モノクロカメレオン

望月おと

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15、【《奇妙》の幕開け】

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 朝会後、遼と澄貴は鞄を背負い、職員室に向かっていた。

「呼び出しされちゃったね」
「ったく。誰のせいで……」
「俺が言わなくても、呼び出されてたと思うよ。先生たちの耳にも噂は届いてるだろうし」
「それはそうだけど……」
「俺が呼ばれたのも、響子と俺の関係がバレたんだろうね」

 澄貴の落ち着きぶりから、こうなることを彼は予測していたのだろう。もしかしたら、教室での発言にも意味があるのでは?と遼は思えてならなかった。

「けど、あの写真には驚いたなぁ」
「写真部の奴らは隠し撮りの天才だからな……。何人もアイツらの餌食になったよ」
「……ふーん。凄いんだね、写真部って」

 写真部の彼らに感心しながら歩いていると、先に戻った岸田が職員室から現れ、二人を校長室へと案内した。出迎えた校長はゆったりとした口調で「ここに座りなさい」と高級な光沢を放つ革製の黒いソファーに座るよう二人に告げた。見た目といい、座り心地といい、高級品なのは間違いない!と遼は座りながら感じていた。

 校長室は職員室とは また違った緊張感があり、心の準備をする間もなく連れて来られ、お腹をねじったような痛みが襲う。雑巾をぎゅっと絞ったように、遼のお腹は見えない誰かに絞られている。壁に飾られた歴代の校長たちが遼と澄貴を見下ろす中、現在の校長と岸田が遼たちの向かい側にある同様のソファーに腰を下ろした。

「君たちは、何故呼ばれたのか分かっているね?」

 ゆったりと話す校長だが、眼光は鋭い。7対3の割合でキッチリと分けられた白髪混じりの黒髪が彼の性格を物語っている。

 「はい」と答えた遼と澄貴を見つめ、校長は静かに頷いた。

「……ならば、そこは私の口から改めて話す必要は無いな。実は、他にも君たちを呼んだのには理由があるんだ」
「……警察、ですか?」
「おや、田部井くんは察しがいいね。その通りだよ。事情聴取を受けたと思うが、また話を君たちから聞きたいそうだ。ただでさえ、校内を警察の方々がうろついているのに、教室の方にまで出向かれたら……分かるね? そこで君たちを暫く自宅謹慎とする。ただし、今回は特別に休み扱いにはしないものとします」
「分かりました」
「話は以上です。今日は、このまま帰宅なさい」

 礼をし、校長室を出ようとする遼に澄貴は「先に行ってて」と告げた。遼は先に校長室を出て、昇降口へと向かった。

「塩ノ谷くん!」
「……羽田はねだ?」

 仮教室がある方角から羽田が写真を手に走ってきた。彼も遼と同じクラスで写真部の一人だ。運動が苦手な彼は息が上がり、「ゼー……ゼー……」と苦しそうに息をしている。

「どうしたんだ?」
「こ、これ……」

 渡された写真には、談笑している響子と遼が写っていた。何を話しているのか分からないが、二人とも幸せな顔で笑い合っている。

「今まで、いろんな人のスクープ写真を撮ってきたけど、君たちは【本物】だと思った。だから、森部長は公にしなかったんだ。それに、お似合いの二人だし。ベストカップルの写真コンクールがあったら、真っ先にこの写真を応募してる」
「……ありがとう。ん? ちょっと待て。俺と先生の関係を流したのは、写真部じゃないのか?」
「うん。僕たちじゃないよ。君たちのことは森部長からキツく口止めされてたから」

 羽田の顔色が変わった。何かを思い出したのか、はたまた何かに気づいたのか?

「……いや、まさか……」
「どうした?」
「もしかしたらだけど……君と先生のことを流したのは、新居くんかもしれない」
「え!? 新居が?」
「うん。新居くん、新聞部だから写真部と情報を共有してたんだ」
「……そういうことか」

 面白い話を新居から聞いたと森は言っていた。おそらく、このことかもしれない。

「あれ? 君は写真部の──」
「……あ、田部井くん」

 澄貴と羽田の間に微妙な空気が生まれ、「田部井、話は済んだのか?」澄貴に声をかけ、遼はその空気を断ち切った。

「うん。あ、そうそう! 写真部の人に これ以上付きまとわれると迷惑だから、言っておくね」

 澄貴は羽田に近づき、見下ろすと不気味な笑顔を落とした。

「今日限りで退学することにした。あの写真が原因なわけじゃないからね。それと……」

 ゆっくりと羽田の耳元に顔を近づけ、「この件から手を引きな。君たちは危険な橋を渡りすぎてる」脅し文句とも取れる忠告をした。

「田部井くん、君は……」
「部長の森くん……だっけ? 彼にも、しっかり伝えてね」
「……分かった」
「それじゃ、行こうか。塩ノ谷くん」
「……あぁ」

 一体、田部井は──?

 遼と羽田の中で、澄貴への疑問は深まるばかりだった。

 学校を出て家を目指し、平日の街を歩いていく。授業中であろう午前10時に制服を着て歩いている男子高校生二人組。それだけで、すれ違う人たちは首を傾げていく。

「どんな風に思われてるんだろうな……」

 人の目が気になり、不安そうな顔をする遼に澄貴は「気にしても仕方ない」と平然と歩いていた。

「人の事情は、その人にしか分からない。……響子を殺した犯人だって同じだよ」

 それはそうかもしれないが……。気にしてしまう性格の遼は、やはり気になってしまう。響子を殺害した犯人にしたってそうだ。どうして、何故? 何がそうさせたのか気になって仕方ない。

「それより、塩ノ谷くんの家ってまだ先?」
「え……まだ先だけど……」
「そう」
「てか、何で俺の家なんだよ! 自分の家に帰ってたんじゃないのか?」
「それがさ……響子と一緒に住んでたから家に帰れないんだよねー」
「え!? 事件後は、どこで過ごしてたんだ?」
「ネットカフェ。歳を誤魔化して居たんだけど、バレちゃって……。だから暫くの間、君の家に居ようと思ってさ」
「は!? 無理だって!! 母さんに聞かなきゃ分かんないし……。あいにく、母さんは仕事に……」

 言い合っている内、遼の家の前に着いてしまった。駐車場には自家用車が停まっている。……母が帰ってきている証だ。気前のいい彼女のことだ。遼の友人と澄貴が言えば、直ぐに了承するだろう。

 玄関が開き、母が現れた。遼にとって最悪のタイミングである。

「こんにちは! 遼くんの友人の田部井 澄貴と申します」
「あら! こんにちは! どうぞ、中へ! おかえり、遼」
「……ただいま……」

 澄貴は項垂れている遼に目もくれず、母に事情を説明し始めた。

「若いのに大変ね……。それなら、家で過ごしたら? 幸い、部屋も一部屋空いているし」
「本当ですか!? 助かります、ありがとうございます! 何か手伝うことなどありましたら、何なりと!」
「……おいおい、マジかよ……」
「よかったわね、遼! これから、よろしくね。澄貴くん」
「はい! お母さん」
「ふふ。大きな息子が一人増えちゃった」
「……そんな能天気な」

 ため息を落とす遼の肩に手を乗せ、「よろしくね、塩ノ谷くん」澄貴の完璧な笑顔が近い。これから、どうなるのだろう……。

 奇妙な同居生活が幕を開けた。

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