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第四節「慢心 先立つ思い 力の拠り所」

~安堵の実感~

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 遂にウィガテ王を倒す事が出来た勇達。
 間違いなく強敵と言える相手だったからこそ、激戦の末の勝利は二人に笑顔を呼び込んでいた。

 しかし同時に課題の多い戦いでもある。

 もし相手が間抜けでなければ、全てが策略であったのならば、こう上手くもいかなかっただろう。
 ちゃなが怯んだ後、勇では無く彼女を狙われていたらきっと無事では済まなかっただろう。
 【アースバインド】で動きを止められた後、雑兵を呼ばれれば間違いなく負けていただろう。

 それ以前に相手の動きが卓越していたのならば、追い込まれていたのは勇だったかもしれない。

 相手が相手だったから勝てた、そう言い切れる戦い。
 勇もそれをわかっていたからこそ、「ブルリ」と身震いを呼び込んでならない。
 それ程までに、勇達にとってはギリギリの戦いだったのだ。

 するとそんな時、聴き慣れた声が彼等の背後から響いてきた。

「勇君、ちゃなさん、無事ですか?」

 咄嗟に勇達が振り向くと、二人の前になんと福留達が立っていて。
 突然の意外な人物の登場は、思わず勇達を唖然とさせるばかりだ。

「あれ……福留さん、どうしてここまで!?」

「すみませんねぇ。 どうしても二人の戦いが見てみたくて、こっそり覗いていたのですよ」

「福留さぁん……」

 福留がまるで誤魔化すかの様に「ハハハ」と笑いを上げる。
 年甲斐も無く好奇心旺盛な姿はさすがの福留と言った所か。
 忠告しておいたにも拘らずの行動に、勇達はもはや呆れんばかり。

 忠告した本人として心中複雑な勇はもはや失笑気味だ。

「おや?」

 そんな時、ふと福留が何かに気付く。
 勇達や自衛隊員達もがその反応に気付いて視線を追うと―――

 その先に見えたのは光に包まれ始めたウィガテ王の体。

 舞い上がる光の粒子は火の粉にも見える。
 しかし本物の火の粉でさえ弾け消え、光となって舞い上がり。
 揺らめく炎さえも焦がし消しながら、ウィガテ王と、その身を包む何もかもを纏めて消し去ったのだ。

 それはダッゾ王の時と同じ、燃えた紙の様に消えていく現象。
 纏う炎でさえもその様にして消えていく。
 それが更なる奇怪さを感じさせずにはいられない。

 例えその様子が如何に幻想的であろうとも。

「おやおや、これが例の消えた、という奴ですか。 なんと不思議な」

「そうなんです。 ダッゾも……渋谷の奴もこうやって消えたんですよ」



 光の粒子が舞い上がる黒煙に混じって空高く昇っていく。

 高い大空へと向けて、どこまでも、どこまでも。
 
 青に混じって溶けこむように。

 ―――光は一体どこへ行くのだろうか。

 どこへ還るのだろうか―――

 それはまだ誰にもわかりはしない。

 今は空を見上げて見送る事しか出来ないのだから。

 ただただ、今は安堵に身を任せよう。

 いつか知る日が訪れる事を願い願って……。



「―――これで終わりですね」

「そうですねぇ。 では戻るとしましょうか」

 ウィガテ王は倒れ、【大地の楔】は勇達の手に戻った。
 逃げた雑兵の行方はわからないが、これ以上長居する理由は無く。

 ダッゾの時と違ってここは山の中だ。
 きっと生き延びていても、人に害を及ぼす可能性は薄いだろう。
 それに何かあろうとも、今は勇達が居るのだから。

「そうだ、引き続き魔剣をお預かりしましょう。 今度は厳重に扱わせて頂きますので」

 そんな時、ふと福留が思い出した様にその手を差し出す。

 それも当然か。
 勇をここまで連れて来たのは【大地の楔】の回収が目的だったのだから。

 だが、勇は何を思ったのかその身を一歩引かせ。
 福留に【大地の楔】を差し出そうとはしなかった。

「福留さん、すいません。 色々厚かましい事ばかりしておきながらこんな事を言うのは何なんですが……【大地の楔】、やっぱり渡せません」

 勇の顔に覗くのは決して否定の意思ではない。
 直視を避ける様に目を逸らした、悩むままの浮かない表情。

 そんな彼の様子を前に、福留も神妙な面持ちで返す。

「……その理由を教えて頂けますか?」

 しかしそう問う声は優しく撫で上げる様な穏やかさを纏っていて。
 福留のその一声が思い悩む勇の心境を露わとさせる。 

「俺は魔剣についてそんなに詳しくなくて、軽率な行動で人に譲って。 その結果福留さん達にも迷惑掛けちゃって、そして気付いたんです。 今回の様に魔剣を軽率に扱う事でどんなに大変な事が起きてしまうかって」

「ふむ」

「フェノーダラ王が俺に託してくれた【大地の楔】の重みと、その責任……俺はそれに応えなきゃいけないんだって事に気付いたんです。 だから俺、この魔剣は人の手に渡しちゃいけないんだって今更ながらに思って。 剣聖さんが俺から魔剣を受け取らなかったのもきっとそういう事なんじゃないかって気付く事が出来ました」

 フェノーダラ王が【大地の楔】を勇へ託したのは、決して彼が優秀であったからではない。
 フェノーダラの人々が勇自身へ多大な期待を寄せていたからこそなのだ。



 それは単に勇という存在そのものを信じたから。



 勇はその期待に応えなければいけない、そう思ったのだ。
 例え叶わなくとも、期待に沿えなくとも。
 フェノーダラ王達は決して結果を求めてはいない。

 彼等は勇がその姿勢を以って戦い続けてくれる事をずっと願っているのだから。

「だから俺はこの【大地の楔】を受け取った責任を果たしたい。 それを福留さんにも認めてもらいたいんです……!!」

 気付けば勇が強い意思を乗せた瞳を福留に向けていて。
 強く握りしめた拳が想いの強さを体現する。

 それでも勇に不安が無かった訳ではない。

 もし福留が自衛隊員を使って魔剣を渡すよう脅して来たら。
 後日勇の家に押し入って魔剣を強奪する様な事を始めたら。
 勇達にはきっと抵抗する事は出来ないだろう。
 福留がそう決断を下せる事の出来る人物だから。

 だからこそ、勇は面と向かって訴えるしか出来ない。
 それだけが自身の誠意を見せる最高の手段だと思ったから。

 するとそんな時、勇の肩に「ポン」とした軽い感触が走る。
 福留が彼の肩に掌を乗せたのだ。

 彼の表情は未だ曇ったまま。
 でも肩を掴む力は心地よい程にとても柔らかで。

「……いいですか勇君、その心意気はとても大事です。 フェノーダラの皆さんにだけではありません。 貴方とこれから関係を持つ多くの人々にその責任を果たす必要が生まれるでしょう。 ですが力の無い方、意思の弱い方にはそれを成す事は出来ません。 大いなる力には責任が伴いますから。 貴方の持つ力はそれ程までに大きいのです」

「う……」

「今の貴方にその重い責任が取れますか? 日本国民全員を背負える程の責任を」

 その一言を前に、勇は何も言い返せはしなかった。

 決意と不安を抱く勇に返したのは福留の現実論。
 気持ちや感情といった精神論を切り捨てた客観的な意見。

 相手が心許せる人物ならば精神論でも通用するだろう。
 だが福留はあくまでも政府関係者であり、勇の友人でも仲間でもない。
 ただ勇やちゃなの存在を理解してくれただけの人物に過ぎない。

 そして何より、国を背負って動く政府の一員だからこその一言。
 それが勇の抱いていた不安の正体でもあった。



 けれどその不安は勇が福留というの事を知らないから生まれたものだ。



 まだ会ってばかりで何も教えてもらっていないから。
 互いに知らない事ばかりだから。

 勇も福留も……同じ事を想っているなんて知らないだけだから。

「―――でも、そう言い切れる君なら成せると信じる事が出来そうです」

 福留もまた人を信じたいと願う人間だから。
 後ろ向きの人間が溢れる今の時代で、勇の様に前を向いて自身が生んだ責任を全うしようと思う人間はもう少ない。
 そんな情報社会の荒波に揉まれながらも、勇は今こうして自意識を前に傾倒させる事が出来ている。
 だからこそ福留はそんな勇を、そして彼を通して知ったフェノーダラ王達を信じる事が出来るのだ。

 彼等もまた、福留を今こうして信じてくれているだろうと思っているのだから。
 そう信じるに足る人間性を、福留は勇達から感じ取っていたのである。

「魔剣の件、了解しました。 上司にはその様に伝えておきます。 少し残念ですが仕方ありませんねぇ……ハハハ」

「福留さん……ありがとうございます!!」

 この時、勇は福留という人間がなんとなくわかった気がした。
 考え深い人ではあるのだろうが、それ以上に相手の気持ちを大事にしてくれる人なのだと。
 そして相手の感情を客観的に測る事が出来るから、相手の意見に振り回され過ぎない。
 我を通し過ぎず、他を受け入れ過ぎない、自他のアドバンテージをコントロールする側の人間。

 「賢い人とはこういう人なんだな」と……。

 感銘を受けるままに勇が深々と頭を下げ、ちゃなも続く。
 二人の実直な態度を前に、福留が「ウンウン」と頷き笑顔を見せていて。

 そんな福留の笑顔が簡単に想像出来たから―――



 勇もちゃなも頭を下げたまま、福留と同じ様な笑顔を向け合っていた。



 そんな話ももう終わり―――と思われていた束の間。
 勇とちゃなが頭を上げてみれば、考えを巡らせる福留の姿が映り込む。

「ただ、そうなるとお二方には少し協力して貰わないといけませんねぇ」

「協力って?」

「今、日本中が魔者問題で色々混乱しています。 我々では対応出来ないそんな問題の解決のお手伝いをお願いしないといけません」

 変容事件が起きたのは当然、渋谷や栃木、この場所だけではない。
 テレビやネットニュースでも流れていたが、他にも政府が隠している場所があるのだとか。
 全てが危険という訳では無いが、場合によっては早急な対応も必要となるだろう。

 【大地の楔】を得られない今、勇達だけがそんな問題に対処出来る。
 勇が魔剣の引き渡しを拒んだ以上、その要請を跳ね退ける事など出来はしない。
 それが福留の言う〝責任〟。

 もっとも、勇にはその要請を拒否するつもりなど毛頭無い。
 それが勇の言う〝責任〟。

 こうして二人の意思はもう既に合わさっているから―――



「わかりました。 俺に出来る事ならやってみせますよ!」



 勇はこう力強く答える事が出来るのだ。

 ちゃなも勇の一言に合わせて頷き応え。
 二人の意思を汲み取った福留にもう返す言葉は無かった。

 「この二人なら任せられる」、そう信じる事が出来たから。

「ま、まぁでも、親父達の反発が想像出来て怖いんですけどね」

「あぁ、そ、そうですね、そこもどうにか出来る作戦を考えおきますよ、はは……」

 とはいえ別の問題も山積みな訳で。
 そんな問題を払拭かの様な福留の答えに、勇もどこか安心したのか「ホッ」と胸を撫で下ろしていた。
 福留の笑顔が引きつりを見せていた事には気付かぬままであるが。





 こうして【ウィガテ族】討伐及び【大地の楔】奪還作戦は幕を閉じた。

 しかし勇とちゃなの役目はこれからも続く。
 フェノーダラ王国との交渉の橋渡し役として。
 また、これから訪れるであろう戦いに参加する者として。

 新たな誓いを胸に、勇とちゃなと福留、三人が硬い握手を交わす。

 彼等の行く道は決して幸先がいいとは言えないだろう。
 だが勇が、ちゃなが、前を向いて歩き続ける限り。
 福留は彼等を信じ続けようと心に誓う。

 二人が未来有望な少年少女だからこそ、その心の在り方に希望を馳せる事が出来るのだ。





「ところで勇君、ちょっと個人的にお願いがあるのですが」
「え? なんですか?」
「今一度だけ、【大地の楔】を貸して頂いてもよいですか?」
「え? 構いませんけど……」

 勇が「突然なんだろう」などと思いつつ。
 しかし福留の〝お願い〟を無下にも出来ず、魔剣をそっと差し出した。

 すると、突如福留が受け取った魔剣を縦に構え―――

「―――ン成敗ッ!!」

 途端、今にも殺陣タテが始まりそうな音楽が(福留の中で)鳴り響く。
 勇達は突然の事に呆然とするばかりであったが。
 もちろん自衛隊員達も含めての事である。

「いやぁ、一回やってみたかったんですよ。 二人の戦いを見ていたら興奮してしまってねぇ」

 福留が「アッハッハ」と笑いながら魔剣を返す。
 とても満足そうだ。

「時代劇の侍みたいでしたね……はは」
「そうそう、そんな気分です。 私も魔剣使えたり出来ないですかねぇ?」
「多分無理じゃないかなぁ……」
「ですよねぇ……」

 福留の健闘虚しく、魔剣使いの適齢という壁が淡い願いを打ち砕く。
 こればかりは勇でもどうしようもない。

 その後、自衛隊員や操縦士もが混じって魔剣体験会が行われ。
 やはり『伝説の剣』といった肩書は大人であろうとも心を惹かれてならない様だ。 

 そんな彼等を前に、「福留さんが時代劇好きだという事がわかったのは拾い物だったなぁ」などと思ってならない勇なのであった。


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