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第一節「全て始まり 地に還れ 命を手に」

~一閃 に 咆える~

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 勇が決意を固め、鋭い視線を怨敵へと向ける。
 一歩二歩踏み出し、短剣を右手で握り締めて。

 視線は標的である仇の魔者ただ一人へ。

 相手もまた向かってくる。
 獲物を狩る為に。

 一発を食らわせた方が勝つ。
 剣聖が自信を持って打ち出した結論だ。
 でも身体能力は全てにおいて明らかに魔者の方が上。
 勇の方が不利な事には何ら変わりはない。

 互いの距離が詰まっていく。
 一歩、また一歩とゆっくり近づきながら。
 そしてその距離は遂に、一瞬で距離を詰められる程の間隔にまで狭まっている。

 一触即発。

 動きを見誤れば、勇の負けは必至。



 そんな時、遂に魔者が先制を取る様に足を大きく踏み出した。



 途端、その巨大な左腕が振り被られる。

 勇の内に潜む恐怖心が、その大きな体を更に巨大に見せつけていて。
 それでも恐れる事無く振り上げられた腕を見据え、挙動を注視して離さない。

 間も無く振り上げられた掌が、容赦なく勇へと向けて振り下ろされ―――



 ―――だがその間際、もう一人の魔者が突如叫び声を上げた。



「ソ、ソイツ【まけん】ヲ持ッテイルゾオッ!!」
「ウッ!?」

 相対した魔者がその一言で初めて、勇の右手の剣の存在に気付く。

 するとその拍子に振り降ろされた左腕が僅かに動きを硬直させて。
 振り抜こうとする挙動に僅かな停滞を生じさせる。

 それは動揺。
 その時生まれた心の乱れが動きを劣化させたのだ。
 意思の籠らない、振るだけの単調な動作へと。

 そして、勇は魔者の動きを予測済みである。
 「こいつは必ず自分の頭を狙ってくる」、のだと。



 その二つの事象が二人の命運を分けた。



 襲い掛かる魔者の太い腕。
 対して勇は上体を屈め、首を降ろし、魔者の腕を頭丁部スレスレで躱す。
 僅かに髪の毛が掠るが、魔者の掌は何にも攫う事無く空を切るのみ。

 そんな勇の姿勢、それはまるで剣道の『胴』を狙うかのよう。
 それも鋭く、何よりも速く。

 そう、これは統也との勝負で見せたあの早駆けである。

 その動きのまま、魔者の懐へと向けて力強い一歩を踏み出す。
 そして―――



「うぅおォォォ―――」



ドッ!!

 その剣の切っ先が、遂に魔者の捻られた右胴体へと食い込んだ。
 たちまち肉と筋繊維の断裂する感覚がブチブチと、剣を通して伝わってくる。

 でもそれまでだ。
 肉体そのものが強靭な障害として刃を塞き止めたのだ。

 だが勇はそれでも止めなかった。
 切っ先を振り抜く為に、剣へとありったけの力を込める事を。
 思いの限りに振り上げようとする意志を。

 剣聖の言葉を信じるままに。

 するとどうだろう、たちまち剣の周辺に淡い光のモヤがチラチラとちらつき始め。
 そのモヤは剣へ収束し―――

「―――ォォおおおぁあああーーーーーーッ!!!」

 停滞しそうになっていた剣の動きが、突如として勢いを取り戻す。
 それどころかその速度は更に増していて。

 光が加速させたのだ。
 勇の気迫に従う様に。
 勇の腕と心に力を与えて。

 その剣の勢いは止まる事なく、極厚の肉体を切り開いていく。



ッズザァーーーーーーッ!!



 そしてその刃は―――遂に魔者の巨体を切り抜けたのだった。



 その勢いのまま、腕が伸びきるまで振り抜かれる事に。
 
 すると光が突如として、跳ね上がった刃から「ふわり」と離れる様に舞い上がり。
 更には大気へと混じる様に、「シパシパ」と弾けながら消えていくという。
 実に不思議な光だ。

 しかして斬られた魔者はと言えば、無事で済むはずは無く。

「カハッ……!?」

 それが断末魔だったのだろうか。
 魔者が突進した勢いのまま前のめりに倒れ込む。
 二人が擦れ違うままに。

 勇によって刻まれた傷跡が胴体を断裂せんばかりに深かったからこそ。

ドチャッ……

 間も無く、濁色の巨体が血のりを弾かせながら大地に伏した。
 倒れた魔者はもう動かない。
 ただただ静かに赤黒い体液を垂れ流すのみで。



 即死だった。



 つまり、勇は勝利したのだ。
 剣聖の言った通り、一撃の名の下に。

「オアァ!? チッキッショオ!!」

 しかしその時、もう一人の魔者が勇へ間髪入れず飛び掛かる。
 仲間の仇と言わんばかりの形相で。

 今の決闘は剣聖が一方的に決めた約束に過ぎない。
 死が掛かっている以上、魔者達にそんな物を守る義理は無いのだから。

「あんま冷やかすんじゃねぇよ」

 でもきっとそれも剣聖にはお見通しだったのだろう。

 魔者の勢いは突然逆方向へ押し戻される事となる。
 剣聖が驚異の速さで押し返していたのだ。
 それも魔者の頭を鷲掴みにして。

 そして剣聖が勢いのままに掴んだ頭を地面へ叩きつけて。
 間も無く、「グシャッ」という鈍い音が虚しく鳴り響く。

 当然の如く、瞬殺である。

「あ……さ、さすがは剣聖さん」

「へっ、【マケン】使いたるもの、こんな雑魚共に苦戦してる様じゃまだまだだなぁ」

 とはいえ、この魔者達は実のところ雑魚だという。
 勇にはとても信じられない事実だ。

「これが雑魚、はは……」

 何せ本人としては相当にギリギリだったのだから。

 相手の一発を切り抜ける自信はあった。
 その挙動を何度か見ていて予想はしやすかったから。
 でもその後の攻撃までは全くわからない。
 何せ相手の挙動どころか生物としての性質も知らないのだから。
 追撃を見舞われずに一発で終わったのは幸運だったと言えるだろう。

 けれど、もう終わった。
 仇が取れたのだ。
 そんな想いが、剣を握る腕をふらりと落とさせる。

 するとその時突然、勇の膝が「ガクリ」と崩れ落ちた。

 それはまるで意思に反する様に。
 たちまち支える力を失った腰が地べたを突く。
 余りにも突然な事で、受け身すら取れないまま。

「いてっ! あ、あれ、勝てたのにな、なんでだろ。 はは……」

 その感覚はまるで下半身が無くなってしまったかの様に無感覚で。
 先程までは力強い踏み込みが出来たのにも拘らず、今は力一つ入りはしない。

 勇が突然の事に戸惑いを見せる。
 だが、剣聖はと言えばさも当然の如く「ニタニタ」と笑みを浮かべていて。

「そりゃま、その程度の力量であんだけ思いっきり振り抜いたんでなぁ、力も抜けらぁ」

 何かしら事情を知っているのだろう。
 勇には今はそう思う他無く。

「―――だが、よくやった」

 続く誉れの言葉が、勇に勝利の実感を呼び込む事となる。
 強力な力を誇る魔者を制する事が出来たという実感を。 

 剣聖が手を腰に当てて「ガハハッ」と笑う。
 それに釣られたのか、それとも褒められたのが嬉しかったのか。

 勇にもまた同様に、大きな笑みが零れていて。

「統也……俺、やったよ。 お前の仇、取れちまった」

 その視線が統也だったモノへと向けられる。
 やりきったよ、とまるで訴えるかの様に。

 ただ、仇をとっても今の勇には何の感慨も無い。
 生まれてくるのは、統也という存在が失われた事に対する悲しみだけで。

 決して仇討では拭う事の出来ない悲壮感が勇の心覆い包んでいたのだ。

「なのにこんなんなっちまって……ウッウッ―――」

 感極まった感情から涙が浮かぶ。
 仇が取れた事で、勇にはもう感情を抑える理由が無くなったのだから。





 少年は泣いた。

 友の死を嘆いて。

 大男と少女が静かに見守る中でさめざめと。

 その時生まれた悲哀の叫びはビルを抜けて。

 ただただ虚しく響き、風に混じって彼方へ消えた。

 それでもなお、ひたすら無念を雫と共に頬から零そう。

 彼の者の朱で染まる大地を洗う為にも。

 もう戻らぬ友との日々に、別れを告げて。










 何もかもを流しきった。
 涙も、悲しみも、後悔も。
 変わらないはずだった明日への希望でさえも。

 故に勇が力を振り絞って立ち上がる。
 魔者の血や埃で汚れた袖で涙を拭い去りながら。

 いつまでもここに居続ける訳にはいかない。
 生き残って、自分の成すべき事を成す為に。
 統也の残してくれた可能性を無駄にしない為に。

 そんな想いを秘め、剣聖の下へと歩み寄っていく。

 すると何を思ったのか、勇が右手に握られた剣を差し出していて。

「剣聖さん、ありがとうございました。 この剣お返しします」

「あぁん?」

 この短剣は言わば借り物だ。
 統也の仇を取る為に剣聖から預かったに過ぎない。

 事が済んだ今、勇が持っている理由は無くなったのだから。

「……その【マケン】は【エブレ】っつう名前だ」

 けれど剣聖が口を挟んだのは短剣そのもの話で。
 それは差し出した勇が「えっ?」と戸惑うほど唐突に。

「【旧オーダラ語】で『誘い』『いざないし者』って意味を持つ」

 でもそれにも意味がある様に感じてならず。
 気付けば勇は静かに聞き耳を立てていて。

「生を強く望む奴が最初に出会う力だ。 おめぇの様にな」

 その時、二人の間で黒塗りの剣、【エブレ】が鈍い瞬きを放つ。
 剣聖の言葉に呼応するかの如く。

「そいつはくれてやったものだ。 おめぇの覚悟がそうさせた。 それでも要らねぇっつうなら話は別だが―――」

 不意に剣聖の太い指が勇の肩を突き。
 「クンッ」と僅かな力が加えられ、その身を揺らさせる。



「【エブレ】は力になってくれる。 そしておめぇ自身の力を更に引き出してくれるだろぉよぉ。 持ってろぉ、これから成したい事の為にな」



 もう片方の手で、剣を押し返しながら。

 勇がふと剣を見つめると、嵌め込まれた玉が夕日を浴びて赤く輝く様を見せつける。
 それは瞬きだけでなく、中で光が波打っている様にも見えていて。
 その様子はまるで勇に抱かれる事を喜んでいるかの如く緩やかに。

 そんな気がしてならなくて。
 思わずその口元には笑窪が浮かぶ。

「おう、そうだ」

 すると剣聖が突然何かを思い出し、惚ける勇へと何かを差し出す。
 
 それは何の変哲も無い硬そうな生地の袋。
 何の動物の皮で造られたかもわからない、燻った灰色の革袋だ。

「抜き身じゃあれだからなぁ、鞘にして使え」

 剣聖が身を屈ませては、その袋を刃先へ被せて紐で括り付けて。
 そのまま勇の腰のベルトとズボンの間に差し込み、紐を縛りつける。

「よぉし、まあこんなもんだろ」

 雑ではあったが、縛られた紐のおかげで剣は簡単には落ちそうにない。
 それはどこかファンタジー作品に出て来るキャラクターの様で。

「はは、まるで剣士みたいだな」

 それが勇にこれとない高揚感を与える。
 少し照れ臭さも感じさせていたが―――嫌ではなかった。


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