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第二節「知る心 少女の翼 指し示す道筋は」

~鉄の箱に、悪意無く~

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「さぁてと、随分厄介になっちまったなぁ」

 しょげる勇に気遣いの言葉すら掛ける事無く、剣聖がゆっくりと立ち上がる。
 どうやら長居するつもりは無かった様だ。

「あら、もしかしてもう行くんですか?」

「おうよ」

 そのままノシノシと床を軋ませながら玄関へと向けて歩いていく。
 突然の事に、勇の母親もどこか戸惑いを見せていて。

 勇を救った恩があるからこそ、もっとおもてなしをするつもりだったのだろう。
 何かと剣聖に反応していた彼女なのだ、きっと話すのも楽しかったに違いない。

「もう少しゆっくりしてらっしゃればいいのに」

「そういう訳にゃあいかねぇよぉ、あっちにゃまだ俺の仲間がいるんでなぁ」

「えっ!?」

 ただ剣聖にはそう和気藹々と話をしている暇もないらしい。
 それと言うのも、剣聖には仲間が居るというのだ。

 その事実に勇が驚きを隠せない。
 剣聖の様な強者に仲間など居ない、そう信じ込んでいたから。
 勇と出会った時も一人だったからこそ。

「仲間って言うとやっぱり魔剣使いなんですか?」

「あん? おうよ、おめぇなんかよりよっぽど才能がある奴等だ。 まーだまだ青臭いがな」

 ―――が、そんな好奇心も追い打ちによって打ち砕かれる事に。

 先と被せた一言で、堪らず勇が再び肩を落とす。
 剣聖としてはきっと悪気は無いのだろうが。
 細かい事を気にしなさ過ぎるというのもいささか問題である。

 しかしこれが現実である事に変わりはなく。
 勇は自分が如何に特別では無いという事を思い知らされていた。





 剣聖が青空の下へとその巨体を晒す。
 ほんの少し窮屈そうに入口を潜り抜けて。

「おう、今日もいい天気じゃあねぇか」

 先日に続き、今日もなかなかの晴れ具合だ。
 僅かな白雲が良心と思えるくらいな陽気を伴っての。

 ただそれでも剣聖にとっては気持ち良いのだろう。
 まるで光合成を行う大葉の如く、両腕を拡げた姿が軒先に。

「よっしゃ、んじゃま気を取り直してやる事やってくっかぁ!」 

 その間も無く、太い腕から筋肉の引き締まる音が聴こえて来る。
 それだけで勇が顔を引きつらせるくらいには力強く。

 そんな調子で、玄関前に置かれていた鞄を背負ったのだけれども。

 たちまち軒先を飾る床石へと亀裂が生じる事に。
 勇だけがその様子に気付くも、目を逸らしてやり過ごす。
 せめて恩人の送迎くらいは穏やかに行きたいと思うものなので。

 剣聖が公道へと踊り出ると、勇達も後に続く。
 生憎と父親は現在も爆睡中なので、三人だけでの見送りである。

「じゃあなぁ、おめぇらにゃあもう会うかどうかわからねぇがしっかりやれよ?」

「はい、色々ありがとうございました!」

「あ、ありがとうございました……」

 そんな見送りを受け入れたのか、剣聖が「ニカッ」とした笑顔を向けてくれて。
 勇にはその太陽みたいな笑顔から感慨を憶えずにはいられない。

 色々な事があった。
 命を救ってもらった事。
 魔剣を譲ってもらった事。
 そして背中を押してくれた事。

 それだけじゃなく、嫌な事もあったけれど。
 勇はただただ感謝一杯で。
 その想いが上身を深く深く傾倒させる。

 それが今、勇に出来る精一杯の感謝の印だったから。

 勇の母親とちゃなも勇に倣って感謝を示す。
 そんな勇達の礼儀に、剣聖もまんざらではないらしい。
 穏やかな笑顔を向け、静かに「ウンウン」と頷かせる姿がそこに。

 でも、その穏やか顔を見られるのはどうやら嫌だった様だ。
 三人が頭を上げる前にはクルリと振り返っていて。

 それでいて握り締めた右拳をゆっくりと持ち上げる。
 更には上半身を捻り、わざとらしい笑みを手向けに返しながら。
 
「さてと行ってくらぁ!! あばよぉお前らあ!!」

 そう叫び、前を見据え。
 途端、その脚部に力が籠る。
 空を舞う程の強靭な跳躍力を生む為に。

 その力のままに道路を駆け出した時、誇る速度は人知を超える。

 巨体と超重量。
 二つを重ね揃えた超人は、アスファルトに亀裂を生みながら道路の先へ。
 勇達が別れの挨拶を掛ける間を与える事も無く。

 ただただ進行方向に向けて、足に力を込めて。



ドンッ!!



 たちまちアスファルトが地響きを立てて揺れ、大地を叩く音が鳴り響く。
 それと同時に、彼の体は一直線に前方へと飛び出したのだった。

―――ありがとう、剣聖さん。 俺……―――

 感謝の願いを込め、勇達が見届ける。

 恩人が空へと発つ瞬間を。





 そして、巨大なトラックに撥ねられた瞬間を。





ドッギャァァァーーーーーーンッッッッ!!!!!

ボッゴォッ!!

ギギィィイイイイ!!

 たちまちブレーキの激音が住宅街へと木霊する事に。

 なんという事でしょう。
 何も知らない剣聖、勢いのままに大通りの交差点へと飛び出して。

 その結果、横道を走っていた一〇tトラックと思いっきり激突である。

「け、剣聖さぁん!!??」
「きゃあーーーーーー!!」

 相手が気配のあるものであれば察知出来たかもしれない。
 そしてその存在そのものを知らぬ者に警戒する事など出来ようか。

 いや、きっと無理だろう。
 悪意無き走る凶器大型トラックを察する事などは決して。



 そう、剣聖もまたこの世界の物に対して無知だったのだ。
 魔剣などを知らない勇達と同様に。



 勇達が急いで剣聖の元へ駆けていく。
 通りに出てみると、剣聖を撥ねたトラックも既に動きを止めていた。

 あまりにも強くぶつかったのだろう、フロント部が大きくひしゃげていて。
 幸い助手席側が潰れただけで、どうやら運転手は無事な様だ。

 しかし肝心の剣聖はと言えば―――

 ぶつかった衝撃で飛ばされ遥か先に。
 対向車線を越え、民家の塀の傍に倒れている。
 打ち当たったのだろう、塀はばらばらに崩れて見る影も無いという。

 その飛距離はもはや撥ねられただけとは思えないくらいに遠い。
 恐らく先日同様に跳躍しようとして、その勢いがモロに乗ったのだろう。

 見るからに大惨事だ。
 これには目撃者や近所の人々もが野次馬とならずにはいられない。
 勇の父親もさすがに起きた様で、寝間着のまま通りへと飛び出す姿が。

 そんな中で勇が剣聖の下へと辿り着く。
 しかし剣聖は横に倒れたままピクリとも動かない。

 死んでしまったのだろうか。
 如何に強靭な剣聖でも、一〇tトラック轢かれてしまえばさすがに。

 そう思っていた矢先。

「つてて……」
「えっ!?」

 なんと生きていた。
 あれだけの激しい追突だったのにも拘らず。
 それどころか、身を起こす為にバックパックを離そうとしていて。
 
 しかし抜け出るや否や、突如として歯を食いしばらせた顔が激しく持ち上がる。

「がっ、い、いででぇ~!!」

 突然そう叫び、足を抑えて痛がり始めたのだ。

「ぢ、ぢぎじょお~こ、こいつは足折れたがぁ!?」

 でも痛いのは足だけという。
 こんな事故を貰って足が折れる程度で済むなど、もうそれ自体が奇跡だ。
 見ていた周りの人々も、剣聖が未だ生きている事に驚きを隠せない。

 むしろどうやったら足だけが怪我するのだろうか。
 あれだけ全身で激しくぶつかったのに。
 全くもって謎である。

「あ、け、警察か救急車!」
「あっ、呼ばないと!」

 けれど幾ら不思議であろうと重傷である事に変わりはない。
 そんな訳で勇の母親が慌てて家へと駆け出す事に。
 スマートフォンを家に置き忘れていたらしい。

 なら周りの人達に頼めば良い事なのだけれども。

 気が動転すると周りが見えなくなるのはどうやら親も同じらしい。
 そんな母親の姿を前にしてデジャブを感じずには居られない勇なのだった。


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