モノクロカメレオン

望月おと

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10、【鬱憤を晴らす誘い】

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 翌日。雨は止んだものの、未だ上空には重い雲が停滞している。秋から冬へと変わる時期には珍しく、気温が高い。肌にまとわりつく湿度がオブラートで包まれた飴菓子を連想させる。この異常気象も温暖化の影響だと今朝のニュース番組で取りざたされていた。

 剛との約束は午後。それまで受験勉強に精を出そうと、遼が気合いを入れて自身の部屋の机に向かったとき、携帯が慌ただしく震え出した。

 「なんだよ、こんな時に……」おまけに着信の番号は登録されていない。間が悪い上に、見ず知らずの相手。普段なら絶対出ることはなかったが、響子の事件後ということもあり、もしかしたらクラスの誰かかも知れない。そう思い、遼は通話ボタンを押した。

「あ、やっと出た。もしもし、俺だけど」

 相手の声を聞き、出なければよかったと遼は後悔したが、出てしまっては話さないわけにはいかない。

「……田部井か。俺の番号、よく分かったな」
「うん。響子の携帯に登録されてたから」
「……そう。で、用件は?」
「今、時間空いてる?」

 どうして田部井という人物は質問に質問で返すのだろう。平行線な会話に「はぁ……」と遼の口からため息が出ていく。

「午後から先約があるから、それまでなら少し時間ある」
「君にとっても悪い話じゃないから。じゃ、今から警察署に来てくれない?」

 遼は自分の耳を疑った。【悪い話じゃない】田部井は確かにそう言った。そう言ったのに、なぜ集合場所が警察署なのだろうか。誰だって、警察署は足を踏み入れたくない場所だ。おまけに、響子の事件に関与していると遼は警察に疑いをかけられている。そんな状況下で行きたいと思うはずがない。遼にとって、警察署に出向くこと自体、【悪い話】である。

「会いたくないの? 響子に」
「え?」
「会わせてあげる。今なら、まだ解剖に入る前だから」
「だけど──」
「今会わなかったら、後悔するんじゃない? 解剖前に会う時間は今しかないよ。迷うことないでしょ? 答えは、既に出てるんだから」

 田部井の言葉を受け、遼は「分かった」と返答し、通話を終えた。部外者の自分が、それも疑われている自分が霊安室に入ることを許されるのだろうか。その心配はあったが、田部井の自信満々な口調に委ねることにした。

 何より遼は響子に会いたい一心だった。どんな姿になろうとも、愛する人に変わりはない。事件後、何度も何度も響子の姿が夢に出てくる。その度、目が覚めてから押し寄せる喪失感に涙が止まらない。もう二度と愛する人が見せる様々な表情や仕草を見ることは叶わない。話すことも触れることも、何もできない。その事実が起きたばかりの体にずっしりと重くのし掛かる。

 会いたい……。どんな姿の彼女でもいいから、会えるうちに会っておきたい。彼女の姿を見れるタイムリミットは、刻一刻と過ぎていくのだから。その時間が残り僅かだということも遼は理解している。

 田部井との約束を済ませたあと、その足で剛との待ち合わせ場所へ行ける準備をし、遼は家を出た。
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