◇◇◇





 そんな訳でお昼過ぎ。
 勇の父親が作ったワイルド焼きそばを平らげて、そのあと勇達は心輝達と合流する。

 目的地はあのショッピングモール。
 勇達がいつも利用している近場のあそこである。

 しかしどこにでもあるだろうと侮る事無かれ。
 初めて訪れた者にとってこれ以上の衝撃があろうか。
 なにせ、凄まじく広い空間全てに商品が並んでいるのだから。

「凄いッス。人、人、人だらけじゃねッスか……」

「こ、これは……なんて素晴らしい。この間のお城以上です!」

 もちろんそれ以外にもカルチャーショックは沢山ある。

 周囲は見た事の無い人だらけなもので。
 カプロにとってはこれ以上ない衝撃だった事だろう。

 エウリィもこの物だらけの空間を前に、入っただけでウットリだ。
 色々と目移りして、目が顔がもう止まらない。

「二人ともあんまし目立つ様な事するんじゃねーぞ。バレっから」 

「まぁアンタが今みたいに下手打たなきゃ平気でしょ」
 
 にしても、こんな場所に二人を連れて来ても平気なのだろうか。
 エウリィはまだしも、カプロは明らかに人間ではないのに。

 だが実は何の問題も無い。
 勇達にはとっておきの秘策があるのだから。



 何故ならば。

 今の勇達は全員、アルライ族なのだ。
 それというのも【アルライ族なりきりセット】を身に付けているからこそ。



 【アルライ族なりきりセット】。
 それは最近発売されたばかりのコスプレアイテムだ。
 アルライ族が公表された後、某企業より販売開始したものである。

 しかもこれ、たちまち世間に大ヒット。
 バカ売れもバカ売れ、今では類似品から模造品さえ販売される程に。
 予約・入荷も見通し無し、仕入れてもすぐさまSOLD OUTうりきれごめん
 関連商品でさえ売れまくるという今注目の逸品となっている。

 これがまた本物に忠実なのだ。
 突き出た被せ鼻にはしっかり被毛までが付いていて。
 ビョーンと伸びた耳までしっかり再現している。
 おまけに付け尻尾まで付属し、気分はタヌキそのもの。

 勇達がそのアイテムを身に着けたお陰で、カプロがもうコスプレにしか見えない。
 後は目立ちにくい様に普通の服装と帽子、サングラスを掛ければ完璧で。
 ついでにエウリィの青髪も染めただけにしか見えないので合わせ技で一本。
 もはや只のコスプレ集団と化しているという。
 
 もちろん変装しているのは勇達だけではない。
 他の普通の人も所々に身に付けているのだから。
 ファッションの延長の様なものと認識されているが故に。

 そんな事もあって、バレる心配は非常に少ない。
 実に完璧な作戦と言えるだろう。

 後は心輝の様にボロを出さない事を祈るばかりだ。


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...