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第二節「知る心 少女の翼 指し示す道筋は」

~ただ一撃、其れは静かに~

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 ヴェイリの敗北。
 彼はあまりにも無残な姿を晒し、ダッゾ王の前に伏したのだった。

 勇にとって人の死を見るのはこれが初めてではない。
 だが、何度見てもその様は決して気持ちのいい物などではなく。
 勇はその様子を震えながら、ただひたすら声を堪えて見届ける事しか出来なかったのだ。

「弱者と思ってぬ、ヌカったわ……」

 すると、光の矢が次々と大気に混ざって消えていく。
 ダッゾ王に刺さった矢もまた同様にして。

 それを見掛けたダッゾ王がここでようやく気付く。
 今手に握り絞めているのが敵だった只の肉塊であるのだと。

バチャリッ

 そんな肉塊を投げ捨てては踵を返す。
 どうやら雑兵と違い、王に人間で遊ぶ様な幼稚さはもう無い様だ。

「ぐぶおぅ、ウゥ……」

 とはいえ余裕も無いのだろう。

 ダッゾ王が受けたダメージは計り知れない。
 先程の【閃光陣】という技はそれ程までに威力が高かったのだろう。
 例え強靭で屈強だろうとも堪えるので精一杯だったらしい。

 おかげで意識は朦朧、首が左右に振れて動きは緩慢だ。
 歩けてはいるが、ヨロヨロと今にも体勢を崩しそうになっていて。

 そんな足取りで何とかステージへと辿り着く。
 王座であり寝床でもある定位置に。

 勇が警戒するも、見つけられたかの様な雰囲気は見受けられない。
 激戦と満身創痍で集中力が削がれているからだろうか。

「ダ、が、これで俺もまた魔剣を手に入れる事が出来よう……グ、ハハ……」

 あるいは、もう全てが終わったと思い込んでいるからか。

 しかしそんな中で勇がふと疑問を抱く。
 ダッゾ王の言い放った言葉がとても気になってしょうがなかったから。

 魔者も魔剣を使う事が出来るのだろうか、と。

 人間でさえ魔剣を使えば強靭な相手を屠る事が出来る。
 ならもし魔者が魔剣を使ったならば―――
 そんな思考が過り、静かな心に昂りを呼ぶ。
 だからか、気付けば腰の魔剣に手を伸ばしていて。

 勇はやる気なのだ。
 そんな危ない存在をこのままにしておく訳にはいかないのだと。

 勝てる見込みなんて無い。
 例え相手が満身創痍であろうとも。

 でもチャンスでもある。
 ヴェイリがここまで弱らせ、おまけに気付かれてもいない。
 今なおあぐらをかいて座り、荒い呼吸を繰り返してじっとしているだけで。
 注意力が散漫となっている今なら、勇でも追撃する事は可能だろう。

 故に呼吸が、動きが、誰にも気付かれない程に静かに、そして深く刻む。
 ダッゾ王の直上へとゆっくり移動しながら。

―――チャンスは一度。 もしも外せば確実に殺される。 それでも俺は……―――

 怖い事などとうに慣れてしまった。
 それでも抵抗が無い訳ではない。
 逃げる事なんて簡単だった。

 でももう逃げたくない。
 見放したくない。
 そんな気持ちが心の片隅に残っていたから。



 だから今、勇はその身を宙へ投げ出していた。



 刃が狙うはダッゾ王の首元。
 そこに見えたのは、古い斬り傷と―――重なる様にして浮かぶ、新しい斬り傷。
 先程ヴェイリの魔剣を弾いた際に付いた肉の隙間である。

 そこ一点へと向けて刃先を構える。
 それも、ありったけの命力を注ぎ込んで。



ズグリッッッ!!!



 そして狙いは見事定まった。
 黒刃が深々と巨体の中へ刺し込まれたのだ。



「グガあああッッッ!?!?」

 一瞬、ダッゾ王には何が起きたのかわからなかった。
 突如として電撃の如き激痛が全身に走り、不意に叫びを上げさせて。
 堪らず、その目その口をこれでもかと言う程にカッ開かせる。

 当然だ。
 突き刺された刃は筋肉を突き破り、内神経へと到達していたのだから。

 咄嗟にその視線を背後へ向ければ勇の姿が。
 しかしその姿を前に戸惑いと驚愕をも隠せない。
 全く知りもしない存在が居た事に。

 そう、ダッゾ王は敵を知っていたのだ。
 剣聖達がこの地に訪れていた事を。
 そして周りを動いていたのがヴェイリだけだった事も。
 監視する必要の無いくらいに堂々と動いていたからこそ。

 だが勇やちゃなの存在は全く把握していなかった。

 当然だ。
 勇もちゃなも昨日今日魔剣を持ったばかりの新人で。
 おまけにここに来たばかりで感付ける訳も無い。
 加えて魔者集団の迎撃もダッゾ王の検知範囲外という。

 では何故、今のダッゾ王は勇を探知出来なかったのだろうか。

 それは勇の持つ命力がそれ程までに小さかったから。
 あたかも小動物と勘違いしてしまう程に。



 そう、魔剣使いの才能が無いからである。
 その特性を持つからこその抜け穴を、勇は知らず内に利用していたのだ。



 そしてこの好機を勇は逃さない。
 力を込めてありったけの命力を、魔剣を通してダッゾ王へ流し込む。

「ッ!!! くぅおおおーーーーーー!!」

 その腕に、拳に力が滾る。
 決意の昂りと、ダッゾ王への猛り。
 その二つが勇の中で暴れ回り、今までに無い力を呼び起こした事によって。

 その時、柄を握る右手と柄先を押し込む左手が光を呼び込む事に。
 するとたちまち、大地へ向いた刃が「ズルリ」と肉を抉りながら引き裂いていく。

ズッズズッ!!

 雑兵とは違う。
 余りにも強靭で、分厚い筋肉が今までに無い程の強い抵抗を生んでいて。

 しかしそれでも止まらない。
 無我夢中だったから。
 後先など考えていられないから。

 全てを費やしてでも―――



 そんな想いが、勇の掴む【エブレ】にも強い光をもたらした。



 その途端、魔剣の切っ先がダッゾ王の背中を力強く抉り始める。

ズズズズーーーッ!!

 まるで波に乗ったかの如く、刃が肉波を駆け抜けた。
 鮮血を、髄液を、周囲に大量と撒き散らかしながら。
 引き裂かれた皮が、肉が、筋肉が、自由を得たかの如く踊り割れながら。

「カハッ……!?」

 纏った光は内臓にすら達し、巨体の中を抉り斬る。
 何もかも、何もかも、至る全てを巻き込んで。
 勇の決死の想いが、それらを全て体現させたのである。
 
ゴズンッ!!

 だがその途端、刃が硬い部位に当たって塞き止められる事に。

 腰部だ。
 ダッゾ王の巨体を支えられる程に強靭な腰骨が遮ったのだ。
 幾ら魔剣でも硬過ぎる物までは断ち切れないらしい。

「クッ、くそォ!!」

 すると剣の光もが収束していて。
 恐らく使えるだけの命力が尽きたのだろう。

 ただ、これではもう攻撃が通用しない。
 その事実がたちまち勇の焦りを呼ぶ。

「やばいッ!?」

 何せ剣さえ抜けないのだ。
 余りにも肉の壁が厚過ぎて。
 このままではもう戦いどころではない。

 ―――と思っていた矢先の事だった。

 突如、ダッゾ王の体がぐらりと揺れて。
 たちまち巨体をうつぶせに倒れ込ませていく。

 そして勇はと言えば、その拍子に振り落とされていて。
 肉体自体が傾いた事で刃が自然と抜けた様だ。

ズズゥン……!!

 直後、周囲に大きな衝撃音が響き渡る。
 その巨体をステージへ沈み込ませた事によって。
 それも余りの重量で大きな亀裂と歪みをも生みながら。

「あ……」

 勇もこれには唖然とするしかない。
 ただただ尻餅を突いたまま、動かなくなった巨体を眺めていて。

 でもその間も無く我に返り、尻を引きずりながら離れていく。
 やはりあの死んだフリは相応に衝撃的だったらしい。

「まさか、また死んだ振りとかしてないよな」

 デジャヴを感じながらも、警戒のままに魔剣を握り締める。
 もう力は籠められないが、タダで殺される気など無いから。
 ヴェイリの二の舞にはならない為にも。

 そう決意していた時だった。



 するとその時、奇妙な事が起き始める。
 何やらダッゾ王の周囲を光のもやが覆い始めたのだ。



「な、なんだ!?」

 それは命力の光にも見える。
 でも、ダッゾ王が放つ様なおぞましい雰囲気ではない。
 粒子状の光があたかも優しく跳ねる様に動き回っていて。
 それがもやを形成し、巨体を覆い包んでいたのである。

 そして不思議にも、巨体が不自然に〝削れ〟始めていて。
 まるで火が付いて燃える紙の様に、各所が光となって崩れていく。
 その光もまた、燃えて出た火の粉の様に天井へと向けて舞い上がるという。



 後はただ空気に混じる様にして虚空へと消えていた。
 全身を、時間を掛けてゆっくりと。



「消え……ちゃった……」

 不思議な事もあったものだ。
 肉体が光になって消えたのだから。
 常識では考えられない事態に、今はただただ呆けるしか無い。
 まるで夢幻だったのではないか、そう思える程に幻想的だったのだ。

 それからどれだけの時間が経っただろう。
 勇の体感で言えば二、三分と言った所か。
 余りにも理解出来ない事が多すぎて、思考も止まっていて。

 気付けば口を開いてボーっとする勇の姿がここに。

「勝てた、のかな……?」

 とはいえ思っていたよりも消耗は無かった様だ。
 ゆっくり立ち上がり、その足で恐る恐るステージ上を行く。

 ホールを見れば惨事もいい所で。
 ステージは愚か、椅子や壁も跡形も無い。
 加えてヴェイリの遺骸が血生臭い匂いを漂わせているのだから。

 でもそれが事実を認識させる。
 ダッゾ王が決して幻の存在では無かった事に。

 もしかしたらダッゾ王が消えたのは『あちら側』特有の現象なのかもしれない。

「勇さ~ん?」

 そう考えを巡らせていた時だった。
 突然ステージの奥からこんな甲高い声が響き渡って。

 これには勇もさすがに驚いたらしい。
 それも堪らず「ビクンッ!」と肩を飛び上がらせる程に。

 何分危機一髪だ。
 もし数分早かったらきっとダッゾ王に気付かれて大変な事になっていただろうから。

「田中さん、今行くから待ってて」

 だとしても今は幸い事後で、責める理由にもならない。
 だからとすかさず声を上げ、颯爽と駆け戻る。
 見知らぬ暗闇の中で不安であろうちゃなを安心させる為に。

 こうして、起きたばかりのちゃなに事情を話し、状況を理解して貰って。
 二人は疲れた足を引きずる様にして大ホールを通り抜けていったのだった。





 勇達がコンサートホールの正門から姿を現し、日の下に躍り出る。
 ずっと暗い所に居た所為か、落ち始めの陽光が眩しくてならなくて。
 堪らず光を嫌った目が腕を誘い、視界を影で覆い隠す。

 でもそんな光が勇達にはとても嬉しく思えてならなかった。

 激戦を制し、全てをやりきる事が出来たから。
 想像以上の成果に、どちらも満足気な微笑みが浮かび上がっていて。

 そんな勇の手にはヴェイリの魔剣が握られている。
 ここに放置する訳にはいかないと、拾って来ていたのだ。
 剣聖に渡せば平気だろうし、ヴェイリ達と出会った証拠にもなるだろうから。

「今四時か。 今から戻ると、親父の要る所に着く頃には五時過ぎくらいになるかなぁ」

「ゆっくり、いきたいですね」

「うん。 急ぐ事も無いから、休みながら行こう」

 ふと外にある電光掲示板の時計を見ると、何ら異常も無く時刻を刻んでいる。
 変容地区中心程の位置にも拘らず動く様はやっぱり不自然で。
 でもスマートフォンを取り出す元気も無い勇達には丁度良かったのかもしれない。

「まさかここまで時間が掛かるとは思わなかったけど、なんだかんだで結果的に良かったかな」

「そうですね」

 そう言い残し、二人が揃ってコンサートホールを後にする。

 ここまでに色々な事があった。
 それでもこうして乗り越える事が出来た。
 その全てが彼等の実力だとは言い難いけれど。

 でも生き残れたからいいのだ。
 生きて事を成したから。

 ダッゾ王を倒した実績なんてどうでもいい。
 こうして家路に就いて、安堵を享受する事が出来るだけでもう満足だから。



 二人は体力、命力的にボロボロで。
 けれど気持ちだけは、今の空の様にずっとずっと晴れやかだった。


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