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第一節「全て始まり 地に還れ 命を手に」

~緑 の 街~

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 たった一時だけの戦いが過ぎ去った。

 もはや悲鳴すらも聞こえない。
 あれから襲撃も無い所も見るに、魔者達も既に撤収したのかもしれない。
 生き物であるならば、疲れもするし腹も減るし眠気も出るだろうから。

 魔者という存在がそれらを必要とするのであれば、だが。

「さぁてと、気付いたらもう夕方じゃねぇか。 仕切り直すかぁ。 とはいえ、村まで戻るのもなんだしなぁ、どうすっかなぁ」

 その一言が勇にも気付かせる。
 太陽が既に水平線の彼方へと近づいていた事を。

 色々とあったが、時間は思っていた以上に過ぎ去っていた様だ。

「あの、良かったら俺の家に来ませんか? 少し遠いかもしれませんけど電車とか使えば多分すぐだと思います」

 そんな事もあって、勇がふと思い付くままにこう提案する。
 この所から早く離れたいという想いがあったから。

 勇の家へと歩いて帰るにはいささか遠い。
 ここから歩けばざっと二~三時間は掛かる距離だ。
 だからか、自然と「電車で」という言葉が漏れたらしい。

 ただ考えればわかる事だが、この状況に陥ったのが渋谷だけとは限らない。
 となると、こんな状況下でインフラがまともに動いているか怪しい訳で。

 それでも頼ろうとしたのは、勇がそれだけ現代社会に依存しているからだろう。
 それとこうも突然と変わってしまったから、実感を得ていないのかもしれない。

 もっとも、それを考えられない程に疲れ切っているというのもあるが。

「『デンシャ』ってなんだぁ? まあそんな離れてなきゃ平気だろうがよぉ」

 対する剣聖の反応もいつも通り、疑問に首を傾げる姿がここに。
 やはりこの人の常識はどこか変だ。

 そんな剣聖を他所に、勇の視線は少女へと向けられる。

「君はどうする?」

「あ、その……」

 そうしていざ訊いてみたのだが、答えはどうにも煮え切らない。
 元々暗い雰囲気もあるから、会話が苦手な人なのだろうか。
 この調子だと家の場所を聞き出すのも難しそうだ。

 するとそんな時―――

「おめぇの家はどっちの方向にあんだぁよ?」

「え? あ、ええと」

 会話中にも拘らず、剣聖の野太い声が頭上を通り抜ける。
 もはや二人の都合などお構いなしだ。

 ただ、無口な少女と違って意志のハッキリしている剣聖の方がだいぶ扱い易い。
 だからか、勇が応えようと懐に手を伸ばす。

 どうやらスマートフォンは奇跡的に無事だった様だ。
 これには勇もホッと一安心である。

「良かった壊れてない、電波も生きてるみたいだ。 えーっと、うちの方角は―――」

「なんじゃそりゃあ」

 しかしどうやら剣聖、電車どころかスマートフォンも知らない様子。
 見慣れない物体をいぶかしげに覗き込んで興味を示す程だ。
 でも大きな頭が邪魔で、地図検索中の勇としてはどうにもやりづらそう。

 にしてもこれだけの惨状でも電波が生きているとは。
 実に不思議な事もあるものだ。

「えーっと、こっちの方角ですね」

 そんな疑問さえ沸く事も無いまま、指がそっと西へと指し示される。
 剣聖としては「なんでコイツこう自信満々なんだ?」という疑問で一杯だったけれど。

 とはいえ勇に確信がある事だけは伝わった様だ。
 示された方角を見上げた時にはもう、訝し気だった表情はすっかりと真顔に戻っていて。

「おう、そっちか、わかった」

「ちなみにこれはスマホって言って色々便利な情報とかがってうわぁ!?」

 それで勇が続き質問に応えようと得意気になった時の事。
 突如として勇の悲鳴がその場に響く。

 なんと剣聖が勇を強引に左脇へと抱え込んだのだ。

 そしてノシノシと少女の方へ歩き始め。
 少女もまた抵抗される間も無く「ヒョイッ」と右脇へと抱え込まれる事に。

「おう、よくわからねぇが家までわかるんだな? じゃあしっかり俺に教えやがれ、いいな?」
「え? えぇ?」

 それは問答を許さないまでの勢いのままに。
 勇達が状況を理解する間も無く。
 
「ンヌウウウウァアアッッ!!!」

 すると途端、大地が震えた。
 剣聖の唸る様な声、凄まじい力の放出がそうさせたのだ。

 たちまち体から「ビキビキ」という軋み音が響き。
 巨大な剣聖の体を更に肥大化させていく。

 勇も、少女も。
 ただその状況の中で、声一つ発する事すら許されない。

 それ程の威圧感。
 それ程の圧倒感。

 そして―――



「ヴぁああーーーーーー!?」
「キャアアーーーーーー!!」



 圧倒的、跳躍力。

 勢いよく跳んだ。
 あまりにも力強く、そして高く。

 勇達がこう叫んでしまうのも仕方ない。
 何故なら二人には凄まじい重圧加速Gが掛かっていたのだから。

 それはあまりにも強烈な勢いから生まれた、未だかつてない衝撃だった。
 その勢いはまるで急落下するジェットコースターのそれ。
 だがそれさえも比較にならない程に強烈な重圧が二人に掛かっていたのである。

 しかしその勢いも徐々に収まっていき。
 途端と心が浮く様な浮遊感に見舞われて。
 二人が思わず瞑っていた目を見開かせる。

 その時映った光景は―――とても信じられないものだった。
 


 東京の街が目下に広がっていたのである。



 厳密に言えば、広域の緑に浸食された街が。
 そしていざ振り返って見てみれば―――

 なんと背後には天を突く程に巨大な木が立ち、街に巨大な影を落としていたという。

「おぉ!? なんじゃあこりゃあ、果てまでびっちり岩壁だらけじゃねぇか!?」

 一方の剣聖もまた、東京の密集ビル群を見て驚きを隠せなかった様だ。

 ただそうこうしている間に、剣聖達が重力に引かれて落ちていく。
 ならば今度に襲い掛かるのは、急降下の洗礼である。

 するとたちまち、再びの悲鳴が打ち上がる事に。

 アスファルトが急激に迫り来る。
 それはまさに命綱もパラシュートも無い高高度自由落下フリーフォールだ。
 魔者なんかよりもずっとずっと恐ろしい死への直行便である。
 おまけに、勇と少女の顔が恐怖で歪む程の重圧付きという。

 だが、地面へと到達した途端―――



トンッ……



 不思議な程に軽い感触が二人に伝わっていた。
 首がほとんど振られる事の無い、まるで綿毛の上に落ちた様な感覚が。

 そして再び街並みが小さくなっていく。

 剣聖の体が全ての衝撃を吸収していたのだ。
 強固な肉体が行ったとは思えぬ程の柔軟な動作によって。
 もちろんそれだけでは説明のつかない事ばかりだが、今はそうとしか考えようがない。

 そんな跳躍を繰り返し、目的地へと突き進む。

 激しい上下運動に二人は気が気でなかっただろう。
 これはもはや地球上に存在する全てのアトラクションを凌駕する所業で。
 冗談にもならない重圧と激しいアップダウンが二人を襲い続けたのだから。





 こうして勇達は無事、勇の自宅付近へと辿り着く事が出来た。
 勇も少女も道中気が気でなかっただろうが。

 とはいえ空の移動だったからこそわかった事もある。
 「森」の領域が限定的だったという事が。
 飛んで直ぐにでも緑が消え、いつもの街並み(?)に戻っていたので。

 だから勇の自宅も、故郷の街自体も無事だ。
 なまじ都心から離れているからか、大きな騒ぎになっている節もなさそう。
 お陰で、夕暮れともあってとても静かな街並みが迎えてくれた。

 でも、だからこそ思い返さずにはいられない。
 いつもと変わらない風景にはもう、統也が映らないのだという事を。

 勇と統也が通学路としていた道を前にして、ただ沸々と。


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