モノクロカメレオン

望月おと

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1、【よく当たる妹の勘】

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 翌日、天気予報は珍しく外れた。

 昨夜の予報では、「降水確率0%、雲一つない快晴となるでしょう」と天気予報士のお兄さんが清々しい笑顔で伝えていたが、現在の空模様は予報とは真逆である。どんよりとした暗い雲が広がり、空から落ちてくる大粒の滴が建物や地面と触れ合い、大合唱を奏でている。

「天気予報が外れるって珍しくない? なんか朝から嫌な予感……」
「おい、軽々しくそういうこと口にするなよ。お前の勘、よく当たるんだから」

 窓の外とは対照的な明るい声が、塩ノ谷家のリビングで行き交っていた。

 二歳離れた妹の美緒みおと遼は食卓に向かい合って座り、母が用意した朝食を頬張っていた。今朝のメニューは、焼き鮭を中心とした和食だ。冷えてきた今時期の朝に温かい味噌汁は身も心も温めてくれる。遼が味噌汁を飲み、ホッと和んでいると、美緒が箸をテーブルに置き、遼に言った。

「いつも当たる訳じゃないでしょ。 本当、お兄ちゃんってビビリだよね」
「忘れすぎなんだよ、お前は……。小さい頃から、勘だけは天才的なくせに……」

 本人はそうでもないと思っているが、美緒の直感は恐ろしいほど、よく当たる。

 二人が小学校低学年だった時、母に頼まれ、スーパーマーケットで福引きをしたことがあった。たくさんの人が福引きに並び、挑戦していくが、まだ一等は出ていない。

「お兄ちゃん! 一等の温泉旅行、当たる気がする!!」

 嬉しそうに目を輝かせながら、美緒は遼に小声で告げたが、すぐに視線を足元に落とした。

「でもね……ここだと当たらなそうなんだ……」
「どこで回したら当たりそう? ここより、前? それとも、後ろ?」
「一つ後ろ」

 普通ならば、どこの順番で回しても結果は変わらないと思うが、遼は美緒の直感を信じた。彼女の直感的中率は凄まじい。当たり付きお菓子を「これ、当たる気がする」と買ったものは全て当たるからだ。

 自分達の後ろに並んでいた見ず知らずの主婦の方に「順番を交換してくれませんか?」と頭を下げ、代わってもらい、ついに彼らは福引きの前に立った。

「お兄ちゃんが回して」
「え!? 俺!? やだよ! 美緒が回せよ!」
「お兄ちゃんじゃないとダメなの!!」

 責任重大だ。逃げ出したい気持ちに負けそうになりながらも、遼は妹の言葉を信じ、ゆっくりとレバーを回した。

──ガラ……ガラ……、ガラ……ガラ……

 運命の瞬間は、出口へと近づいていく。兄妹は目を凝らし、玉の行く末を見守っていた。そして……

── カラン、カランッ!!

「おめどうございます!! 一等の温泉旅行、大当たりー!!」

 見事、温泉旅行を引き当てた。単なる偶然かもしれないが、ここまで来ると特別な才能の持ち主としか遼には思えなかった。高校生になった今でも、美緒の直感的中率は衰えていない。

「このまま学校休みにならないかなぁ……」
「バカなこと言ってないで、早く食べろよ」
「もういらない。御馳走様でした。今、ダイエット中なんだよねー」

 年頃の乙女は何かと体型を気にする。平均的であっても、太っていると感じ、美緒のように食事の量を減らす子も多い。それが遼には理解出来なかった。

「は? それしか食べないのか? クラスの女子もだけど、朝しっかり食べないから昼前に腹減って、菓子食べて逆に太るんだよ。朝こそ、しっかり食べてから行け!!」
「うるさいなぁ。先生みたいな言い方しないでよね!!」
「……え? 先生みたいだった?」

 教師を目指している遼にとって、これほどの誉め言葉はない。顔が自然とニヤけてしまう。

「うわっ……気色悪っ。お兄ちゃんみたいな先生、絶対ヤダ。つか、無理!!」
「なんでだよ!」

 兄妹喧嘩が始まり、騒がしくなったリビング。天気予報を観るために点けたテレビの存在など、すっかり彼らは忘れていた。

「速報です。今入ってきたニュースをお伝えします」

 言い争いに割り込んできたニュース番組の女子アナウンサーの声にピタッと喧嘩を止め、彼らは同時に画面を見つめた。

「お兄ちゃん、ごめん……。勘、当たっちゃった……」

 テロップと共に映し出されたのは、遼が三年間通い続けてきた朝風高校の校舎だった。

 女子アナウンサーは、さらさらとニュースを読み上げていく。

「私立朝風高等学校の敷地内で、女性の遺体が発見されました。首に絞められた痕があり、警察は殺人事件として捜査を始めました。この女性の身元は、同高に勤務している小石川響子さんと」

 それ以上観ることが出来ず、遼はリビングを飛び出し、二階の自室に駆け込んだ。

 今回ばかりは、美緒の直感を信じたくなかった。全てが夢であってほしいと、力一杯両頬をつねるも、逆に押し寄せてきた痛みに現実を思い知らされ、遼はその場に崩れ落ちた。

 昨日まで会えていた人物に今日からは二度と会うことが出来ない。急すぎる訃報に絡まる気持ちの糸。結び目をほどいているつもりが、更なる結び目を産み出し、現状を理解しようにも脳内がこんがらがって遼は頭を抱えた。【なんで?】【どうして?】それだけが遼の中に渦を巻く。

 軽いノック音が二回、薄暗い部屋に響いた。控えめで優しい音に姿を見ずとも、ドアの向こう側にいるのが母であると遼には分かった。

「ごめんね、先生のこと黙ってて。今朝、学校から連絡があったの。先に伝えたら、食事が喉を通らなくなると思って……。今日、休校になったから。私たちはいつも通り、夕方過ぎに帰ってくるから、留守番よろしくね。冷蔵庫の中にお昼ご飯入ってるから、食べられたら食べて」
「……分かった」

 遠ざかっていく足音。しばらくして、家の中から人の気配は消えた。母は仕事に出掛け、美緒も自身が通う県立高校へと向かったのだった。
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