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第八節「心の色 人の形 力の先」
~ブースト、それは魂の言葉~
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人にはそれぞれ拘りというものがある。
例えば、勇ならランニング中では立ち止まらないとか。
性格面で言えば、ちゃななら一度決めたら引き下がらないとか。
その在り方、形、思い入れは個人によって異なるもので。
基本的には他人に押し付ける様な事ではないだろう。
しかしまさかその拘りがこの様な出来事を引き起こすなどとは。
いや、これはきっと必然だったのかもしれない。
心輝という拘りの塊を抱える勇達だからこその―――
スマートフォンを購入してからも勇達の集いは終わりはしなかった。
家に戻った後も彼等の雑談は続いていたのだ。
給与の事に関してはうやむやのまま、ようやくの落ち着きを見せ。
話題は次第に魔者関連へと切り替わっていく。
「夏休み中にあと一回くらいはカプロ君達の所に遊び行きたいなー!」
どうやらあずーにはアルライ交流会がよほど楽しかったのだろう。
一人ペンを走らせる中、話題に合わせてそんな意見を打ち上げる。
この意見には勇やちゃなも賛成だった様で、「いいねー」と声を揃えて返す姿が。
「俺も依頼以外で会いに行きたいって思ってたんだよな。 とは言っても不要な用事となると経費が降りないから行き辛いっていうのがあってさ」
「え? 交通費出ないの?」
「うん。 正式な依頼に携わる事じゃないとなかなか出ないんだ。 遊びに行くならなおさらね。 それに御味さん仕事で忙しいだろうから呼べないよ。 俺達だけで里まで行かなきゃいけないんだ」
「マジかよ! 暑い中歩くのはさすがにきちぃな!」
とはいえ障害は色々と多い。
勇が言った通り、遊びに行くという理由だけでは交通費などの経費は一切出ない。
前回の交流会はあくまでも政府が主導。
心輝達も日本代表として呼ばれた訳であって、自主的に行くのとは訳が違うのだから。
自費で向かうにしろ、勇やちゃなにたかるのはもちろんNGだ。
ちゃんと個々に予算を組んだ上で行動を起こす事が前提なのである。
おまけに、現地でタクシーなどは使えない。
アルライの里は未だ極秘の存在であり、居場所を悟られる様な事があってはならないから。
勇達には少しばかり悪条件と言わざるを得ないが、秘密を守る為にはやむを得ない訳で。
そうもなると、最寄り駅から歩いて三時間ほど。
しかも山独特のアップダウンを乗り越えなければならないというオマケ付き。
こうもなれば心輝が弱音を吐くのも当然だろう。
「で、皆旅費はある?」
「私はだいじょうぶです」
「俺は平気だ。 こんな事もあろうかと、こないだの働き分を貯めておいたぜ!!」
「うん、欲しいコスメあったけど後に回せば多分ヘーキ」
「五百円しか無ーい!!」
だが現実は言う以上に甘く無い。
まさか誰しも、言い出しっぺが一番問題だとは思っても見なかっただろう。
「ダメじゃん……」
たちまち四人揃って項垂れる姿が。
一体何に期待して、そんな所持金で京都まで行きたいと思ったのか。
他力本願もここまでいくと立派なものである。
とはいえ、園部家としての切り札は一応あるにはあるが。
「シン、お爺ちゃんにバイト頼めないの?」
「うーん一週間くらい手伝えば出してくれっかもしんねーけど」
実は心輝の祖父、実家近所にあるスーパーを運営する経営者で。
しかも地域に密着している形で売り上げは上々、それなりに儲かっているのだという。
ただそんなお店も人出は常に不足していて。
そういう時に手伝うと結構なアルバイト代が出るのだそうな。
かくいう心輝のオタク資金の大半は、その手伝いの賜物なのである。
「でもあずーは飽きっぽくて続かねぇからあんまり歓迎されてないんだよな」
対してあずーの持ち金が少ないのは、お手伝いもせずに無駄遣いばかりしているから。
行動が示す通り自由気まま過ぎて、祖父でもコントロール出来ないのだそう。
つまり、心輝とあずーの差は出来るべくして出来た物で。
しかも家族間ではなく仕事上の問題なので、こればかりは忖度しえないという訳だ。
生活環境は最良なのだが、怠け癖が出来るとダメになる。
それを行動で示すあずーを前に、心輝の溜息は止まらない。
「ホラ腕止まってんぞ。 終わらねぇと困るんだよ。 勇が」
「終わるまで居る気かよ!?」
「んーじゃあもうやらなーい! ずっといるー!!」
「頼むから勘弁して!?」
その問題解決のダシにされる勇としても堪ったものではないだろう。
このままでは「一緒にスーパーで働いてくれ」とさえ言われかねないので。
「ま、やっぱ学生が気軽に京都旅行とか無理だよな」
「残念です……」
と切り出して諦める他無い。
時にはこの様な決断も必要である。
その気になれば勇とちゃなの二人で行く事は出来るだろう。
でも二人でならばそれ程行く意味は無い。
何故なら目的は訪問そのものではないから。
〝五人一緒でカプロ達に会いに行く〟
この条件こそが勇達にも、カプロ達にも最も大事な事なのだから。
それにもう行けないという訳ではなく。
いずれまた政府関連の仕事で訪れる事になるかもしれない。
その機会に期待すればいいだけだ。
まだ出会って間も無いからこそ、急ぐ必要は無いのだから。
すると心輝がそんな空気を察したのか、それとなく話題を切り替える。
もちろん今度はしっかりと現実味のある話だ。
「ま、旅行は無理でも、都心回るくらいならなんとかなるんじゃね? 俺は専用トレーニング基地ってのに行ってみてぇな。 そしてそこで勇の真なる力ってやつを見てみたい!」
「確かにねー。 あの時からどれくらい成長したのかっていうのも気になるし。 魔剣使いってさ、やっぱバトル漫画のキャラみたいに強くなっちゃうのかな?」
「無敵勇君見たい見たい!! すごいちゃなちゃんも見たい!!」
心輝が言うのは上野駅近くに設置された訓練施設の事。
あの場所であれば、今の勇の力を見るには持って来いだろう。
そんな話ならばと瀬玲もあずーも妙に乗り気だ。
それというのも、二週間前のフェノーダラ城での出来事は既に軽く話していて。
ある程度の事情を知ったからこそ、こうして三人とも興味が湧いたのだろう。
何せ一ヵ月前にあれだけの動きと強さを見せつけられたのだ。
それから更なる成長を果たしたとなれば、気にならない訳がない。
「それは別に構わないけど、施設自体はトレーニング機器以外何も無いぞ?」
「いいんだよ、そこは秘密基地っぽさを味わう為に決まってんだから。 雰囲気が大事なんだよ雰囲気が!」
心輝の期待の方向性はと言えば、ほんの少しおかしいが。
とはいえ勇としても力を見せる事自体はそう嫌でもなさそう。
自身の凄さを見せつける―――こんな愉悦に浸りたいと思うのは少年の夢でもある訳で。
勇も潜在的にそう思う一人だからこそ、どこか自慢気である。
「じゃあ行く前に少しだけお披露目するか。 こないだ得たの力を……」
「「「おおー!」」」
そんな事を宣うや否や、すっくと立ち上がり。
部屋の隅に置かれたクローゼットへと歩み寄る。
その中から現れたのは、当然あの【大地の楔】。
まだ鞘も完成しておらず、抜き身で置いておく訳にもいかないので。
普段はこうして家具の中に仕舞っているという訳だ。
「おおーかっけぇ!!」
満を持しての新魔剣の登場に、あの心輝が唸らない訳も無い。
その重厚かつ無駄にも見えるデザインフォルムが厨二病心をふんだんにくすぐり上げる。
造り手が何を考えて七支刀の様な形に拵えたかは定かでは無いが、きっと何か意味があるのだろう。
ただそれが堪らない心輝、ワクワクがどうにも止まりそうにない。
そしてそんなギャラリーが居るからこそ、勇ももはやノリノリだ。
「剣聖さんとの戦いで命力の本当の使い方も覚えてさ、こんな事が出来る様になったよ」
するとたちまち魔剣の刃から光が溢れ出し。
次第に強い輝きが部屋一杯に広がり始めていく。
その明るさは電灯の光さえも凌駕し、部屋の外にまで漏れるほど。
命力の量などもはや関係は無い。
例え微量であろうとも、今ならばレンネィと同等までの光を放つ事が出来るのだ。
そう、今の勇はあの歴戦の猛者と言われたレンネィと同じ立ち位置に居るのである。
そんな力の片鱗を見せつけると、途端に光が収まっていく。
そうして視界を遮る光が消え去れば―――
―――ちゃなも含め、皆が揃って驚きの顔を浮かべていて。
「す、すごいです! こんなの初めて見ました! 命力ってこんな光が出せたんですね……」
「なんかこう神々しいっていうか、ワケわかんないけど、とりあえず凄いのはわかったわ」
「すごく眩しかった!」
どうやら今の発光は彼女達の語彙力を奪う程に衝撃的だった様だ。
約一名、何が起きたのかすら理解していない訳だが。
でも、実演としては充分過ぎた事だろう。
「しかしよ、その力は剣聖さんって人に教えてもらったんじゃねぇの?」
「いや、キッカケを教えてくれたのは王様かな。 まぁでもこの力を使いながら戦えたのは、相手が剣聖さんだったからっていうのもあるかもしれないな。 凄く戦い易かったし」
「じゃあ剣聖さんって勇の師匠って事になるのかな?」
「え? そうなるのかな? うーん、具体的な戦い方を教えてもらった事はあんまり無いんだけど」
しかし剣聖が話に出ると、ちょっと勇としては不機嫌そう。
それもそのはず。
いくら恩があるとはいえ、アルライの里を襲おうとしていた事を許した訳ではないからこそ。
蟠りが解けるまではもう少し時間が必要かもしれない。
それに、「剣聖は師匠」などと言われても、稽古をつけて貰った訳ではないのでイマイチ実感は無い様子。
ただ、考えれば考える程、あの時感じた感覚が思い起こされて。
「本当は剣聖さんもアルライの里を襲う気なんて無かったんじゃあないか」とさえ思えて来る。
それだけ、勇にとって剣聖との戦いは戦い易かったのだ。
それも、あまりにも自然過ぎる程に。
「まぁでも、もしかしたらそうかもしれないな。 あの人はほんと自由奔放だから何考えてるのかわからないけどさ。 そう考えた方が―――いや、そう願った方が気楽かな」
そんな経験も含め、教えて貰った事はそれなりに多く。
それが師弟の間柄なのだと言えば、勇としても事実を否定するつもりは無い。
憧れる人物の一人、という意味では嘘ではないのだから。
軽い実演も終わり、再び【大地の楔】がクローゼットの中へ。
こればかりはあの心輝もおさわりしようとは思わなかった様だ。
何せ強烈ないわく付きの魔剣なので。
下手に触って三日三晩気絶しようものなら、巷で騒ぎにさえなりかねない。
そもそもが、死ぬ可能性もある魔剣に進んで触れる程の勇気がある訳でもなく。
勇も今までの様なしつこさが無くなってホッと一安心である。
「後は身体強化がスムーズに出来るようになったよ。 今までは意識しないと出来なかったんだけどさ」
もちろん、勇が得たのは魔剣だけではない。
意識の改革が命力の扱い方にまで著しい影響を与えたのだ。
以前までは「〇〇しよう」と強く意識しなければ命力は働かなかった。
でも今は、「〇〇したい」という意思があれば命力が勝手に伴ってくれる。
考え方ひとつ変えただけでここまで差が出るのが命力の特性なのだろう。
「イメージが結びつく言葉を口にしたり、頭に思い浮かべればもっとスムーズになるらしいよ。 レンネィさんっていう知り合いの魔剣使いが教えてくれたんだ」
「私の『ぼん』みたいな感じでしょうか?」
「多分ね。 なんか思いつきやすい〝名前〟とかがあるといいってさ」
その特性を心から理解出来たのは確かに意識の改革のおかげだろう。
しかしその応用ともなる知識は、実は別に教えて貰っている。
剣聖との一件以降、実はレンネィとも会っていて。
たまたまトレーニング施設で鉢合わせした際に教えて貰ったのだそう。
〝真の力開眼祝い〟などと、ウキウキで伝えられたのはもはや言うまでもない。
だがそんな二人だけの盛り上がりも柄の間。
勇の発した何気無いキーワードが、あの男の拘り精神に火を付ける事となる。
「―――強化っつったらお前、『ブースト』しかねぇだろ?」
「えっ?」
突如、そんな一言と共に心輝のその身が起き上がり。
窓からの光を背に受けて、妙な威圧感を伴った厳つい表情を勇へと向けていて。
「かっこいい響きだろろうが『ブースト』ォ!! お前も男ならこれしかねぇだろ!?」
「な、なんだよいきなり……」
一言一言を挟む度に、その身が一歩、また一歩と勇へと迫り行く。
たちまちワナワナと肩を拳を震わせ。
己の想いに準ずるかの如く、熱く両拳を握り締める。
そんな心輝の様子を前に、勇も瀬玲ももうドン引きである。
「TVアニメ『ジェネティックライオ』の主人公ライオが『心燃やすぜ!!ブーストォ!!』という叫びで強くなるのもしかぁり!!」
「お、おう……」
「漫画『浪漫機甲ダイジェンディー』のライバル機バルトロスのパイロット・オーグマンの『これが私の、命のブーストだッッ!!』という全てを賭けた一撃のセリフも最高ッ!!」
「ハァ……」
「語るに語りつくせねぇこの『ブースト』というセリフ!! 語呂もいい、言いやすい!! これに勝る強化用言語はねぇだろぉ!!」
こうも語り出したらもう止まらない。
大好きな事になると途端に早口になるのはご愛敬。
それが心輝という深いオタク魂を燃やす男なのだ。
もちろんこれは今回で始まった事ではない。
幾度となくこの様に語り、勇達を困らせた事は数知れず。
そう言った意味では妹あずーとそっくりだと言っても過言ではないだろう。
「ハァ……『パワー』とかじゃダメなの?」
「は!? 『パワー』ってお前、『パワァ』って!! なんかこうほらよ、ポヤァって感じじゃねぇか!?」
「えー、でも可愛いじゃん」
「男の燃えるセリフに可愛さなんか要らねぇだろ!?」
「いつ燃えるセリフの話題になったんだよ……」
「お前戦場で『ぽわわぁ』とか言えるのかよ!? 『ブースト』!!のがカッコイイだろ!?」
心輝のこういった拘りはもはや他人の言葉を受け付けない。
それは深い深いサブカルへの愛が故に。
とはいえ……ここまで「ブースト」と連呼されると嫌でも固定概念化されそうであるが。
「わかったわかった、後で適当に考えておくって」
「いいか『ブースト』だぞ? 忘れんなよ、男の魂の言葉だ」
鼻息を荒くした心輝を前に、さすがの勇もタジタジだ。
このまま額同士がぶつかりそうな勢いともあって、半ば折れる形で押し返す。
瀬玲もあずーも既に「やれやれ」と呆れ気味だ。
一番心輝との付き合いが長いからこそ、こういう時はそっとしておくのが一番だと充分理解しているのだろう。
だが、こんな時に限って空気を読めなかった子がただ一人。
「『エンチャント』とか『サーフェイス』とかダメなんですか?」
そんな一言に気が付いた全員が見上げれば。
視線の先には、勇の机の前で和英辞典を広げるちゃなの姿が。
「田中さん、もう燃料投下しないで?」
無垢な少女の進言は、時に面倒臭い事態を引き起こしかねない。
それを恐れた勇の心からの訴えが、静かに部屋へと響き渡ったのだった。
という訳で色々あって本日の集いは終わりを告げ。
ようやく心輝達が帰る事に。
とはいえ、訓練施設へ行く事はうやむやになった訳ではない様で。
「んじゃ明日の十時に駅前な。 忘れんなよ」
「明日かよ、いきなりだな。 了解」
ほぼ心輝の独断で日時も決定し。
幸い他の三人も予定は無し、部活も休むという事で解決だ。
明日の約束を交わし、やっと心輝達が去っていく。
そんな彼等の背中を眺める勇も、「ふぅ」と溜息ながらも微笑みを零していて。
なんだかんだで困らせてくるばかりの彼等だが、今の勇にはそれも良い精神安定剤となるだろう。
こういった何気無い日常生活を送る事も、幼い戦士が成長するには必要な経験なのだから。
だがこの時もまだ勇は気付いていない。
これが勇にとっての悲劇の始まりになるという事を。
例えば、勇ならランニング中では立ち止まらないとか。
性格面で言えば、ちゃななら一度決めたら引き下がらないとか。
その在り方、形、思い入れは個人によって異なるもので。
基本的には他人に押し付ける様な事ではないだろう。
しかしまさかその拘りがこの様な出来事を引き起こすなどとは。
いや、これはきっと必然だったのかもしれない。
心輝という拘りの塊を抱える勇達だからこその―――
スマートフォンを購入してからも勇達の集いは終わりはしなかった。
家に戻った後も彼等の雑談は続いていたのだ。
給与の事に関してはうやむやのまま、ようやくの落ち着きを見せ。
話題は次第に魔者関連へと切り替わっていく。
「夏休み中にあと一回くらいはカプロ君達の所に遊び行きたいなー!」
どうやらあずーにはアルライ交流会がよほど楽しかったのだろう。
一人ペンを走らせる中、話題に合わせてそんな意見を打ち上げる。
この意見には勇やちゃなも賛成だった様で、「いいねー」と声を揃えて返す姿が。
「俺も依頼以外で会いに行きたいって思ってたんだよな。 とは言っても不要な用事となると経費が降りないから行き辛いっていうのがあってさ」
「え? 交通費出ないの?」
「うん。 正式な依頼に携わる事じゃないとなかなか出ないんだ。 遊びに行くならなおさらね。 それに御味さん仕事で忙しいだろうから呼べないよ。 俺達だけで里まで行かなきゃいけないんだ」
「マジかよ! 暑い中歩くのはさすがにきちぃな!」
とはいえ障害は色々と多い。
勇が言った通り、遊びに行くという理由だけでは交通費などの経費は一切出ない。
前回の交流会はあくまでも政府が主導。
心輝達も日本代表として呼ばれた訳であって、自主的に行くのとは訳が違うのだから。
自費で向かうにしろ、勇やちゃなにたかるのはもちろんNGだ。
ちゃんと個々に予算を組んだ上で行動を起こす事が前提なのである。
おまけに、現地でタクシーなどは使えない。
アルライの里は未だ極秘の存在であり、居場所を悟られる様な事があってはならないから。
勇達には少しばかり悪条件と言わざるを得ないが、秘密を守る為にはやむを得ない訳で。
そうもなると、最寄り駅から歩いて三時間ほど。
しかも山独特のアップダウンを乗り越えなければならないというオマケ付き。
こうもなれば心輝が弱音を吐くのも当然だろう。
「で、皆旅費はある?」
「私はだいじょうぶです」
「俺は平気だ。 こんな事もあろうかと、こないだの働き分を貯めておいたぜ!!」
「うん、欲しいコスメあったけど後に回せば多分ヘーキ」
「五百円しか無ーい!!」
だが現実は言う以上に甘く無い。
まさか誰しも、言い出しっぺが一番問題だとは思っても見なかっただろう。
「ダメじゃん……」
たちまち四人揃って項垂れる姿が。
一体何に期待して、そんな所持金で京都まで行きたいと思ったのか。
他力本願もここまでいくと立派なものである。
とはいえ、園部家としての切り札は一応あるにはあるが。
「シン、お爺ちゃんにバイト頼めないの?」
「うーん一週間くらい手伝えば出してくれっかもしんねーけど」
実は心輝の祖父、実家近所にあるスーパーを運営する経営者で。
しかも地域に密着している形で売り上げは上々、それなりに儲かっているのだという。
ただそんなお店も人出は常に不足していて。
そういう時に手伝うと結構なアルバイト代が出るのだそうな。
かくいう心輝のオタク資金の大半は、その手伝いの賜物なのである。
「でもあずーは飽きっぽくて続かねぇからあんまり歓迎されてないんだよな」
対してあずーの持ち金が少ないのは、お手伝いもせずに無駄遣いばかりしているから。
行動が示す通り自由気まま過ぎて、祖父でもコントロール出来ないのだそう。
つまり、心輝とあずーの差は出来るべくして出来た物で。
しかも家族間ではなく仕事上の問題なので、こればかりは忖度しえないという訳だ。
生活環境は最良なのだが、怠け癖が出来るとダメになる。
それを行動で示すあずーを前に、心輝の溜息は止まらない。
「ホラ腕止まってんぞ。 終わらねぇと困るんだよ。 勇が」
「終わるまで居る気かよ!?」
「んーじゃあもうやらなーい! ずっといるー!!」
「頼むから勘弁して!?」
その問題解決のダシにされる勇としても堪ったものではないだろう。
このままでは「一緒にスーパーで働いてくれ」とさえ言われかねないので。
「ま、やっぱ学生が気軽に京都旅行とか無理だよな」
「残念です……」
と切り出して諦める他無い。
時にはこの様な決断も必要である。
その気になれば勇とちゃなの二人で行く事は出来るだろう。
でも二人でならばそれ程行く意味は無い。
何故なら目的は訪問そのものではないから。
〝五人一緒でカプロ達に会いに行く〟
この条件こそが勇達にも、カプロ達にも最も大事な事なのだから。
それにもう行けないという訳ではなく。
いずれまた政府関連の仕事で訪れる事になるかもしれない。
その機会に期待すればいいだけだ。
まだ出会って間も無いからこそ、急ぐ必要は無いのだから。
すると心輝がそんな空気を察したのか、それとなく話題を切り替える。
もちろん今度はしっかりと現実味のある話だ。
「ま、旅行は無理でも、都心回るくらいならなんとかなるんじゃね? 俺は専用トレーニング基地ってのに行ってみてぇな。 そしてそこで勇の真なる力ってやつを見てみたい!」
「確かにねー。 あの時からどれくらい成長したのかっていうのも気になるし。 魔剣使いってさ、やっぱバトル漫画のキャラみたいに強くなっちゃうのかな?」
「無敵勇君見たい見たい!! すごいちゃなちゃんも見たい!!」
心輝が言うのは上野駅近くに設置された訓練施設の事。
あの場所であれば、今の勇の力を見るには持って来いだろう。
そんな話ならばと瀬玲もあずーも妙に乗り気だ。
それというのも、二週間前のフェノーダラ城での出来事は既に軽く話していて。
ある程度の事情を知ったからこそ、こうして三人とも興味が湧いたのだろう。
何せ一ヵ月前にあれだけの動きと強さを見せつけられたのだ。
それから更なる成長を果たしたとなれば、気にならない訳がない。
「それは別に構わないけど、施設自体はトレーニング機器以外何も無いぞ?」
「いいんだよ、そこは秘密基地っぽさを味わう為に決まってんだから。 雰囲気が大事なんだよ雰囲気が!」
心輝の期待の方向性はと言えば、ほんの少しおかしいが。
とはいえ勇としても力を見せる事自体はそう嫌でもなさそう。
自身の凄さを見せつける―――こんな愉悦に浸りたいと思うのは少年の夢でもある訳で。
勇も潜在的にそう思う一人だからこそ、どこか自慢気である。
「じゃあ行く前に少しだけお披露目するか。 こないだ得たの力を……」
「「「おおー!」」」
そんな事を宣うや否や、すっくと立ち上がり。
部屋の隅に置かれたクローゼットへと歩み寄る。
その中から現れたのは、当然あの【大地の楔】。
まだ鞘も完成しておらず、抜き身で置いておく訳にもいかないので。
普段はこうして家具の中に仕舞っているという訳だ。
「おおーかっけぇ!!」
満を持しての新魔剣の登場に、あの心輝が唸らない訳も無い。
その重厚かつ無駄にも見えるデザインフォルムが厨二病心をふんだんにくすぐり上げる。
造り手が何を考えて七支刀の様な形に拵えたかは定かでは無いが、きっと何か意味があるのだろう。
ただそれが堪らない心輝、ワクワクがどうにも止まりそうにない。
そしてそんなギャラリーが居るからこそ、勇ももはやノリノリだ。
「剣聖さんとの戦いで命力の本当の使い方も覚えてさ、こんな事が出来る様になったよ」
するとたちまち魔剣の刃から光が溢れ出し。
次第に強い輝きが部屋一杯に広がり始めていく。
その明るさは電灯の光さえも凌駕し、部屋の外にまで漏れるほど。
命力の量などもはや関係は無い。
例え微量であろうとも、今ならばレンネィと同等までの光を放つ事が出来るのだ。
そう、今の勇はあの歴戦の猛者と言われたレンネィと同じ立ち位置に居るのである。
そんな力の片鱗を見せつけると、途端に光が収まっていく。
そうして視界を遮る光が消え去れば―――
―――ちゃなも含め、皆が揃って驚きの顔を浮かべていて。
「す、すごいです! こんなの初めて見ました! 命力ってこんな光が出せたんですね……」
「なんかこう神々しいっていうか、ワケわかんないけど、とりあえず凄いのはわかったわ」
「すごく眩しかった!」
どうやら今の発光は彼女達の語彙力を奪う程に衝撃的だった様だ。
約一名、何が起きたのかすら理解していない訳だが。
でも、実演としては充分過ぎた事だろう。
「しかしよ、その力は剣聖さんって人に教えてもらったんじゃねぇの?」
「いや、キッカケを教えてくれたのは王様かな。 まぁでもこの力を使いながら戦えたのは、相手が剣聖さんだったからっていうのもあるかもしれないな。 凄く戦い易かったし」
「じゃあ剣聖さんって勇の師匠って事になるのかな?」
「え? そうなるのかな? うーん、具体的な戦い方を教えてもらった事はあんまり無いんだけど」
しかし剣聖が話に出ると、ちょっと勇としては不機嫌そう。
それもそのはず。
いくら恩があるとはいえ、アルライの里を襲おうとしていた事を許した訳ではないからこそ。
蟠りが解けるまではもう少し時間が必要かもしれない。
それに、「剣聖は師匠」などと言われても、稽古をつけて貰った訳ではないのでイマイチ実感は無い様子。
ただ、考えれば考える程、あの時感じた感覚が思い起こされて。
「本当は剣聖さんもアルライの里を襲う気なんて無かったんじゃあないか」とさえ思えて来る。
それだけ、勇にとって剣聖との戦いは戦い易かったのだ。
それも、あまりにも自然過ぎる程に。
「まぁでも、もしかしたらそうかもしれないな。 あの人はほんと自由奔放だから何考えてるのかわからないけどさ。 そう考えた方が―――いや、そう願った方が気楽かな」
そんな経験も含め、教えて貰った事はそれなりに多く。
それが師弟の間柄なのだと言えば、勇としても事実を否定するつもりは無い。
憧れる人物の一人、という意味では嘘ではないのだから。
軽い実演も終わり、再び【大地の楔】がクローゼットの中へ。
こればかりはあの心輝もおさわりしようとは思わなかった様だ。
何せ強烈ないわく付きの魔剣なので。
下手に触って三日三晩気絶しようものなら、巷で騒ぎにさえなりかねない。
そもそもが、死ぬ可能性もある魔剣に進んで触れる程の勇気がある訳でもなく。
勇も今までの様なしつこさが無くなってホッと一安心である。
「後は身体強化がスムーズに出来るようになったよ。 今までは意識しないと出来なかったんだけどさ」
もちろん、勇が得たのは魔剣だけではない。
意識の改革が命力の扱い方にまで著しい影響を与えたのだ。
以前までは「〇〇しよう」と強く意識しなければ命力は働かなかった。
でも今は、「〇〇したい」という意思があれば命力が勝手に伴ってくれる。
考え方ひとつ変えただけでここまで差が出るのが命力の特性なのだろう。
「イメージが結びつく言葉を口にしたり、頭に思い浮かべればもっとスムーズになるらしいよ。 レンネィさんっていう知り合いの魔剣使いが教えてくれたんだ」
「私の『ぼん』みたいな感じでしょうか?」
「多分ね。 なんか思いつきやすい〝名前〟とかがあるといいってさ」
その特性を心から理解出来たのは確かに意識の改革のおかげだろう。
しかしその応用ともなる知識は、実は別に教えて貰っている。
剣聖との一件以降、実はレンネィとも会っていて。
たまたまトレーニング施設で鉢合わせした際に教えて貰ったのだそう。
〝真の力開眼祝い〟などと、ウキウキで伝えられたのはもはや言うまでもない。
だがそんな二人だけの盛り上がりも柄の間。
勇の発した何気無いキーワードが、あの男の拘り精神に火を付ける事となる。
「―――強化っつったらお前、『ブースト』しかねぇだろ?」
「えっ?」
突如、そんな一言と共に心輝のその身が起き上がり。
窓からの光を背に受けて、妙な威圧感を伴った厳つい表情を勇へと向けていて。
「かっこいい響きだろろうが『ブースト』ォ!! お前も男ならこれしかねぇだろ!?」
「な、なんだよいきなり……」
一言一言を挟む度に、その身が一歩、また一歩と勇へと迫り行く。
たちまちワナワナと肩を拳を震わせ。
己の想いに準ずるかの如く、熱く両拳を握り締める。
そんな心輝の様子を前に、勇も瀬玲ももうドン引きである。
「TVアニメ『ジェネティックライオ』の主人公ライオが『心燃やすぜ!!ブーストォ!!』という叫びで強くなるのもしかぁり!!」
「お、おう……」
「漫画『浪漫機甲ダイジェンディー』のライバル機バルトロスのパイロット・オーグマンの『これが私の、命のブーストだッッ!!』という全てを賭けた一撃のセリフも最高ッ!!」
「ハァ……」
「語るに語りつくせねぇこの『ブースト』というセリフ!! 語呂もいい、言いやすい!! これに勝る強化用言語はねぇだろぉ!!」
こうも語り出したらもう止まらない。
大好きな事になると途端に早口になるのはご愛敬。
それが心輝という深いオタク魂を燃やす男なのだ。
もちろんこれは今回で始まった事ではない。
幾度となくこの様に語り、勇達を困らせた事は数知れず。
そう言った意味では妹あずーとそっくりだと言っても過言ではないだろう。
「ハァ……『パワー』とかじゃダメなの?」
「は!? 『パワー』ってお前、『パワァ』って!! なんかこうほらよ、ポヤァって感じじゃねぇか!?」
「えー、でも可愛いじゃん」
「男の燃えるセリフに可愛さなんか要らねぇだろ!?」
「いつ燃えるセリフの話題になったんだよ……」
「お前戦場で『ぽわわぁ』とか言えるのかよ!? 『ブースト』!!のがカッコイイだろ!?」
心輝のこういった拘りはもはや他人の言葉を受け付けない。
それは深い深いサブカルへの愛が故に。
とはいえ……ここまで「ブースト」と連呼されると嫌でも固定概念化されそうであるが。
「わかったわかった、後で適当に考えておくって」
「いいか『ブースト』だぞ? 忘れんなよ、男の魂の言葉だ」
鼻息を荒くした心輝を前に、さすがの勇もタジタジだ。
このまま額同士がぶつかりそうな勢いともあって、半ば折れる形で押し返す。
瀬玲もあずーも既に「やれやれ」と呆れ気味だ。
一番心輝との付き合いが長いからこそ、こういう時はそっとしておくのが一番だと充分理解しているのだろう。
だが、こんな時に限って空気を読めなかった子がただ一人。
「『エンチャント』とか『サーフェイス』とかダメなんですか?」
そんな一言に気が付いた全員が見上げれば。
視線の先には、勇の机の前で和英辞典を広げるちゃなの姿が。
「田中さん、もう燃料投下しないで?」
無垢な少女の進言は、時に面倒臭い事態を引き起こしかねない。
それを恐れた勇の心からの訴えが、静かに部屋へと響き渡ったのだった。
という訳で色々あって本日の集いは終わりを告げ。
ようやく心輝達が帰る事に。
とはいえ、訓練施設へ行く事はうやむやになった訳ではない様で。
「んじゃ明日の十時に駅前な。 忘れんなよ」
「明日かよ、いきなりだな。 了解」
ほぼ心輝の独断で日時も決定し。
幸い他の三人も予定は無し、部活も休むという事で解決だ。
明日の約束を交わし、やっと心輝達が去っていく。
そんな彼等の背中を眺める勇も、「ふぅ」と溜息ながらも微笑みを零していて。
なんだかんだで困らせてくるばかりの彼等だが、今の勇にはそれも良い精神安定剤となるだろう。
こういった何気無い日常生活を送る事も、幼い戦士が成長するには必要な経験なのだから。
だがこの時もまだ勇は気付いていない。
これが勇にとっての悲劇の始まりになるという事を。
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