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第七節「絆と絆 その信念 引けぬ想い」

~Revolt <反抗>~

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【平和】―――それは勇達の世界にしか無い言葉。
 生まれ得なかったのか、それともとうの昔に忘れたのか。

 その理由はもはや誰にもわかりはしない。
 かの者達の世界はそれ程までに戦乱に満ち溢れていたから。

 しかしその意味は、どちらの世界の者もが望み願いしもの。

 故に人は求めるだろう。
 その言葉を知ったから。
 望み願い求めるからこそ、人は明日に希望を見出せるのだから。





 もちろん話はアルライの里の事を伝えただけでは終わらない。
 勇の視点でのグゥの話題は当然の事で。
 アルライの里での受け入れられるまでの出来事や、交流会の事も。

 その時の話を語る勇はとても嬉しそうで。
 エウリィもそんな姿を見惚れる様に眺め続けていた。

 そしてその熱い語りも、興奮冷めやらぬ中で遂に終わりを迎え。
 最後まで語り終えたともあり、勇としては満足そうだ。

「ふふっ、そんな話を聞くと私も魔者と遊んでみたくなってしまいます」

「それなら、外に出られる様になったらアルライの里に案内するよ!」

 そんな勇にこうも燃料を注げば燃え上がるのも当然で。
 肯定的なエウリィを前に、乗り気な勇が胸を打つ。

 その隣にいる父親達としては少々困惑気味ではあるが。

 エウリィもまた年端も行かない子だからこそ、強い先入観は無いのだろう。
 ダッゾ族からの襲撃の最中にいても、その純粋さは失われていない。

 勇の話を嬉々として受け入れるその広い心は。

 もしかしたらこんな彼女の心もまた、勇と同じなのかもしれない。
 その髪と目の色が示す通りに。

 気付けば二人だけの話が盛り上がりを見せ。
 未だ外に出る事を許されていないエウリィの好奇心を満たさせていく。
 「また暴走されない様に」という意図も少なからずあったが、それ以上に楽しんで貰いたかったから。

 こうして語り合う二人はまるで本当の恋人のよう。

 きっと勇はそう見られている事になど気付いていないだろう。
 エウリィも勇がそこまで意識していない事に気付いているだろう。

 でも二人とも楽しいだけで今は充分だから。

 笑って、笑って、喜びあって。
 互いの心を寄せ合う、ただそれだけで。

 もしかしたら空色の心というのは、二人揃うだけで喜びの相乗効果をもたらす存在なのかもしれない。



 しかしそんな折、勇の肩に「ポン」とした感触が。



 それに気付いた勇がふと振り返って見ると、視線の先には福留の姿が。
 いつもなら男女の会話に割って入るなど、間違ってもするはずは無いのだが。

 しかもどこか妙に表情が険しくも見えていて。

「福留さん、どうしたんです……?」

 その雰囲気を勇も感じ取ったのだろう、思わず眉を細めさせる。

「それがですね……今、剣聖さんが出て行ったのですよ」

 そんな福留から放たれたのは、一聞いちぶんなんて事の無い一言。
 でもその一言は勇に妙な予感を呼ぶ事となる。

「それもいつに無く真剣なお顔をしていらっしゃいましてねぇ。 少し気になったので何か事情を知らないかと思いまして」

 もしかしたら福留も何か不穏を察しているのかもしれない。
 そうでなければ、わざわざ話で盛り上がっていた勇を呼びはしない。
 通訳をするならレンネィもすぐそこに居るのだから。

 その福留の行動の意味を察した時、勇の予感は妙な胸騒ぎをも呼び込み始める。

「……ッ!! まさか―――」

 そう気付いた時、勇は既に駆け出していた。
 剣聖を追う様に、外へと向けて。

 先程までの楽しかった感情など一瞬にして吹き飛んでいた。
 エウリィと話したいという感情など消え去っていた。

 それ程までの不安と疑念が意識を支配していたのである。



 突如として姿を消した勇と剣聖。
 二人が居なくなった大広間にはたちまち静寂が訪れていて。
 察しきれていないフェノーダラ王やエウリィはただただ首を傾げるばかりだ。

 ただ一人、何かを予見した者を除いて。

「……少し風に当たっていきませんか? 良ければ福留さんも」

 そう切り出したのはレンネィ。

 もしかしたら、魔剣使いが故の直感が何かを教えたのかもしれない。
 その声色こそ優しいが、表情はどこか陰りを伴っていて。

 並々ならぬ雰囲気を見せるレンネィを前に、福留のみならずフェノーダラ王達も静かに頷きで返す。

 彼女が示す先で、去って行った二人の意図を覗けるかもしれない。
 そう確信したから。 



 こうして、レンネィを筆頭に福留、フェノーダラ王と側近達が城壁上へと向けて歩き行く。
 その一歩一歩はまるで不穏を掻き立てるかの様に、石を叩く鈍い音を通路へと響かせていた。





◇◇◇





「待ってください剣聖さん! どこに行くつもりなんですか!?」

 勇が剣聖に追い付いた時、そこは既に城門の外。
 なおも領域外へと歩き続けていた剣聖に向け、呼び止める声が響き渡る。

「あぁん?」

 その剣聖はと言えば、とても面倒臭そうに据わった目で返していて。
 でもちゃんと振り向いてくれる辺り、そう急いでいる訳でもないのだろう。

「別にどこ行こうとかまゃしねぇだろうがよぉう。 おめぇは俺のカーチャンかっての」

 この様な嫌味を言う所は相変わらずであるが。

 ただ勇はその一言で引き下がるほど楽観的ではない。
 少なくとも、今抱いている不安が解消されない限りは。

「でも気になるじゃないですか。 城に戻って来てから今まで、外に出た事なんて無かったのに……」

 その不安の出所とはつまり、その行動原理。

 剣聖は今まで何かと理由を付けて城から出た事は無い。
 ウィガテ戦もザサブ戦も「興味が無い」と払い除けていて。
 福島の隠れ里調査も「ゲームが忙しい」と取り合ってはくれず。

 でも今、勇の話を聞いた途端にこうして外に出始めた。

 この行動は、偶然にしては余りにも出来過ぎている。
 その奇妙さが勇に胸騒ぎを呼んだ原因となったのである。

 そう、その胸騒ぎの根本こそ―――



「剣聖さん……もしかして、アルライの里に行く気ですか……?」



 ―――剣聖の出向く目的、その理由である。

 疑念だけであって欲しかった。
 勘違いであって欲しかった。

 剣聖がただ「いんや、ただの暇潰しだぁよ」などと答えてくれればそれだけで済む事だ。

 きっと今回も興味が無いと言うのだろう。
 体が鈍ってしょうがないから動かしに行くだけなのだろう。
 
 そう言って欲しかった。



 だが現実は、そんな期待を抱く事さえ許しはしない。



「ああ、そうだ」



 それはただただ迷い一つ無く。
 しっかりと命力を乗せた一言が勇の思考を撃ち貫く。

 嘘とも誤魔化しとも言い切る事の出来ない真っ直ぐな一言が。

 その一言が勇の心を惑わせる。
 その目的が、理由が、余りにもわからなさ過ぎたから。
 空色の心を持つ勇では想像も出来なかったから。

 いや……想像から、かもしれない。

「な、なんで行く必要があるんですか!? 彼等は魔剣なんて持ってないですよ!?」

「なんでそう言い切れるんだぁ? 嘘ォついてるかもしれないんだぜ?」

「彼等は嘘なんて―――ッ!?」



 だがその時、勇はとある事実に気が付く。


 剣聖達『あちら側』の者達は、すべからく命力の翻訳能力を知らなかった。
 まるで転移が行われるまで、その様な理など存在しなかったかの如く。

 だからこそ、彼等が相手を疑う事は至って普通。
 現代の人間と同様に。

 でも勇は魔者達と会話する事で知らず内に理解していたのだ。
 彼等との会話に嘘は無かったのだと。

 意図的な嘘は別として、素直に話す上での嘘は全く無く。
 何もかもがストレートな表現だったり、何もかもが聴き取り易かったり。

 そう、一切の齟齬が無かったのだ。

 翻訳能力の賜物と言えばその通りかもしれない。
 適度に意味が通じるだけで十分だったのかもしれない。

 では何故心輝が持ってきたゲーム機を、彼等はすぐに理解出来たのか。
 それこそ固有名詞のオンパレードで、本来は何を言っているのかわからないはず。
 しかしそれに対する疑問はあっても質問は無かった。

 最初はそれも「彼等が賢いだけ」と思っていて。
 自分達で答えを導き出した―――そうしていたのだ

 アルライ族が賢かったのではない。

 意図が通じていたのだ。



 命力の会話は心の会話。
 つまりそれは、嘘偽りなき感話テレパシーにも近い共感シンパシー

 

 互いが信じる者であれば意味は通じなくても意図が通じる。
 更にはエウリィとも通じ合う事が出来て。

 そして剣聖は―――信じてくれていないという事に気付いたのだ。

 だから訴えても聞き入れてくれない。
 考えも変えようとはしてくれない。

 それはまるで制止も聞かずに人を襲う魔者と同じ。

 そう感じてしまった時、勇には見えてしまっていた。



 剣聖の背後から噴き上がる重く暗い感情が。
 見通す事の出来ない程に真っ黒な衝動が。



 その正体はわからない。
 その意図は読めない。

 何も答えてはくれない。

 だから勇は―――その感情を見通した時、既に駆けていた。
 剣聖の進もうとしていた進路上へと。

 その行く手を阻む様にして。

「……どういうつもりだおめぇ?」

 そんな勇へと、剣聖が鋭い目つきで睨み付ける。
 まるで小さな虫を蔑むかの様な冷徹な目付きで。

 しかも睨まれた途端、勇の体に言い得ない痺れが表皮に走り始める。

 その原因は命力。
 体感出来る程に強い命力波が勇の体に絶え間無く当たっていたのだ。

 命力レーダーを習得した勇ならば、その感覚はすぐに理解する事が出来る。
 その意図を読み取る事さえも。

 レンネィとの攻防戦を経て十分に思い知ったから。

「アルライの里に行って何をする気なんですか……ッ!」

「魔剣を探す」

「じゃあ彼等が抵抗したら―――」

 幾度と無く聴かされてきた『あちら側』の理。
 相容れる事の種族同士の争いから生まれた価値観。

 それはきっと、剣聖もまた例外では無いのだろう。





「殺す」





 だからこそ解き放ったのは無情の一言。
 そこにもはや相手の気持ちを汲む気概など有りはしない。

 ただ目的を達する為に動く魔人。
 今この時、勇には剣聖がそう見えていた。

 そして、目の前に居る殺意を止めなければならないと。

 その想いが脳裏を駆け巡った瞬間、その手を魔剣に掛ける。
 決意と想いを昂らせて。

 これ以上に無い程に強く。



「―――なら、ここを通す訳には……いかないッ!!」



 この時、勇が遂に恩人とも言える剣聖に牙を剥く。
 横暴とも言える所業をなんとしても止める為に。





 勇と剣聖。
 二人の意思が今、雷が如き迸りとなってぶつかり合う。
 
 こうして絡み合う意思は、果たしてどこへと向かおうとしているのだろうか……。


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