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第十節「狂騒鳥曲 死と願い 少女が為の青空」

~浮かれし心ほど見透かされよう~

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『エウリィ:土曜日はぜひ泊っていってください。部屋で一人で待ってます』

 この返信が訪れたのは木曜の就寝前だった。

 この様なメッセージを前にして、奮い立たない男がいるだろうか。
 この文脈から意図を汲み取ろうとしない男がいるだろうか。

 否。
 それはもう男ではない。
 股間に棒が生えただけの只のヒト科である。

 だが勇は違う。
 彼もれっきとした男だ。
 このメッセージを見た瞬間、呼吸が止まってしまう程に飢えた男なのだ。

 故に返す。
 男としての一文を。
 遂に訪れた機会をモノにせんと。



『勇:わかりました。泊っていきます』



 必要以上の言葉は要らない。
 実際に訪れた時、起きた事から対処していけばいい。
 例え期待にそぐわなくとも、想像通り夢の一時を味わう事になろうとも。

 勝負を賭けるのに、余計な添え物など無粋なだけなのだから。

 ただ、勝負の準備を始めるには少し時が早すぎたのかもしれない。
 少なくとも、こう興奮したままの夜は実に寝苦しいもので。

 という訳で結局この日、勇は深夜深くまで眠る事が出来なかったという。
 




◇◇◇





 金曜、平日。
 先日の事もあって、勇が気怠い起床を迎える事となる。
 いっそ今日一日休んでしまいたいと思えるほど沈む中で。

 でもそういう訳にはいかない。

 今日一日だ。
 今日一日頑張れば夢の一時が待っている。
 そんな期待があるから、今日だけは頑張れる。

 だから今日も、朝に弱く眠気眼なちゃなを連れて学校へ行く。
 二人揃ってふらふらと、まるで踊りながら道を行くかの如く。

 そんなものだから心輝の挨拶声にも動じれないくらいで。
 たちまち幼馴染トリオが疑問の顔を浮かべていたのは言うまでも無い。

 ならばもはや授業も散々だ。
 眠気が止まらない。
 おまけに言うと股間の膨らみも収まらない。
 今の今までずっとエウリィの事ばかりが頭に過り続けたもので。

 いっそ授業中であろうが構わず筋トレを始めたい。
 そう思わずには居られない程、ずーっと勇の頭には悶々とした考えばかりが続く。
 数学に至ってはπがπじゃなくてパイのパイだ。
 何を言っているのかわからないと思うが、後はご想像にお任せしよう。

 でもきっと筋トレしなくて正解だったのかもしれない。
 悶々は運動にさえ大きな影響を与える事となったのだから。
 体育の時間が訪れた時、その影響が突如として露わとなる。
 
 走る勇は何故かこう、内股で。
 やっぱり恥ずかしいのだろう。
 何をしても妄想が頭から離れなかったから。

 おまけに女子の運動着ジャージ姿から目が離せなくて、それさえもが助長してくれるという。
 こうなればもはや運動どころではない。
 
 そうして昼に突入するも、今度は恋悩む男の姿に変貌だ。
 食堂で好物のとんかつ定食を前にするも、溜息ばかりで食は進まず。
 心輝が隣で疑惑の目を向ける中、ただただ箸で食材を転がし続けるだけで。

 で、結局ほとんど食べる事無く午後へ。

 とはいえ、残る授業はあと一時限分だけ。
 さすが金曜、週末様様である。
 これには勇も目を輝かせずにはいられない。
 瀬玲が据わった目を向けていてもわからない程に眩しく。

 そんな目で黒板の文字が見えていたかどうかは定かではない。
 しかし今度はしっかり書き写し、気分のままに絵まで添える。
 もちろん、デフォルメ化した青髪の女の子の絵を。
 ノートごと黒歴史と化した瞬間である。

 という訳で黒歴史製造の授業も終わりを告げ、遂に勇が下校する。
 ただし誰も待つ事無く一人だけで一目散に。
 クラスメイト曰く、今までの記録を遥かに更新せんばかりの勢いだったという。
 朝のふらふらとは打って変わってとても元気そうだったそうな。

 そう、もう今の勇に障害は無い。
 残すは明日の準備と時が訪れるのを待つだけ。
 後はお城で明るく時間を過ごし、夜までしっぽり楽しむだけだ。



 そう、思っていた。
 そう、思い込んでいた。



 だが、世の中とは常に障害を生み続けるものだ。
 幾ら当人が望まぬとも関係は無い。

 例えそれが、身近な者からの障害であろうとも―――予め防ぐ事などは出来ない。



『明日だけどよ、俺も行くわ』

 電話が掛かって来てからの一声が、これだった。

 相手は当然の如く心輝。
 いつもなら【RAIN】を使った会話なのに、今日に限っては何故か電話で。
 何だろうと思って出てみれば、まさかの地獄が到来したという。

 故に、画面を耳に充てた今の勇の顔は―――地獄鬼の如き怒りの形相。

 何故バレたのか。
 どうしてこうなったのか。
 しかも、よりにもよってコイツに。

 一番バレて欲しくない相手なのに。

『実は田中ちゃんから話聞いてよぉ』

 しかもバラしたのがちゃなだと言うオチ付きで。
 たちまち鬼の形相が真白に燃え尽き、魂の如き煙を吐く事に。

 最初から不味かったのだ。
 いっそちゃなも置いて一人で行く事にすればよかった。
 例え何が有ろうと頑なに、一人だけで行く事を決めていれば何も問題無かったのに。

 悔しさが滲む。
 歯軋りと握り拳が成される程に強く。
 目尻からも涙が止まらない。



 でも、だからと言って諦める訳にもいかない。



 今まで無理困難を退けてきたのだ。
 ならば心輝という障害も乗り越えられるはず。
 アージとの戦いを思い返せばその程度なら。

 あの戦いは本当に厳しかった。
 半ば諦めそうになるくらいに。
 けれど乗り越え、逆に仲間となってくれて。
 あんな力強い戦いを見せられれば、何だって怖くはなくなる。

 だからこそ勇は噛み締める。
 画面先の相手を如何にして打ち返すか、考えを張り巡らせる為に。



『あ、拒否権は無しな。 もう準備済ませたからよ。 泊まるんだろ? 楽しみだぜッ』



 だが残念ながら心輝はアージより強かった。
 戦いは始まった時からもう既に終わっていたのだ。

 いや、それは少し違うか。
 勇が気付いていなかっただけに過ぎない。
 戦いは既に昨日から始まっていて、たった今決着が付いたという事実に。

 そして日中の疑惑満々の姿を見せれば、あの心輝が追い込まない訳も無い。

 これはもはや必然である。
 確定調和である。
 勇の意思思惑などもはや関係無し。

 ちゃなという純真無垢な少女のお節介と、心輝という自我自尊な少年の一人走り。
 この二つが重なって生まれた障害は、もはや人一人では防げない程に圧倒的。

 それはまさに、勇の期待をも圧し潰して道を造るロードローラーの如し。

 潰された勇はと言えばもはや枯れ果てて。
 膨らんだ股間もたちまち萎えてフラットに。
 鳴らし金があるのなら「チーン」と聴こえて来そうな雰囲気である。

―――終わった、何もかも―――

 そうしてベッドの上で項垂れて。
 抱いていた期待は煙の如く消え去っていく。

 これがいわゆる運命という奴なのだろうか。
 だとしたら、それを司る神はさしずめ例の【創世の女神】といった所か。
 どうやらその女神様は二つの世界の人間が交わる事を良しとしないらしい。

 そんな考えが勇の脳裏に過る。
 絶望と失望を抱いたままに。



 でもどうやら救いが無い訳でもなさそうだ。
 もしかしたら、『こちら側』の神様が手を差し伸べてくれたのかもしれない。



『ギャワーーー!! お兄!! 明日じーじの所行くって約束したじゃん!!』
『んなあっ!? お前聞いてたのかよ!?』

 あろう事か、窮地を救ったのはあのあずーだった。
 突如として電話の先からこんな叫び声が聴こえて来たのだ。
 しかもなんだかやたらと揉めており、何かを叩く鈍い音まで聴こえて来る。

 それというのもこのあずー、実は今現在絶賛お小遣い稼ぎ中。
 勇とお揃いのスマートフォンを購入する為に逐一週末アルバイトしているのだとか。
 でも普通のアルバイトは出来ないので、いつもの祖父のお手伝いに。
 心輝もそれに付き合わされているという訳だ。

 しかし今となってはこれ程心強い者は居ないだろう。
 更に発展していくポカポカ音を耳にしつつ、無言で応援する勇が今ここに。

『お兄が来ないとじーじがやる気出さないじゃん!! オァアーーー!!』
『ちょ、やめ、おおォ!?―――』



ブツッ……



 そして今の絶叫を最後に通話が途切れた。
 ちょっとイケナイ鈍い音も聴こえた気がするが、気にしない事にしよう。

 ただ、このままではあずーまでもが「アタシも明日行くー!」と言いかねない。
 それなりにお金が溜まってるからこそ、こう言い出せば止められないからこそ。

 だからだ。
 だから勇は手を打つ。
 そうならない為にも念入りに。

『勇:アルバイトがんばってな。 お揃いのスマホ、楽しみにしてる』
『勇:ハートのスタンプ』

 実は勇も結構な策士ではなかろうか。
 こうしてあずーの意欲を掻き立てる様な一文を瞬時に考え付くなどとは。

 それというのも、愛希との一件で深く学んだもので。
 何事も慎重に事を成そうという精神が勇の心に根付いたからだ。
 不測の事態こそ気付けなかったが、チャンスが訪れた今なら対処も可能である。
 当然、こんな根回しの一文を考える事も。

 あずーは恐らくこれで勇の味方となるだろう。
 勇が絡めばたちまち兄・心輝の強引さをも捻じ切るくらいに強くなるので。
 明日遊びに行く理由を問われたら「いつもの仕事」と答えればいい。
 面倒臭い心輝と違い、単純であるが故に扱いは簡単だ。

 しかしこうして一度問題が起きたなら、安心の壁を固めなければ落ち着けない。
 という訳で思考を巡らせ、他の障害が無いかを確認思考し始める。

 瀬玲に関しては何の心配もしていない。
 そもそもが彼女はエウリィを好んでいないから。
 まず間違い無くフェノーダラに絡んだ事は首を突っ込んで来ないだろう。

 両親はどちらも仕事だ。
 幸か不幸か、父親はここの所忙しくて休日返上の出勤で。
 母親はいつものお仕事、おまけにフェノーダラ王国に面識が無いから説き伏せられる。

 だとすると、あと可能性があるとすればこの人か。

『勇:福留さん、明日お仕事ってあったりしますか?』
『福留:いえ、予定は有りません』
『福留:エウリィさんと是非楽しんできてください』
『福留:サムズアップのスタンプ』

 とはいえ実はあんまり心配はしていなかった。
 あの福留が人の恋路を邪魔する様なずぼらとは到底思えないので。
 むしろこうして応援してくれる辺り、心強いと言えよう。

 何故明日遊びに行く事を知っているのかはこの際置いておいて。

 何はともあれ、憂いはこれで全て消えた。
 後は明日に備えて心を昂らせるだけだ。



 こうして悶々とした一日が過ぎ去り。 
 期待に胸を躍らせつつ、勇が布団に包まり眠りに就く。
 今日は眠気も一杯だから、よく眠れそう。

 きっと、明日が、人生で最も良い一日になりますように―――と。


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