皇帝の翼

ハシバ柾

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旧稿(2012Ver.)

第二十六話 始動

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 頭が痛い……ずきずきする。それに、なんとなく息苦しい。体の自由も利かない。縛られているのか……? 周囲の様子を確かめようと、辺りを見回した。
 どうやら、さっきの研究室ではないらしい。薄暗くて湿っぽい場所だけど……どこかで見覚えのある鉄格子を見ると、またどこかの牢屋に入れられてしまったようだった。うう、寒い!
 壁の、だいぶ低いところにある格子つきの窓から、どうにか外の様子が見える。ものの、真っ白だ。しかも、かなり高い場所にいることがわかる。これって、もしかして……北端領土の雪山にたっていた、キリクと会った塔?
 体内時計がおかしくなってないとは限らないけど、結構長い間気を失っていた気がする。それに、トゥエレア軍は、僕が世界戦争の思惑を知ってしまった以上、邪魔されないうちに行動を開始するだろう。おそらく、すでに動き始めているはずだ。どうにかしないと……

 場所がわかっても、縛られているんじゃ行動が起こせそうにない。すこしのあいだもがいていたが、アパスで付いた傷に縄が食い込むだけだと気付くと、諦めて力を抜いた。皇帝があればどうにかなるかも……あれ、皇帝は?
 壁に背を預けて体を起こし、周囲を見回す。狭い牢屋の中に、皇帝の姿は見当たらない。

「……皇帝の片翼を捕まえる時に、皇帝をそのままにしておく馬鹿はいないよなあ……」

 当然だ、思わずため息が出た。そういえば、前回来たときに、皇帝がここでは魔法が使えないって言ってたな。それじゃ皇帝がいてもどうにもならないか……でも、本当に一人なのはどうしても心細い。いてくれるだけでいいのに。

「そうだな、さすがに一人はいやだろうな」

「うん、そうなんだ……って、ええ!?」

 いつのまにか、牢屋の片隅で人影が僕に同意するようにうなずいていた。あれ、なんだか知ってるぞ?

「ヴェル!?」

 ヴェルはにやりと笑った。

「ひさしぶりだな」

 デュフュザードで、兄を探すといって別れて以来だ。全く変わっていない。どうしてここにいるのか、どうやって入ったのかは分からないけど、誰かがいると思うだけで心強い。ヴェルは僕を縛っていた縄を手早く切った。それから僕の考えていたことを見抜いたのか、こう言った。

「お前のいる場所にテレポートしようとして……こんなところにいるとは。いろいろあったみたいだな?」

 ヴェルは笑顔で尋ねてきたが、僕は何もいえなかった。テレポートだって? 魔法は使えないんじゃなかったのか?

「テレポートでここまで来たの? この塔の中では魔法は使えないんだけど……?」

「オレのは、魔法って言っても、別系統……どころか、ぜんぜん違うものだしな」

「そう、なんだ……」

 だめだ、だめだ。皇帝があるわけでもないのに、魔法をつかおうだなんて。まず、ここから脱出する方法を考えないと。ヴェルがいれば何とかなりそうだけど……
 まてよ。僕をここに閉じ込めるってことは、もしかしたら見張りがいるかもしれない。皇帝も持っていないのに。殺されてしまえば、リッセたちと合流することは絶対にできない。

「イオ、ちょっと……人が近づいている。オレは透明化するから、見えなくてもおどろくなよ」

 足音なんて聞こえないけど? ヴェルは姿を消した。それからしばらくたって、ようやく僕にも足音が聞こえてきた。どれだけ耳がいいんだか……

「イオ、起きてる?」

 牢屋の前までたどり着いた、足跡の主が尋ねる。これまた聞き覚えのある声だったが。

「キリク?」

「よかった、起きてた」

 僕が答えると、キリクはほっとため息をついた。彼は牢屋の鍵をあけ、中にはいってきた。まずい、その辺にはヴェルが……

「これを渡しに来たんだ」

 どうやら、ヴェルは踏まれなかったようだ。よかった。それにしても、一体何を持ってきたんだ? ……差し出された手には、皇帝の姿があった。

「皇帝……! ありがとう、キリク!」

 僕が感謝の意を伝えると、キリクは複雑そうな笑みを浮かべた。どういう意味だろう。

「シュバリエへの侵攻の話……知ってるはず。ここの鍵は開けておくよ。タイミングを見計らって、逃げ出すといい。……総統様は、この塔の中にいる」

 総統が、ここに? 必要以上をしゃべろうとしない彼の声は、重く沈んでいた。もっとも、キリクが後ろを向いてしまったせいで、その表情はわからないが。キリクは静かにこう続けた。

「これが現トゥエレア軍の、最後の戦いになる。同時に、総統様を助ける最後のチャンスでもあるんだ」

 そういったきり、キリクは牢屋から出て行こうとした。僕はあわてて呼び止める。

「キリク!」

 彼は足を止めたが、振り返らなかった。だけど、聞いてはくれているようだ。だから、続けて尋ねる。

「……死ぬつもりなのか?」

 僕の問いを立ち止まって聞いてはいたものの、キリクは答えを返さなかった。そのまま、硬い足音だけが遠ざかっていった。

「……いったか」

 キリクの足音が聞こえなくなってから少したって、ヴェルの姿が再び現れた。といっても、キリクから受け取った皇帝を見つめていたせいで気付くのが遅れたけど。あれ? ……何だ? これ。

「ん? 何か紙が挟まってる……?」

 皇帝のページの間に、小さな紙が挟まっている。引き抜くと、なにやらごちゃごちゃと書いてあるようだが……

「これ、トゥエレアの進軍の予定について、こんなにも詳しく書いてある……」

 その小さな紙は、トゥエレア軍の侵攻の過程、補給、合流、部隊など、シュバリエ侵攻のことが、生真面目さを想像させる字でぎっしりと書き連ねてあった。ここにあるということは、多分、キリクが書いたものだろう。驚き半分、嬉しさ半分で、その紙を眺める。
 それによると、トゥエレアの各軍は、部隊をいくつかに分けて、シュバリエで合流する予定らしい。
 もしかして、……この紙のとおりに、合流する前の各部隊を攻撃すれば、シュバリエへの侵攻を防げるかもしれない!

「それで、どうするんだ。オレと一緒にテレポートでリッセたちと合流するか?」

 ヴェルが言った。さっきまではそうしようかとも思っていたけど、僕は首を横に振った。

「……ヴェルは、この紙を持って、あとはたのんだとリッセたちに伝えてくれ。僕は、」

 ……総統を止める。キリクは、総統はこの塔にいるといっていた。おそらく、そう遠くにはいないだろう。皆は、トゥエレア軍との戦いにのぞむ。いま、あの幼い総統を止められるのは、僕しかいないんだ。
 ヴェルは仕方ないというようにため息をついてから、テレポートでいなくなってしまった。だけど、僕は一人じゃない。

「よいのか」

 皇帝が尋ねる。全く、わかりきっていることをわざとらしく尋ねるのが、皇帝の悪い癖だと思うよ。

「いいんだ。僕が決めたことだから」

……

「そうか、あのイオが……」

 リッセは驚いたように呟いた。ヴェルがうなずく。
 イオが連れ去られた後、ポーラを通じてシュバリエ侵攻のことを知った仲間たちは、イオの居場所の手がかりもそこにあるだろうと、また当初の予定通りに、シュバリエの首都マーノトにたどり着いていた。王との謁見も終わり、宿で休んでいたところに、ヴェルが現れたのだった。イオの居場所と安全のことを伝えるため、小さな紙を持って。

「ああ。総統を止めると。後は頼んだといっていたな」

 メアルが再び、大きくため息をついた。ヴェルは、イオと話した後仲間と合流し、今までのいきさつを話して聞かせていた。
 さて、軍の配備などがわかった以上、今一番にできることは、迎え撃つ準備を整えることだ。そう気付いたことで、彼らの不安はさらに増していた。

「いまのシュバリエ軍は不安定です。ティアリカはレイジェント嬢がいるので大丈夫だとは思うんですが……」

 メアルが、その場全員の考えを代弁した。皆、沈鬱な雰囲気の中何も言い出せない。そんな中、リッセが愚痴るように呟く。

「指揮を取る奴がいないなら、ここにいる、戦える奴がやればいいんじゃねえの……」

 ぱっと、皆の視線がリッセに集中した。

「リッセ、今、なんと?」

「だから、俺たちが行けばいいんじゃないかって……変なこと言ったか……?」

 皆、驚いて目を見合わせた。今まで、どう軍を動かすかしか考えていなかったから、そんな大胆な方法が重い浮かなかったのだ。その手があったか。それぞれの表情が明るくなった。 

「では、各軍総司令官を狙いましょう。キリク、ソーマ、ポーラがいる部隊に、それぞれ代表者を入れるというのはどうです?」

 メアルがそういって、小さな紙を覗き込もうとすると、リッセがあわてて尋ねた。

「ちょ、待てよ。キリクとも戦うのか?」

 メアルが、一応敵なのだから、と諦めたように答えると、リッセはしょぼんとうつむいた。ちいさく、俺あいつ殺せねえよ、と呟きながら。

「シェムとパトラは、ポーラのところにいくわ。ね、いいでしょ?」

 いち早く、シェムが名乗り出た。ポーラなら、戦況が危険になれば、投降の説得に応じてくれるかもしれないから、安全と言えば安全だ。恐ろしい兵器を持ち出されたら何もいえないが。

「俺は、ソーマのところに行く」

 しょんぼりしていたリッセが、低く呟いた。リッセにとってソーマは兄であり、止めなければならないという使命感を感じていた。自分にしか止められないとも。また、キリクとは戦えない、戦いたくないとも感じていたから。

「では私も、ソーマのところに……ティアリカで会った時から、生理的に嫌いだと思っていたんです」

 メアルの言葉に、シェムが吹き出した。生理的に嫌い、とは、メアルにはかなり似合わない台詞だったからだ。皆も表情を緩めた。

「オレとジェイスはキリクのところにいかせてもらおう」

 ヴェルも答えた。これで、全員の行き先が決まったわけだ。

「それでは、それぞれの指揮で部隊を整えさせるよう、王に伝えましょう。レイジェント嬢とも、連絡を取っておきます」

 全員、にやりと笑ってうなずいた。いち早く、明日には動き出せるよう、休養を取るため各自部屋に姿を消した。明日以降の壮絶な戦闘など想像もさせない、軽い足取りで。

……

 僕は、外側の壁に背をはわせたまま、慎重に部屋の中の様子を覗き込んだ。驚いたことに、中にいるのは総統一人だけで、総司令官陣どころか、兵士の姿さえ見当たらなかった。これから戦争しようとしているのに、そのトップが無防備なんて、危ないと思わないのか? だけど、総統のすぐそばにはライフルがたてかけてあるから、油断はできない。……くそ、あれさえなければ、今すぐにでも中に入れるのに。
 総統の目前に広がる壁に張り付いたモニターからは、シュバリエの地図とともに、青白い光があふれ出ている。画面には、ちらちらと兵の動きについての報告が映し出されていた。モニターの大きさと迫力にのまれてしまいそうな小さな総統は、それでも微動だにせずに立っていた。

「気付いてるんだろ。何で何も言わないんだ?」

 僕が声をかけても、総統は振り返りもしなかった。ただ、くすくす笑っていることは伝わってくる。

「気付かれてることに気づいてるなら、どうして相手が後ろを向いているのに攻撃をしないの? 俺なんかより、リアティス君の行動は理論的じゃないよ」

 これは。言ってくれるな? 総統のわきにあるライフルをあごでさしながら……もっとも見えていないだろうが……言い返す。

「ライフルがあるじゃないか?」

「俺がこれを手に取るより、君がこぶしを振り下ろすほうが遅いの?」

 わかった。総統は、僕の目的を知っていて、わざとこんな風に皮肉じみたしゃべり方をしているんだ。真意は、説得は通じないよ、か? けんかを売るようなことばっかり言いやがって。

「僕が何しに来たか、わかってるんだろ? もしや、どうやって出てきたかも?」

「当然知ってる。それに、君が出てきた理由、キリクでしょ?」

 総統はなんでもないことのように言った。あれ、それでいいのか?

「おいおいあんた、自分の部下に裏切られたのに、気にもしてないのか?」

「予想済みだよ」

 再び、答えはすぐに返ってきた。それこそ、以前からそう聞かれるのを知っていたかのように。 

「知っているなら話は早い。皮肉の言い合いは時間の浪費にしかならないから、簡単に言わせてもらう」

 僕は、こちらの考えをはっきりと述べた。

「降伏してくれ」

 総統からの答えは、返ってこなかった。代わりに、今まで背を向けていたのが、くるっとこちらに向いた。その顔には、純粋な笑顔しか浮かんではいなかった。それから、表情を崩さないまま、短く答えた。

「嫌だ」

……
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