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第九節「人が結ぶ世界 白下の誓い 闇に消えぬ」

~雲は流れ、時は流れ 後~

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 ちゃなの【常温膜域ヒートフィールド】で盛り上がったその後。
 勇は寒い空気の中にも負けず、自室で授業の復習を行っていた。

 それというのも―――
 魔剣使いになってからというものの、福留に呼ばれる事が多くて。
 勉学がおろそかとなり、一時は補習なんて話もあったくらいで。
 その末に〝勉強もなんとかしないと〟という意識が根付いていたらしい。
 故にこうして安定した今も予習復習を欠かしていない、という訳だ。

 とはいえ、鍛錬も忘れてはいない。
 手首にはしっかり重量腕輪ウェイトリストまで備えていて。
 おまけには報奨金で買った電気的筋刺激EMSベルトを腹と脚に巻いているという。
 しかもベルトには動作時間設定もあるので、時間管理が出来ていいそうな。
 なんとものうきんらしいやり方というかなんというか。

 にしても見るからに集中出来るかどうか怪しそうな格好である。
 勇の事だから、そのやり難さの克服も鍛錬目標の一つにしてしまいそうだ。

「ん、なんだ? 着信―――あ、福留さんだ」

 するとそんな時、スマートフォンが勇に着信を報せる。
 久しぶりの福留からの着信を。

 そうして懐かしさに駆られつつ手に取れば、早速あのゆったりとした声が。

『こんばんは、どうもお久しぶりです勇君』

「こんばんは福留さん。 最近会えなかったので、どうしたのかって思ってたんですよ」

 福留に会うのは本当に久しぶりの事だ。
 例の国際会議前の呼び出し以来、勇は一度も福留と会っていない。
 トレーニングに赴いても、事務所に事務員しか居なかったりで。
 本当に音沙汰も無かったものだから、忘れられたんじゃないかと思える程だ。

『ハハハ、申し訳ありませんねぇ。 例の海外派遣の件で色々とゴタついてまして。 後レンネィさんの現代教育を兼ねた活動もあって、ここ一ヵ月半はそちらに集中していたのです』

「ああ~なるほど。 そうですよね、レンネィさんもこちらの文化に馴染まないとですもんね」

「ええ、その通りです。 まぁ彼女の適応能力は非常に高いので、それほど困りませんでしたが」

 ただそう至った理由も最もと言った所か。
 『あちら側』の魔剣使いであるレンネィも、雇う以上は現代に合わせなければならない。
 常識を塗り替えるには時間も伴うからこそ、勇と接触する時間が捻出出来無かったのだろう。

『海外派遣もようやく目途が付きそうです。 もしかしたら早い内に要請が来るかもしれませんねぇ』

「早い内、ですか。 でも授業とか大丈夫なんです? 赤点取るとさすがにキツいんですけど……」
 
『ええもちろん。 可能な限り休みの日などに合わせるつもりです。 それで適わない場合でもレンネィさんが居ますし、あまり心配はしないで良いでしょう』

 そのお陰でどうやら準備は整いつつあるらしい。
 勇達が勉学に勤しんでいればレンネィが動く、といった様に対応手段は万全だ。
 
 これなら勇も不安が拭えるというものだろう。
 勉学への影響は魔者の公表の時からずっと気になっていたから。
 むしろ福留からこうして具体的な話をされれば、もう怖いものは無いとさえ思えて。

 だが、あの福留が勇を安心させる為だけに電話してくる訳が無い。

『さて勇君、早速ですが―――』

 間も無く、福留の声色が変わる。
 いつもの如く、空気を本題を語る為の雰囲気へと変える為に。

 しかし勇もそんな雰囲気の変化にはもう、馴れている。

「はい、依頼ですよね?」

 空かさずこう答え、福留の声を途切れさせていて。

 でもそんな切り返しが、その後続く声を僅かに跳ねさせる事となる。
 まるで喜ばしい気持ちを抑えられず示さんばかりに。

『ハハ、そうです。 話が早くて助かりますよ。 ただし、少し変わった依頼となりますが』

「変わった、依頼……?」

『ええ。 実は先程、北海道北部にある山麓で魔者の目撃証言があったのです。 その魔者の調査をお二人に行って頂きたくて』

「北海道? あそこには確か変容地区は無かったはずじゃ?」

 ただ、その依頼内容はといえば少し不穏さを漂わせているが。

 勇達は以前、転移発生場所を教えて貰った事がある。
 それと今判明しているのを合わせるとこの通り。
 渋谷ダッゾ栃木フェノーダラ長野ウィガテ熊本ザサブ群馬グゥの隠れ里京都アルライ徳島オンズ―――そして秋田。
 けれどそれだけで、他の地域が見つかったという報告も受けていない。

 にも拘らず、周囲で転移が起きていない北海道に魔者が居たというのだから。

『ええ。 ですが山麓の民宿を経営している民間人から写真が送られてきたのです。 二人の白い魔者の姿を映した写真をね』

「たった二人……? 斥候かなんかかな? 調査が行き届いてなかったのか、それとも海外から海を渡って来たとか」

『前者の可能性も捨てきれませんが、恐らく後者でしょう。 北海道は土地が大きいという事もあって、ひと月ほど前に大規模調査を行ったばかりでしたから。 該当の山も調査済みで、調査ルートと目撃地点も被っていますので』

 なら考えられるとすれば渡航以外に無い。
 だとすると、その魔者が転移してきたのはさしずめ、ロシアか北方領土と言った所か。
 外国なら認知していなくても不思議では無いだろう。

 にしても冬の海を越えて来たとなれば、よほど強靭な肉体を誇っているに違いない。
 そうも思えば、勇の眉間も堪らず寄るもので。

 もっとも、この話は悪い事だけで済まなさそうだ。

『―――ですが今回は恐らく以前ほど難しいミッションではないと思っています。 実はですね、先日丁度フェノーダラより要請がありまして。 一つ約束を交わした後だったのです』

「フェノーダラと約束?」

『はい。 なんでもつい最近、別の大陸から渡ってきた『あちら側』の魔剣使いが訪問してきたという話を伺いましてね。 一体どうやって渡航して、自衛隊の包囲網をどう突破したのかはわかりませんが。 そして彼等が言うには、その魔剣使いが〝次に何かがあった時は同行させて欲しい〟と願っているそうなのです』

「新しい魔剣使い……か」

 福留はこの一件に、新しく現れた魔剣使いを同行させるつもりなのだろう。

 日本とフェノーダラ王国との連携は今でもしっかり続いている。
 互いに識者を絡ませ、共に語学を学ぶ程に。
 エウリィも率先して輪に入り、今では翻訳だけでなく仲介者として立つ事もあるのだそうな。
 やはり獅子の子は獅子、いやそれ以上なのかもしれない。

 でもその関係は信頼あってこそ。
 こうやって交流を続ける以上、互いに願いを打ち明ければ叶える必要もある。
 だからこそ福留は約束もしっかりと果たすつもりなのだ。
 勇が『あちら側』の魔剣使いを良く思っていない事を知っていてもなお。
 もうそんな我儘を言わせるつもりは無いのだろう。

 けれど、それは勇だって同じ想いだ。
 レンネィという良き理解者にも出会えたから、不安はあっても臆しはしない。
 何事だって跳ね退けて見せるという気概も力も、今はある。

 だからこそ、答えは一つしかない。

『それで休日を埋める様で申し訳ありませんが、明日早速その魔剣使いと共に北海道へ出向いて頂きたいのです。 レンネィさんは今ちょっと個人的理由で出れないものでして』

「わかりました。 再調査と有事の対応ですね。 俺達なりにやりきってみせますよ」

『えぇ。 よろしくお願いいたします。 あ、防寒具はこちらで用意致しますので、お二人はいつもの用意で結構です。 では明朝八時にフェノーダラ王国でお会いしましょう』

 間髪入れず放たれた答えを前に、福留もなんだか嬉しそう。
 最後に応えた声も跳ねる様にリズミカルで。
 よほど勇の応対が喜ばしかったのだろう。

 そんな福留の声を前に、勇の口元にも笑窪が浮かぶ。
 感情を伝えるだけなら、命力が無くともしっかりと伝わるものだ。

「相変わらず福留さんはいきなりだよなぁ。 あ、田中さんにも伝えとかないと」
 
 だからか、こんなぼやきもどこか嬉しそう。
 それに通話が切れた今も、名残惜しそうにスマートフォンを握っていて。
 まるで、こんな一言をも届けてくれないかと言わんばかりに。

 しかし残念ながら、ちゃなはついさっきお風呂に入ると言っていた。
 その事を思い出し、電話では無く【RAIN】でいつも通り軽く明日の予定を打つ。
 「ほんの少しだけ話もしよう」と一言添えて。

 今は慌てる必要も無い。
 明日に向けて心を落ち着かせておけばそれだけで。

 故に、勇はまたペンを握る。
 明日では無く、明後日以降の為に。

 今の勇にはその方がずっとずっと大事なのだから。


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