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第九節「人が結ぶ世界 白下の誓い 闇に消えぬ」

~騒ぎ前のめり 序~

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「藤咲センパーイ、早く早くー!」

「愛希ちゃんっ!? ちょ、ちょっと待って!!」

 東京の街を、お洒落な服装を纏う二人が駆ける。
 赤を基調とした明るい雰囲気の愛希が手招きをして。
 黒をイメージしたシックな様相の勇が翻弄されて。

 そうして楽しそうにはしゃぐ二人の姿はまるで―――



 これは勇とちゃな、そして愛希の勘違いから始まったお話。
 今までの経緯いきさつを知っているならばきっと気付くであろう、をキッカケとして。
 そんなキッカケが花を開いたのはほんの数時間前のこと。
 東京の片隅で始まったこの出来事は、多くの人々をも巻き込むまでに発展する。
 さて、そうなるとも知らずにネタを温めて来た勇達の運命や如何に。

 日本の中心で今、珍騒動がそっと幕を上げる。



――――――
――――
――




 時は九月中旬。

 例年よりも早く、夏が過ぎた。
 残暑を思わせぬ涼風が、ほんの少し青い枯れ葉を纏って緩やかに流れ行く。
 一時的な気候変化ではあろうが、秋の訪れを悟らせるには充分だった。

 しかしそんな季節の報せなんて、学生からしてみれば陰鬱を呼び込むだけか。
 楽しい夏休みも終わり、本分である学業に勤しむ毎日がやってきたのだから。

 とはいえ、その熱気は夏にも負けない。
 何せ、これからの季節はイベントが目白押しで。
 体育祭や文化祭、一部学年では修学旅行なども控えているのだから。

 もちろんそれは勇達も同様に。
 いざ休憩時間ともなれば、大事を忘れて話題に華を開かせる。
 勉強や遊びの事、イベントの事も色々と。
 彼等にとってはこうして言葉を交わす事もまた本分なのだ。
 それがお休みの日ともなれば、夏の熱気冷めやらずに遊ぶ学生達も多いだろう。



 しかし勇とちゃなに限っては別のお仕事がある訳で。
 二人に与えられる至福の休日は、さほど多く無い。



 そんな貴重な休日である日曜の今日。
 勇が一人、リビングのテレビ前でくつろぐ姿がそこに。

 両親は買い物へとお出掛け中。
 ちゃなも愛希達の下へと遊びに。
 お陰でゆったりとした時間を満喫し、本人は凄く満足そう。
 いつも忙しいから、たまにはこういう時間があってもいいのかもしれない。

『月曜日に行われる予定の首脳会談ですが、各国の代表が続々と入国し始め、早速空港を賑わせています』

『しかしまた珍しいものですね、ここまで素早く訪れるというのは。 異例ではないでしょうか』

 といっても、テレビが映す情報は割とせわしない。
 二人のキャスターが語りながらの映像は実に物々しくて。
 多くの要人が次々と空港を出ていく姿を淡々と、連々と。

「やっぱあの事を話し合う為なのかなぁ……」

 やはり勇も気になっていたのだろう。
 彼等が何の為に集まっているのかを。
 なまじその事情を知っているからこそ。



 あれは先日の【オンズ族】との戦いの折。
 勇とちゃなは移動中に、福留からとある事を打ち明けられた。
 〝魔者の事を世界に公表する〟という情報を。

 世界はまだ変容事件で混乱している真っ最中だ。
 でも魔者の事は各国首脳同士で秘密を貫く事を決め、存在は正式公表されていない。
 精々混乱に乗じたジャーナリストがそれらしい映像を流しているくらいか。
 それも間も無く立ち消え、噂が残るだけだが。

 しかしそれがようやく公表されるという。
 恐らくは公開に向けて必要な情報が纏まってきたのだろう。



 世界中の人々を不安にさせない、有用的な情報が。



 その情報を真っ先に公開する事が混乱を収める最善策なのだと、福留は語っていた。
 だからこそ期待せずにはいられない。
 買い物にも付き合わず、こうしてテレビへ好奇心を寄せてしまう程に。

 その期待の素とはすなわち―――魔剣使いだ。

「でも、そういえば変容事件って世界規模だったよなぁ。 じゃあもしかして、海外にも俺みたいな魔剣使いが居るのかな?」

 公表される情報がどの様な事かは勇も知らない。
 だから魔剣使いという存在もが公になる可能性も捨てきれない。
 そうなればきっと、自分も無関係ではいられないだろうと。

 そうなると自然と思い浮かんだのだ。
 自身と同じ境遇を持った者が居るのではないかと。
 それも剣聖やレンネィ達とは違う、現代人の魔剣使いが。

 魔剣を手に入れ、死ぬ事無く戦い続けた者が居るかもしれないのだと。

 考えてもみよう。
 どうやって世界が一律して魔者を封じ込められているのかと。
 これだけの時間があれば魔者に侵略された国があってもおかしくない。
 幾ら転移規模が小さくとも、彼等は人類の兵器では歯が立たない存在なのだから。

 でももし各国で生まれた魔剣使いが勇の様に魔者を退けているのだとしたら?
 世界の安定の為に戦い続けているのだとしたら?
 だとすれば今の世界の安定ぶりが説明付くだろう。
 もしそんな存在が居ないのなら、とても実現成し得ない事だからこそ。

 もちろん勇が事実を知らないという事もある。
 もしかしたら本当に魔者に支配された国があるかもしれないから。

 けど少なくとも、世間が騒ぐ程の大きい出来事は起きていない。

 火の無い所に煙は立たない。
 福留という情報源があってもなお届かないのは、きっとそういう事なのだろう。

 ただ単に福留が話していないというオチもあり得るが。

「世界は広いからなー、居そうな気はする。 福留さんは何か知ってそうだ」

 テレビを前に一人言をぼやき、ソファーの背もたれにどさりと倒れ込む。
 更にはその勢いのまま首をも乗させて。

 知らない事を悩むなど、無意味だとわかっていても止まらない。
 いっそ福留に訊いてしまおうかと思ってしまう程に気持ちが収まらない。
 そんな悩みを削り取らんが如く、堪らず首をぐりぐりとソファーに擦り付ける姿がここに。

 するとそんな時―――

ヴヴヴヴ……

 机上のスマートフォンが振動する。
 まるで図ったのかと言わんが如く。

 噂をすれば影―――福留からの着信である。

『こんにちは勇君。 オンズの件の時はどうもありがとうございました』

「こんにちはー。 何かあったんですか?」

 とはいえ、もはや手馴れたもので。
 気張る事も無く受けてはこう返してみせる。

 内容を確認するのももう社交辞令の様なものだ。
 そうしないで油断すると、直ぐ口調を変えて驚かせにくるので。
 ならいっそ自分から聞いてしまえという、経験から生まれた知恵である。

 けれど、今回ばかりはどうやら悪い予感が的中しなかったらしい。

『いえ、要件自体はそれ程大した事ではありませんよ。 ただ突然で申し訳ないんですが、これからちゃなさんを連れて特事部本部まで出向いて頂きたいのです』

「本部ですか? あー、でも田中さんは今友達の家に遊びに行ってて……」

 返って来たのは穏やかな、それでいてほんの少し申し訳なさそうな声で。
 やっぱり福留も勇の休みを削る事に乗り気では無い様子。

 しかしこうして電話を掛けて来るという事はやはり、相応に重要な要件なのだろう。
 となれば勇としても蔑ろにする訳にはいかない。

『参りましたねぇ……今日でないとダメなんですよ。 なんとかなりませんか?』

「うーん、仕方ないですよね。 清水さんには悪いけど田中さんを呼び戻しますよ」

『すみませんねぇ本当に。 では、本部で待っていますねぇ』

 半ば貧乏くじを引かされた気分になりながらも、こう応えて電話を切る。

 なんだかんだで福留との距離が縮まったのは事実だろう。
 その代わり、無理難題を押し付けられる事が多くなった様な気がしないでもない。
 先程の魔剣使いに関する悩みといい、こうして相談出来ない事も多いので尚更だ。

「福留さんから呼び戻してくれれば面倒無いんだけどなぁ。 まぁでもこういう時の田中さんって、凄い哀しそうな声出すから辛いのはわかるんだけどさ」

 そんな新たな悩みを独り愚痴ごとに換え、ささっとスマートフォンを操作して。
 そうして現れたのは、『ちゃなちゃん』と表示された連絡先。
 思春期の残滓を前に少し躊躇うも、意を決してゆっくり指を添える。

 いつもは【RAIN】で連絡するのだが。
 福留との応対もあって、この時だけは自然と電話操作に。

 そう、『ちゃなちゃん』の連絡先へと。



トゥr―――



『もっ、もしもし……?』

 にしても出るのが恐ろしく速い。
 ワンコールさえさせない程に速い。
 尋常じゃない反応速度である。

 それでいて聴こえてきたのは、ほんの少し声高な控えめ声で。
 ぱっと聴いただけだと、ちゃなではないとは気付けない雰囲気だ。

「あ、俺だけど。 ごめん、ちょっと福留さんから急用が発生したって」

『え、ええ?』

 更に電話越しで余計なノイズも有るから尚の事。
 恐らくは外出先なのだろう、声の雑音どころか音楽さえも聴こえて来るから障害は多い。

 だからか、勇は全く気付いてない様子。

「それで、これから上野に行くんだけど、行けるかな?」

『えっ……あ、はぃ』

「ごめんね、いきなり。 遊んでる最中だったのに」

『う、ううん。 じゃ、じゃあちょっと準備かかりますので……さ、先に行っててくださぃ』

「うん?? ああ、わかった。 じゃあ先に上野に行って待ってるよ」

 最後だけちょっと気付きかけたのだけれども。
 残念ながらそこで会話が終了。

 結局キッカケをそれ以上得る事も出来ず、終始気付かぬまま。
 勇が魔剣を入れた鞄を肩に掛け、軽快に家を出ていく。

 その姿はどこか嬉しそうで。



 でも勇はこの後、心から思い知る事となる。
 重要な会話にはキチンと主語・述語を交えて要点を必ず伝えるべきなのだと。

 こんな些細な失敗から始まった珍騒動。
 果たしてその結末や如何に。


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