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第七節「絆と絆 その信念 引けぬ想い」
~Belief <信念>~
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「そんな……勇君の魔剣が!」
エウリィ達が眺める中、勇の【エブレ】が砕かれた。
魔剣使いの拠り所である魔剣が。
ただ福留にとっては、この結果が悪とは限らないだろう。
むしろ安堵の方がウェイトは大きいのかもしれない。
「……でもこれで良かったのかもしれません。 彼は戦うには少し優し過ぎますから」
確かに日本政府としての手数が減ったのは事実だ。
でもそれ以上に、福留が勇を戦地に送る事を望んでいないから。
いっそこのまま普通の生活に戻って欲しいと願って止まない。
だがエウリィとフェノーダラ王に限っては違う様だ。
「エウリィ、信じていいのだね?」
「はい。 勇様は必ず力を欲しますゆえ」
その意思は勇を更なる戦いに誘う事を良しとした。
それが彼の望む事だと信じているから。
だからこそ、エウリィは抱えてきていた箱を自信のままに差し出す。
互いの意思を汲み交わすかの様に見つめ合う中で。
その力、その根源を。
二人の思惑が示す先は決して【平和】とは程遠い。
けれどその想いを託す相手が【平和】を強く望む者なのならば。
辿る道はいずれ、一つに収束するだろう。
◇◇◇
魔剣が砕かれ、破片が大地へ散らばり。
その時初めて勇は認識する。
意思の拠り所を失った事に。
【エブレ】は今までずっと勇に応えてきてくれた。
まるで本当に感情を持っているかの様に。
意思を示す度に珠を輝かせて、幾度と無く力を与えてくれたのだ。
そしてきっとこれからもそうしてくれる―――そう信じていたのに。
自身の手に握られたままの柄はもう何の力も放ちはしない。
いくら命力を篭めたとしても。
心の声で訴えても。
もう、応えてはくれない。
「あ、ああ……」
そう悟った時、勇はへたり込んでいた。
魔剣を失った事、戦う資格を失った事。
その事実が心を弱らせ、命力機動の力さえ失わさせたのだ。
柄を握る力さえも、もう。
先程までの力強さは既に無く。
肩からガクリと項垂れた失意の様子を露わとしていて。
そんな勇の姿を横目に、剣聖が鞄へと歩み寄っては片腕で軽々と担ぐ。
何一つ声を掛ける事無く、哀愁の細めた目を向けながら。
―――ま、コイツたぁもう二度と会うこたぁねぇだろうよ―――
剣聖もまた悟ったのだ。
このままアルライの里まで向かい、もし魔者達を皆殺しにしたら。
きっと勇は二度と剣を奮う事が出来なくなるだろう、と。
魔剣とは魔剣使いにとってのアイデンティティとも言える代物である。
何故なら、魔剣がそれだけ使用者の精神への依存性を有しているからだ。
命力とは意思の力で、その力を媒体として魔剣と繋がっているも同意。
だから使用者は錯覚してしまう。
「魔剣が意思を持っている」と。
いや、実際には持っているのかもしれない。
武器そのものに命力を宿している以上は。
ただそれを意思に反して破壊されてしまえば、それはすなわち自身の破壊にも繋がる。
破壊の反動が使用者にも訪れてしまうのだ。
場合によっては廃人になる者も居るという。
心が弱い者は魔剣を持てなくなるという。
だから人はこの武器を【魔剣】と呼ぶのである。
決して勇が弱いという訳ではない。
ただ、こうして意思の拠り所が無いまま打ちのめされでもしたら。
勇はきっと立ち直れなくなる―――剣聖はそう悟ったのだ。
戦う事を避け、仲良くなる事を望む。
そんな優しさを持つからこそ。
その優しさが無駄だと理解した時の落胆は、今の比では無いのだと。
だからこそ、もう剣聖が掛ける言葉は無い。
これ以上の追い打ちを掛ける必要は。
これからは恩人ではなく、怨人となる身なのだから。
剣聖が再びアルライの里へと向けての一歩を刻む。
勇の傍を横切る様な道程で。
それこそが剣聖の在り方であり、生き様。
勇の様な小さな人間が妨げる事も叶わない、強者故の意思である。
ただその強者の意思も、信念の力を前には阻まれる事になるだろう。
「何ィ……!?」
その時、剣聖は歩を止める事となる。
いや、厳密に言えば―――止められたのだ。
立ち塞がった勇によって。
左右に大きく腕を広げ、通さんと言わんばかりにその道を遮り。
先程と変わらぬ強い意思のままに睨みつけていたのである。
その意思は折れていなかったのだ。
例え魔剣を失おうとも。
戦う力を失おうとも。
「人を守りたい」―――その意思は、戦意とは依存していないのだから。
「て、てめぇ……!!」
しかしそんな勇を前に、剣聖は明らかに動揺していた。
目元を「ピクピク」と震わせる程に。
剣聖が生きて来た三百余年。
その中で見て来た人間の中に、こんな事を成せる人物など誰一人として居ない。
魔剣を失ってもなお意思を保ち続け、身を投げ打ってでも守ろうとする意思を持つ者など。
前代未聞。
その非常識とも言える行動を成した勇に、剣聖は驚きを隠せなかったのである。
「……それほど死にてぇらしいと見える。 よもや後悔はしねぇよなぁ?」
だからといって剣聖が引き返す理由とはならない。
例え希有な存在であろうとも、立ち塞がるならば敵なのだから。
殺意を、敵意を向けて、立ち塞がる者に意思を問う。
でも答えは返らない。
勇はただ静かに剣聖を睨み付け、強い意思を示し続ける。
力でも命力でも何でも無く、勇自身という壁で遮るのみ。
その意思を見せる相手に、剣聖ほどの男が道を避けるなど有り得はしない。
「そうかよ、じゃあな」
その意思に応える為に。
その強さを讃える為に。
今、剣聖が巨大な魔剣を振り上げる。
だがその時突如として、剣聖の耳に違和感が飛び込む。
―――……ヒュンヒュンッ!!
それは空気を裂いて響く音。
なんと彼の背後から何かがブーメランの様に回転しながら迫っていたのだ。
「ちぃッ!?」
まるで剣聖を狙うかの様にして。
動揺に次ぐ動揺。
予想打にもしなかった事の連続に、堪らず剣聖がその身をよじらせながら大きく跳ね避ける。
ドズンッ!!
そして飛んできた何かは何者にも当たる事無く。
重厚な掘削音と共に大地へと突き刺さる。
勇の目の前へと。
「すまない剣聖殿ォ!! 手が滑ってしまったよォ!!」
するとその時、勇でも剣聖でも無い者の声が高く強く響き渡る。
その台詞に似付かわしくない、雄々しい叫びが。
それに気付いた勇や剣聖が一心に城壁上へと振り向けば―――
そこには城壁に身を乗り出したフェノーダラ王の姿が。
足を踏み外せば即死しかねない高さを誇る壁の上で。
臆する事無くその足を踏みしめて。
まるで示すかの様に、投げた腕を前へと突き出させる。
そこに居たのはまさに気高き者。
未だ戦う事を忘れない、猛々しい戦士の姿だった。
「ユハ=デッデラァ!! てんめぇ……!!」
でも茶を濁された剣聖としては憤りを隠せない。
またしても「ピクピク」と目元を震わせ、フェノーダラ王を睨みつける。
ただそんな剣聖に対して、フェノーダラ王は相変わらずの態度を見せつけていて。
地団駄を踏むお子様など視界には入れず、視線をただ一人へと向ける。
信念を貫きし者へと。
「勇殿ォ!! 君が何を成す為にそこまでの信念を持てているのかは私にもわからない!!」
「王様……?」
その雄々しき叫びは想いを乗せて。
勇へと一身に、一心に響かせる。
命力が無いにも拘らず、強く、強く。
「力というものは決して万能ではない!! 成したいと思う事は、理想が大きければ大きい程!! 力に強弱に拘らず!! 砂の様にその手からすり抜けていってしまうものなのだ!!」
その最中でも、エウリィの瞳が勇の心を映し出す。
どんな事があっても決して色褪せる事のない心の色を。
空の心を。
「だが君にはその心がある!! 幾多の強大な力を持った者達を前にしても、なお色褪せる事なく強く濃く有り続けた心がッ!!」
剣聖もまたその叫びを前に、睨みながらも見上げ続け。
重い一言をまるで自分の事の様に聴き入るのみ。
そこに秘める想いは誰にも与り知らぬ事であろうが。
「ならばその心が作る信念を守れェ!! そして今なお信念を貫きたいと願うならば―――」
フェノーダラ王が、エウリィが望む。
戦士としてあるべき姿を。
決して戦う為ではなく、【平和】の為に力を求める戦士の姿を。
だからこそ叫ぶのだ。
「―――信念を守る為に、取れェいッ!! 力をッッッ!!!!」
「ッ!!」
その叫びが、想いが届いた時。
勇は自然とその手を伸ばしていた。
目の前に届けられた力へと。
その力こそ、魔剣【大地の楔】。
今、勇が信念を押し通す為に最も相応しき―――力の象徴。
その力が遂に、勇の手に掴まれたのである。
信念を守る。
人でも物でも場所でもなく。
己を揺り動かす信念を守るという事。
それは思い方の違い。
だがその形をよりハッキリと成す事こそが魔剣を操る為の本質。
その瞬間、勇は理解した。
何かを守るという事はただの「願い」でしかないという事に。
「願い」は信念を揺り動かすが、魔剣が生む力の根源とは別だという事に。
想いでも、願いでも、魔剣は動かない。
それを抱く者の強い意思に反応して魔剣は真価を発揮するのだ。
だからこそ、今度は己が信じる道を守る為に―――その意思を奮う。
―――大地の楔よ。 頼む、力を貸してくれ。
俺の心を、俺が成したいという信念を守る為に!!―――
その意思が【大地の楔】へと届いた時。
フェノーダラ王が。
エウリィが。
レンネィや福留が。
そして剣聖が―――刮目する事となる。
輝く程に強く眩しい光を放つ魔剣の姿を。
「おお……あの光は!!」
「あの子ッ!! まさかこの土壇場で命力の本質に気付いたというの!?」
今までの淡い光とはまるで違う。
いつかレンネィが見せた光の迸り、まさにそれと等しい輝きを纏っていたのだ。
そう、全ては勇が魔剣の本質に気付いたからこそ。
魔剣の輝きは決して命力の強さの象徴ではなかったのだ。
ただその意思、その心の向ける方向性が違っていたに過ぎない。
そしてその力に気付けたからこそ、【大地の楔】もまた応えたのだ。
「俺を行使え」と。
信念と力と魔剣。
その三つがこの時、心の中で軌跡を繋ぎ、繋がっていく。
それはまるで目に見える様にハッキリと。
「勝つ為でも、守る為でもない。 信じる道の為に俺は戦う!!」
この全てが見えた時、勇の意思は遂に再び戦意を呼び覚ました。
その手に掴んだ力を闘志と繋げ、前に立ち塞がる相手へと切っ先を向ける。
未だ強大な敵に変わり無い剣聖へと。
その剣聖は―――笑っていた。
もはや先程までの無味な顔とは違う。
まるで新しい玩具を得た子供の様に。
狂気染みる程に笑窪を釣り上げ、嬉しそうな笑顔へと変貌していたのだ。
「クゥッハッハッ!! きぃやがれぇぇぇ!!」
その叫びももはや狂喜。
勇が今この土壇場で覚醒した事を喜ぶかの如く。
その二人の意思が、戦意が昂りきった時―――
―――遂に互いの足が、大地を蹴る。
「うおおおおッ!!」
「ハッハァーーーッ!!」
互いに凄まじい速度を誇っていた。
剣聖は元より、勇もまた。
その速度、今までの比ではない。
今までの力が何だったのかと思う程に。
疲弊していたはずなのに。
あれ程のダメージを受けていたはずなのに。
それでも今の勇はこれ以上に無い高揚と力を感じていたのだ。
今までとは比べ物にならない力の躍動を。
まるで命力が溢れ出さんばかりだった。
塞き止めていた蛇口が解放されたかの様に。
総量が今までと変わらないにも拘らず。
その力が引き起こした飛び出しは、大きく離れていたはずの間隔距離を一瞬にして縮めきる程。
チュイィィィンッ!!
そして二人が相対した時、たちまち魔剣同士がぶつかりあう。
たちまち激しい光の火花が迸り、周囲へ強く濃く散っていく。
剣聖は巨大な魔剣で、その破壊力は片手でも持てる【大地の楔】では受けきれるか怪しい。
だからこそ勇は敢えて受け流す。
躱して叩く―――ヒットアンドアウェイ戦法を取ったのだ。
速度を上回るはずの剣聖に対して。
でもその剣聖の攻撃を、今勇は完全に受け流しきっていた。
しっかりと見切れているのだ。
再び交差した互いの体が遠く離れ行く。
当然の如く、共に大地を滑る様にして。
だがこれで終わりではない。
二人の真の戦いは、ここからが本番なのだ。
魔剣使いの真価。
それはあの剣聖と戦える程に、想像を絶する進化をもたらしたのである。
エウリィ達が眺める中、勇の【エブレ】が砕かれた。
魔剣使いの拠り所である魔剣が。
ただ福留にとっては、この結果が悪とは限らないだろう。
むしろ安堵の方がウェイトは大きいのかもしれない。
「……でもこれで良かったのかもしれません。 彼は戦うには少し優し過ぎますから」
確かに日本政府としての手数が減ったのは事実だ。
でもそれ以上に、福留が勇を戦地に送る事を望んでいないから。
いっそこのまま普通の生活に戻って欲しいと願って止まない。
だがエウリィとフェノーダラ王に限っては違う様だ。
「エウリィ、信じていいのだね?」
「はい。 勇様は必ず力を欲しますゆえ」
その意思は勇を更なる戦いに誘う事を良しとした。
それが彼の望む事だと信じているから。
だからこそ、エウリィは抱えてきていた箱を自信のままに差し出す。
互いの意思を汲み交わすかの様に見つめ合う中で。
その力、その根源を。
二人の思惑が示す先は決して【平和】とは程遠い。
けれどその想いを託す相手が【平和】を強く望む者なのならば。
辿る道はいずれ、一つに収束するだろう。
◇◇◇
魔剣が砕かれ、破片が大地へ散らばり。
その時初めて勇は認識する。
意思の拠り所を失った事に。
【エブレ】は今までずっと勇に応えてきてくれた。
まるで本当に感情を持っているかの様に。
意思を示す度に珠を輝かせて、幾度と無く力を与えてくれたのだ。
そしてきっとこれからもそうしてくれる―――そう信じていたのに。
自身の手に握られたままの柄はもう何の力も放ちはしない。
いくら命力を篭めたとしても。
心の声で訴えても。
もう、応えてはくれない。
「あ、ああ……」
そう悟った時、勇はへたり込んでいた。
魔剣を失った事、戦う資格を失った事。
その事実が心を弱らせ、命力機動の力さえ失わさせたのだ。
柄を握る力さえも、もう。
先程までの力強さは既に無く。
肩からガクリと項垂れた失意の様子を露わとしていて。
そんな勇の姿を横目に、剣聖が鞄へと歩み寄っては片腕で軽々と担ぐ。
何一つ声を掛ける事無く、哀愁の細めた目を向けながら。
―――ま、コイツたぁもう二度と会うこたぁねぇだろうよ―――
剣聖もまた悟ったのだ。
このままアルライの里まで向かい、もし魔者達を皆殺しにしたら。
きっと勇は二度と剣を奮う事が出来なくなるだろう、と。
魔剣とは魔剣使いにとってのアイデンティティとも言える代物である。
何故なら、魔剣がそれだけ使用者の精神への依存性を有しているからだ。
命力とは意思の力で、その力を媒体として魔剣と繋がっているも同意。
だから使用者は錯覚してしまう。
「魔剣が意思を持っている」と。
いや、実際には持っているのかもしれない。
武器そのものに命力を宿している以上は。
ただそれを意思に反して破壊されてしまえば、それはすなわち自身の破壊にも繋がる。
破壊の反動が使用者にも訪れてしまうのだ。
場合によっては廃人になる者も居るという。
心が弱い者は魔剣を持てなくなるという。
だから人はこの武器を【魔剣】と呼ぶのである。
決して勇が弱いという訳ではない。
ただ、こうして意思の拠り所が無いまま打ちのめされでもしたら。
勇はきっと立ち直れなくなる―――剣聖はそう悟ったのだ。
戦う事を避け、仲良くなる事を望む。
そんな優しさを持つからこそ。
その優しさが無駄だと理解した時の落胆は、今の比では無いのだと。
だからこそ、もう剣聖が掛ける言葉は無い。
これ以上の追い打ちを掛ける必要は。
これからは恩人ではなく、怨人となる身なのだから。
剣聖が再びアルライの里へと向けての一歩を刻む。
勇の傍を横切る様な道程で。
それこそが剣聖の在り方であり、生き様。
勇の様な小さな人間が妨げる事も叶わない、強者故の意思である。
ただその強者の意思も、信念の力を前には阻まれる事になるだろう。
「何ィ……!?」
その時、剣聖は歩を止める事となる。
いや、厳密に言えば―――止められたのだ。
立ち塞がった勇によって。
左右に大きく腕を広げ、通さんと言わんばかりにその道を遮り。
先程と変わらぬ強い意思のままに睨みつけていたのである。
その意思は折れていなかったのだ。
例え魔剣を失おうとも。
戦う力を失おうとも。
「人を守りたい」―――その意思は、戦意とは依存していないのだから。
「て、てめぇ……!!」
しかしそんな勇を前に、剣聖は明らかに動揺していた。
目元を「ピクピク」と震わせる程に。
剣聖が生きて来た三百余年。
その中で見て来た人間の中に、こんな事を成せる人物など誰一人として居ない。
魔剣を失ってもなお意思を保ち続け、身を投げ打ってでも守ろうとする意思を持つ者など。
前代未聞。
その非常識とも言える行動を成した勇に、剣聖は驚きを隠せなかったのである。
「……それほど死にてぇらしいと見える。 よもや後悔はしねぇよなぁ?」
だからといって剣聖が引き返す理由とはならない。
例え希有な存在であろうとも、立ち塞がるならば敵なのだから。
殺意を、敵意を向けて、立ち塞がる者に意思を問う。
でも答えは返らない。
勇はただ静かに剣聖を睨み付け、強い意思を示し続ける。
力でも命力でも何でも無く、勇自身という壁で遮るのみ。
その意思を見せる相手に、剣聖ほどの男が道を避けるなど有り得はしない。
「そうかよ、じゃあな」
その意思に応える為に。
その強さを讃える為に。
今、剣聖が巨大な魔剣を振り上げる。
だがその時突如として、剣聖の耳に違和感が飛び込む。
―――……ヒュンヒュンッ!!
それは空気を裂いて響く音。
なんと彼の背後から何かがブーメランの様に回転しながら迫っていたのだ。
「ちぃッ!?」
まるで剣聖を狙うかの様にして。
動揺に次ぐ動揺。
予想打にもしなかった事の連続に、堪らず剣聖がその身をよじらせながら大きく跳ね避ける。
ドズンッ!!
そして飛んできた何かは何者にも当たる事無く。
重厚な掘削音と共に大地へと突き刺さる。
勇の目の前へと。
「すまない剣聖殿ォ!! 手が滑ってしまったよォ!!」
するとその時、勇でも剣聖でも無い者の声が高く強く響き渡る。
その台詞に似付かわしくない、雄々しい叫びが。
それに気付いた勇や剣聖が一心に城壁上へと振り向けば―――
そこには城壁に身を乗り出したフェノーダラ王の姿が。
足を踏み外せば即死しかねない高さを誇る壁の上で。
臆する事無くその足を踏みしめて。
まるで示すかの様に、投げた腕を前へと突き出させる。
そこに居たのはまさに気高き者。
未だ戦う事を忘れない、猛々しい戦士の姿だった。
「ユハ=デッデラァ!! てんめぇ……!!」
でも茶を濁された剣聖としては憤りを隠せない。
またしても「ピクピク」と目元を震わせ、フェノーダラ王を睨みつける。
ただそんな剣聖に対して、フェノーダラ王は相変わらずの態度を見せつけていて。
地団駄を踏むお子様など視界には入れず、視線をただ一人へと向ける。
信念を貫きし者へと。
「勇殿ォ!! 君が何を成す為にそこまでの信念を持てているのかは私にもわからない!!」
「王様……?」
その雄々しき叫びは想いを乗せて。
勇へと一身に、一心に響かせる。
命力が無いにも拘らず、強く、強く。
「力というものは決して万能ではない!! 成したいと思う事は、理想が大きければ大きい程!! 力に強弱に拘らず!! 砂の様にその手からすり抜けていってしまうものなのだ!!」
その最中でも、エウリィの瞳が勇の心を映し出す。
どんな事があっても決して色褪せる事のない心の色を。
空の心を。
「だが君にはその心がある!! 幾多の強大な力を持った者達を前にしても、なお色褪せる事なく強く濃く有り続けた心がッ!!」
剣聖もまたその叫びを前に、睨みながらも見上げ続け。
重い一言をまるで自分の事の様に聴き入るのみ。
そこに秘める想いは誰にも与り知らぬ事であろうが。
「ならばその心が作る信念を守れェ!! そして今なお信念を貫きたいと願うならば―――」
フェノーダラ王が、エウリィが望む。
戦士としてあるべき姿を。
決して戦う為ではなく、【平和】の為に力を求める戦士の姿を。
だからこそ叫ぶのだ。
「―――信念を守る為に、取れェいッ!! 力をッッッ!!!!」
「ッ!!」
その叫びが、想いが届いた時。
勇は自然とその手を伸ばしていた。
目の前に届けられた力へと。
その力こそ、魔剣【大地の楔】。
今、勇が信念を押し通す為に最も相応しき―――力の象徴。
その力が遂に、勇の手に掴まれたのである。
信念を守る。
人でも物でも場所でもなく。
己を揺り動かす信念を守るという事。
それは思い方の違い。
だがその形をよりハッキリと成す事こそが魔剣を操る為の本質。
その瞬間、勇は理解した。
何かを守るという事はただの「願い」でしかないという事に。
「願い」は信念を揺り動かすが、魔剣が生む力の根源とは別だという事に。
想いでも、願いでも、魔剣は動かない。
それを抱く者の強い意思に反応して魔剣は真価を発揮するのだ。
だからこそ、今度は己が信じる道を守る為に―――その意思を奮う。
―――大地の楔よ。 頼む、力を貸してくれ。
俺の心を、俺が成したいという信念を守る為に!!―――
その意思が【大地の楔】へと届いた時。
フェノーダラ王が。
エウリィが。
レンネィや福留が。
そして剣聖が―――刮目する事となる。
輝く程に強く眩しい光を放つ魔剣の姿を。
「おお……あの光は!!」
「あの子ッ!! まさかこの土壇場で命力の本質に気付いたというの!?」
今までの淡い光とはまるで違う。
いつかレンネィが見せた光の迸り、まさにそれと等しい輝きを纏っていたのだ。
そう、全ては勇が魔剣の本質に気付いたからこそ。
魔剣の輝きは決して命力の強さの象徴ではなかったのだ。
ただその意思、その心の向ける方向性が違っていたに過ぎない。
そしてその力に気付けたからこそ、【大地の楔】もまた応えたのだ。
「俺を行使え」と。
信念と力と魔剣。
その三つがこの時、心の中で軌跡を繋ぎ、繋がっていく。
それはまるで目に見える様にハッキリと。
「勝つ為でも、守る為でもない。 信じる道の為に俺は戦う!!」
この全てが見えた時、勇の意思は遂に再び戦意を呼び覚ました。
その手に掴んだ力を闘志と繋げ、前に立ち塞がる相手へと切っ先を向ける。
未だ強大な敵に変わり無い剣聖へと。
その剣聖は―――笑っていた。
もはや先程までの無味な顔とは違う。
まるで新しい玩具を得た子供の様に。
狂気染みる程に笑窪を釣り上げ、嬉しそうな笑顔へと変貌していたのだ。
「クゥッハッハッ!! きぃやがれぇぇぇ!!」
その叫びももはや狂喜。
勇が今この土壇場で覚醒した事を喜ぶかの如く。
その二人の意思が、戦意が昂りきった時―――
―――遂に互いの足が、大地を蹴る。
「うおおおおッ!!」
「ハッハァーーーッ!!」
互いに凄まじい速度を誇っていた。
剣聖は元より、勇もまた。
その速度、今までの比ではない。
今までの力が何だったのかと思う程に。
疲弊していたはずなのに。
あれ程のダメージを受けていたはずなのに。
それでも今の勇はこれ以上に無い高揚と力を感じていたのだ。
今までとは比べ物にならない力の躍動を。
まるで命力が溢れ出さんばかりだった。
塞き止めていた蛇口が解放されたかの様に。
総量が今までと変わらないにも拘らず。
その力が引き起こした飛び出しは、大きく離れていたはずの間隔距離を一瞬にして縮めきる程。
チュイィィィンッ!!
そして二人が相対した時、たちまち魔剣同士がぶつかりあう。
たちまち激しい光の火花が迸り、周囲へ強く濃く散っていく。
剣聖は巨大な魔剣で、その破壊力は片手でも持てる【大地の楔】では受けきれるか怪しい。
だからこそ勇は敢えて受け流す。
躱して叩く―――ヒットアンドアウェイ戦法を取ったのだ。
速度を上回るはずの剣聖に対して。
でもその剣聖の攻撃を、今勇は完全に受け流しきっていた。
しっかりと見切れているのだ。
再び交差した互いの体が遠く離れ行く。
当然の如く、共に大地を滑る様にして。
だがこれで終わりではない。
二人の真の戦いは、ここからが本番なのだ。
魔剣使いの真価。
それはあの剣聖と戦える程に、想像を絶する進化をもたらしたのである。
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大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
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