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第十一節「心拠りし所 平の願い その光の道標」

~頼むから戦いを仕込まないでくれぇ~

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 瀬玲と相談し合った日の夜。
 食事も終えた所で、勇は福留に電話を掛けていた。

 もちろんSNSで連絡するのも良かったかもしれない。
 けど、なんだかそれも失礼と思えてならなくて。

 なにせ福留との連絡と言えば大抵は電話だ。
 SNSを使う事はあっても軽い連絡くらいで、大事な話の時は使わない。
 情報が文字列データとして残るのを避けたいからだそうな。
 秘密組織員らしい最もな理由と言えよう。

 ただそうすると繋がらない時は伝えようがない。
 例えば、今の様に先方が電話を取れない状態の時などは。

「繋がらないな。忙しいのかな……」

 出られる時は大抵、即座に出てくれるのだが。
 どうやら今は都合が悪いらしい。

 だから今度は正当な理由でSNSを立ち上げて。
 たった一言、「相談があります。連絡ください」とだけ送る。

 これで後は返信を待つだけだ。

 でもその返信は一向にやってこなくて。
 それ程までに忙しいのだろうか。

コンコン……

 するとそんな時、扉を叩く音が聴こえてきて。
 ふと返事を返してみると、扉を開いてちゃなが現れる。

 きっとお風呂上りなのだろう。
 タオルに包まれた髪はまだ湿り気を帯び、僅かに甘い香りも漂ってきていて。
 ピンクのパジャマも着ている辺り、寝る準備も万端な様だ。

「どうしたの、田中さん?」

「実はですね、お願いしたい事があって……」

 そんな様相でもじもじとする姿はとても可愛らしい。
 勇が振り返って見れば、思わず見惚れてしまうくらいには。

 ただその話題の振り方から、勇としてはデジャヴを感じざるを得なかったけれども。

 やはり昼間の瀬玲とのやり取りが心に残っていたらしい。
 だからか、「お願い」という言葉に思わずピクリと反応する姿が。

「【嵐丸】のチケットは無理だよ?」

「えっ? らんまるって?」

「あ、いや、ごめん……こっちの話」

 ついついそんな記憶に引っ張られて、余計な事まで口走るハメに。

 それだけ瀬玲の豹変具合がインパクトあったもので。
 ついでに【嵐丸】自体もトラウマになってしまいそうな勢いである。

「それで、お願いって?」

「えっとね、さっき愛希ちゃんから連絡があってね。『クリスマスパーティしない?』って」

「えぇ……」

「それで、皆でやれたらいいなって。だったら勇さんに相談すれば出来るかもしれないって思って」

 しかし現実はどうやら予想以上にお祭り騒ぎだった様で。

 まさかちゃなの方からもパーティの相談が来るとは。
 しかも同日に。

 そんなあまりのタイムリーさに勇も驚愕を隠せない。
 おまけにどちらも任せようとしてくるのだからもう。

 頼られるのは決して嫌ではないのだけれど。
 当人としてはなんで頼られるのかがわからないから、気分はとても複雑だ。
 パーティ開催の才能でもあるのか、などと勘違いしてしまいそうなくらいには。

「もしかしてだめ、でしょうか?」

「ううん、そういう訳じゃなくてね。実はセリからも同じ事相談されてたんだよ。だから驚いちゃって」

「あ、そうだったんですね。偶然ってすごい!」

 なのでここで早速ネタばらし。

 これにはちゃなもとても嬉しそう。
 過去の事からパーティなんてずっと疎遠だったに違いない。
 だからきっと楽しみにしていたのだろう。

「まぁセリと愛希ちゃんに接点無いから口裏合わせは無いよな」

「そうですね。電話番号とRAINのIDくらいは知ってると思いますけど」

 偶然の一致にも感謝を隠せない様だ。
 感激の余りにスマートフォンを胸に抑え込んでいて。

 そんな姿はまるで神に感謝を捧げる聖女か。
 元々の柔らかさもあってか、なんだか後光が輝き見えてくるかのよう。

 どうやら、新時代の聖女はスマートフォンを十字架の代わりとするらしい。

「それで折角だから知り合い皆集めたいなって思って。カプロとかもさ。だから今、福留さんに連絡中。繋がらないけどね」

「はわぁ! そうなんですね。凄い楽しみです……!」

 これでちゃんと神に祈りが届けばいいのだけど。
 うっかり創世の女神にでも届いてしまえば惨事は免れそうもない。

 だから勇としては戦々恐々だ。
 せめて目前の聖女の願いがしっかり届く事を祈るばかりである。

 やっぱり、ちゃなの悲しむ姿はあまり見たくないので。
 この間のマヴォの一件でもそれなりに心を打たれたから尚の事。

「だから結果出るまで待ってもらっていいかな?」

「はいっ!」

 なので今は期待だけを与えてリリースする事に。
 お陰でちゃなも満足したのだろう、ウッキウキで部屋から出て行く。

 ただ、勇としてはとても複雑な様子。
 辛い所は、必ずしもクリスマスパーティが実現出来るとは限らないから。
 それどころか、もしかしたら最悪のケースさえ有り得るのだ。

 そう、未だ福留から返信が来ていないからこそ。

 だとすると、今度は不安が過ってならない。
 福留が忙しいとなると、大概が戦いの話に繋がったりするもので。
 これでもしも運が悪ければ。

 楽しい聖夜祭り計画が一転、血祭り決行日となりかねない。

「まさかクリスマスにお正月、魔者退治って事は無いよな……?」

 しかも可能性が無きにしも非ず。
 国内の問題こそ大体解決したが、福留の視野は既に海外にも向けられている。

 故に年末年始を海外で、しかも戦いで越す可能性だって充分に有り得るのだ。

 そんな不安が勇をまたしても悩ませる事に。
 「マジかーまさかそんな」などとぼやき、頭を抱えさせて。
 それも余りに深く悩んでいた所為か、肘を掛けた机から軋みさえ唸る。

「田中さんにとってはクリスマスパーティなんて初めてだろうし……うわぁ、どうするかマジで」

 最初は『ただパーティが出来たらいいな』というくらいの安請け合いだった。
 しかし今は皆から期待を背負う大役だ。
 それも今からもう失敗の可能性さえ見えるくらいの難易度という。

 故に責任が物理的に重く圧し掛かる。
 肘が机を歪ませるくらいに。

――福留さん、頼むから戦いを仕込まないでくれぇ……!――

 でも今はこう祈るしかない。
 あるいは自分を痛めつけて気を紛らわせる事しか。

 そう思い付いてしまったからか、ついつい勢いで机に頭を何度も打ち付ける。
 机がヘコもうがもう関係無い。

 その姿、もはや荒行中の修行僧の如くストイックである。

「勇君、うるさいわよー!」

 なので下から苦情が来ようが構いやしない。
 そんな言葉よりも皆の期待に潰される方がずっと辛いので。

 するとそんな時、図ったかの様にスマートフォンが振動する。

 それからの勇は凄まじく速かった。
 命力機動を駆使し、何一つ寸分なくスマートフォンを掴み取って。
 ソフト&ハードに素早く手元に寄せ、即座にロックを開く。

 この間僅か一秒。
 機械の限界動作に挑戦する程の驚異的スピードである。

 ――だったのだが。

「あれ、これって……」

 いざ開いてみれば、連絡を寄越したのは全く別の人物で。



『エウリィ:ちゃな様からクリスマスパーティというものがあると聞きました』
「田中さぁーん!?」



 しかも更に重圧を上乗せしてくるという始末。
 この余りの仕打ちに、勇の責任感はもはや瀕死の状態だ。

「ふんぬゥゥゥ!!!!!」

 故に間も無く、机板が〝く〟の字へと折れ曲がる事に。

 今の勇のヘッドバッドは鉄をも砕く。
 命力が籠められれば威力はもはや大金槌と変わらないのだ。

「勇君、いい加減になさい!」

 ならば衝撃も相応に。
 階下からの苦情も過激にヒートアップである。
 もちろん勇に聞く耳などもはや持ち合わせてはいないが。

「まずい、早く手を打たないと大変な事になるかもしれない……」

 もう余裕などありはしない。
 下手に強い責任感がある所為か、今ではガチガチと歯を震わせる程だ。
 それだけの重圧に苛まれているからだろう。

 こんな妄想を脳内に響かせてしまう程に。



『勇さん……信じてたのに、酷いです』

『まっさかお前が女を泣かせる奴だったとはなぁ』

『勇に期待した私がバカだったわ』

『幻滅しましたーもういいですー』

『勇さんとはもう交流したくないッス』

『所詮、お主も只の魔剣使いか』

『もはや其方は主とは呼べぬ』

『勇様って約束を破る方だったんですね。
 ……失望しました。もう顔も見たくありません。さようなら』



「ノォーーーウッ!!」

 所詮は妄想である。
 只の想い過ごしである。

 だがそれでも、勇にとっては何より辛かった。

 直後、机上の本が全て床へと撒き散らされる事に。
 それと同時に、これ以上無い衝撃音が家中へと響き渡る。

 これにはさすがの母親もキレた様で。
 間も無くドスドスと駆け上り、勇の部屋へと突撃だ。

「アンタ何してるの!! いい加減に――って、ええ!?」

 しかし途端の惨状を目の当たりにして驚きを隠せない。

 本当に何が起きたのかさっぱりわからなかったのだ。
 何せ、勇の机が縦真っ二つに引き千切れて倒れていたのだから。

 もちろん鉄製である。
 昔から使っているとはいえ、とても丈夫に出来た良品である。

 でもそれが今や瞬時にしてスクラップに。
 しかもその中央には項垂れる勇の姿があるのだからもう。
 情報量が多過ぎて把握が追い付かない。

 唖然とするばかりで掛ける言葉も思い付かない様だ。

「勇君、大丈夫?」

「なんか、色々ダメかもしんない……」

「あっそう……ダメそうならちゃんと相談するのよ?」

「そうする」

 母親に出来るのは精々これくらいか。
 どう考えても、相談した所でどうにもならなさそうだけれど。

 とはいえ、今はその優しさだけでも救いにはなるだろう。
 少なくとも、重圧まみれの今の勇には。

 もっとも、勝手に一人で思い違いしてるだけの痛々しい状況には変わりないが。


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