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第一節「全て始まり 地に還れ 命を手に」

~奮い立つ は 少年~

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「俺にも出来ますか、あの化け物に一矢報いる事がッ!!」

「あん? んなの出来るに決まってるだろうがよぉ」

「……え?」

 即答だった。

 それは何の迷いも見せず、とても軽薄に。
 しかも鼻をほじくりながらと緊張感も無く。
 必死に願っていた勇と比べ、とてつもない落差である。

 ただ、間違いなく言い切った。
 勇でも【マモノ】に一矢報えると、剣聖という男は答えたのだ。

〝死ねば運が無い、死ななければよい〟
 そう言い放った男が、だ。

 つまり、剣聖は勇でも勝てる手段を知っているという事に他ならない。
 あの統也でさえ勝てなかった相手をも倒せる、特別な手段を。

「おう、ちょっと立てや」

「え? あ、はい」

 鼻クソを彼方に弾き飛ばし、その指で立つ事を催促する。
 勇もただ惚けるばかりで、もはや言われるがままだ。

 とはいえ、そのお陰で気付けた事もある。
 いつの間にか身体からは疲弊感が消えていて。
 どうやら一連のやり取りで心身共に緊張が和らいだのだろう。

 そんな復調へ気を取られている間に剣聖もまた近づいてきていて。
 再び大きな影が頭上を覆った時にまたしても気付く。
 剣聖の大きく、それでいて【マモノ】とは違う威圧感を。

 やはりとても大きい。
 腕を伸ばしてやっと頭に届きそうなくらいだ。
 大体、全長二三○センチメートルといった所か。

 そんな大男の剣聖が途端に身を屈ませて。
 それでもなお勇よりも高い目線のままにギロリと睨みつける。
 身長もさることながら顔も大きいので、当然の事ながら目も大きい。
 こうなるとまるで猛獣に睨まれたかの様だ。

 勇がそんな怯えを見せる中でも剣聖はお構いなしで。
 何を思ったのか勇の両腕を外側からガシリと掴み取る。

「え、一体何を―――」
「いいから黙ってじっとしてろぉ」

 剣聖の大きな拳からしてみれば、勇の腕など細腕も細腕だ。
 握り拳は勇の頭部程もあらんばかりに大きく、筋張って硬そうである。

 しかし意外にも、掴んだ感触はとても優しい。
 さながらマッサージをしているかの様に。
 なんだかこそばゆいくらいだ。

 それが腕から肩へ、今度は腰から脚へと、場所を滑る様に変え変え。
 気付けば四肢をくまなく触診し尽くしていて。  

「ほぉ、身体は見た目より随分鍛えてるじゃねぇか。 これくらいならまぁいいだろうよぉ。 問題ねぇ、おめぇならやれる」

「え?」

 今度はおもむろに背負っていたバックバックを地面に降ろす。
 するとどうだろう、たちまち地面に「ドズンッ!!」と強い衝撃が。
 加えて、勇が思わず「うわわっ!?」とたじろぐ程の振動まで起こすという。

 まるで一メートル平方の大金庫てつのかたまりを落とした様な衝撃だ。
 きっと相当な重量を誇っているのだろう。
 中には一体何が入っているのやら、剣聖と同じく謎だらけである。

「確かこの辺にィ……お、あったあった!」

 そんな鞄の中へと手を突っ込み、空かさず探し物を掴んで引き上げる。
 それもガチャガチャと掻き鳴らしながら強引に。

 しかもその拳を勇へとそっと差し向けていて。

「こいつを使え」

 そのまま拳が開かれ、何かが勇へと手渡される。



 そうして現れたのは、一本の黒い短剣の様な物だった。



 見た目は粗削り、まさしく木で作ったかの如き姿形で。
 刃渡り四十センチメートル程、その刀身はそれなりに太い。
 全体が黒塗り、柄には綻びた布が巻かれている。
 刀身、鍔、柄と一体物で、十字を象った片刃短剣と言った所か。

 いざ手に取ってみると、予想外な事にも驚く。
 本当に木製、しかも中は空洞かと思える程に軽い。
 柄も短く、片手で持つくらいで丁度良いといった具合だ。
 ただ、竹刀を持ち馴れた勇の手には少し物足りないかもしれない。

 一方、柄の片側には小さな粒状の宝石が嵌め込まれている。
 これまた粗削りだが、妙に艶やかで陽光をふんだんに跳ね返してくれるという。
 なんだか陽光というよりも、自身が輝いている様に見えなくもないが。
 多様な色彩が見える辺り、遊色蛋白石プレシャス・オパールの様な宝石なのだろうか。
 短剣本体と違って、何だかとても高価そう。

 それに不思議と、妙な存在感を感じさせる。
 普通の短剣じゃない、そう思わせるくらいの。

「これは?」

「細けぇこたぁいいんだよ、そいつがありゃ奴等にだって勝てらぁな」

「は、はあ……」

 とはいえ、それでも只の木刀で玩具みたいなものだ。
 これならまだ竹刀の方が有用ではないかと思えるくらいの。
 だからか実感がどうにも沸かない。
 剣聖は何故か自信満々の様だけれども。

 でもいざ握ってみると、納得せざるを得ない。

 それは手が吸い付いたかの様だった。
 何故か指が掴んで離さないのだ。
 あたかも磁石でくっついたかの如く。

 まるで手の意思だけを剣に持っていかれたかの様な。

 そんな事で戸惑いに苛まれる勇にふと感触が走る。
 剣聖が肩を指で突いた事によって。

「試しに振ってみろ」

「えっ?」

 それで振り向いてみれば、そこには顎を「クイッ」としゃくり上げた大顔が。
 「さっさとしろ」と言わんばかりに催促してみせていて。

「振るって、これを? 何で―――」

「い い か ら 振ってみろ」

「は、はいっ!」

 となれば問答さえ許さない。
 訊き返してみれば、またしても不機嫌そうになったものなので。

 なので大人しく剣を振ってみる事に。

ヒュンッ……

 けど本当にただ振っただけだ。
 力を入れる事も無く、意識した訳でも無い。

 ただそれでいて、とても真っ直ぐな斬り降ろし。

 日々の修練で培った技術は無意識的にも出るもので。
 馴れない得物でもしっかり表現出来たらしい。

 今の剣捌きは統也との勝負で見せたのと同じだ。
 そう成せるだけ勇の技術が卓越しているという事なのだろう。

 だからといって別段、何かがある訳でも無いが。

「よぉし、まあそんな所だろぉよ」

 ただ剣聖は何を思ったのか、口元に小さな笑窪を浮かべていて。
 たったそれだけを言い残し、納得したかの様に立ち上がる。

 何が「よし」なのか、勇には依然わからないままだ。
 でもそれ以上に剣聖の事を信じたいと思う自分が居て。
 見上げた先の得意気な笑みがその想いを押し上げる。

 未だ色々と疑問の尽きない事だらけだ。
 【マモノ】の事、この短剣の事、そして剣聖の事。

 それでも今だけは不思議と気にならない。
 きっとそれは、剣と一緒に迷いを振り払えたからなのだろう。
 剣聖が道を示してくれたから。

 だからだろうか、勇の顔には普段の緩さが戻っていて。

 ふと思い立ち、手を握り締めて脚を踏み締める。
 けどもう震えも強張りも感じない。
 どうやら力が完全に戻っている様だ。

「まっ、いきなり集団を相手にするのもきつかろぉな、仇以外は俺がどうにでもしてやらぁ」

「あ、ありがとうございます!!」

 更に剣聖も意外と乗り気らしい。
 あれ程面倒臭がっていたのは一体何だったのか。
 更には「ニヤニヤ」とした笑みを妙に浮かばせているという。



 それはきっと、勇の姿勢に応えたからなのだろう。
 仇討ちを、願うよりも自らの力で成そうしたその気概に。

 それに戦う為の技術も充分だ。
 まだまだ未熟ながらも、素人とは違う感触センスを垣間見せたから。

 そして体付きにも問題は無い。
 年相応、あるいはそれ以上の鍛錬を積んだ相応の結果と言えよう。

 胆力技術、そして体力
 その全てを一定以上持ち合わせていたからこそ、剣聖は手を貸した。
 これなら死地に送っても生き残れる、そんな確証がどこかにあるのだろう。



 ただ、それ以上の何かを察した事も理由にあるようだが。


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