16 / 44
15、【《奇妙》の幕開け】
しおりを挟む朝会後、遼と澄貴は鞄を背負い、職員室に向かっていた。
「呼び出しされちゃったね」
「ったく。誰のせいで……」
「俺が言わなくても、呼び出されてたと思うよ。先生たちの耳にも噂は届いてるだろうし」
「それはそうだけど……」
「俺が呼ばれたのも、響子と俺の関係がバレたんだろうね」
澄貴の落ち着きぶりから、こうなることを彼は予測していたのだろう。もしかしたら、教室での発言にも意味があるのでは?と遼は思えてならなかった。
「けど、あの写真には驚いたなぁ」
「写真部の奴らは隠し撮りの天才だからな……。何人もアイツらの餌食になったよ」
「……ふーん。凄いんだね、写真部って」
写真部の彼らに感心しながら歩いていると、先に戻った岸田が職員室から現れ、二人を校長室へと案内した。出迎えた校長はゆったりとした口調で「ここに座りなさい」と高級な光沢を放つ革製の黒いソファーに座るよう二人に告げた。見た目といい、座り心地といい、高級品なのは間違いない!と遼は座りながら感じていた。
校長室は職員室とは また違った緊張感があり、心の準備をする間もなく連れて来られ、お腹を捩ったような痛みが襲う。雑巾をぎゅっと絞ったように、遼のお腹は見えない誰かに絞られている。壁に飾られた歴代の校長たちが遼と澄貴を見下ろす中、現在の校長と岸田が遼たちの向かい側にある同様のソファーに腰を下ろした。
「君たちは、何故呼ばれたのか分かっているね?」
ゆったりと話す校長だが、眼光は鋭い。7対3の割合でキッチリと分けられた白髪混じりの黒髪が彼の性格を物語っている。
「はい」と答えた遼と澄貴を見つめ、校長は静かに頷いた。
「……ならば、そこは私の口から改めて話す必要は無いな。実は、他にも君たちを呼んだのには理由があるんだ」
「……警察、ですか?」
「おや、田部井くんは察しがいいね。その通りだよ。事情聴取を受けたと思うが、また話を君たちから聞きたいそうだ。ただでさえ、校内を警察の方々がうろついているのに、教室の方にまで出向かれたら……分かるね? そこで君たちを暫く自宅謹慎とする。ただし、今回は特別に休み扱いにはしないものとします」
「分かりました」
「話は以上です。今日は、このまま帰宅なさい」
礼をし、校長室を出ようとする遼に澄貴は「先に行ってて」と告げた。遼は先に校長室を出て、昇降口へと向かった。
「塩ノ谷くん!」
「……羽田?」
仮教室がある方角から羽田が写真を手に走ってきた。彼も遼と同じクラスで写真部の一人だ。運動が苦手な彼は息が上がり、「ゼー……ゼー……」と苦しそうに息をしている。
「どうしたんだ?」
「こ、これ……」
渡された写真には、談笑している響子と遼が写っていた。何を話しているのか分からないが、二人とも幸せな顔で笑い合っている。
「今まで、いろんな人のスクープ写真を撮ってきたけど、君たちは【本物】だと思った。だから、森部長は公にしなかったんだ。それに、お似合いの二人だし。ベストカップルの写真コンクールがあったら、真っ先にこの写真を応募してる」
「……ありがとう。ん? ちょっと待て。俺と先生の関係を流したのは、写真部じゃないのか?」
「うん。僕たちじゃないよ。君たちのことは森部長からキツく口止めされてたから」
羽田の顔色が変わった。何かを思い出したのか、はたまた何かに気づいたのか?
「……いや、まさか……」
「どうした?」
「もしかしたらだけど……君と先生のことを流したのは、新居くんかもしれない」
「え!? 新居が?」
「うん。新居くん、新聞部だから写真部と情報を共有してたんだ」
「……そういうことか」
面白い話を新居から聞いたと森は言っていた。おそらく、このことかもしれない。
「あれ? 君は写真部の──」
「……あ、田部井くん」
澄貴と羽田の間に微妙な空気が生まれ、「田部井、話は済んだのか?」澄貴に声をかけ、遼はその空気を断ち切った。
「うん。あ、そうそう! 写真部の人に これ以上付きまとわれると迷惑だから、言っておくね」
澄貴は羽田に近づき、見下ろすと不気味な笑顔を落とした。
「今日限りで退学することにした。あの写真が原因なわけじゃないからね。それと……」
ゆっくりと羽田の耳元に顔を近づけ、「この件から手を引きな。君たちは危険な橋を渡りすぎてる」脅し文句とも取れる忠告をした。
「田部井くん、君は……」
「部長の森くん……だっけ? 彼にも、しっかり伝えてね」
「……分かった」
「それじゃ、行こうか。塩ノ谷くん」
「……あぁ」
一体、田部井は──?
遼と羽田の中で、澄貴への疑問は深まるばかりだった。
学校を出て家を目指し、平日の街を歩いていく。授業中であろう午前10時に制服を着て歩いている男子高校生二人組。それだけで、すれ違う人たちは首を傾げていく。
「どんな風に思われてるんだろうな……」
人の目が気になり、不安そうな顔をする遼に澄貴は「気にしても仕方ない」と平然と歩いていた。
「人の事情は、その人にしか分からない。……響子を殺した犯人だって同じだよ」
それはそうかもしれないが……。気にしてしまう性格の遼は、やはり気になってしまう。響子を殺害した犯人にしたってそうだ。どうして、何故? 何がそうさせたのか気になって仕方ない。
「それより、塩ノ谷くんの家ってまだ先?」
「え……まだ先だけど……」
「そう」
「てか、何で俺の家なんだよ! 自分の家に帰ってたんじゃないのか?」
「それがさ……響子と一緒に住んでたから家に帰れないんだよねー」
「え!? 事件後は、どこで過ごしてたんだ?」
「ネットカフェ。歳を誤魔化して居たんだけど、バレちゃって……。だから暫くの間、君の家に居ようと思ってさ」
「は!? 無理だって!! 母さんに聞かなきゃ分かんないし……。あいにく、母さんは仕事に……」
言い合っている内、遼の家の前に着いてしまった。駐車場には自家用車が停まっている。……母が帰ってきている証だ。気前のいい彼女のことだ。遼の友人と澄貴が言えば、直ぐに了承するだろう。
玄関が開き、母が現れた。遼にとって最悪のタイミングである。
「こんにちは! 遼くんの友人の田部井 澄貴と申します」
「あら! こんにちは! どうぞ、中へ! おかえり、遼」
「……ただいま……」
澄貴は項垂れている遼に目もくれず、母に事情を説明し始めた。
「若いのに大変ね……。それなら、家で過ごしたら? 幸い、部屋も一部屋空いているし」
「本当ですか!? 助かります、ありがとうございます! 何か手伝うことなどありましたら、何なりと!」
「……おいおい、マジかよ……」
「よかったわね、遼! これから、よろしくね。澄貴くん」
「はい! お母さん」
「ふふ。大きな息子が一人増えちゃった」
「……そんな能天気な」
ため息を落とす遼の肩に手を乗せ、「よろしくね、塩ノ谷くん」澄貴の完璧な笑顔が近い。これから、どうなるのだろう……。
奇妙な同居生活が幕を開けた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
【完結】花水木
かの翔吾
ミステリー
第6回ホラー・ミステリー小説大賞エントリー。
ゲイ作家が描く、ゲイ×短編ミステリー。
母親が行方不明となった6歳から18歳までを児童養護施設で暮らした小泉陽太。昼は自動車の修理工場で働き、週末の夜は新宿の売り専で体を売っていた。高校を卒業し、21歳となった今まで、3年間、陽太の日常は修理工場と売り専にしかなかった。そんなある日、花水木の木の下から白骨死体が発見されたニュースを目にする。だがその花水木は幼い頃から目を閉じると描かれる光景と同じだった。満開の花水木の下、若い男に手を引かれる少年。何度と描いてきた光景に登場する少年は自分自身だと言う認識も持っていた。関わりの大きい花水木。発見された白骨死体が行方不明となった母・茜ではないかと、疑いを持つ。
白骨死体は母・茜なのか? もし茜なら誰が花水木の木の下に埋めたのか? それに幼い少年の手を引く若い男は誰なのか?
——ラスト3行で真実が逆転する。
激しい性描写はありませんが、一般倫理に反し、不快に思われるだろう性描写があります。また同性愛を描いていますが、BL ではありません。日本ではまだジャンルが確立されていませんが、作者の意図はゲイミステリーです。
【完結】ツインクロス
龍野ゆうき
青春
冬樹と夏樹はそっくりな双子の兄妹。入れ替わって遊ぶのも日常茶飯事。だが、ある日…入れ替わったまま両親と兄が事故に遭い行方不明に。夏樹は兄に代わり男として生きていくことになってしまう。家族を失い傷付き、己を責める日々の中、心を閉ざしていた『少年』の周囲が高校入学を機に動き出す。幼馴染みとの再会に友情と恋愛の狭間で揺れ動く心。そして陰ではある陰謀が渦を巻いていて?友情、恋愛、サスペンスありのお話。
私のエース(不完全な完全犯罪・瑞穂と叔父の事件簿)
四色美美
ミステリー
法律が変わるので今年しか書けない作品です。
その前に出来れば出版したいのですが……
不完全な完全犯罪(瑞穂と叔父の事件簿)シリーズです。
瑞穂は高校一年生ですが、元警視庁の刑事だった叔父の探偵事務所に出入りしている内に猫などを捜す手伝いをするようになりました。
法律が変わるので今年しか書けない物語です。
先生、それ、事件じゃありません
菱沼あゆ
ミステリー
女子高生の夏巳(なつみ)が道で出会ったイケメン探偵、蒲生桂(がもう かつら)。
探偵として実績を上げないとクビになるという桂は、なんでもかんでも事件にしようとするが……。
長閑な萩の町で、桂と夏巳が日常の謎(?)を解決する。
ご当地ミステリー。
冤罪! 全身拘束刑に処せられた女
ジャン・幸田
ミステリー
刑務所が廃止された時代。懲役刑は変化していた! 刑の執行は強制的にロボットにされる事であった! 犯罪者は人類に奉仕する機械労働者階級にされることになっていた!
そんなある時、山村愛莉はライバルにはめられ、ガイノイドと呼ばれるロボットにされる全身拘束刑に処せられてしまった! いわば奴隷階級に落とされたのだ! 彼女の罪状は「国家機密漏洩罪」! しかも、首謀者にされた。
機械の身体に融合された彼女は、自称「とある政治家の手下」のチャラ男にしかみえない長崎淳司の手引きによって自分を陥れた者たちの魂胆を探るべく、ガイノイド「エリー」として潜入したのだが、果たして真実に辿りつけるのか? 再会した後輩の真由美とともに危険な冒険が始まる!
サイエンスホラーミステリー! 身体を改造された少女は事件を解決し冤罪を晴らして元の生活に戻れるのだろうか?
*追加加筆していく予定です。そのため時期によって内容は違っているかもしれません、よろしくお願いしますね!
*他の投稿小説サイトでも公開しておりますが、基本的に内容は同じです。
*現実世界を連想するような国名などが出ますがフィクションです。パラレルワールドの出来事という設定です。
忘却の魔法
平塚冴子
ミステリー
フリーライターの梶は、ある年老いた脳科学者の死について調べていた。
その学者は脳内が爆弾でも仕掛けられたかのように、あちこちの血管が切れて多量の脳内出血で亡くなっていた。
彼の研究には謎が多かった。
そして…国が内密に研究している、『忘却魔法』と呼ばれる秘密に触れる事になる。
鍵となる人物『18番』を探して辿り着いたのは…。
【完結】汚れた雨
かの翔吾
ミステリー
第6回ホラー・ミステリー小説大賞エントリー。
ゲイ×叙述ミステリー。小学六年生の夏にある秘密を共有したハル、ナッチ、ヨッシー、タカちゃんの四人の少年。新宿東署の刑事となった古賀晴人、ゲイを騙しクレジット詐欺を働く三春夏樹、新宿二丁目でゲイバーを営む高原由之、新宿東小学校の教師となった三芳貴久。四人が再会したのは偶然なのか必然なのか。現在の殺人事件に四人が共有した過去の秘密が絡む。ゲイ作家が描く叙述ミステリー。
#ゲイ#ミステリー#サスペンス#刑事モノ#新宿二丁目#ゲイバー
露骨な性描写はありませんが、不快と捉えられる表現があります(児童ポルノ等)。またBL×ミステリーではなくゲイ×ミステリーのため、BLのようなファンタジー表現はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる