モノクロカメレオン

望月おと

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41、【愛を知らぬ者とそれぞれの愛の形】

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 遼の行方が分からないと焦る警察。現場に残されていた大量の血液が命の危機を知らせている。遼は、どこへ消えてしまったのだろうか。目撃情報も有力な情報も何一つない。中でも青宮の表情は暗く、絶望の色さえ浮かんでいた。

「なんつー顔してんの? それでも市民の平和を守る職業の人?」
「あのなぁ! ったく。お前は、どうしてそう冷静でいられる? いつもいつも……」

 「はいはい、小言はいいって」澄貴は手で青宮をあしらった。

「本題に入るから。しっかり聞いててね。いい?」

*****************

 黒いスニーカーは街を抜け、朝風高校の校舎へと辿り着いた。平日ではあるが早朝なため、まだ生徒の姿は見えない。職員の車も一台あるだけ。慣れた足取りで、目的地である職員室へ向かった。幸い、中に職員の姿は見当たらない。

 一輪挿しの白い菊の花が飾られた響子の机。鍵のついている引き出しを開けた。彼女が亡くなってから誰が解錠したのか、意図も簡単に開くことができた。

 中には白濁色のクリアケースが入っていた。厚みのある紙が横から顔を出している。

 一枚を取り出し、目を通した。──【クラス委員投票用紙】太字で書かれた題字。その下に投票した生徒の名前、推薦する生徒名・理由が記されていた。

 『クラス委員長は、この人しかいない。責任感だけじゃなく、面倒見がいいから。それに何事に対しても一生懸命で、目標にしてる』

 『この人に任せておけば間違いない! 信頼してる! みんなの憧れの的! 後輩からも好かれてるし、男女問わず人気者!』

 『途中で絶対投げ出さない。悩みも聞いてくれる。クラス委員長は、この人じゃなきゃ!』

「分かった? 塩ノ谷くんが君に何を伝えたかったのか」

 前から飛んできた声に顔を上げると、職員室のドアにもたれている澄貴と目が合った。不気味な逆さ三日月の笑みが浮かんでいる。

「田部井……。どうして、お前がここに?」
「どうしてだろうね? 犯人は事件現場に戻ってくるって聞いたけど、本当みたいだね。観念したら? 君の犯行なのは、すべてお見通しだよ」
「……遼から聞いたのか?」

 澄貴は首を横に振った。

「瀕死の状態の塩ノ谷くんが連絡できると思う? 俺より、君のほうが分かってるはずだよ。あの状態で誰かに助けを呼ぶのは不可能だってね」
「それじゃ、なんで──」
「ふふ。塩ノ谷くんの言葉を借りるなら、【勘】かな」
「は? なんだよ、それ! 【勘】で人を犯人扱いするのか?」

 右手の人差し指を左右に振りながら、「チッ、チッ、チッ」と澄貴は舌を鳴らした。「バカにしてんのか!」その仕草が余計に犯人を苛立たせた。

「そう怒らないでよ。真面目に答えるからさ。……俺の【勘】は、人とはちょっと違うんだよね」
「最初から真面目に答える気なんて無いだろ!」
「慌てない、慌てない。君って、意外と短気だったんだね。ま、いいや。話の続きをしようか。……事件を紐解くには、まず目撃証言を集めること。いやー、苦労したよ。週刊誌の記者のフリをして情報を集めるのは」
「週刊誌って……まさか──!?」
「そっ。手当たり次第、生徒に声をかけてた怪しい記者の正体は──俺。おかげで、事件とは関係ない面白い話もたくさん聞けたけどねー。情報を集めたら、次は情報の整理。ここで協力者が現れた。森くんと貝塚さん」

 二人の名前が出たとき、犯人の眉がピクリと跳ねた。犯人は森が生きていることを知らない。彼が生きていることを犯人に伝える気が毛頭ない澄貴は、森の話題に触れることなく、話を前へ進めていった。

「二人から得た情報を元に誰が犯人なのか考えた。でも、ここで浮上した新居くんと三澤先生は響子を殺害した犯人じゃなかった」
「……新居と三澤には動機があったはずだ」
「そうだね。でも、新居くんの嫌がらせについては生前の響子から聞いていたんだ。『彼は操られているだけ』だってね」

 犯人の顔が引きつったのを澄貴は見逃さなかった。奥歯を噛み締めている。悔しさの滲んだ犯人の行動に澄貴は笑みを溢した。確実に自分が主導権を握っている、そう確信したからだ。

「三澤先生の行動には君も驚いたんじゃない? 君の計画に彼は登場していなかったもんね。でも、邪魔だと感じていた森くんを消してくれて結果オーライだったかな?」
「……三澤は、先生を口説いてた。先生を殺したのは、三澤だ! あの日だって──」
「へぇー。事件の日、君は見てたんだ?」
「──っ!?」
「それなら、どうして警察に話さなかったの? いや、君は話さなかったんじゃなくて──んだ」

 一気に犯人の顔が青ざめた。澄貴が事件の全貌を暴いていると悟ったのだろう。しかし、澄貴は攻撃の手を緩めない。響子を殺害し、新居までも手にかけ、遼までも消そうとした。何より澄貴が許せなかったのは、他人を使い、自分の手を汚すことを最小限に留めようとした、この犯人のやり口だ。こういう相手に情けをかける必要はない。

「話してしまったら、自分も警察に目をつけられてしまう。そうなっては、手元に置いておいた【大切な物】が奪われる可能性が高くなる。君は、それを守るために警察に何も伝えなかった。君がそこまでして守りたかった物……。残念だけど、もう無いよ」
「は!? 嘘、だ……。そんなこと──」
「俺が見つけて、今は警察の手の中。だから、最初に言ったでしょ? 聞いてなかったの? ──俺の【勘】は、人とは違うんだって。君にたどり着けたのは、優秀な協力者のおかげと、君が命を奪った人たちの執念の賜物たまものさ」

 澄貴の話を聞き終え、肩を落とした犯人。これで観念したかに思えたが、顔を上げた犯人は恐ろしいほど歪んだ笑みを浮かべていた。「何がおかしい?」澄貴の眉間にもシワが寄る。

「ぜーんぶ知った気になってるけど、お前はなーんにも分かってない」
「……証拠もある。それでもまだ──」
「響子の殺害は認めるさ。だって、響子の最期を見届けたのはアイツじゃなくて、この俺だからな!!」
「……それじゃ、何を分かってないって言うんだ?」
「塩ノ谷 遼という人物について」
「塩ノ谷くんについて?」

 「そうだ」と血走った眼光を犯人は澄貴に向けた。その目は闇に染まり、ぐるぐると憎しみが渦を巻いているようだった。だが、澄貴はひるむことなく、犯人に噛みついた。

「塩ノ谷くんは、君とは違って真っ直ぐな人物だよね。だから、誰からも好かれている。嫉妬したくなる気持ちも分からなくも──」

 「黙れ!!」静かな職員室に犯人の叫び声が反響した。

「お前に何が分かる? 三年の途中から現れたお前に何が分かる? この三年間、俺は常に遼と比べられてきた。ここ(学校)でも家でも、みんな口を開けば『塩ノ谷くんは』『遼は』って、もううんざりなんだよ!! 誰も俺のことなんて見てない。なんで、そこら辺の石ころと同じ価値しかない奴がちやほやされるんだ!? 俺は──政治家の孫で、市長の息子だぞ!! ……でも、響子だけは違った。真っ直ぐに俺を見てくれた」
「でも、お前は──唯一の理解者だった響子を殺した。なぜだ?」
「なぜ? そんなの決まってるだろ? 俺を愛してくれなかったからだよ。それに、裏切ったのは響子だ。まさか、遼と付き合い出すとはね。俺へのプレゼントだと思って、この靴を選んだのに……」

 足元に向けられた犯人の視線は寂しそうだった。響子と一緒に靴を買いに出掛けた日のことを思い出していたのかもしれない。

「自分勝手過ぎるんじゃない? 裏切るも何も、お前と響子との間には生徒と教師以外の関係は無かっただろ」
「いいや。他の人には見えないかもしれないが、俺と響子との間には【赤い運命の糸】があった」
「……どこまでも救いようのない奴だな、お前は」
「田部井は誰かを好きになったことがないから、分からないんだ」

 痛いところを突かれ、ポーカーフェイスの澄貴も悔しさに下唇を噛んだ。誰かを好きになることなんて、この先も無いだろうと澄貴は考えている。他人は、所詮他人。分かり合える日など来るはずがない。女性と男性では、物の見え方も違う。となれば、当然意見も異なってくる。どれだけ話し合いをおこなったところで、平行線は交わることはない。そう澄貴は幼い頃から学んで生きてきた。だから、他人に絶対の信頼を寄せたり、心を開くことを彼はしない。損得勘定での人付き合いしかしてこなかった。──今までは。

 遼と出会い、彼に変化が芽生えた。どこまでも素直で真っ直ぐな遼に感化されたのかもしれない。響子と遼の関係にも心がほんのり温かくなった。誰かを愛するっていうのは、こういうことを言うのかもしれないと知ることができた。

「少なくとも、お前の愛が歪んでいるのは分かる。自分の感情だけを一方的に押し付けたものは、【愛】とは呼べない。それは、ただの【自己満足】だ」
「……【愛】の形は様々だ。──柴崎 紗奈は、最期までよくやってくれたよ」

 犯人の言い回しに違和感を覚え、「柴崎 紗奈は塩ノ谷くんを──」そう澄貴が口にした時。犯人は大口を開けて、高らかな笑い声を上げた。

「これだから、【愛】を知らない奴は。あれは、ぜーんぶ俺が考えたシナリオだ」
「……シナリオ?」
「あぁ。紗奈は女優を目指して、演劇部に所属していた」
「それじゃ……あれは、柴崎さんの演技だったって言うのか!?」
「あぁ。アイツが好きだったのは、遼じゃない。──俺だよ。名演技だっただろ? あれが【愛】ってやつだよ、田部井」
「──お前!!」
「ははは! アイツも本望だろう。好きな男のために命を落とせたんだからな。その証拠も紗奈は墓場まで持って行ってくれた。いい女だったよ、紗奈は」

 ここまで他人に対して腹を立てたことがあっただろうか。沸々と怒りが体の奥底から込み上げてくる。自分が愛した女性だけでなく、自分のことを愛してくれた女性までも目の前にいる人物はあやめた。悪びれた様子もなく、人の感情をもてあそんでいるようにしか澄貴には見えなかった。

「お前だけは許せない」
「なら、俺を殺すか?」
「いいや。──死ぬより苦しい地獄をお前にプレゼントするよ」
「そんなもの、この世に存在しない! 警察も俺を釈放するはずだ!」
「ふふ」
「……何がおかしい?」
「君たちは、警察がすべてだと思い過ぎなんじゃない? 正義って言うのはね──【目に見えないもの】を指すんだよ」

 澄貴の発言が犯人には理解できなかった。

「君が釈放されてからが、本当の地獄の始まりだからね。安心して。簡単には死なせないから。……まったく、塩ノ谷くんも響子もお人好しだよねー。こんなクズに更生の道を与えるなんて。教育者らしいといえば、らしい考え方なのかもしれないけど」
「……お前、何者だ!? 高校生じゃないだろ?」
「さぁ、どーだろうね? あいにく、クズに名乗る名は持ち合わせてないんでね」

 そこへ青宮と本多が逮捕状を持って現れた。青宮が逮捕状を読み上げる。
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