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第三節「未知の園 交わる願い 少年の道」

~青い空が見えるよ~

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 自衛隊の拠点は丁度、勇達と【フェノーダラ】の城の間を遮る形で設営されている。
 そこを中心として、すぐにでも攻撃出来る様にと自衛隊員が八方を囲んでいて。
 もちろんいずれも自動小銃や強化ジュラルミン製の盾、迫撃砲などの武装を控え。
 更に重装甲車両が彼等を守る様にして佇んでいた。

 しかし依然として攻撃を開始する様子は見受けられない。
 隊員達も武器を構える事無く背負ったままだ。
 その状況は膠着こうちゃく状態と言えるだろう。

 それに対して拠点、中央部のテントでは未だひっきりなしに人員が動く様を見せている。
 頭上を覆うだけの簡素なテントではあるが、多少の風に煽られようともビクともしない屈強な造りで。
 その下には様々な通信機器や連絡器具が乗った机が並べられ、通信兵達の周囲と連絡を密に執り行う姿が。

 そんな中、その一人が険しい表情を浮かべながら無線連絡を受け。
 間も無くして通信兵が連絡を受けたままに報告の声を上げる。

「警察より無線連絡。 謎の不審車両が検問を突破しこちらへ向かっているとの事です。 対象の車両はシルバーのワンボックス」

 その傍に立つのは指揮官と思しき男。
 肩幅の広い体に迷彩服を着込み、角ばった厳つい表情は厳格さを体現していて。
 そんな報告を受けた男の顔が更に強張りを生み、睨む様な目付きをギラリと向ける。

「なに? どこのバカだ?」

 体躯に見合った唸る様に低い声で厳しい一言を返し。
 そっと視線を外殻の林の方へと向ければ、遥か向こうから走り込んで来る車両が小さく見えるではないか。

「おやおや、国家権力相手に随分と猛々たけだけしい事をする方が居ますねぇ」

 その指揮官の更に横にはグレーのスーツを身に纏う小柄な老人の姿が。
 渋谷で自衛隊に指示を出していた人物である。

 厳つい指揮官とは対照的に、緩やかな態度と微笑みを見せ。
 片手に持つ双眼鏡で指揮官が向く方角へと覗き込む。

 すると双眼鏡に映ったのは報告通りの一台の車。
 オフロードに見合わないノーマルタイヤを履いた、見紛うこと無き一般車両だ。

「マスコミか、狂ったヤジウマか。 警告後、威嚇発砲。 それでも止まらない場合は攻撃すると言え」

「発砲許可とはこれはこれは。 民間人相手になかなか荒っぽい事をしますねぇ?」

 老人から放たれたのはゆるりとした一言。
 しかしその声色はどこか指揮官に釘を刺すかのよう。

 だが指揮官はそんな老人の進言にも強張った表情を崩す事も無く。
 頑なな態度で応えるのみ。

「あの様に調子を乗る輩が治安を乱すのです。 これは制裁なのですよ」

 指揮官の態度は渋谷に居た軍人達の態度と何ら変わらぬ事の無い低い物腰。
 それでも指示を改めないのは、老人が完全な否定を貫かなかったから。
 それは強硬手段も辞さないというスタンスを黙認するという事に他ならない。

 指揮官が太い両腕を組み、目の前で起きようとしている出来事を逃さんとを注視する。
 老人もまた言葉を返す事無く、その行く末を見守る様な穏やかな瞳を向けていた。





 勇達の乗る車が徐々に自衛隊設営キャンプへと近づいていき。
 そんな彼等の前で、数人の隊員が駆け込み立ち塞がる。

 彼等の手には拡声器、そして銃が握られていて。
 それらは当然の如く勇達へと向けられていた。

『そこのワンボックス止まれ!! 止まらなければ発砲する!! これは脅しではない!!』

 発せられた音量は凄まじく、車の壁越しに伝わってくる程。
 当然車内に居る勇達にもその声がハッキリと聞こえ。
 事情を理解していない剣聖を除いた三人の顔がたちまち引きつっていく。

 間も無くして遠くから光が瞬き、途端に彼等の前で地面が弾け飛ぶ。
 「タターン」という発砲音を伴って。

 威嚇射撃である。

「う、撃ってきた!? 撃ってきたあああああ!!?」
「う、うわああ、銃を撃ってきた!?」

 これには勇も父親も堪らず悲鳴を上げていて。
 ちゃなももはや気が気でない様で、車に揺られながら放心状態だ。
 魔者とは全く異なる畏怖の相手を前に、車内がたちまちパニックに包まれる。

 だがそんな彼等を前に―――剣聖は至って冷静だった。

「おう、『ジュウ』ってなんだぁ?」

 放たれたのはあっけらかんとした声の質問。
 それに悠長に応えられる様な余裕が勇達にある訳も無く。

「ぶ、武器です、武器!! 小さい、鉄のっ塊が、と、飛んでくるうっ!!」

「ほおほお、つまりまぁってぇ訳かい。 なるほど、えげつねぇモン持ってやがるぜぇ」

 悠長に感想を述べる剣聖であったが、先程までの緩さは既に無い。
 睨む様な細めた目を浮かべ、ギラリとした眼光を正面へと見据えていたのだ。

 さすがの剣聖も取り巻く雰囲気を読めないほど無神経では無いという事か。
 突いていた肘を離し、自身の下に敷いていた物に手を伸ばす。

 それは車に乗せる際に鞄から外して積んでいた二つの大きな木箱だ。
 何を思ったのか、その一つに手を掛け。
 蓋を固定していたホルダーを「バチッバチッ」と外し始めたのである。

 そして蓋をおもむろに開いた時、それは姿を現した。



 仰々しい意匠を誇った鉄の塊とも言うべき巨大な長物が。



 勇がそれを覗き見た時、咄嗟に確信する。
 それが剣聖の持つ魔剣なのだと。

「こ、これが剣聖さんの……魔剣……!?」

 そう、それはまさしく剣だったのだ。
 それも凄まじく長く、太く、重厚で。
 表層には虹色の紋様が浮かび上がり。
 エブレなどとは比べ物にならない程に強い金属の輝きをギラリと放つ。
 例えるなら巨大な中華庖丁とも言える代物。

 人間では持つ事すら叶わぬと思える程に巨大な剣。
 その姿を晒した時、その圧倒的な存在感に思わず勇が目を奪われる。
 纏っていた恐怖を消し去る程までに。

 まるで今しがたまで慌てていたのが嘘だったかのよう。 
 それ程の存在感をその魔剣は放っていたのである。

「っしゃ。 じゃあお前ら、そこぉ動くなよぉ」
「えっ?」

 その途端のこの一言。

 勇達にその意図がわかるはずも無く。
 口から思わず素っ頓狂な声が漏れるのみ。

 だが剣聖はそんな事に気も留める事無く。
 己の魔剣の柄を力強く握りしめ、その身に力を込めていく。

「むううううううん!!」

 すると途端、剣聖の体から強い光が放たれ―――



ピュィーーーンッッッ!!



 それは一瞬の出来事だった。
 ほんの一瞬で、勇達の頭上に光の筋が水平に引かれていたのだ。

 そして間も無く、勇達は何が起きたのか理解する事だろう。



バァァァンッ!!



 途端、天板が空へと舞い上がり。
 勇達の頭上に一面の青空が姿を現したのである。



 突如とした余りの出来事が、勇達のこれまでに無い驚きを呼ぶ。
 眼をひん剥かせて驚き叫んでしまう程に。

「ヒェエエエエエエエ!?」

 その切れ目を作ったものこそ、剣聖の持つ魔剣の一振り。
 超重量の魔剣をいとも容易く操り、狭い空間の中で薙ぎった結果である。

 その切り口は見事なもの。
 まるで鋭利かつ極薄な刃物で斬ったが如き鋭い切り口を残していて。
 極厚の魔剣で斬ったとは思えぬ所業は、剣聖の強さの秘密が垣間見えるかの様だ。

 天板が失われた事で、もはや剣聖の体を縛る物は何一つ無い。
 解き放たれたかの如く、天板が飛び去ったと同時にその巨体が車体から「ヌイッ」と姿を現す。

 車内から直立するその巨体はまさに異様そのものであった。





 突如現れた剣聖の姿がたちまち自衛隊員達に動揺を呼ぶ。
 それは指揮官や老人も例外ではなく、揃って「何だあれは!?」と声を荒げさせていた。

 それでも、その言動と反して彼等の動きが妨げられる事は無い。
 軍人とはどんな時であろうと命令を忠実に実行する為にあらゆる事態を想定して訓練しているものだ。
 彼等は目の前に現れた謎の大男である剣聖に驚くとも怯まず、ただただ自分達の任務を遂行するのみ。

 そう、発砲許可は既に出ているのだから。





 既に勇達を乗せた車は自衛隊員の構えるライフルの射程圏内だ。
 それと同時に、もう間も無く到達する程の距離しかない。

 でもそれは同時に、自衛隊員達の攻撃意思を目の当たりにするという事。
 迫る兵隊達の姿に勇達はただただ混乱するばかり。

 何故なら、彼等はもう既に勇達へ向けて銃口を翳していたのだから。

 もちろん人にではなく車体に向けてであるが、そんな事など勇達がわかる訳もない。
 今にも放たんばかりの兵隊達の様子を前に、これでもかという程に顔を引きつらせていて。



 そして遂に……そんな勇達へと向け、銃口が火を噴いた。



 容赦の無き銃弾が赤の軌跡を描き、超高速で迫り行く。
 人間を簡単に殺す事の出来る殺意の塊が勇達の乗る車へと真っ直ぐに。

「ぬうぅーーーーーーん!!」

 その時、剣聖が車体を震わす程の大きな唸り声を上げる。

 まるで空気が震えているかの様だった。
 「ジジジ」という振動が車体全体を包み込んだのだ。 

 するとたちまち剣聖の体の周りで光の粒子が煌めき始め―――



 その光が突如として車の正面を覆い尽くす膜へと変化を遂げたのである。



 間も無く幾多の銃弾が同時に空を貫いて勇達に迫り行く。
 制裁の名の下に。
 自衛隊員達が眺め観る中で。

 だがその時起きた光景を前に、彼等は震撼する事だろう。



 なんと全ての弾丸が―――あろう事か全て弾かれたのだから。



「ヒイイイ!!、撃ってきた、撃って……あ、あれ?」

チュインッ!! キュインッ!!

 目の前で銃弾が弾かれ、砕け、押し潰れ。
 幾多もの弾丸の残骸が四方へ散って行く様子が視界に映り。
 そんな光景を前に、勇の父親から慌てる様が「スーッ」と引く様にして消えていく。

 なにせ弾丸が目の前で「ペチッ」「プチッ」とちゃちな音を立てて砕けていたのだ。
 まるで玩具だと思える程の様相に拍子抜けしたのだろう。

 剣聖の自信が理解出来る程に、形成された『壁』は銃弾などモノともしない。
 当の剣聖も余裕綽々なのだろう、足元で唖然とする勇に得意気な笑みを向けていて。

「す、凄い、バリヤーだ。 命力ってこんな事も出来るのか……」

「おう、こんなん朝飯前よぉ」

「はぇ~……」

 勇の父親が目を丸くしながらも〝光の盾〟を興味深そうに凝らして眺め観る。

 命力の迸りを見るのは初めてだからだろう。
 信じられない程の強い力を前に、感心の声が溢れ出て止まらなかった。


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