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第九節「人が結ぶ世界 白下の誓い 闇に消えぬ」

~騒ぎ前のめり 連~

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 上野というと、新宿や池袋などと比べてあまり先鋭的な印象は無い。
 有名な動物園があるお陰か、どちらかと言えば家族向けファミリーライクな印象の方が強いだろう。

 しかしその南側へといざ目を向ければ、実は他繁華街と遜色無い姿が。
 駅構内も店舗を構えていて、訪れた人々の購買意欲を誘ってくれる。
 機能的に見れば他街にも負けない程に優れた街と言えるだろう。
 デートスポットとしても当然優秀である。

 だからこそ、誘い誘われれば期待せずには居られない。
 例えどの様な意図があろうとも。



 駅まで戻って来た勇が悠々と行く。
 まだ到着の連絡も無いので、ほんの少し暇つぶしにと東口側へと向けて。

 とはいえ実の所、上野の東側を歩くのは初めての事だ。
 大体は動物園のある西側、あるいは本部周りで済ませていた事もあって。

 そうなると自然と、視線は物珍しい商品に向けられるもので。

「あ、これそういえば買おうかなって思ってたんだよな~いつも忘れるけど」

 さすがの上野か、駅構内に構える店舗には動物園をあしらったお土産が。
 勇としては、こんな商品の方がアパレル製品などよりもずっと興味を引くらしい。
 これが普段目に付かない物だからこその強みと言えよう。

 そんな感じでいざプチ観光を始めれば足が止まらない。
 勢いのまま駅の外へと出て、街の景観を楽しむ姿がそこに。

 しかしその時ふと、足が止まる。
 それも何故か、興味無いはずのメンズ用アパレル店を前にして。

 というのも、この時ようやく勇は気付いてしまったのだ。
 〝田中さんが合流したら、もしかしてデートになるのでは?〟と。

 確かに街中で歩くのはとても楽しい。
 でもそれは勇個人の事であって、ちゃなが楽しめるかどうかはわからない。
 だったらいっそ動物園に乗り込んだ方がずっといいだろう。

 二人で仲良く動物園を練り歩いた方が。

 そうなれば紛れもなく、デートだ。
 いや、そうじゃなくても二人で出掛ければデートだけれども。

 ただ、そう気付いてしまったからこそ考えが止まらない。
 男としてどうするべきか、という妙な思考が。
 なんだかんだで、女の子の前で格好良くしたいという欲求は少なからずあるものだ。

 そんな欲求に駆られ、そっと勇が踵を返す。
 目前のアパレル店へと向け、不慣れな視線を預けながら。



 そうしてしばらく後。
 事を済ませて出て来れば、服装が一新された勇の姿が陽の下露わに。
 暖かめの黒を基調とした落ち着きのある様相へとすっかり変わっていたのだ。

 黒のジャケットを纏い、白のシャツで色合いを引き立たせ。
 更には黒めのチノパンがシックさを僅かに捗らせる。
 これでストローハットでもあれば、ホストにさえ見えてしまいそう。
 店の雰囲気とマッチしている所から見るに、いつもの店員任せだろう。

 だがそれでいい。
 そこにセンス無い奴の余計な手心なんて要らない。

 勇もその事をよくわかっているからか、何故か逆に自信満々の様子。
 フロントショーケースに映る自分の姿に堪らずニッコリである。
 よほどコーディネイトが気に入ったのだろう。
 そういう事にしておいて欲しい。

 という訳で準備(?)も万端、意気揚々と再び街歩きへ。

 ―――と思った矢先、胸元でスマートフォンが振動を伝える。
 それも【RAIN】の様な通知振動ではなく、電話着信による連続的な。 
 気付いた勇が急ぎ手に取れば、やはり通知は〝彼女〟から。 
 
 そう、『ちゃなちゃん』である。

 さっきも電話で話したから、相手も気を遣って同じ様にしたのだろう。
 しかしこうしていざ掛かってくると、受け手としては嬉しいものだ。
 特に、勇の様な期待を膨らませた者にとっては。

『も、もしもし、上野駅着きました。 どこにいますか?』

 そんな期待のままにスマートフォンを耳に押し当てれば早速、高めのあの声が。
 やはり電話先も緊張しているのだろう、声のトーンは先のままで。
 ただし今回は雑音が先程以上に酷い。
 駅構内だからだろう、人が起こす雑多音と構内放送が声質をぼやかせていて。

 だからか、勇はまたしても気付かない。
 
「あ、ごめん、今街中。 ブラブラしててさ」

『どど、どこ行ったらいいでしょうか』

「え?? ……あぁ、じゃあ俺が迎えに行くよ、そこで待ってて」

 こうして気付くチャンスが再び到来したにも拘らず。

 どうやら勇、もう疑う余地を残してはいない様子。
 電話先の相手がちゃなだともう信じて疑わない。
 例え「困ったら本部に行けばいいのにな」などと思っていようとも。

 気分はもう既にデート中。
 福留伝授のエスコート術が無駄に働いて、迎えに行く気満々だ。
 襟元をキュッと正し、キマった事に己惚うぬぼれつつ一歩を踏み出す姿がここに。

 目指すは目前の上野駅。
 きっと今の勇は、これまでの戦いよりもずっと高揚感に溢れているに違いない。





 所変わり―――上野駅、東口改札。
 その出口前にあるフロア中心で、そわそわと佇む女性の姿が一人。

 愛希である。

 薄めの赤をメインとした明るめの服装は、まさに彼女らしい様相と言えるだろう。
 薄手のジャケットに、白の刺繍入りブラウスが合わさり馴染んでいて。
 そこから淡いショートスカートがグラデーションの様に印象を上半身へと押し上げてくれる。
 そしてその顔にはしっかりと化粧も乗り、まさに顔を見てと言わんばかりの仕上がりに。
 おまけに小さく可愛らしいポーチも肩に掛け、アクセントも万全だ。

「藤咲先輩、まだかなぁ」

 その女の子らしい様相を前に、視線を惹かれる者も少なくは無い。
 元々顔付きも整っているからこそ、少し化粧を乗せるだけでかなりの完成度に。
 モデル程とは言わないが、実は彼女も結構可愛い方なので。

 おまけに緊張もしているという事もあって、少ししおらし目。
 いつもの強気が無いと、まるっきり控えめな可愛らしい女の子である。

「あ……」

 そんな愛希の視界に、近づいてくる勇の姿が映る。
 いつも見せる制服姿とは違う、今日だけの様相で。

 それがなんだか特別性を感じさせ、胸の鼓動が速まる。
 ドキドキが、興奮が止まらない。
 〝早く来て、見つけて欲しい〟と請い願い、待ってしまう程に。

 そんな想いの中にも、互いの距離はどんどんと狭まっていて。
 もう今にも声を掛けて来そうな距離感で。

 思わず、その口が開く。
 〝先輩っ!〟って言いたかったその口が「わぁ」っと。
 求めて、その指が浮く。
 つい自分からアプローチしてしまいそうな程に。



 でもその時、二人は―――擦れ違っていた。



 なまじ化粧をして可愛かったから、愛希とは気付かなかったのだろう。
 いや、そもそも勇は愛希の顔をそこまで意識していなかったのかもしれない。

 元々、二人の最初の出会いは印象最悪だった。
 故に和解し打ち解けた今も、当時の印象は潜在意識に残り続けている。
 それが勇の中で彼女の素顔をぼやかしてしまって。
 その所為で、ちゃなを探している勇の意識は愛希を全く映してはいない。

 見つけられる訳も無かったのだ。
 今の勇にとって、今の愛希は全く知らない人と同義だったのだから。

 しかしそんな勇の手を、愛希が気持ちの赴くままに掴み取る。

「もう藤咲先輩、なんで気付かないんですかぁー!!」

 単純に気付かなかっただけだと思ったのだろう。
 いつもより化粧が念入りだったのはわかっていたから。
 普段ゆったりしている勇の事だから、うっかり見逃したのだと。

「えっ? あれ、もしかして清水さん……?」

 理由はどうあれ、そのお陰で勇がようやく気付く。

 ただ、勇としては驚く一方だ。
 何でこんな所に愛希が居るのかと。
 ほんの偶然としか思えなくて。

「奇遇だね、友達と遊びに来たの?」

「何言ってるんです? 藤咲先輩が呼んだんじゃないですか」

「え……?」

 だがその認識ゆえの何気無い一言が、まさかの軋轢を生む事となろうとは。

 この日まで醸成され続けて来た誤解。
 互いの意識と目的の食い違い。
 そこから生じた歪みが遂に亀裂を帯び始めたのだ。

 特に、勇を密かに想っていた愛希の心が。

「〝えっ〟てどういう事ですか? 私を呼んだんじゃないんですか??」

「え、いや、田中さんは呼んだけど……ええ?」

 そして今、その亀裂が一気に心一杯に走り込む。
 〝田中さん〟という名を聴いた、その瞬間に。

 たちまち期待が、想いが音を立てて崩れ落ちていく。
 胸の高鳴りが、血の気と共に引いていく。



 そしてその裏側から姿を見せたのは別の昂り。
 ふつふつと沸き上がって来た、やるせない怒りの感情だった。


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