233 / 1,197
第八節「心の色 人の形 力の先」
~対峙す、人の戦士と獣の女王~
しおりを挟む
闇覆う林を潜り、勇が素早く駆け抜ける。
腰に魔剣を下げ、可能な限り気配を殺しつつ。
迎撃も追撃も来る気配は無い。
恐らく防衛部隊は表の者達だけだったのだろう。
こうもなれば戦闘中にも拘らず実に静かなもので。
そんな中を走る勇の足取りに迷いは無い。
ただひたすら王へと向けて真っ直ぐに。
勇は既に王の存在を捉えていたのだ。
目でも鼻でも耳でもなく、その心で。
そう、命力レーダーを使ったのである。
この技術は見えない壁を探る為に教えて貰ったもの。
でもその用途は決してそれだけに留まらない。
むしろ今のこういった場で使う事こそが本来の用途とも言えよう。
何故なら、この技術の使用目的は隠れた異質的存在を探る事で。
異質的存在とは元来、潜んでいる敵や罠の事を指すからだ。
結界検知はあくまでその副産物に過ぎない。
そしてこの技術が生まれたキッカケもまた、対象が敵性物体であったからこそ。
その秘密は命力波の特性にこそ存在する。
命力波とは簡単に言えば、使用者の意思の分身。
遠くに飛ばした物に当てる事によって、手で触れたのと同意義の感触を得られる事となる。
しかもその触れた相手が生物だった場合、その感触は無機物よりもずっと強くなるのだ。
相手の意思が命力波と過敏に反応し、反発しあうからである。
これは人の触れた物でも一緒だ。
例え道具や罠だろうとも、触れて付いた意思の残り香が反応を示してくれる。
意思の素が死に掛けでない限り薄れる事も無く、誤魔化しも効かない。
その特性を利用し、生存戦略として組み込んだのが始まり。
すなわち、命力レーダーとは見紛う事無き索敵技術。
現代のレーダーと同じ、広範囲を探る為の手段の一つなのである。
その力を行使しているからこそ、勇はもう迷い無く突き進める。
王はもう知っているだろう。
勇達が攻めてきている事を。
もちろん、勇が単騎でこうして迫っている事さえも。
王がそれだけの強者ならば。
これ程までに重要とも言われる命力レーダーだが、欠点も同時に存在する。
相手が強者である場合、命力波を当てられた事に気付けてしまう。
自身の存在を知らせる手段ともなりうるのだ。
ただこれは双方にとってそれほど大きなデメリットにはならないが。
なにせ相手が居るとわかった以上、奇襲が成り立たなくなる訳で。
そうなれば互いに不利になる要素は消えて、実力だけが物を言う事になる。
後は直接対峙して勝てばいいだけなのだから実に単純明快だろう。
きっと相手はその単純明快さを求めている。
だから身動き一つせず、拠点に座し続けているのだろう。
王は待っているのだ。
勇が訪れるのを。
罠一つ置く事無く。
必要の無い雑兵を配置する事も無く。
それは自信を持つが為か、それとも王たる威厳が為か。
それは直ぐにわかる事だろう。
何故なら、その存在はもう目と鼻の先なのだから。
ザザッー!!
その時、遂に勇が立ち止まる。
大地を滑り、土埃を撒き上げながら。
この時見上げるは、闇に浮かぶ―――巨体。
「アンタが【オンズ族】の王か……!」
その体躯こそ、まさに王たる風貌。
その立ち振る舞いこそ、まさに強者たる威厳。
その手に握る巨大な金棍棒を地に打ち当てて、己が力を存分に誇示する。
そして返ってきたのは、その姿からとは思えぬ高めの声。
「クフフ、左様。 よく来た魔剣使い」
この者こそがオンズ王。
徳島に現れし魔者達を率いる者である。
その姿はもはや雑兵とは比べ物にならない程に屈強。
面影こそ、【オンズ族】の特徴を捉えてはいる。
だがその体格はもう兵士達とは似ても似つかない程に筋骨隆々。
身長はおおよそ三メートルと言った所で、勇が見上げなければならない大きさだ。
膨れ上がった肩と腕は携える武器が様になる程に太く。
とはいうものの、肩幅は今までの屈強な王と比べたら比較的控えめか。
白と黒の体毛に覆われた胸部は大きく膨れ、人間の女性と同様の特徴を見せている。
しかし体躯が体躯なだけに、それもまた強靭な大胸筋にさえ見えてならないが。
腰下も体毛と革鎧に覆われてはいるが、筋肉質的な特徴がガッシリと浮かんでいて。
脚部に至っては、太ももとふくらはぎが水泳選手も真っ青な程に太く強靭だ。
そしてその頭部はと言えば当然鼻が長く、舌をチロリと伸ばしていて。
その舌を辿れば鼻下の口が覗き見え、細かく並んだ牙をギラリと輝かせる。
そんな顔に浮かぶのは無数の傷痕。
幾多もの激戦を乗り越えて来た証なのだろう。
もはやそこに動物らしい可愛さは微塵も残されていない。
何より特筆するべき点は、右手に掴んだ武器だろう。
先端部が六角に仕上げられた巨大な金棍棒で、その長さは持ち主にも負けないほど。
所々には【大地の楔】と同じ古代文字らしき紋様が象られている。
その形状、その意匠からして恐らくは―――魔剣。
しかしその様な攻撃的な容姿であるにも拘らず、勇を前に堂々としたもので。
武器を斜に構えつつも、胸を張り上げて見下ろすのみ。
「思うたより早い参上であったがァ……なるほど、【大地の楔】。 ならばちょっとやそっとで止まらぬか。 ホホホ」
「これを知ってるのか……!?」
「【古代三十種】ならば当然よ。 ただ、欲しいとは思わぬがの」
加えて、王となれる程に卓越した者ならば知識もそれなりに。
どうやら勇の持つ魔剣は相応に有名な逸品の様だ。
もちろんその逸話も合わせてだろうが。
「という事はヌシ、フェノーダラの刺客という訳か」
「いや、魔剣を貰ってはいるけど……俺が来たのにフェノーダラは関係無いさ」
「ホゥ?」
ただ、今までの王とはまるで雰囲気が違う。
勇を前にして、こうして会話が成り立っているのだから。
そしてそれは相手側も同様に思っている事なのかもしれない。
ほんの少し話が交われば、斜に構えられていた棍棒が直上へと向けられていて。
それはすなわち警戒を解いたという事だ。
勇からそれ程強い戦意や敵意を感じ取れなかったからこそ。
「俺は日本政府の代弁者みたいなものだ。 アンタ達と交渉していた人間のな」
「ふむ。 つまりかの交渉の続きという訳かぇ」
「ああ、出来る事ならな」
そう、勇は話し合うつもりなのだ。
「まだ交渉の余地は残っているかもしれない」、そう信じているから。
確かに互いにもう傷付け合っている。
引く事が出来なければそれもやむを得ないとも言える状況だろう。
それでも互いに譲歩出来るならばしたい。
こうして会話を交わせるのなら、可能性があるならば。
今の勇はそう思えずにはいられなかったのである。
「一つ訊きたい。 交渉の余地はあるか?」
「フフ、それはお前達の対応次第だ。 だが―――」
そんな時、オンズ王がおもむろに左手の爪を「チャリン」と打ち鳴らす。
するとその背後から四人程の兵士達が姿を現して。
たちまち距離を取る形で勇を囲み込んだではないか。
その魔者達の手に握られていたのもまた、魔剣。
「わらわは寛大じゃ。 まずの話だけは聞いてやらんでもない」
勇も彼等の存在には今初めて気付く。
王に気を取られていたのと、命力レーダーを過信し過ぎていた所為で。
どうやら相手も一筋縄ではいかないらしい。
その特性を逆手に取られていた様だ。
「囲んでおいて寛大って、随分物騒だな……」
「魔剣を奪われないだけでもマシと思うが良い」
だからといって今更勇も驚きはしないが。
こういった切り札を見せられるのは初めてではないからこそ。
それに、交渉するにしろ勇は一応攻めて来た身で。
ここまで斬り込んで来たのだから、相手が警戒するのも当然だろう。
王が対話するというならばなおの事だ。
交渉の最中に「ブスリ」などされたくはないだろうから。
もっとも、それを許すほどか弱くはなさそうだが。
「ではここまで単騎でやってきた事を讃えて、まずはお前達の言い分を聞くとしよう。 人間、お前達は何を望む?」
恐らくは相当な自信がある。
でなければこうも耳を貸したりはしない。
それだけの余裕があるという事なのだから。
だとすれば勇にとっては好都合。
「俺が望むのはアンタ達との停戦だ。 今すぐ兵士を下げて、戦いを止めて欲しい!」
「ほう? そうする事で我々に何のメリットがある?」
「今後の生活の安定と、互いの発展だ。 戦う必要が無くなる程の」
そんな一方的な状況で始まった話が、二言目には早速彼等の動揺を誘う事となる。
兵士の一人に詰まらせた声をもたらしてしまう程の。
王はただただ見下ろすばかりで表情一つ変える事は無かったが。
彼等にも思う所はあるのだろう。
戦う必要が無い、それが如何に魅力的か。
彼等が抱く倫理を覆す、それが如何に背徳的か。
戦う事を常として生きて来た彼等にとって、その提案が完全なメリットであるとは言い難い。
でも、もし命を失わなくても済む様になるならば。
そんな淡い希望が、表に出ない彼等の心をこれ以上に無く撫で上げる。
「ほほう。 ではその結果が、ヌシらの用意した我々への支援だったと?」
「そうだ。 今は充分ではないかもしれないけど、これから互いに協力出来ればもっと譲歩出来る様になるはずだ! 食べる所だって住む所だって! だったら街を欲しがる必要だってなくなるだろ!?」
今は難しくても、いつかは。
勇も徳島に至る道中で、日本政府が【オンズ族】に提供した支援の事は聞いている。
彼等が住む為の簡易組立式家屋や水回り、食料の提供など。
それもフェノーダラ王国と同じ、無償での支援を行っているという。
その家屋も今の地点より少し先に行けば見えるはずで。
試算では、彼等が住むには充分なスペースがある。
今のままでも生活する分には一切不自由は無いはずなのだ。
だからこそ勇は訴える。
戦う意味はもう無いのだと。
互いに協力して生きていけば、もっと満足出来る生活が送れるのだと。
だが、勇はいつから魔者の価値観が自分と一緒だと思っていたのだろう。
いつからそれが最善の解決策だと思っていたのだろう。
でもそれが当たり前だと思える程に、勇はまだ―――〝魔者〟を知らない。
「ヌシはバカか?」
そしてそのたった一言が、勇に現実を知らしめる。
〝魔者〟という存在、その真なる本性の姿を。
腰に魔剣を下げ、可能な限り気配を殺しつつ。
迎撃も追撃も来る気配は無い。
恐らく防衛部隊は表の者達だけだったのだろう。
こうもなれば戦闘中にも拘らず実に静かなもので。
そんな中を走る勇の足取りに迷いは無い。
ただひたすら王へと向けて真っ直ぐに。
勇は既に王の存在を捉えていたのだ。
目でも鼻でも耳でもなく、その心で。
そう、命力レーダーを使ったのである。
この技術は見えない壁を探る為に教えて貰ったもの。
でもその用途は決してそれだけに留まらない。
むしろ今のこういった場で使う事こそが本来の用途とも言えよう。
何故なら、この技術の使用目的は隠れた異質的存在を探る事で。
異質的存在とは元来、潜んでいる敵や罠の事を指すからだ。
結界検知はあくまでその副産物に過ぎない。
そしてこの技術が生まれたキッカケもまた、対象が敵性物体であったからこそ。
その秘密は命力波の特性にこそ存在する。
命力波とは簡単に言えば、使用者の意思の分身。
遠くに飛ばした物に当てる事によって、手で触れたのと同意義の感触を得られる事となる。
しかもその触れた相手が生物だった場合、その感触は無機物よりもずっと強くなるのだ。
相手の意思が命力波と過敏に反応し、反発しあうからである。
これは人の触れた物でも一緒だ。
例え道具や罠だろうとも、触れて付いた意思の残り香が反応を示してくれる。
意思の素が死に掛けでない限り薄れる事も無く、誤魔化しも効かない。
その特性を利用し、生存戦略として組み込んだのが始まり。
すなわち、命力レーダーとは見紛う事無き索敵技術。
現代のレーダーと同じ、広範囲を探る為の手段の一つなのである。
その力を行使しているからこそ、勇はもう迷い無く突き進める。
王はもう知っているだろう。
勇達が攻めてきている事を。
もちろん、勇が単騎でこうして迫っている事さえも。
王がそれだけの強者ならば。
これ程までに重要とも言われる命力レーダーだが、欠点も同時に存在する。
相手が強者である場合、命力波を当てられた事に気付けてしまう。
自身の存在を知らせる手段ともなりうるのだ。
ただこれは双方にとってそれほど大きなデメリットにはならないが。
なにせ相手が居るとわかった以上、奇襲が成り立たなくなる訳で。
そうなれば互いに不利になる要素は消えて、実力だけが物を言う事になる。
後は直接対峙して勝てばいいだけなのだから実に単純明快だろう。
きっと相手はその単純明快さを求めている。
だから身動き一つせず、拠点に座し続けているのだろう。
王は待っているのだ。
勇が訪れるのを。
罠一つ置く事無く。
必要の無い雑兵を配置する事も無く。
それは自信を持つが為か、それとも王たる威厳が為か。
それは直ぐにわかる事だろう。
何故なら、その存在はもう目と鼻の先なのだから。
ザザッー!!
その時、遂に勇が立ち止まる。
大地を滑り、土埃を撒き上げながら。
この時見上げるは、闇に浮かぶ―――巨体。
「アンタが【オンズ族】の王か……!」
その体躯こそ、まさに王たる風貌。
その立ち振る舞いこそ、まさに強者たる威厳。
その手に握る巨大な金棍棒を地に打ち当てて、己が力を存分に誇示する。
そして返ってきたのは、その姿からとは思えぬ高めの声。
「クフフ、左様。 よく来た魔剣使い」
この者こそがオンズ王。
徳島に現れし魔者達を率いる者である。
その姿はもはや雑兵とは比べ物にならない程に屈強。
面影こそ、【オンズ族】の特徴を捉えてはいる。
だがその体格はもう兵士達とは似ても似つかない程に筋骨隆々。
身長はおおよそ三メートルと言った所で、勇が見上げなければならない大きさだ。
膨れ上がった肩と腕は携える武器が様になる程に太く。
とはいうものの、肩幅は今までの屈強な王と比べたら比較的控えめか。
白と黒の体毛に覆われた胸部は大きく膨れ、人間の女性と同様の特徴を見せている。
しかし体躯が体躯なだけに、それもまた強靭な大胸筋にさえ見えてならないが。
腰下も体毛と革鎧に覆われてはいるが、筋肉質的な特徴がガッシリと浮かんでいて。
脚部に至っては、太ももとふくらはぎが水泳選手も真っ青な程に太く強靭だ。
そしてその頭部はと言えば当然鼻が長く、舌をチロリと伸ばしていて。
その舌を辿れば鼻下の口が覗き見え、細かく並んだ牙をギラリと輝かせる。
そんな顔に浮かぶのは無数の傷痕。
幾多もの激戦を乗り越えて来た証なのだろう。
もはやそこに動物らしい可愛さは微塵も残されていない。
何より特筆するべき点は、右手に掴んだ武器だろう。
先端部が六角に仕上げられた巨大な金棍棒で、その長さは持ち主にも負けないほど。
所々には【大地の楔】と同じ古代文字らしき紋様が象られている。
その形状、その意匠からして恐らくは―――魔剣。
しかしその様な攻撃的な容姿であるにも拘らず、勇を前に堂々としたもので。
武器を斜に構えつつも、胸を張り上げて見下ろすのみ。
「思うたより早い参上であったがァ……なるほど、【大地の楔】。 ならばちょっとやそっとで止まらぬか。 ホホホ」
「これを知ってるのか……!?」
「【古代三十種】ならば当然よ。 ただ、欲しいとは思わぬがの」
加えて、王となれる程に卓越した者ならば知識もそれなりに。
どうやら勇の持つ魔剣は相応に有名な逸品の様だ。
もちろんその逸話も合わせてだろうが。
「という事はヌシ、フェノーダラの刺客という訳か」
「いや、魔剣を貰ってはいるけど……俺が来たのにフェノーダラは関係無いさ」
「ホゥ?」
ただ、今までの王とはまるで雰囲気が違う。
勇を前にして、こうして会話が成り立っているのだから。
そしてそれは相手側も同様に思っている事なのかもしれない。
ほんの少し話が交われば、斜に構えられていた棍棒が直上へと向けられていて。
それはすなわち警戒を解いたという事だ。
勇からそれ程強い戦意や敵意を感じ取れなかったからこそ。
「俺は日本政府の代弁者みたいなものだ。 アンタ達と交渉していた人間のな」
「ふむ。 つまりかの交渉の続きという訳かぇ」
「ああ、出来る事ならな」
そう、勇は話し合うつもりなのだ。
「まだ交渉の余地は残っているかもしれない」、そう信じているから。
確かに互いにもう傷付け合っている。
引く事が出来なければそれもやむを得ないとも言える状況だろう。
それでも互いに譲歩出来るならばしたい。
こうして会話を交わせるのなら、可能性があるならば。
今の勇はそう思えずにはいられなかったのである。
「一つ訊きたい。 交渉の余地はあるか?」
「フフ、それはお前達の対応次第だ。 だが―――」
そんな時、オンズ王がおもむろに左手の爪を「チャリン」と打ち鳴らす。
するとその背後から四人程の兵士達が姿を現して。
たちまち距離を取る形で勇を囲み込んだではないか。
その魔者達の手に握られていたのもまた、魔剣。
「わらわは寛大じゃ。 まずの話だけは聞いてやらんでもない」
勇も彼等の存在には今初めて気付く。
王に気を取られていたのと、命力レーダーを過信し過ぎていた所為で。
どうやら相手も一筋縄ではいかないらしい。
その特性を逆手に取られていた様だ。
「囲んでおいて寛大って、随分物騒だな……」
「魔剣を奪われないだけでもマシと思うが良い」
だからといって今更勇も驚きはしないが。
こういった切り札を見せられるのは初めてではないからこそ。
それに、交渉するにしろ勇は一応攻めて来た身で。
ここまで斬り込んで来たのだから、相手が警戒するのも当然だろう。
王が対話するというならばなおの事だ。
交渉の最中に「ブスリ」などされたくはないだろうから。
もっとも、それを許すほどか弱くはなさそうだが。
「ではここまで単騎でやってきた事を讃えて、まずはお前達の言い分を聞くとしよう。 人間、お前達は何を望む?」
恐らくは相当な自信がある。
でなければこうも耳を貸したりはしない。
それだけの余裕があるという事なのだから。
だとすれば勇にとっては好都合。
「俺が望むのはアンタ達との停戦だ。 今すぐ兵士を下げて、戦いを止めて欲しい!」
「ほう? そうする事で我々に何のメリットがある?」
「今後の生活の安定と、互いの発展だ。 戦う必要が無くなる程の」
そんな一方的な状況で始まった話が、二言目には早速彼等の動揺を誘う事となる。
兵士の一人に詰まらせた声をもたらしてしまう程の。
王はただただ見下ろすばかりで表情一つ変える事は無かったが。
彼等にも思う所はあるのだろう。
戦う必要が無い、それが如何に魅力的か。
彼等が抱く倫理を覆す、それが如何に背徳的か。
戦う事を常として生きて来た彼等にとって、その提案が完全なメリットであるとは言い難い。
でも、もし命を失わなくても済む様になるならば。
そんな淡い希望が、表に出ない彼等の心をこれ以上に無く撫で上げる。
「ほほう。 ではその結果が、ヌシらの用意した我々への支援だったと?」
「そうだ。 今は充分ではないかもしれないけど、これから互いに協力出来ればもっと譲歩出来る様になるはずだ! 食べる所だって住む所だって! だったら街を欲しがる必要だってなくなるだろ!?」
今は難しくても、いつかは。
勇も徳島に至る道中で、日本政府が【オンズ族】に提供した支援の事は聞いている。
彼等が住む為の簡易組立式家屋や水回り、食料の提供など。
それもフェノーダラ王国と同じ、無償での支援を行っているという。
その家屋も今の地点より少し先に行けば見えるはずで。
試算では、彼等が住むには充分なスペースがある。
今のままでも生活する分には一切不自由は無いはずなのだ。
だからこそ勇は訴える。
戦う意味はもう無いのだと。
互いに協力して生きていけば、もっと満足出来る生活が送れるのだと。
だが、勇はいつから魔者の価値観が自分と一緒だと思っていたのだろう。
いつからそれが最善の解決策だと思っていたのだろう。
でもそれが当たり前だと思える程に、勇はまだ―――〝魔者〟を知らない。
「ヌシはバカか?」
そしてそのたった一言が、勇に現実を知らしめる。
〝魔者〟という存在、その真なる本性の姿を。
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。
3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。
そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!!
こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!!
感想やご意見楽しみにしております!
尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
対人恐怖症は異世界でも下を向きがち
こう7
ファンタジー
円堂 康太(えんどう こうた)は、小学生時代のトラウマから対人恐怖症に陥っていた。学校にほとんど行かず、最大移動距離は200m先のコンビニ。
そんな彼は、とある事故をきっかけに神様と出会う。
そして、過保護な神様は異世界フィルロードで生きてもらうために多くの力を与える。
人と極力関わりたくない彼を、老若男女のフラグさん達がじわじわと近づいてくる。
容赦なく迫ってくるフラグさん。
康太は回避するのか、それとも受け入れて前へと進むのか。
なるべく間隔を空けず更新しようと思います!
よかったら、読んでください
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
昔助けた弱々スライムが最強スライムになって僕に懐く件
なるとし
ファンタジー
最強スライムぷるんくんとお金を稼ぎ、美味しいものを食べ、王国を取り巻く問題を解決してスローライフを目指せ!
最強種が集うSSランクのダンジョンで、レオという平民の男の子は最弱と言われるスライム(ぷるんくん)を救った。
レオはぷるんくんを飼いたいと思ったが、テイムが使えないため、それは叶わなかった。
レオはぷるんくんと約束を交わし、別れる。
数年が過ぎた。
レオは両親を失い、魔法の才能もない最弱平民としてクラスの生徒たちにいじめられるハメになる。
身も心もボロボロになった彼はクラスのいじめっ子に煽られ再びSSランクのダンジョンへ向かう。
ぷるんくんに会えるという色褪せた夢を抱いて。
だが、レオを迎えたのは自分を倒そうとするSSランクの強力なモンスターだった。
もう死を受け入れようとしたが、
レオの前にちっこい何かが現れた。
それは自分が幼い頃救ったぷるんくんだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる