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23、【アリバイ立証】
しおりを挟む翌日の土曜日。寝ている二人を起こさぬよう、静かに部屋を出た遼はキッチンで朝食の準備をしていた。昨晩、部屋に戻ってから母と妹は明日から旅行でいないと彼らに遼は伝えた。森の反応が気になったが、焦る素振りもなく、「そうなんだ」と当たり障りのない答えが返ってきた。
「……アイツじゃないのか?」
冷凍庫の中から母特性ハンバーグを取り出し、レンジに入れた。機械音を鳴らしながら、回転を始めるレンジの皿。オレンジの光がカチコチだった肉を解凍していく。
肉……肉──!?
「あぁーー!!」
静かな家は市民ホールのように遼の声を反響させた。二階で起きたばかりの二人にもその声は届き、「何!?」「何だ!?」と慌ただしく一階に降りてきた。
「どうしたの!?」
「何かあったのか!?」
「……思い出した」
キョトンとする彼らを置き去りし、遼は話を進めていく。
「思い出したんだよ! ──これで、アリバイは【確実】だ。……悪いけど、朝食は外で」
「うん。別にいいけど……」
「ふふ。面白くなってきた」
レンジからハンバーグを取り出し、もう一度冷凍庫に寝かせた。
着替えを済ませ、三人は遼の家を後にした。遼は何を思い出したのだろうか。目的地に行く前に腹減り声を上げるお腹の虫を満足させるため、ファーストフード店に立ち寄った。
「朝から、ハンバーガー……」信じられないと言う森に対し、遼は「朝食はしっかり摂らないと!」と大きな口でハンバーガーにかぶりついた。
「朝から、塩ノ谷くんは よく食べるねー」
「田部井くんは、コーヒーだけ?」
「うん。基本、朝は食べないから。……それで、塩ノ谷くんは一体何を思い出したの?」
二つ目のバーガーの包装紙を捲りながら、遼は答えた。
「事件当日、角田書店で漫画の取り寄せを頼んだあと、真っ直ぐ帰宅したんだけど、その途中に起こった出来事を思い出したんだ」
「なるほどね。それが【確実】なアリバイに繋がるわけだ」
「あぁ」
「何が起こったの? 帰り道の途中で」森は興味津々に前のめりになって話を聞いていた。
「それは──」
「それは!?」
「朝食後のお楽しみってことで」
「……単にハンバーガーに集中したいだけでしょ?」
「うん。味わって食べないとな!」
「……それ、四個目だよね。全部同じ味だし……味わうも何もないんじゃ──」
「森も早く食べろよー。遅いと置いていくからな」
「え!? ……分かったよ!」
競うように食べ始めた森に「がんばれー」とエールを送り、澄貴は涼しい顔でコーヒーを飲み干した。
「う……朝から、ハンバーガー食べたから胃が重い」
アリバイを確かめるため、商店街の中を歩いていく。森はハンバーガーショップを出てから、ずっとお腹を擦ったままだ。
この街には、昔ながらの商店街が健在している。八百屋、魚屋、肉屋、ブティック、薬局など、車一台がやっと通れる道の両脇に小さな店が軒を連ねている。近くに大型スーパーはあるものの、長く親しまれる店に訪れる常連客は多く、小さな店を地元の人たちが支えていた。
「ここら辺だったかな……。あった!」
遼の足が止まった。【肉のマルイ】と大きく看板に書かれている。
「肉屋……」
「ここ?」
「あぁ」
店の前で立っている高校生三人に気づき、白い三角巾に白の割烹着を着た恰幅のいい50代と思わしき女性が店内から手招きしていた。誘われるがまま、三人は店の自動ドアの前に立った。
「いらっしゃい。よかったら、うちの新作コロッケ食べてみて」
「……僕は遠慮します。ちょっと胃もたれしてて……」
断った森の横から「いただきます」と遼はコロッケが入った白い紙袋を受け取った。
「あら……あなたは確か」
「俺のこと、覚えてますか?」
「ナポリタン味のコロッケ試食してくれた朝風高校の子よね? 私服だったから、気づくのに時間かかっちゃった。あなたのおかげで、売れ行き順調なの! ありがとう!」
ショーケースの中でナポリタンコロッケは真ん中に陳列され、堂々たる存在感を放っていた。【食べ盛りのお子さんに大人気!】と目立つよう蛍光ピンクの紙に黒字で書かれたポップ広告まで飾られている。
「いえ……。こんな事を頼むのは恐縮ですが、俺のアリバイを証明してくれませんか?」
「なに? アリバイって……もしかして、朝風高校の先生が亡くなった事件の?」
「はい。疑いをかけられてしまって……」
「そうだったの……。いいわ、協力する。あなたには助けられたから。困った時は、助け合わないとね! その代わり、またうちのコロッケ試食しに来て。ついでに買ってくれると助かるなぁ~」
商売上手な女性だ。遼は笑顔で「はい」と返した。
「あそこに監視カメラもあるね。よかったね、塩ノ谷くん」
「本当だ! これで確実にアリバイが立証されるね!」
店の入り口に設置された監視カメラ。今も遼たちを見つめている。これで青宮からの疑いも晴らすことが出来るだろう。
ニュースで響子の事件についての報道はあまりされていない。捜査がどこまで進んでいるのかも分からないが、重要な何かを掴んだときなどは報道しないというのを聞いたことがあった。
警察は確信に迫っているのだろうか……。
「あ、ごめん! 親から電話着たみたい」
森は一旦店の外へと出た。辺りを見渡すと、路地の隙間に身を潜めた。
「もしもし……。今、商店街の【肉のマルイ】に来てて」
「何だって、そんなとこに?」
「アリバイ立証のためです」
「……で、アリバイは立証できたのか?」
「はい。店に防犯カメラもあります」
「そうか……。アイツら、意外とやるなぁ」
電話越しからでも、嬉しそうなのが伝わってきた。独特な訛りで男は続ける。
「田部井澄貴は、どんな人物だ?」
「なかなか尻尾は出しませんが、魅力的な人物だと思いますよ。じっくり話してみては、どうですか?」
「あぁ。アイツも関係者の内の一人だからな。まず、遼くんのアリバイを確かめて、それからだな」
「また何か掴んだら連絡します」
「あぁ。……くれぐれも内通者だと気づかれるなよ?」
「分かってますよ。それじゃ、また──青宮さん」
森は通話終了ボタンを押し、口角を上げた。青宮から内通者の話を持ちかけられた時は驚いたが、自分の能力が生きる時が来たと嬉しくも思った。ここで実績を残せれば、夢に近づく。──【探偵】のアシスタント。それが森の夢だ。
「あ、いた」
「……田部井くん」
今までの会話を聞かれた──?
不安が森を襲う。考えが読めない逆さ三日月の目。ドクドク鳴る心音。冷や汗が森の額に滲む。
「次、行くよ」
「……次?」
「角田書店」
「分かった」
「──ねぇ、森くん」
「な、なに?」
「電話する時は、もっと慎重にね」
逆さ三日月は消え、黒い満月のような瞳が森を捕らえた。完全に彼は気づいている。いや……これまでの彼の言動を考えると、最初から──
「【詮索】するから、【詮索】されるんだよ」
「君は、一体……」
「二人とも何してんだよ! 早く行くぞ。角田書店のオジサン、午後から用事あるから今すぐ来てくれって」呼びに来た遼に会話は強制終了させられた。
「森くん、今日帰るって」
「そうなのか……」
「ね、森くん?」
「……う、うん」
満足そうに目尻を下げ、澄貴は森を見た。【これ以上、関わるな】という無言のメッセージ。納得いかない森ではあったっが、澄貴に逆らえるはずもなく、泣く泣く承諾した。
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