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第十節「狂騒鳥曲 死と願い 少女が為の青空」

~咆えよ命を~

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「勇さん、遅いですね」

「恐らくは説得に時を掛けておるのであろう。 いささか事情が複雑ゆえな」

 勇が城内へ入ってから既に三○分程が過ぎた。

 その所為か、ちゃなはどこか退屈そう。
 状況が状況なだけにエウリィとも連絡が付かず、お話相手もお堅い鳩ばかりなもので。
 今となっては地べたに座り込んで「ふわぁ」と欠伸を上げる始末だ。

 どうやらジョゾウ達では退屈凌ぎにならない様子。
 例え可愛くても反応が小難しいので面白くないらしい。

 一方のジョゾウ達側はと言えば、随分と呑気そう。
 状況を見守るジョゾウとボウジを除き、残り五人の自由気ままに歩く姿が。
 それも城内から監視されてようがお構いなしにトラックを見学しているという。
 なかなかのフリーダムっぷりである。

「【コケッコーラ】はどこであるか?」

 ライゴに至っては一体何を探しているのやら。
 片手に小銭を握り締めるその姿はまるで、初めてのお使いに行く子供の様だ。



ズズズ……



 するとその時、微かな地響きがちゃな達の下へと伝わってくる。
 なんと城門が開き始めたのだ。

 入城許可が出たのだろうか?
 そんな期待がジョゾウ達の脳裏を過る。

 でも開いたのはほんの少し程度。
 人一人が通れるくらいの隙間分だけで。
 間も無く地響きも止まり、再びの静けさが訪れる事に。

 一体何だったのか。
 唖然とするのはジョゾウやボウジのみならず。
 あのライゴでさえ動きを止めて凝視しているという。

 しかし直後に彼等は知る。
 今のが決して不穏の訪れを報せたものではないという事を。

 陽の下に晒されし屈強な男の登場によって。



 フェノーダラ王が現れたのだ。
 なんと王が自ら出向き、城の外に出て来たのである。



 王が壁外へ出るなど、この半年で初めての事だ。
 何があろうと門外へは出て来ず、代表として常々城内に居たのだから。

 それは単に、常々と兵達の心の支えとなる為。
 この特異な状況において生まれる不安を一身に引き受ける為だ。
 王として、強き者として皆の見本にならんと。
 そんな者がフラフラとしていては示しも付かないからこそ。

「メーデフッ!! 大事があった時はお前が王だ。 心して居ろ」

「心配はしておりませぬ。 勇殿もおりますが故!」

 その様な気高き志を抱いた王が遂に、ジョゾウ達の前に全容を晒す。
 最大の協力者であり、力強い友でもある勇と共に歩みながら。
 二人を見送る家臣達に自信満ち溢れた背を見せて。

「もし何かがあった時は……俺がジョゾウさん達を斬ります。 それが俺の責任だと思うから」

「気を負うなよ勇殿。 だがきっと大丈夫であろう。 何せ其方が勧める者達なのだからな」

 勇は少し不安げだが、王自身は比較的いつも通りで。
 歩みこそ力が籠っていても、口元は緩んでいる。
 きっと勇が傍に居るというだけで安心出来るのだろう。
 それだけ王は勇の事を買っている、という事だ。

 ただそんな緩んだ顔も、ジョゾウ達の前で再び引き締められる事となるが。

「貴殿が王であるか?」

「そうだ。 我がフェノーダラ王である」

 更には腕を組み、王の威厳とも言うべき力強さと頑なさを示す。
 何者にも恥じぬよう、そしてジョゾウ達にも気圧されぬ様にと。
 例え外とはいえ兵士達も見ているからこそ。

 その一方でジョゾウ達はと言えば、揃ってひざまずうつむく姿が。

 いつの間にかジョゾウを先頭に、六人が左右へ引く様に並んでいて。
 陣形を組んで規則正しく並ぶ姿はまさしく、鍛えられた兵隊の姿そのものだ。 
 そこに先程までの緩さはまるで残されていない。

「お会い出来て光栄つかまつる。 拙僧はジョゾウと申す。 急遽訪れし理由と致しましては、先ず事情をお話しせねばなりませぬがよろしいか?」

「大体の話は勇殿より聞いた。 ならば其方より聞くのはただ一つ。 我に謁見を求めるその理由だ」

 そんな中ジョゾウの頭がスッと上がる。
 フェノーダラ王の意思に応えようと、その眼を見つめる様にして。

「我等が信を得る為にも貴殿を仮の主君とし、しばし付き従いとう御座る。 しからばその許しを請いたく」

「ほう。 それが其方らの流儀という訳か」

「左様。 願わくば一時的な休戦の意を以て我等も応えたい所存。 其が為にならば拙僧ら、この身をも捧げましょうぞ」

 ただ、その時見せた意思は決意などとは少し違っていた。
 それは僅かな哀愁を乗せた、一つの諦念で。

 それもそのはず。
 ジョゾウ達は言わば贈り物なのだから。
 フェノーダラ王国と【カラクラ族】が休戦を結び、問題解決を図る為の。

 一時的に互いの怨恨を無かった事にする為の―――生贄として。

 これこそが勇にも伝えていなかった訪問の真意。
 ジョゾウらの守る流儀の果てなのだ。
 これは一族に生まれ、任命された者として避けられない運命である。

 故にジョゾウ達はもう覚悟を決めていた。
 王に会ったその先で待ち受けるであろう惨事に。
 例え五臓六腑を生きたまま引き抜かれようとも惜しくは無いのだと。

 それは単に、己の里に生きる者達の安寧の為に。

「ではその行動が信たる根拠を示してもらおう」

「然らば先ずはこのジョゾウの命を以って応えましょうぞ。 なんなりと申しつけを!」

 恐らくその意図はフェノーダラ王にも伝わっている。
 こういった事が今までも恒常的に行われていたからなのだろう。
 だからこそ今の王の表情は今までに無く険しく厳しい。
 それも勇が見た事に無いほど冷徹で、まるで下物を見る様に見下していて。

 そしてジョゾウらの流儀に応えんと、その頑なな口を開く。
 兵士達もが望むであろう結末の形を。



「ならばジョゾウとやら―――今すぐここで死ね」
「えッ!?」



 そうして放たれたのは余りにも非情な一言だった。
 勇が思わず動揺してしまう程に。
 
 死ねと言われて死ぬ者がいるだろうか。
 いくら命令を受けたからとはいえ自害など。

 しかしそれは所詮、勇だけの認識に過ぎない。
 命尊しを重んじる現代人故の思考でしかないのだ。

 その証拠と言わんばかりに、この時ジョゾウは小太刀二刀を両手に取っていた。
 王へと忠誠の根拠を示さんが為に。

「―――うけたまわった!」

 それは腰両脇に下げられていた、手に包める程の小さな刃物で。
 素早く抜き出しては、器用な柄返しと共に翳して見せる。

 切っ先を十字に交わし、己の首へと鋏の如く掛ける様にして。

 その意思に迷いは無い。
 眉一つ、瞬き一つ動かさない程に。

 既に覚悟は決めていたから。
 家族に別れも告げて来たから。
 仲間と誓いも交わし、今生への未練はもう断ったから。

 ならば後はその手を引くだけで終わるだろう。

―――先に浮世にて待とう、我が意思を継ぎし同胞達よ!!―――

 故に今、その手に力を籠める。
 己の首を掻き切る程の力を。
 仲間達への迸る想いと共に。

 その仲間達が俯いたまま、固唾を飲んで堪えるその中で。



 だがその時、突如としてジョゾウの視界で―――光が弾け飛ぶ。



 なんと、勇がいつの間にか目前に立っていたのだ。
 目が眩まんばかりに凄まじい輝きを解き放つままに。
 大地を砕け弾く程の制動衝撃を伴いながら

 それも空かさずジョゾウの手首をガシリと掴み取って。

「止めるんだジョゾウさんッ!! 貴方が死んで一体誰が得するっていうんだッ!!」

「な、なんと!? 勇殿ォ!?」

「誰にも得なんて無いッ!! 誰も貴方が死んで喜ぶ奴なんていない! そんなの得でも喜びでも何でもないんだよッ!! そんなのは悍ましく嘲笑う為だけの、只の命の無駄遣いじゃないかあッ!!」

 するとたちまちジョゾウの腕がこれ以上動かなくなるという。
 それ程の力で抑え込まれていたが故に。

 いや、きっと気圧されてもいたのだろう。
 それだけ勇の力が剣幕が、想像を絶するほど迫力に満ちていたから。
 


「そんな事の為に自分から命を断ったら、ジョゾウさんの命がそんな事を望む奴等より軽くなってしまう!! ジョゾウさんの命はそこまで軽く無いだろッ!?」



 その叫びは場に轟く程に凄まじかった。
 命力が必死の想いをも強く乗せたが故に。
 ならば王のみならず、城門前に立つ兵達にさえ届こう。

 まるで衝撃波の如き突風を、その身その心に受けながら。

 きっと兵達は誰しもジョゾウ達の死を望んでいたに違いない。
 それが彼等の持つ常識であり、権利だとも思っていたから。

 しかし今、兵達は―――罪悪感を抱いていた。
 その認識が歪んでいたという事に気付かされたのだ。

 その認識の在り方は自分達が憎んでいた魔者とまるで変わらない。
 人間を殺そうと躍起になって襲い来る者達と全く同じだったのだと。

 自分達が魔者に成り下がっていたと、今ここでやっと気付いたのである。

 そう気付かされて恥じぬ者などいるものか。
 凶暴な魔者と同じ事をしてもいいなどと思い込んでいたその思考に。
 生きる為に必死であるが故に、人間としての誇りと尊厳を忘れていた事に。

 だからこそ、兵達は揃って拳を強く握り締める。
 後悔と、己の浅はかさに打ち震えて。
 シャツ一枚の行為で浮かれていた未熟さに苛まれて。

 今の勇の一声は、兵士達のそんな誇りを取り戻させる程に力強かったのだ。

「だから止めるんだッ!! 俺はこんな結末を望んじゃいないッ!! それでも続けるつもりならもう帰れよッ!! 貴方みたいな良い人を斬りたくないんだ、頼むよ……」

「勇殿……」

 そして同時に、ジョゾウ達の胸すら強く打とう。
 力強くも震え、その眼を潤させる勇を目前にして。

 彼等もまた心があるから。
 種族に縛られず受け入ようとする心が。
 かつての怨敵であろうと跪ける程の想いが。

 その全ての想いの先に、己の守りたい者の姿があるからこそ。

 それでも、彼等が騙し討ちで王を狙う様な悪人であれば迷わず斬っただろう。
 しかし彼等の誠意は、自らの死を選べる程に純粋だった。
 だから勇はジョゾウ達を斬れない。

 を斬るなど、出来る訳が無い。

 その温情に打たれ尽くし、遂にジョゾウの腕から力が失われ。
 そうして解れた手からは刃が零れ、大地に虚しく音を立てて転がり行く。
 後はただ感銘に打ち震え、嘴を一心に噛み締めるだけの男がここに。

「勇殿の暖かき御心、身に染みるようよ。 其方にとって命とはさぞ掛け替え無き物なのであろうな」

 勇がそんなジョゾウの腕を離し、深く頷きを見せる。
 空いたその手を、項垂れた両肩へとそっと掛けながら。

「うん。 だってジョゾウさんみたいな考えを持つ人はきっと少ないと思うから。 多分これからもきっとさ。 だから俺はジョゾウさんには死んで欲しくない。 他の皆だって、王国の人達だって」

 勇は他でもないジョゾウを認めたのだ。
 こうして人の世に来て和を願う彼等を求めたのだ。
 似た他の誰でも無く、これからの可能性でもなく。

 今ここに居る七人の生こそを大切と願ったのである。

 ならジョゾウ達も己の生に願う。
 生きて掴める可能性に。
 それこそが求めるべき最良の形と知ったから。

「我が命に背くか? ならばそれも良かろう。 ただし我が国の領域を犯す事は認めぬ」
「王様ッ―――」
「だがしかしッ!!」
「―――ッ!?」

 その願いも王には届かないのか?
 いや、決してそんな事は無い。
 いや、既に届いている。
 勇からも、ジョゾウからも、今までに感じた事の無い程の熱意を感じたからこそ。

 ならばフェノーダラ王ほどの男が心を揺らさぬ訳が無い。

「我が心友たる勇殿の命で動くならば、ついうっかりと足を踏み入れてしまってもいざ仕方無き事であろう」

「お、おお……」

「これにて我の用は済んだ。 後は好きにするがいい」

 故に託す。
 最も信頼せし者へと。
 これこそが最良の解決を導くと信じたから。

 そうして踵を返す姿はなお誇り高し。
 勇より思い起こされし志に胸を高鳴らせ、自信に満ちた足取りで去り行く。
 その太い首に隠された口元へと笑窪を浮かばせながら。

 するとそんな王が門へと戻った時―――

「そうやって面倒くせぇ事をあいつに押し付けてんじゃねぇよぉ」

 早速、聴き慣れた野太い声が迎える事に。
 剣聖である。

 どうやら一連の話に聞き耳を立てていたらしい。
 門に背を充てて隠れていた様だ。

「フフッ、剣聖殿がそれを言いますかな?」

「ケッ、小僧が減らず口を叩きやぁがる」

 その剣聖の口には「ニタァ」としたいやらしい笑みが浮かび。
 ならばと負けじと、フェノーダラ王も「フフン」と鼻で笑う姿が。

 たちまち始まるのはいつもの口喧嘩の様な煽り合いだ。

 でも今回は少し雰囲気が違うか。
 どちらかと言えば、一連の出来事に感化された様な温和さを抱いていて。

「この歳ともなればもう頭など凝り固まってね、新しい考えなぞ受け付けなくなる。 こういう未来の事は若者に任せるべきなのだよ」

「爺くせぇ事言ってんじゃねぇよぉ。 俺からして見りゃおめぇはまだまだ側だぁよ」

「ふっ、貴方からして見れば全てがそうでしょうな。 だが半端な私だからこそ託したいのだ。 王となって組み立てられなくなった礎を、彼なら―――彼等ならきっと組み立て切ってくれるだろうと信じたからな」

「へっ、なら王なんてモンさっさと辞めちまえばいいのによぉ」

 その様な会話の末に、とうとう王が大笑いを上げる事に。
 それも「プフッ、クク、ンハハハ!」と膝を打つ程の。

 剣聖の一言が余程ツボに入ったのだろう。
 なんて事の無い一言だったけれど、それでも王には傑作だったらしい。
 きっと図星だったに違いない。
 辞められるなら辞めたいと、ついそう本音が漏れてしまいそうな程に。

「そうもいかんさ。 この座だけは誰にも渡せんよ。 私は他の誰にも貧乏くじを引かせたくは無いからなァ。 恨み辛みをぶつけられるのは我等年寄りだけでいい。 面倒事は老い先短い奴が全部引き受ければいいのだ」

「チッ、めんどくせぇしがらみに魅せられちまったなぁおぉ?」

「あぁ、皆の苦言を受けるのももう快感だよ。 そろそろ悦びで干上がってしまいそうだ。 勇殿が余りにも眩し過ぎてな」

 この世界に来て、色々な事が有り過ぎた。
 常識を覆す程の数々が。
 その末に勇という存在に出会い、常々と思い知らされたから。

 今ではもう、一つ昔の自分さえ思い出せなくなりそうで。

 ただそのお陰で忘れていた事を思い出せた様だ。
 若かりし頃、国を想って戦っていた時の事を。
 自由に戦い、自由に遊び回っていた時の事を。

 だからこそ願う。
 勇には、そんな戦いから離れて後悔した自分の様にはなって欲しくないと。
 雲の如く自由気ままに正しく戦って欲しいと。

 そう、青空へと願わずには居られなかったのだ。


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