上 下
11 / 18

11話 親身になってくれる隣人は大事にすべきである

しおりを挟む
 通常授業をこなしつつ、文化祭の準備を進めていく中で。

 三年三組――凪紗のクラスでは、演し物である演劇の準備は順調に進みつつあった。

「うーわ、なんか私の台詞多いぃ……」

 脚本担当の生徒から仮台本のコピーを受け取った凪紗は、自分の台詞の多さを見て露骨に顔をしかめた。

「主演なんだから仕方無いでしょ。今さらになって文句言わないの。恨むなら自分のモテさを恨みなさい」



 その凪紗を窘めるのは、クラスメートの女子――凪紗と同じ女子テニス部の元部長『柿原梨央かきはらりお』だ。
 凪紗に次ぐ実力者であり、女子テニス部の双璧として切磋琢磨し合い、親友にしてライバルと言う立ち位置にいるが故に、凪紗が"不攻不落の速水城塞"を演じなくてもいい数少ない存在。 

「自分に恨んでもしょうがないよ……あぁもぉ、憂鬱ぅ」

 不貞腐れる凪紗に、何か話題を変えるべきかと梨央は思案し、

「そう言えば凪紗、最近は大丈夫?」

「んん?大丈夫ってなにが?」

 何が大丈夫なのかと訊ね返す凪紗に、梨央は気遣わし気な顔をする。

「ほら、前に……喫茶店のバイトに待ち伏せされたって話してたでしょ?あれから何かされてないかって」

 聞かれた凪紗は、「あーそれね」と溜め息混じりに頷いた。

「大丈夫だよ梨央。今のところ、そう言うに遭ってないから」

「ならいいけど……本当に困ったらいつでも相談しなさいよ?」

「うん、そうするよ。……と言うかそう言う相談は、親以外には梨央くらいにしか言えないけど」

 学園内では基本的にいつも"不攻不落の速水城塞"でいなければならない凪紗にとって、梨央のように取り繕わなくて良い存在は数少なく貴重だ。

「それに今の喫茶店のバイトくんは、真面目で紳士的だから、安心出来るし」

 バイトくん、と言うのはもちろん、一個下で同じ学園の後輩である誠のことだ。

「真面目で紳士的、ねぇ……油断したらダメよ凪紗、そう言うのに限って虎視眈々と隙を窺ってるんだから」

 一度とは言え、親友が待ち伏せに遭ったと知った時には、本人以上に梨央が怒ったものだ。
 以来、梨央にとって『凪紗に関わる、関わろうとする男子は大体疑わしい』と言う悲しい偏見を生んでしまったわけだが。

「そう言う雰囲気も無さそうだけどね……まぁ、気を付けておくよ」

「……いくら学園内じゃ落ち着けないからって喫茶店に入り浸るのは構わないけど、生活費の使いすぎにも気を付けなさいよ」

「まるでお母さん……いや、おかんだね」

 それより台本覚えないと、と凪紗は辟易としながら台本に目を通していく。



「へくしっ」
 
 ちょうどほぼ真上――二年二組の教室でお化け屋敷の舞台を製作している最中、誠はくしゃみをした。

「お?どうした誠、誰かに噂でもされたか」

 誠と同じく、和風のお化け屋敷の舞台――ハリボテの墓標の製作に取り掛かっている渉は、前触れなくくしゃみをした誠を、「誰かに噂された」と読み取った。

「そうかも」

 今のくしゃみで鼻水が出そうになったので、誠はポケットからティッシュを取り出し、ずひーと鼻を鳴らす。

「ポケットにティッシュ常備してるとか、女子力高過ぎんだろ」

「それは女子力関係ないと思うけどな……」

 鼻水まみれになったティッシュを丸めてゴミ箱に放り込んで。

「岡崎ー、ちょっとこっち確認してくれー」

 他の男子から呼ばれた渉は「あいよー」と返事をして、誠に向き直って軽く会釈する。

「悪ぃ、ちょっと任せるわ」

「うん、任された」

 頷き返して、渉が別の担当の所へ行くのを見送って、スマートフォンの検索画像を片手に、本物に近付けるように絵の具で塗装していく。

「椥辻くん、お疲れさま」
 
 そこへ、渉と入れ替わるように早苗がやって来た。

「一ノ瀬さんもお疲れさん。衣装の方は順調?」

「うん、いい感じだよ」

 早苗が担当しているのは衣装だ。
 彼女が指す視線を追うと、喪服や着流しに赤黒い飛沫や手形がべったりと付けられており、なかなかリアルな血色をしている。

「こうして作ってる内は楽しいけど、いざあれを着ようってなると、なかなか勇気がいると思うんだよね……」

 なまはげや、ろくろ首、落武者、閻魔大王と言った、和風のお化け屋敷の定番キャラの衣装やオプションが、いつもの教室の片隅に並んでいるのはなかなかシュールな光景だろう。

「わたし、裏方とか広報役で良かったよ。あんなの怖そうなのと暗い部屋で一緒に並んでたら、夜中にお手洗い行けなくなっちゃいそう」

「怖がらせる側も命懸けになりそうだな……」

 恐怖のあまり気絶する人も出るんじゃないか、と本気で心配し始める誠。
 それはともかくとして、二年二組のお化け屋敷の準備は順調そのものだった。





 放課後になれば、誠は香美屋へ働きに行く。
 その道中で、曇っていた空が暗くなりつつあるのを見上げる。

「雨降りそうだな」

 少し早い夕立ちかもしれない、と誠は少し足を速めた。
 誠の鞄の中に折り畳み傘を仕込んでいるから、雨が降ってきても問題ないのだが、濡れないに越したことはない。



 幸いにも降ってこられる前に香美屋に着いたので、マスターに挨拶を交わし、上着を脱いでエプロンを着けてすぐに表に出る。

「椥辻君、今日は夕方から降るようだけど、傘は大丈夫かな?」

「はい、折り畳み傘持ってるんで」

「ならよかった。そろそろ降りそうらしいから、この後は暇になりそうだよ」

 常連客の何人かも、雨が降る前に退散しつつあり、今の店内はがらんどうそのものだ。

 せっかく暇なら、マスターにコーヒーの淹れ方を教えてもらおうかと思った誠だったが、
 不意にドアベルが鳴った。

「はぁー、ふぅー……マスター、椥辻くん、どうもです」

 少し呼吸を荒くして、凪紗が入店してきた。

「おぉ、速水ちゃんいらっしゃい」

「速水先輩、いらっしゃいませ。もしかして外、降ってます?」

「そう、ちょっと急がなきゃいかないかなーって思った瞬間に降ってきちゃって」

 いつものカウンター席――ほぼ凪紗専用席と化しているそこ――に座った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

陽キャグループを追放されたので、ひとりで気ままに大学生活を送ることにしたんだが……なぜか、ぼっちになってから毎日美女たちが話しかけてくる。

電脳ピエロ
恋愛
藤堂 薫は大学で共に行動している陽キャグループの男子2人、大熊 快児と蜂羽 強太から理不尽に追い出されてしまう。 ひとりで気ままに大学生活を送ることを決める薫だったが、薫が以前関わっていた陽キャグループの女子2人、七瀬 瑠奈と宮波 美緒は男子2人が理不尽に薫を追放した事実を知り、彼らと縁を切って薫と積極的に関わろうとしてくる。 しかも、なぜか今まで関わりのなかった同じ大学の美女たちが寄ってくるようになり……。 薫を上手く追放したはずなのにグループの女子全員から縁を切られる性格最悪な男子2人。彼らは瑠奈や美緒を呼び戻そうとするがことごとく無視され、それからも散々な目にあって行くことになる。 やがて自分たちが女子たちと関われていたのは薫のおかげだと気が付き、グループに戻ってくれと言うがもう遅い。薫は居心地のいいグループで楽しく大学生活を送っているのだから。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

高校では誰とも関わらず平穏に過ごしたい陰キャぼっち、美少女たちのせいで実はハイスペックなことが発覚して成りあがってしまう

電脳ピエロ
恋愛
中学時代の経験から、五十嵐 純二は高校では誰とも関わらず陰キャぼっちとして学校生活を送りたいと思っていた。 そのため入学試験でも実力を隠し、最底辺としてスタートした高校生活。 しかし純二の周りには彼の実力隠しを疑う同級生の美少女や、真の実力を知る謎の美人教師など、平穏を脅かす存在が現れ始め……。 「俺は絶対に平穏な高校生活を守り抜く」 そんな純二の願いも虚しく、彼がハイスペックであるという噂は徐々に学校中へと広まっていく。 やがて純二の真の実力に危機感を覚えた生徒会までもが動き始めてしまい……。 実力を隠して平穏に過ごしたい実はハイスペックな陰キャぼっち VS 彼の真の実力を暴きたい美少女たち。 彼らの心理戦は、やがて学校全体を巻き込むほどの大きな戦いへと発展していく。

クラスの双子と家族になりました。~俺のタメにハーレム作るとか言ってるんだがどうすればいい?~

いーじーしっくす
恋愛
ハーレムなんて物語の中の事。自分なんかには関係ないと思っていた──。 橋本悠聖は普通のちょっとポジティブな陰キャ。彼女は欲しいけど自ら動くことはなかった。だがある日、一人の美少女からの告白で今まで自分が想定した人生とは大きくかわっていく事になった。 悠聖に告白してきた美少女である【中村雪花】。彼女がした告白は嘘のもので、父親の再婚を止めるために付き合っているフリをしているだけの約束…の、はずだった。だが、だんだん彼に心惹かれて付き合ってるフリだけじゃ我慢できなくなっていく。 互いに近づく二人の心の距離。更には過去に接点のあった雪花の双子の姉である【中村紗雪】の急接近。冷たかったハズの実の妹の【奈々】の危険な誘惑。幼い頃に結婚の約束をした従姉妹でもある【睦月】も強引に迫り、デパートで助けた銀髪の少女【エレナ】までもが好意を示し始める。 そんな彼女達の歪んだ共通点はただ1つ。 手段を問わず彼を幸せにすること。 その為だけに彼女達は周りの事など気にせずに自分の全てをかけてぶつかっていく! 選べなければ全員受け入れちゃえばいいじゃない! 真のハーレムストーリー開幕! この作品はカクヨム等でも公開しております。

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

処理中です...