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25、【狩る者、狩られる者】
しおりを挟む──警察署の取調室。
向かい合う青宮と澄貴。お互い、ぎらついた目をしている。ハンター気質の二人。隙あらば相手を狩るつもりだ。
「一般人の森くんを巻き込むのは、どうかと思うよ? 刑事さん」
「有力な情報源なんでね。うちとしても、ご協力願ったわけさ」
「彼は、まだ未成年だよ。そこら辺、分かってる?」
「あぁ。だが、来年には彼は社会に出て、社会人になる。【予行練習】ってやつだよ。澄貴くん?」
「へぇ。……警察は、どこまで真相に辿り着いたの?」
「捜査情報は言えない決まりでね」
「甘く考えてると、次の犠牲者が出るよ。……有力な情報源を失いかねない」
「……おい、お前──」
青宮のこめかみに血管が浮き上がった。体内の血が沸々と煮えたぎる。目の前にいる田部井澄貴という人物に刑事の勘というやつが働いたのかもしれない。
「何を知ってる?」
「言わないよ。捜査情報を言えない刑事さんと一緒で、俺にも守秘義務があるんだ」
「守秘義務だぁ? おい、小僧」
「聞き捨てならない台詞だねー。お巡りさん?」
「……本当、可愛くねぇガキだ」
「どうも。オジサン」
あの青宮が圧されている。取調室のハンターと呼ばれる男が……。青宮の部下である本多はこの状況に絶句した。驚きで目が落ちそうになっている。百戦錬磨とも恐れられている取り調べのプロが高校三年生の少年に打ち負かされている。
──夢でも見ているのだろうか……?
情報を聞き出すのが上手い青宮を完全に、この少年は手玉に取っている。
「澄貴くんだって巻き込んでいるんじゃないか? 遼くんのことを」
「どうだろうね……。そこら辺は、本人に聞いたほうが早いんじゃない? ──あ! 塩ノ谷くんについてたマーク外したから、簡単には見つけられないか」
「……俺は、どうにもお前を好きになれそうもない」
「いかついオジサンに好かれるのは、僕も嫌だなぁ」
今にも殴りかかりそうな勢いの青宮を本多は慌てて体で止めた。おっとりした訛り口調で話す青宮だが、スイッチが入った相手には見境なく攻め立てる。だが、澄貴はまだ未成年だ。大人よりも丁重に扱えと上から達しが来ている。もちろん、大人に対しても暴力を振るうのは、ご法度だが。
「青宮さん、落ち着いてください!」
「そうですよ、刑事さん。お話は座ってするものですよ?」
「ここまでコケにされたのは初めてだ! どけ、本多!!」
「ダメです!」青宮を羽交い締めにした本多。彼は柔道の有段者であり、学生時代はメダルや賞状を総なめにしていた。格闘家らしい体型から繰り出される技は力強い。尊敬している赤いスカジャンに描かれたワシの背中。こんなにも怒りで真っ赤に染まっているのを本多は見たことがない。言葉の制御装置を必死で探す。きっと、どこかに青宮の怒りを逸らす話題があるはずだ。
「そ、そういえば! どうして、遼くんと君が一緒に住んでるんだ?」
少し青宮の気が紛れた。だが、質問を投げ掛けた相手が悪い。取り調べのプロすらも蹴散らした相手。本多では役不足だ。
「決まってるでしょ? 君たち警察が僕の住まいを奪ったから」
「それは──」
「響子が住んでた場所だから、でしょ? けど、そこから何が見つかったの? 収穫あった? どうして犯人は まだ捕まってないの? いつまで捜査中にしておくつもり?」
「えっと……」
たじたじの部下に青宮は静かに息を吐き出した。拘束が解かれ、自由になった青宮は真っ直ぐな目で澄貴を見つめると、取り調べの席に着席した。
「……分かったよ、澄貴くん。君の言う通り、話し合いをしよう」
「ありがとう、青宮さん」
「その前に、変な勘違いはしないでくれよ? 君も遼くんも重要人物に変わりはない」
「分かってます。塩ノ谷くんのアリバイが立証されたから、マークを外したんですか?」
「あぁ。今は別の人物を追っている。──三澤佑司だ」
森から聞いた情報を青宮も受け取ってのことだろう。生徒に手を出したというだけでも問題なのに、さらに不倫の追加点が加算される。三澤の教員人生はゲームセット目前だ。しかし、その秘密は響子が殺害されたことにより、闇に葬り去られた。彼女が消えて得をするのは、三澤佑司。そう警察は睨んだ。
「妥当な判断ですね」
「お前に誉められても嬉しくないがな」
「で、彼が犯人なんですか?」
「まだ捜査中だ」
「……森くんに捜査情報は?」
「伝えてない。彼は、あくまでも情報提供者だ」
「なるほどね。一応、彼にも監視をつけておいたほうがいい。おそらく、犯人は もう彼の背後を捕らえている。この意味分かりますよね? ──チャンスがあれば、いつでも殺れる状態にあるってこと」
「お前は犯人を知っているのか?」
逆さ三日月の目がさらに細くなった。
「分かっていたら、とっくに警察に突き出してますよ」
「……目星は付いてるんだろ? だが、確証がない」
「どうでしょうね。どの犯人でも【完璧】は有り得ない。人間という存在自体、不完全なのだから」
「誰かからの受け売りか?」
「好きな推理小説に出てくる台詞ですよ」
「はっ、探偵ごっこか」
「新居にもマークつけてますよね? この間街で新居を見かけた時、尾行している二人のスーツ姿の人がいたから」
「まぁ、そんなとこだ」
「今回の犯人は、【異常なまでに執着心のある男】だと考えています。どうか、一刻も早く犯人に辿り着き、逮捕してください。……最期まで塩ノ谷くんを思っていた響子が浮かばれない。もちろん、塩ノ谷くんも」
「言われなくても、そのつもりだ。そのための警察(俺ら)だからな」
澄貴は静かに席を立った。取り調べ終了時間を迎えたからだ。
「森くんのことも守ってあげてください」
「あぁ」
「約束ですよ?」
「約束する」
「それじゃ、さようなら。刑事さん」
開かれた扉から澄貴は去っていった。どんどん小さくなっていく背中。何を考えているのか全く掴めない。今まで向き合ってきた人物の中で間違いなくトップ入りするクセモノだ。田部井 澄貴という人物を面白いとさえ、青宮は思った。と同時に、彼の前では獲物であるという自覚もあった。
「なんなんですかね。あの田部井 澄貴という少年は」
「アイツには、ヒトが持っている【型】という常識がないのかもな」
「……確かに」
「面白い奴だよ、田部井澄貴」
「それで、森くんには警護を付けますか?」
「いや、遠くから見張る程度でいいだろう。あまり近すぎると、それこそ森くんが狙われかねない」
「分かりました」
澄貴の言いなりになりたくない自分も青宮の中にはいるが、これは職務だ。刑事として、国民の安全を守るのが仕事である。絶対に次の被害者を出すわけにはいかない。特に森は情報収集能力に長けている。将来、警察にとって重要な情報源になりうる人物だ。……だからこそ、今回の犯人からしたら邪魔な存在になりかねない。
警察は外部の犯行ではなく、学校関係者の犯行と断定して捜査を進めていた。
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