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第一節「全て始まり 地に還れ 命を手に」

~制服 の 少女~

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 きっかけは、ふとした欲からだった。
 もしかしたら統也の言った通り、女の子に声を掛ければ上手く行くんじゃないかって。
 そう思ったら自然と首が回って、人混みを見つめていて。

 そして不意に気付いたのだ。
 たった一人だけ、異質を放った少女が居た事に。

 周りの女の子達は皆楽しそうにしていたり、あるいは真剣に歩いていたり。
 何かしらの目的があるから、誰しもハッキリとした意思を見せているものだ。

 けれど彼女だけは違っていた。
 まるで背景の一部と化したかの様に意思を感じない。
 片隅のベンチに座って項垂れて、ただただじっとしていただけだったから。

 だから意識しなければきっと気付かなかっただろう。
 それだけの、例えるなら幽霊の様な存在感でしか無かったのだ。

 だけど勇は気付いてしまった。
 気付いてしまったからこそ、気になってしょうがなかった。

 〝君はどうしてそんなに悲しそうなの?〟と。

 もちろん本当に悲しいかどうかなんて勇にわかりはしない。
 ただ、少女の姿が悲しんでいる様に見えたからそう思っただけで。
 それと同時に、何だか放っても置けなくて。

 そんな想いが脳裏を過った時にはもう、身体は既に動いた後だった。

「君、大丈夫?」
 
 他意は無い。
 この行動は興味の延長だったのだろう。
 〝大事があってはいけない〟という心配からの。

 傍に寄って、膝を付いてその想いが一段と強くなる。
 それだけ少女の様子が良さそうには見えなかったから。

 極端に細い両腕を座へ突っ張らせ、前傾させた身体を支えていて。
 その表情も垂れた長い前髪が邪魔でとても伺えそうにない。
 くたびれた学生服を身に纏い、風貌は場違いとも言える。
 けれど鞄らしい物も無い辺りは元々無いのか盗られたか。

 遊び疲れただけなのだろうか?
 それとも事件に巻き込まれたのだろうか?
 想像の域を越えないが、不安ばかりが勇の脳裏を過る。

 そんな最中で、少女も勇の事に気が付いたらしい。
 髪越しに半開きの瞳を向ける様子が微かに見えた。

 ただそれも一瞬の事で。
 間も無く少女の視線は逸れ、眼がやり場を求めて泳ぐ。

「あ……は、はい……大丈夫、です」

 そして返ってきた声は掠れる程に小さい。
 それも言葉にならないくらいに途切れ途切れで。
 これだけで体調不良かと思えるくらいに弱々しくて。

 だからこそ勇も首を傾げざるを得ない。
 何が「大丈夫」なのかがさっぱりわからなかったから。
 本当に平気なのだろうかと勘繰ってしまう程に。

 けれど、これ以上の接触が彼女の為にもならないのも事実だ。
 望まない干渉は時に人を不快にさせる事をよく知っているからこそ。
 統也とのサプライズなやり取りで学んだ事の一つである。

「そっか、わかった」

 不安は未だ拭えない。
 それでも立ち上がり、後ろ髪を引かれる想いで少女の下を去る。
 その足取りは、ずっと黙って待っていた統也の方へと。

「あの子、うち白代の生徒だよな?」

「あぁ、そうだと思う」

 すると勇が歩み寄りきらぬ内にそんな声が届く。
 どうやら統也も事実に気付いていたらしい。

 そう、勇が少女に気付いたのには明確な理由があったのだ。

 少女が着ていたのは紛れも無く白代高校の制服だった。
 二人の母校の制服を纏っていたのだから気付かない訳も無い。

 深緑生地のブレザーと同色チェック生地のスカートは近辺校には無い特徴で。
 近くに寄って確認した所、胸元の校章ワッペンも紛れも無く同校のそれ。
 公立高校の制服とあって地味だが、見慣れていれば自然と目に付くものだ。
 少なくとも、ファッショナリティに溢れたこの場所では特に。

 加えて、この日の白代高校は休みのはず。
 しかも渋谷とは電車一本ながら一二駅分とそれなりに遠い。
 学校帰りに遊びに来れる場所とはとても言い難いだろう。

 それこそ私服に着替えて出直した方がずっと良い場所で。
 学校に行くつもりならここに居るはずも無いし、帰るお金が無いなら警察に駆け込む事だって出来る。
 それなのに何故制服のまま、どうしてここに居るのか。

 少女の何もかもがわからなさ過ぎたのだ。
 思わず二人揃って腕を組んで思い悩んでしまう程に。



 ただ、どうやら相方は悩む方向が違った様だけども。



「で、どうだったんだ? 可愛かったのか?」

 統也のお節介が今再び。
 余りの不意打ちに、勇の頭が思わず「ズガン」と下がる。

 するとたちまち、陰る顔より三日月の如く鋭い眼が統也を睨みつける事に。

「お前なぁ、もうそれから離れろよ」

「わ、わりィわりィ。 で、実際どうだったんだよ?」

 とはいえ、半分は本気だった様だが。
 恐らくは面識がある子かどうかを確かめたかったのだろう。
 勇が率先して動いた相手だから気になったというのもあるけれど。
 
「……顔はあんまり見えなかったよ。 前髪が長くて顔が半分隠れててさ」

 ただその答えはと言えばパッとしない。
 やはり髪が邪魔で全容がわからなかったのは大きいか。

 ―――と言っても、その髪だけでも得られた情報は充分あったが。
 勇だからこそ気付けた部分が幾つかと。

 ストレートに降りた黒長髪は所々がよく跳ねていた。
 それは長髪なりの手入れがなされていない証拠だ。
 恐らくは整えるどころか櫛ですいてすらいないのだろう。

 加えて、艶やかさも感じられなかったのもある。
 長髪なら髪質維持を念入りにしなければ纏まり難くなってしまう。
 このご時世、艶やかさの維持ならそれほど苦労はしないはずなのだが。

 前髪が顔を覆い隠す程なら、切り揃える様な事もしていないのかもしれない。
 実際、毛先はまばらで荒れている節すらあったから。
 となれば全体的に長いのは切らずに伸びてしまったからだろうか。

 一方で髪とは関係無いが、覗き見えた眼にも少し特徴が。
 向けられた眼は目尻が低く温和そうながらも、どこか寂しさを伴っていて。
 でもそんな目付きが悪い意味で雰囲気を引き立たせているのだろう。
 勇が感じ取ったのはこんな所だ。

 ちなみにどうしてこんなに髪に詳しいのかと言えば―――
 実は勇の母親が美容師で、日常でも仕事の話を小耳に挟む事が多い。
 そんな事もあって、興味は無くとも知識だけならそれなりにあるという。
 本人が自覚していない、知る人ぞ知る得意分野の一つである。

 しかし、それ故に見えてしまった特徴が更なる不安を呼ぶ。
 だからこそ視線は再び彼女へと向けられていて。

 それは彼女の纏う不穏が気になるからか。
 それとも、ただの好奇心ゆえか。



 気付けば、勇の意識は周囲が映らないくらいに少女へと釘付けとなっていた。


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