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第二節「知る心 少女の翼 指し示す道筋は」

~変容の街に、再び二人~

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 渋谷方面に続く国道大通り。
 無数の車が行き交うその道に、勇達を乗せた車もまたあった。

 先程だめおしの事も相まってか車内は静かだ。
 運転席に座る勇の父親は不機嫌そうな据わり目を正面に向けていて。
 隣に座る勇は無言のままスマートフォンで交通情報を集めているという。

 画面の地図には先に長く続く太い道が表示されている。
 おまけに言えば、その道はずっと先まで真っ赤で。

「この先三キロくらいで交通規制だってさ、大分離れた所から規制してるんだな」

 その結果が堪らず勇と父親に小さな溜息を呼び込む事に。

 持っていたスマートフォンの画面を消して仕舞い込む。
 それでもって前を向けば、二車線には車がズラリと並んでいて。
 それも、景色のずっと先にまで。

 そう、勇達は絶賛渋滞に巻き込まれ中なのである。
 勇の父親が不機嫌そうなのはこれが主な原因という訳だ。
 決して自分が役立たずだからではない。

「被害が出たら困るからだろうなぁ、とはいえどこらへんから入ったものか」

 勇の父親の言う通り、規制地域内への侵入は車では厳しいだろう。
 規制地域付近の地理に疎い勇達では特に難しいかもしれない。

 だがその変容地区が広域だからこそ。
 車でなければ侵入する余地はきっとどこかにあるだろう。
 そう勇は考えている様だ。

「規制区域の近くで降ろしてくれれば、そこからは歩いていくよ」

「そうか、わかった」

 渋滞と言っても、進む速度は信号待ちが僅かに長くなった程度で。
 断続的に進んでいるので、言う程目的地付近に着くまでの時間は掛からないだろう。

 とはいえ、ほんの少し退屈な空気が車内を包んでいたもので。
 後部座席で「ふわぁ」と欠伸を上げるちゃなの姿があった。





 それからゆっくりと走り続けること三十分ほど。
 ただ動き続けるだけの状況に変化が訪れる。
 勇達の視界に交通規制を行う警官達の姿が見え始めたのだ。

 続いて見えたのは警察車両。
 交差点の一方向、渋谷方面の道を塞ぐ様にして停まっていて。
 高々と備えられた電光掲示板が左右矢印の光を放っている。

 どの車もが指示に従って左右に別れ行き、勇達の車もまた流れに乗る。
 計画も無いので、どちらに進んでもまだ一緒だから。
 とはいえ先程の大通りと違い、今度は片側一車線。
 細くなったからか、途端に進みも遅くなっていく。

 すると更に先では別の規制が。
 とはいえ細い道だからか、人員二人と遮蔽物だけが配置されているだけだ。

 人員や車両の総数の関係だろうか。
 警察や軍隊も今は余裕が無いのだろう。

「大きな道路はだいぶ先だしなぁ。 多分しばらく似たような感じが続きそうだ」

「ならこの辺りから入れるかもしれない」

 例え規制はあっても、監視の目が緩いこの場所ならば。
 そんな状況が勇にとあるアイディアを閃かせる。
 如何にして警察に見つからないよう侵入を果たすか、その方法を。

 そんな話を交わす彼等の視界に有料駐車場が早速と映り込む。
 敷地自体は狭くとも空きは充分ある様だ。
 現状の最前線とも言えるこの場所で停めようと思う人はあまり居ないのだろう。

 という訳でそこへ車を停める事に。

「それじゃ行ってくるよ」

 すると間も無く勇が身を乗り出して。
 だが間髪入れず、その顔前を大きな掌が遮る。

 父親が勇を制止したのだ。

「待て。 お父さんここで待ってるから、戻ってくる時はこの場所を便りにするんだ」

「別にずっとここで待ってなくても。 戻ったら連絡するからさ」

「な、ならお父さんこの近くで暇を潰しておくから。 必ず、連絡するんだぞ!」

 父親も勇と同じく、こんな時こそ強情な様で。
 ここまで来たらさすがに譲らない。

 とはいえ、それが決して悪い気もしなかったから。
 勇は静かに頷いて見せ、ちゃなと揃って車を降りていく。
 ほんの少しだけ気恥ずかしかったけれど。

〝ここで待っている〟
 この一言は勇達に僅かな勇気を与えてくれた。
 だからもう二人は迷う事も無く踏み出せる。
 勇が手を翳し、ちゃなが会釈を向けて。

 ここまで送ってくれた父親に彼等なりの感謝を示しながら。

  

 そんな二人を勇の父親は静かに見つめ続けていて。
 道を行く人々の中へと消えてもなお、その視線を途切れさせる事は無かった。





◇◇◇





 勇達が出発したのは地元人でなければ知らない様な街の一角で。
 とはいえ、雑居ビルが街を象って都会らしさをしっかりと演出している。
 色褪せた外装が若干時代を感じさせるが、いずれもまだまだ現役そうだ。

 きっとこんな事件がなければ今も誰かが利用し、活気で溢れ返っていたのだろう。
 そんな建物が立ち並ぶ場所も、今や避難の為に道を行く人で一杯で。

 しかしその状況が逆に勇達の功を奏した。

 例え警備が敷かれていたとしても、歩く人混みに紛れてしまえば抜ける事は容易い。
 二人の風体はまるで忘れ物をして取りに戻った子供だから。
 ビルの合間へ潜り込んでも違和感は無かったのだ。

 おかげで、勇とちゃなは難なく封鎖地域への侵入を果たす事が出来た。

 とはいえ、そこで終わりという訳ではない。
 封鎖地域の外苑で待ち構えているのは警官達だ。

 建物の角からチラリと覗けば、警官に付き添われて避難する人々の姿が。
 昨日の今日という事もあり、避難はまだ完全に終わってはいないらしい。

 そんな警官の視線をも掻い潜り、更に奥へと向けて歩き続ける。

 封鎖地域の奥に進むに連れ、人単身が歩く姿は明らかに減っていた。
 時折警察車両が通り過ぎるが、それもまばらで。
 ここまで来ればもう避難する人もおらず、それらしき気配は見当たらない。

 もうここは警官ですら恐れて近づかない場所―――
 いや、という事なのだろう。

 気付けば周囲を静寂が包み込んでいて。
 建物の間を縫って吹く風切音だけが聞こえ、その場を虚しく賑わせていた。
 人が居ない空間はここまで静かになるのだろうか、そう感じさせてならない程に。

 それでも気を抜かず中心方面へと歩いていく。
 スマートフォンを便りに、時折通る警官に気付かれないよう注意しながら。
 〝中心まで行けばが居るかもしれない〟と、願いを込めて。

 でももしかしたらスマートフォンなど見る必要は無かったかもしれない。



 何故なら―――
 二人の見上げた先には、目印たる巨大な大樹が聳え立っていたのだから。



 これは昨日剣聖と共に空を舞った際、一瞬だけ覗き見えたモノ。
 街周辺を覆うどの建物よりも高く、付近の建物を取り込んで雄々しく立っている。
 更には巨大な傘が陽光を遮り、直下を暗い影で包み込んでいて。
 
 あそこがいわゆる変容区域の中心部なのだろう。
 すっかり領域を司るモニュメントとなっている様だ。

「もうそろそろ大丈夫かな」

 気付けばもう周囲には警察車両すら見当たらない。
 どうやら警察の包囲網は無事突破したらしい。

 つまりここは安全圏と危険領域の境だという事だ。

 でも今の勇達にとっては唯一落ち着ける場所でもあると言えよう。
 ならばと安堵を憶え、勇が警戒を解いて肩の力を抜く。
 いつまでも気張っていては、いざという時に疲れてしまうから。

 こうしてほんの少し休憩を挟み、二人が再び歩み始める。
 大通りを可能な限り避け、小さな道を掻い潜る様にしながら。

 それから数分ほど歩くと、突如として風景に違和感を呼び込む事に。

 そう、『森』が姿を現したのだ。
 鬱蒼とした植物がビルを覆い混ざる緑化地帯が。
 【変容地区】と呼ばれた危険領域である。

 まるで本当に領域の様だった。
 何故なら、とある地点を境に突如として緑化していたのだから。
 境目に在ったのであろう植物は領域からパックリと途切れている。
 それも断面さえ覗かせ、絡み付いた部分で支える様にして浮いていて。

 建物も同様だ。
 境目を挟んだ家屋はそんな植物に覆い尽くされている。
 残り半分は以前と変わらぬであろう姿を見せたままで。

 対して生き物はと言えば、領域も関係なく動き回っている。
 先日も見た奇妙な生物が境目の外で蠢く姿を見せていて。
 アスファルトの上を宛ても無く彷徨うのみであるが。

 そんな光景が勇に先日の出来事を鮮明に思い起こさせる。
 初めて変容に遭遇した時の事を。
 あのパニックの発端を。

 でも勇の心は不思議と落ち着いていて。

 昨日から妙に心が軽く感じていたのも他意的にすら感じさせる。
 これも魔剣を持った事による影響なのだろうか。

「さて、覚悟を決めるか……!」

 しかし今更悩んでいても仕方無い。
 進まなければ何もわからないままだから



 遂に勇達が運命の始まった地へと再び足を踏み入れる。
 果たして剣聖の願い通り、仲間達を探し出す事は出来るのだろうか。 


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