モノクロカメレオン

望月おと

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18、【森が犯した罪】

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──二年前。

 高校入学と同時に森は写真部に入った。この頃から、写真部は校内を盛り上げようと面白かった出来事や楽しかった行事の場面を撮影し、後日できあがった写真と一緒に文章を寄せて、校内新聞というものを発行していた。校舎の掲示板に貼り出し、生徒たちだけでなく、教師たちからも好評だった。

 当初は主に学校行事を扱っていたのだが、生徒同士の熱愛を報じてからスキャンダルにも熱を入れ始め、ついには不祥事の告発にまで過熱していった。

 そんなある日、森の元に匿名で情報が寄せられた。

【エビちゃんこと、美術を担当している陣野先生にまつわる情報です。学生時代、付き合っていた彼に浮気され、相手の女性に怪我を負わせたことがあるそうです。今気になっているのは、数学の藤田ふじた先生。何度か一緒に食事に出掛けているのを何人もの生徒が目撃しています】

 生徒から得た情報を元に写真部は記事を書いている。もちろん、鵜呑うのみにはしていない。だからこそ、冗談混じりで記事を書いている。不祥事など内容が重いものに関しては、それなりに下調べを積んでから記事にしていた。

「部長! こんなメールが届いたんですけど、どうしますか?」
「面白そうだな! 虫も殺せないエビちゃんだけに、記事の注目は集まるだろうな」
「それじゃ──」
「あぁ。採用だ! その記事は、森に任せる」
「はい! 頑張ります!!」

 初めて任された記事。書くからには、みんなが注目するよう面白く書こう。森は浮かれていた。【面白さ】に重点を置きすぎて、肝心なことが頭から抜け落ちてしまっていた。しかし、有頂天になっている森が気づくことはない。

 その結果、陣野 沙織は自らの手で生きることを終わりにした。女性の一生は花に例えられることが多いが、35歳で散り逝くのはあまりに早い。大人の女性として深みが出始め、二十代にはない第二の魅力が花開く頃合いだ。だが、その前に彼女自身が枯死こししてしまった。魅力の蕾を残したまま……。

 森が記事を掲載してから、数日後。森は陣野から美術室に呼び出された。彼女は、おっとりとした口調で森に質問を投げ掛けた。

「あの記事、どうやって書いたの?」
「それって、情報元が知りたいということですか?」
「うん、そう。誰があなたに情報を?」
「匿名だったので、誰かは分かりません」
「──こんなことするのは、《あの人》しかいない」
「え?」
「記事、とてもよく書けてた。でもね──【事実】は、まったく違うものよ」
「どういうことですか!?」
「自分の目と足で確かめなさい。それが【事実】」

 怒ることもせず、ただ陣野はやさしく微笑んでいた。森は言葉の意味を探るため、自らの目と足を使い、情報集めを始めた。この時、手伝ってくれたメンバーが二年経った現在も森を支えている。羽田もその中の一人だ。

 だが、解明に至る前に陣野 沙織は、この世から いなくなってしまった。

 それでも森は【事実】を追った。追うことが自分の償いだと思ったからだ。彼女にも「確かめなさい」と言われた。そして、ついに【事実】を掴んだ。彼女の四十九日を目前にして。

「あなただったんですね、あの情報を僕にくれたのは」
「何の話かな、森くん」

 今まで調べた資料をすべて机の上に並べた。言い逃れはさせない。しかし、陣野が自殺である以上、この人物を法では裁けない。そこで森は週刊誌にリークした。【法が無理なら、社会から追放してやる】と。

「とぼけても無駄ですよ。──藤田先生」

 藤田は執拗に陣野を口説いていた。今回の記事を森が書いたことで生徒たちから二人を後押しする声が上がり、藤田の行動はエスカレートしていった。清掃員の方が目撃し、未遂で済んだが、強姦まがいなことまで彼はしていた。陣野は精神的に追い詰められ、逃げ場を失ったのだった。

「……残念だが、陣野先生はもういない。それに私は彼女に好意を抱いていただけだ。殺人を犯したわけではない。ただ彼女の気を引きたくて──」
「なにも人を殺すことが殺人ではないですよ。人の心を壊した奴も同罪だ。あなたも──もちろん、僕もね」

 藤田は週刊誌が出たことにより、学校を退職。教員免許も剥奪された。今は田舎の実家へと戻り、幼馴染みと結婚し、農家を継いだ。

 森が犯した罪は、【面白さ】を追求するあまり、【事実】に目を向けようとしなかったことだ。物事にはかならず、裏と表が存在する。自分の目で、足で、知ることの大切さを陣野 沙織から森は教わったのだった。

 この件がきっかけで、写真部から抜けた生徒数人が新聞部を設立した。この時、中心となったのが新居だった。
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