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第十節「狂騒鳥曲 死と願い 少女が為の青空」

~皆の者、電車にGOでござる~

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 土曜の朝が訪れた。

 東日本一帯は冬らしい乾いた晴れ間が広がっていて。
 どこかに出掛けるには絶好の日よりと言えるだろう。

 だからか、勇のみならず世間も賑わいを見せている。
 ハイキングや買い物など、様々な理由でウキウキと。
 公共機関である電車も、そんな期待を膨らませた人達でもう一杯だ。

 そんな今日、栃木近郊にて。
 東北よりやって来た下り列車の中では起きていた。

カタタン、カタタン……

 線路を叩く音が微かに流れる車内で、人々が想いのままに声を漏らす。
 でも、その様子はどこかおかしい。
 旅行に向かう様な明るい雰囲気では無いし、なんならどこか怯えさえ見える。
 人によってはスマートフォンを向けて車内を撮影したり。
 子供に至っては指を差し、親にたしなめられたり。
 どうにも期待と言うより不穏の方が色が強いと言えよう。



 それもそのはず。
 彼等の視線の先には、が居座っていたのだから。



 それもただの鳩ではない。
 人間ほどに大きな、鳩の様な姿をした者達だ。

 ずんぐりむんぐりとした灰色の鳩胸に、緑と紫の羽根模様が浮かび上がり。
 その胸を主張するかの様に、くりんとした瞳と細い嘴を有する小さな頭が上に伸びていて。
 そんな体を少し覆う様に、タンクトップ状の衣がちらりと。
 足は何故か正座風に折りたたまれ、座席の上にて礼儀正しく座っているという。
 折り畳まれた大きな羽根の中関節には手指もが付いていて、そんな足よりも大きく見える。

 しかしてそんなの頭には特徴的な耳までもがツンと伸び。
 更にはトサカや羽根飾り、紋様など各々の個性を持つ形を有している。

 そう、それも一人ではなかったのだ。
 なんとその数、七人。

 それだけの鳩風な何かが、一つの座席にギッチリ詰めて座っていたのである。

 それも堂々と恐れる事も無く。
 周囲に気取られず、首さえ捻らないまま。

「ジョゾウ殿、間もなく『トチギ』駅に御座る」

 しかも喋った。
 その身なりらしい中性的な声色にも拘らず、妙に硬い口調での日本語を。

 いや、彼等は決して日本語を語っていたのではない。
 周囲の人々にはそう聴こえていただけに過ぎない。

 そう、彼等は何を隠そう魔者である。
 あろう事か、鳩型の魔者が堂々と公共機関を利用していたのだ。
 加え、そう声を上げた者はしっかりスマートフォンまで操って見せているという。

 これに人々が驚かない訳も無い。

 故に騒然としていたのだ。
 まさかあのテレビを世間を賑わせた魔者が今こうして目の前に居るというのだから。

 公表時の良イメージのお陰か、幸いにもパニックの様な事は起きていない。
 皆戦々恐々としているが、精々別車両に逃げるのが関の山で。
 現場としては比較的落ち着いていると言えよう。
 それどころか、末端の者が子供と戯れ始める辺りは穏やかとさえ見える。

 その代わり、きっと今頃インターネットでは彼等の映像が無数に飛び交っている事だろう。
 何せこの魔者達、撮られようが怯えを見せようが基本的には一切動じないので。
 今まで勇が出会ってきた魔者達とはまるで大違いだ。

「ウム、あいわかったボウジよ。 しかしなんと壮大な景色であろうか。 よもや我が知る世とは思えぬ光景よな。 まるで形作りし者達が心の情景を映すかのようよ」

 そんな列の先頭で、最も胸の大きな個体がそう想いを馳せる。
 頭に跳ねる様な一本トサカを伸ばす、ジョゾウと呼ばれた者である。

「……してライゴ、それは何本目よ」

 しかしそのジョゾウがたちまち首を捻り、五つ後ろへ視線を向ける。
 そうして視線を向けられた者はと言えば―――

 なんとペットボトルドリンク【コケッコーラ】を口にする姿が。

 もはや遠慮無しである。
 仲間の視線を受けようが構わず、堂々と黒い液体を喉へと流し込んでいて。
 更には一気に飲み干し、腹に溜まった気を一気に口から吐き出すという。

「美味である!」

「いや、何本目かと聞いておるが味を聞いた覚えなど無いぞライゴよ」

 きっとライゴと呼ばれた者はマイペース派なのだろう。
 ジョゾウにそう諭されても表情一つ変えなかったもので。
 歌舞伎のくまどりにも似た紋様を顔に浮かべてる所が実にそれらしい。

「次の駅でも買ってよかろうか?」

「次は目的地ゆえ、ならぬぞライゴよ」

「無念よ……」

 しかも大事な話を全く聞いていない。
 さしずめ彼等の中の問題児と言った所か。
 その問題児も間も無く項垂れる姿を見せたけれども。

 でも空ボトルを肩掛け鞄へと突っ込む辺り、そことなく律儀だ。
 環境保全の意識でもあるのだろうか。

 だとすれば下手な現代人よりはずっと賢いかもしれない。

『次は、栃木、栃木~』

 するとそんな中、栃木到着を報せるアナウンスが車内に響く。
 扉の上でも電光掲示板が駅名を映し、乗客に漏れなく報せていて。

 その言葉、文字がわかるのだろうか。
 ジョゾウ隣の者が指を差し、それに倣って皆が席を立ち始める。
 それを成したのは、柔らかな羽根並みと鋭い目つきを有するボウジと呼ばれた者だ。

 その姿は実に統制が取れていると言えよう。
 足並み、体並びさえ合わせ、しっかり列を作っていたのだから。
 ジョゾウを先頭に、扉へと向けて歩く姿はまるで兵隊か。

 その姿が鳩風だからか、実に和ましく見える訳だが。
 扉の前に立って待つ姿はどうにも微笑ましい。

プシュー……

 そんな扉が遂に開かれた。
 栃木への到着を示さんばかりに。

 ただし、逆側の扉が。

「「「なんたることか!!」」」

 電車あるあるの光景である。
 これにはジョゾウ達も首を回して叫ばずには居られない。

 そうして驚きつつも、ジョゾウ達が車外へと次々出て行く。
 しかしそんな姿も実に穏やかの一言だった。

 居合わせた者達が驚いたり逃げたりする中でも堂々としたもので。
 ホームへ向かう階段でも列を崩す事無く、周囲の視線を受けつつも歩き進んでいくという。
 むしろ現代人の方がずっと失礼にさえ見える程だ。

 そんな彼等も遂に改札口前へ。
 駅員が「えぇ!?」と驚きの眼を向ける中、あろう事か自動改札機へと歩んでいく。
 それも、ジョゾウがしっかりと【Melon】カードを掲げた上で。

 駅員を安心させる為だったのだろう。
 自分達は決して怪しい者ではないのだと。
 現代人からしてみれば明らかに怪しさ満載な訳だけれども。

 なにはともあれ、そのカードを器用に扱いジョゾウが改札口を通る。
 もちろんジョゾウだけではない。
 後ろのボウジも、それに続く者も。
 皆が皆普通に通る、その姿はまるでそこらのサラリーマンと同じだ。



 しかしそんな中、突然のハプニングが彼等を襲う。



ブブーッ!  

 なんと突如としてゲートが閉じたのだ。
 ライゴが通ろうとした時の事である。

「なんと! こやつ!吾輩が気に入らぬと申すか!」

 するとたちまち紋様に同じくして怒りを示し、小さな目と口を「クワッ」と開かせる。
 その姿はまるで威嚇だ。
 無機質の機械に対して憤る辺りはやはり、とても『あちら側』の者らしいと言えよう。

 だがそんなライゴの目前に、大きな翼が鋭く突き付けられる事に。

 なんとジョゾウが制したのだ。
 まさしく目上の者として律する為に。

「待てライゴよ、こやつは其方が【まねぃ】を持たぬ事を知っておるのよ。 さては其方……主殿に貰うた【まねぃ】、全て使い切ったな!」

「お、おお……なんたることか!」

 どうやら図星だったらしい。
 その絶望の余り、遂にはライゴが地べたへ崩れ落ちる。
 膝を、手を突く程に愕然と。

 そんなライゴの鞄には無数の空ボトルが。
 乗車代金が払えなくなるなど、一体幾つ飲み干したというのか。

 とはいえ、このまま通れないのはいささか問題だと思ったのだろう。
 何せ後ろがつかえてしまうので。(実際は何の問題も無いが)

 ならばとジョゾウが素早くライゴの【Melon】をペッと奪い取り、改札横の駅員の下へ。
 唖然とする駅員へと向け、既に外へ出た仲間達と共にカードを掲げて突き出す姿が。

「頼もう、よろしいか?」

「え? あ、はい」

「彼奴の【まねぃ】が『ちゃあじ』額を超えてしまった模様。 されば拙僧らの残額を彼奴の『めろんかぁど』に与える事は出来ようか?」

「は、はぁ、一応出来ますが……」

「ではお頼みしたく。 かたじけのう御座る」

 なんという結束力であろうか。
 一人のミスをこうして仲間で支えるとは。
 やはりこれだけの統率力があるのもあって、相当に仲間意識が強いのだろう。

 ただのライゴの尻拭い役、という線も否定は出来ないが。



 それから数分後。
 駅員達が戸惑いを見せる中、受付人がジョゾウ達へとカードを返す。
 もちろん、金額調整の終えたライゴのカードもしっかりと。
 
 そんなカードを受け取るジョゾウ達、なんだか妙に嬉しそう。
 纏めて帰って来たカードを、仲間達が拍手喝采で歓迎していて。
 駅員が思わず苦笑する程の騒ぎっぷりである。

「ありがたし! これは感謝のしるし、受け取ってくだされい」

 するとジョゾウ、何を思ったのか胸の羽毛を一つ毟り、駅員へと手渡す。
 その姿に准ずる通り、くるりと丸みの帯びたフワッフワな羽毛だ。
 これがきっとジョゾウ達の種族に伝わる礼作法の一つなのだろう。

 とはいえ、貰った側としては少し複雑な訳だが。

 確かに見た目は少し大きな羽毛で、物珍しいとも言える。
 でもそれは人間で例えるなら胸毛を毟って渡された様なものなので。

 駅員が困り顔を向け、人々が好奇の視線を注ぐ。
 そんな中、ジョゾウ達は何一つ慄く事無く駅構外へ。

 その姿はまるで、周囲の人間と溶け込むかの様に自然で―――



 果たして、ジョゾウ達が栃木へと訪れた理由とは。
 その珍妙な姿と謎の順応力で、これからどの様な珍事を巻き起こすのだろうか。

 どうやら、今日に始まった騒動はこれだけとは済まなさそうだ。



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