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14、【向けられる疑いの目】
しおりを挟む10月12日(月)
学校が再開されたのは、響子の事件から五日経ってのことだった。校内は、この話題で持ちきりだ。中でも、担任を失った三年二組の生徒たちの傷は深く、クラスの半数が欠席。登校した生徒たちも混乱と不安とで情緒が入り乱れていた。
「誰が先生を殺したんだよ……」
「やさしくて、いい先生だったのに!」
「……まさか……。殺人犯、この中にいるんじゃ……」
「ふざけんなよ、殺人犯! 教室に入れなくしやがって!」
「そうだよ! 何で、教室なんかで……」
登校して早々、彼らが目にしたのは昇降口に貼られた校長から宛てられた文面だった。
【今日から卒業するまでの間、三年生の皆さんは一階にある第一会議室・第二会議室・空き教室を教室代わりに使用してください。各自のロッカーは、すでに各教室に移してあります】
なぜ教室が使えないのか詳しいことは書かれていなかったが、事件後ということから誰しも察しがつく。響子は三年二組の担任──殺害現場は、《三年二組の教室》ではないかと。
体育館で行われた全校集会後、仮教室である第二会議室へ遼たち三年二組の生徒は移動した。授業の準備をしようとロッカーを開けると、運ばれていたロッカーの並びがバラバラで、自身のロッカーが見当たらない。「どこ行った!?」みんな更なるパニック状態だ。
慣れない場所、ロッカー騒動……。授業開始前から、生徒たちの顔に疲れが出ている。
「俺たち、これからどうなるんだ……」
「そんなの自分たちでどうにかするしかないでしょ?」
「犯人捕まるかな……」
「捕まるって! 日本の警察は優秀だもん」
室内からは様々な声が飛び交っている。
「優秀……ねぇ」遼の近くで皮肉をいう人物がいた。謎多き少年、田部井 澄貴である。
「田部井……」
「おはよ、塩ノ谷くん」
不気味な逆さ三日月は、今日も完璧な笑顔を遼に向けた。
「日本の警察は優秀だってさ。……君も、そう思う?」
「……そうなんじゃないかな? 実際、凶悪事件の検挙率は90%超えてるし」
「……【数字】だけ見れば、そうかもね」
「何が言いたいんだよ」
「……別に~」と言いながら、澄貴は遼の元から離れていった。澄貴の考えていることがさっぱり分からない。そう思いながら、首を傾げた遼に一人の女子生徒が近づいてきた。甘いバニラの香りが鼻に届く。制服のスカートを巻き折り、指定の長さより遥かに短いミニスカート。ベージュ色のカーディガンに胸辺りまであるミルクティー色の巻き髪。遼がマークを付けた人物の一人、貝塚由衣である。
「……アンタなんじゃないの?」
「何が?」
「とぼけるつもり? ……あの人を殺したの、アンタでしょ?」
彼女の発言に他の生徒たちからの視線が遼に集まる。遼も気になっていたことを彼女にぶつけた。
「貝塚さんこそ、先生のこと『殺したい』って言ってたよね?」
「そ、それは……売り言葉に買い言葉ってやつ! アタシが本当にあの人殺すわけないでしょ! それより、どうなの? アンタが殺したの?」
「俺じゃない」
由衣は遼にだけ聞こえるように囁いた。
「アタシ、聞いちゃったんだよね。……アンタがあの人の元カレだって」
「誰から聞いた?」
遼も彼女に合わせ、小声で返す。しかし、由衣は簡単に口を割るタイプではない。トレードマークの八重歯を覗かせ、二ッといたずらに彼女は微笑んだ。
「……風の噂ってやつ」
案の定、由衣は話しそうも無い。けれど、遼には考えがあった。
「貝塚さんが言いたくないなら、それでいいけど……。噂を流したやつが犯人っていうことだって有り得るって、警察の人言ってたよ」
全部遼の口から出たデマカセ。由衣がどう出るか、試してみたのだ。遼の言葉を受け、由衣は血相を変えた。
「は!? そんなの有り得ないし!! だって、アタシは一組の紗奈から聞いたんだから」
「紗奈……。あー、柴崎さんか」
一組の柴崎 紗奈と由衣は幼馴染みで、小中高と同じ学校に通っている。その柴崎 紗奈から、由衣は噂を聞いたようだ。
「あ……言っちゃった。秘密って言われたのに……」
「柴崎さんは、誰から聞いたの?」
「それは分かんない。あの子も、口止めされてたみたいだったし……」
「そっか……。この話は、これで終わりにしよう。柴崎さんには聞かないから安心して」
「……ありがと。……でも、アンタの疑いが晴れたわけじゃないからねっ!!」
「別にいいけど……先生と付き合ってたのは事実だし」
遼は皆に聞こえるように最後の部分を強調して言った。隣のクラスの生徒さえも知っていたのだから、隠していたところで、噂はもう皆に届いている。ならば、潔く事実を伝えようと遼は思ったのである。
「遼、お前何考えてるんだよ!? 今、言うべきことじゃないだろ! みんなをまとめる側の奴がみんなを混乱させてどうすんだよ!」
騒ぐ生徒たちを掻き分け、剛は遼の目前まで行くと胸ぐらを掴んだ。今にも殴りかかりそうな勢いだ。数人の生徒が剛を取り押さえている。正義感が強く、所属していた野球部の主将を任されるなど頼れる存在の剛だが、普段は温厚で怒ったところなど誰も見たことがなく、そんな彼の豹変ぶりに室内の空気は張り詰めていた。
シン……と静まる室内。
「俺も、そう思います!」突然の声に、一斉に肩が跳ね上がった。直ぐ様、全員の視線が声に向けられる。遼は声に聞き覚えがあった。今しがた、会話した相手だ。
「……田部井 澄貴……」
剛も澄貴をフルネームで呼んでいた。遼の時は気にした澄貴だったが、二回目だからか今回は気にせず、話を進めた。
「委員長さんの言う通り。塩ノ谷くんが居ると、みんな勉強どころじゃないと思う。受験だって近いのに……。たたでさえ、事件で心に大きなダメージを受けてるんだから」
相変わらず、澄貴の表情は糸目により読むことが出来ない。更に、彼は何かを思い付いたらしい。細い目がいつも以上に細くなっている。
「そうだ。先生に言って、塩ノ谷くんを暫く自宅謹慎にしてもらってはどうでしょう?」
提案に遼が文句をつけるよりも早く生徒たちから賛同の声が上がってしまい、泣く泣く遼は黙るしかなくなってしまった。
「分かった。先生に伝えてくる。……残念だよ、遼」剛は悲しげに呟くと、仮教室を出て職員室へと向かった。
場に気まずい空気が流れている。皆、遼を避けるように距離を取り、遼は室内の端にぽつんと取り残されてしまった。事を大きくした張本人である澄貴に遼が視線を送ると、あろうことかウィンクが返ってきた。ますます彼の考えが読めない。モヤモヤする気持ちをグッと遼は握りしめた。
「うわっ!?」
「何じゃこりゃ!!」
「気色悪っ……」
入口付近で集まっている写真部の生徒四人が何やら騒いでいる。だが、そこに部長である森の姿はなかった。休んだ半数の生徒の中に彼もいたようだ。現像した写真を部員たちで確認していたら、衝撃的なものが写っていたらしい。
写真が入ったアルバムを片手に写真部の一人が澄貴の元へ向かった。暗い雰囲気を身に纏い、眼鏡をかけた長身の男子生徒で福井という。
「君に見てほしいんだ」
ねっとりとした蛇顔で福井は微笑んだ。澄貴は動じもせず、「どれ?」と福井が開いたページを覗き込んだ。その直後、澄貴の表情が少し曇った。
「これ、君だよね? 田部井くん」
「……いつ撮った?」
「いつだったかなー、忘れちゃった。……それより、この写真。よく撮れてるだろ?」
二人のやり取りを見ていた生徒たちが「何、何?」と集まりだし、あっという間に写真は皆の目に触れてしまった。
「うわっ……。まじかよ……。田部井にこんな趣味があったなんてな……」
「え!? これ、田部井くんなの!? 可愛くない!?」
「【女装男子】、増えてるって聞いてたけど……なんか抵抗あるわ」
冷ややかな目と好奇心のある目が澄貴に向けられ、澄貴は大きなため息を吐き出した。
茅の外から一連の流れを見ていた遼は警察署での不可解な出来事を思い出していた。署内で澄貴と話していた青宮は女性と話しているのかと思ったほど、デレデレしていた。しかし、遼の前に現れたのは普段通りの不気味な笑みを浮かべた一人の少年、澄貴だった。
『俺を【女】だと思って話していたからだよ』
澄貴が発した言葉の意味が遼はようやく分かった。けれども、あの短時間で女子から男子に変われるものだろうか……。逆の場合も、また難しいのではないか……。早着替えの達人……? 考えを巡らせていると、前から澄貴が歩いてきた。
「俺も嫌われちゃった。嫌われ者同士、仲良くしよう?」
「……俺の場合、半分はお前のせいでもあるけどな」
「まぁまぁ、そう怖い顔しないで」
遼が ため息を吐き出す姿を澄貴はクスクスと笑いながら見ていた。二度目のため息を遼が吐き出したタイミングで、担任の代わりを務めることになった学年主任の岸田が剛と共に教室にやって来た。岸田は四十五歳になる男性教師だ。見た目は妖怪アニメに出てくるネズミの風貌をした男に似ているが、彼と違う点は岸田は銀縁眼鏡を掛けている。
「全校集会で聞いたと思うが、今日から俺が君たちの担任を務める。卒業まで、よろしく頼む。……朝会が終わったら、塩ノ谷と田部井は職員室に来なさい。では、朝会を始める!」
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