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キミといたいから

#3

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なんか、今、さらりととんでもない発言されたような…。
いや、されたようなじゃねぇ!された!

「ま、マジで?」

「はい。間違いありません。吾妻屋先輩が転入して来て少し経った頃でした。先輩が廊下を歩いていて、僕も移動教室に向かおうとしている時だったかと思います。
その時に偶然目が合ったんです。僕はもう既に先輩の事を知っていたので、ああ、この人が転入して来た人かと思って見ていたんです。ただ、目があった瞬間に感じました。
この人が僕の運命なんだって」

「すげー本当にそんな感覚あるんだ…」

「僕も今まで感じたことがない感覚だったので、この感覚を言葉に表すのはとても難しいのですが、でも運命だって事だけは分かったんです。
それに、恐らくは先輩もそれに気づいてたようです」

「琥珀も?」

「はい。先輩も驚いていたようでした。その瞬間だけ世界から僕たち2人だけが切り離されたような…この瞬間がいつまでも続けばいいのにとさえ思いました」

これが運命のなせる業なのか?
俺には一生感じられない感覚を今この目の前にいる後輩は感じたという。
αとΩってそういうものがあると、頭では分かっていたけどこうやって話を聞かされると
神様って本当に居るのかもしれないなとさえ思わせるような何かがあった。

「でも…」

「え?なに?」

折角の運命に出会えたのに、真野のその表情は硬かった。
普通、運命の番なんてのは一生かけても出会えない可能性だってあるのに
何の因果か、こんな近くで出会えたわけだ。
すげー運がいいと言うか、確率的に言えば奇跡にだって相当するはずだ。
なのにこの後輩は全然嬉しそうにしていない。
不安で不安で仕方ないって顔をしている。

「お互いに運命だって気付いたはずなのに、先輩はその日から僕を避けるようになりました」

「はっ!?なんで!?」

俺が前のめりに聞いたものだからガタっと机が揺れた。

「それがずっと不思議だったんです。運命のはずなのに、どうして避けられているのか。話したくても、避けられているせいで碌に会話もしてもらえませんでした」

「…確かにアイツは無口だけど、人を避けるってことは無いと思うんだけどなぁ」

いくら無口だからと言っても琥珀はあからさまに人を避けるって事はしない。
それは近くに居た俺が一番よく知ってる。
でもそれをこの後輩はされているという。
ある意味で、琥珀から特別に思われているんじゃないか?とも思えた。

「…僕が避けられているのは、僕が吾妻屋先輩の運命の番だからだと思います」

「えぇ…?運命なのに何で避ける必要があんの?」

「そこです。僕もずっとそこが疑問でした。でも、最近気づいたんです。吾妻屋先輩には別の、僕以外の運命が居るんじゃないかって…」

ドクリと心臓が跳ねた音がした。


『運命は樹だけ。俺の運命は樹だけだ。他の奴に代われるわけがない』


急に琥珀から言われた事が頭の中でフラッシュバックした。
あれは琥珀が俺から離れたくない為に咄嗟についた発言だ。
何か効力があるわけでもない。
現にこうやって本物の琥珀の運命の繋がりだっている。
俺は琥珀の運命の相手じゃない。

「そこで、その相手じゃないかって浮上してきたのが新島さん、あなたです」

琥珀がよく携帯を弄っているのを見かけていた後輩は、元いた学校の友人、または恋人と連絡を取っているのかもしれないと勘繰ったそうだ。
だからこそ、この後輩はこの学校に来たのだと言う。
そこで俺を見つけた。

「俺が?まさか!だって俺はβだよ?琥珀の運命には成り得ない」

「そうですね。確かにあなたはβだ。だけど…匂いが…」

「匂い?」

「…分からないんですか?ああ、でも…βだから分からないんですかね?凄いですよ、匂い」

「だから、何の匂いが?俺には全然…」

「あなたに、αの匂いがべったりと付いています。まるで纏わりつくような、噎せ返るような、そんな付き方をしてますよ。それにこの匂いは、吾妻屋先輩の匂いに他ありません」

「…えっ」

「…ご存じないかもしれませんが、αには特定の相手に自分の匂いを付けることが出来るんです。それは他のαに手を出されない様にするためとか、諸説ありますが、
もしかしたら、先輩はあなたをΩに変化させたいのかもしれない…」

「誘導変異…」

「ああ、ご存じなんですね。そう、それです。特定のβをΩに変化させるαの特性。それをあなたは吾妻屋先輩から受けている。正直、あなたに会うまでは僕も信じられませんでした。
先輩に特別な存在がいるなんて信じたくなかったのもあります。
でも、あなたが校門に向かってくる時に、その匂いが香ってきて、…あなたが先輩の特別な人だと気が付きました。だから声をかけたんです。」

そんな…。
じゃあ何か?
俺は知らない内に琥珀からΩになるようずっとそのフェロモンを浴びせられてたってことか?

「俺はそんなこと…」

「知らなそうですね。あなたの態度で分かりましたよ。先輩は…あなたに何も言わず、ただずっとその行為を行ってきているんですから。…それ程までに吾妻屋先輩だけがあなたを欲している」

神妙な顔つきで真野は俺を見据えた。
αである琥珀の本物の運命の番と、番にならないはずのβの俺。
本来はこんな相対する事さえないであろう二人がなぜかここに居る。
まるで俺がこのΩからαを奪い取ってしまう立ち位置にいる事に眩暈を起こしそうになった。

「それは…違うよ。あいつはただ、幼馴染が居なくなるのが嫌なだけだ」

そう、俺は思いたかった。

「…本当にそう思ってますか?」

「どういう意味だ」

「正直、ここまでαの匂いがこびり付いているβを僕は知りません。しかもここまでされてもあなたはΩ落ちしていない。
だからこそ、先輩の匂いがどんどん強くなる。あなたをΩにしたくてどうしようもないくらいに…それ程の匂いを付けてまで、あなたは先輩の特別なんですよ」

知らねーよ。と言ってしまいたかった。
だってもうそれは俺にどうしようもできなくないか?
俺はその匂いがどう付いているのなんか知らないし、どう付けてるのかも分からない。
もしかしたら、最近増えたスキンシップのせいなのかもしれない。
でも、それは俺が拒んでも琥珀が無理やりして来ることだ。

「…俺の名前を知っていたのは、なんで?」

真野の話だと俺の顔を知らないまま俺の学校へと来ている。
匂いで分かったとしても俺の名前までは知らないはずだ。

「ああそれは、先輩の携帯を偶然見てしまったから…」

「偶然?」

「やだな、変に勘繰らないでくださいよ。本当に偶然なんです。先輩、カッコいいから同じαに嫌がらせされていた時があったんです。本当に一過性のもので、すぐに収まりましたけど。
それこそモノを隠されたりとか…つまらない嫌がらせでした」

おいおいマジかよ。そんなの俺知らないぞ。だってアイツ、向こうの学校のことなんて全然話さない。俺の話ばっか聞いて、あいつ自身の事は何も知らない。

「真野が、見つけたのか?」

「そうです。僕が見つけました。探していたわけじゃないんです。先輩が嫌がらせを受けてる事もその時に初めて知ったほどです。
偶然、昇降口に設置されているゴミ箱を片付けるのが僕のその日の係でした。そこに携帯が捨てられていたんです。」

「それが、琥珀のだった?」

これこそが運命だと言うような話だ。
運命の番はまるで磁石のように強力に引き合う様に巡り合う。

「はい。落とし物かと思い、職員室へ届けようか迷っていた時でした。丁度その携帯が鳴ったんです。出てみると、吾妻屋先輩でした」

そこで琥珀の携帯だと気づいた真野は携帯を琥珀へと届けることにしたそうだ。
幸いクラスメイトから携帯を借りて自分の携帯へと電話していた琥珀は、そっちに取りに行くと言ったそうだが、真野は自分から届けるから教室で待っていてくださいと告げた。
あわよくば琥珀ともっと話せるとも思っていたそうだ。
で、電話を切った時につい琥珀の着歴を見て、そこに俺の名前が羅列されていたのを見つけた。
ほぼほぼ俺の名前しかなかったその着歴を見て、琥珀の特別が俺なのではないかと思ったようだ。

「僕の予想は当たりました。あなたが匂いを付けていた事で、あなたが先輩の特別だと、分かりました」

「そうだったんだ。…俺は、真野…くんの邪魔をしてるんだな」

「真野でいいですよ。…邪魔とまでは……いいえ、確かにそう思っているのかもしれません。
ここまで衝動で会いに来るほどですから。僕自身も自分にこんな行動力があったなんて驚いています」

「俺に、どうしてほしいの?」

「…幼馴染と聞いて、じゃあ大丈夫です。とは言えません。先輩がここまで固執する相手ですから、僕もこのまま帰るわけにはいきません。
別にあなたと吾妻屋先輩の仲を裂きたいわけじゃない。…ただ、ただ、先輩は、僕のただ一人の運命の人なんです」

「うん」

「だから…」

真野はとても言いづらい事を絞り出そうとしていた。
俺は彼が何を言いたいかが分かってしまった。
彼は琥珀の運命の番だ。俺なんかに気を使う方が間違っているのに、こうして言う事を躊躇っている。
彼は優しい人なんだなと思った。
こんな子が運命の番で一体何が不満だって言うんだろう。
琥珀、俺はお前に何もしてやれないのに。

「…会わない事にするよ」

「えっ」

弾かれたように真野が顔を上げた。まるでその発言をまさか俺の口から聞くなんて思っていなかったのだろう。

「もう琥珀とは会わない。家が隣同士だから絶対会わないようにするのは難しいけど、なるべく俺からは接触を避けるようにする」

「それは…」

「そうしよう?俺も最近の琥珀からの行動は、ちょっと思う事があったんだ。これは真野と俺に、両方にメリットがある」

「新島さん…本当に、いいんですか?今まで先輩の一番近くに居たのはあなたなのに…」

「いいって。琥珀もそろそろ俺から離れないと、あいつ自身もダメになる」

この言葉はずっと前から俺が思っていたことだ。
それに、真野が言っていた事が本当だとすると、このまま琥珀と接触していたら
もしかしたら俺はΩになってしまう可能性だってあるわけだ。
それはごめんだ。
俺はβのままでいい。
琥珀がどれだけ俺を思っていたとしても、それは行き過ぎた友情なんだと思う。
愛情と友情を混同しているだけなんだと思う。
こうして運命の番が現れているのに、そちらを取らないなんて馬鹿だろ。

「僕は、吾妻屋先輩が好きです…」

「うん」

「これが運命の番だから好きだと思ってしまうのかどうか分かりません。でも、この気持ちは誰にも譲りたくないんです」

「うん」

「僕は…ズルいんでしょうか…ここまでして、先輩が大事に思う人にまでこんな事を言って…」

「世間から見たら、そうかもしれない。でもさ、俺はそうは思わない。真野が琥珀の運命の番で良かったよ。つか、アイツに本物の運命がいてくれて良かった」

「…新島さんは、それでいいんですか?」

「だから、いいっつてんでしょう?真野は考えすぎ。好きすぎて俺にまで牽制かけてきて、それでも譲れないんでしょ?だったらそのままでいろよ。
琥珀もいつか気付く。真野が運命ならきっと気付くよ。がんばれ」

そうして俺は真野の頭をクシャクシャと撫でた。

「…吾妻屋先輩が、あなたを好きだって気持ちが少しわかった気がします。新島さんの傍は落ち着くんですね」

「そっか?」

「はい」

こうして俺と真野は協定を結んだ。
連絡先も交換しておいた。
真野に琥珀の情報を伝えるとかは無いけど、
何かあったら俺に連絡してとも伝えておいた。

琥珀、ごめんな?
でもこれはお前のため。
…なんてな。
嘘だ。
全部自分のため。
琥珀から離れるため。
琥珀が俺をΩにしようとしてた事が俺には殊更ショックだった。
どうしてβじゃダメなんだ。
一緒に居るってのは何も番になることだけが全てじゃないだろ。


『樹が思ってることと、俺が思ってることは違う。俺はずっと樹と居たいけど
樹はそうじゃない。俺と居たいと思ってても、それは俺の思ってる感情とは別物だから』


いつしか琥珀が言っていた言葉を思い出す。
これがそういう事なのか?
お前は俺と番になりたいのか?
一緒に居ることと番になる事は別物だと俺は思ってる。
琥珀の俺と一緒に居たいって感情は、番になりたいって事なのか、それとも一緒に居たいって方が強いのかどちらなのか分からない。
もしも、もしも琥珀が友人として一緒に居られないと言うなら俺は…。

それから俺は極力、琥珀からの誘いをのらりくらりとかわし続けていた。

今日は用事がある。とか
今日は〇〇と遊ぶ。とか
見たいテレビがあるから邪魔すんな。とか
帰りが遅くなるから無理。とか
後半俺のボキャブラリもなくなってきて、献立に困った主婦のよう上記の内容を使いまわした。
俺の部屋に来ることもひたすら拒否した。
母さんも最近琥珀が来ない事を不思議がったが
アイツは名門校に行ったんだからそれなりに忙しいに決まってんだろと言ってみたら納得した。
我が親ながらちょろすぎだ。

そうして三週間くらいが経過した頃だろうか。
最近俺の付き合いが良いからか、友人達も遊びに誘ってくれる量が増えた。
ただ一人、佐々木だけが訝しがった。

「お前、最近吾妻屋と会ってんの?」

「なんでそんな事聞く?」

「最近俺らと遊んでばっかじゃん。前は吾妻屋が来るからって断ってたのに。なに?喧嘩でもした?」

「してねーよ。…ただまぁさ、学校も違うし、普通に時間が合わねーんだよ」

「嘘つけ。お前が合わせてねーんだろ」

「…」

「…まあ、いいんだけどさ。でも、俺は少し心配なんだよ。吾妻屋は異常なまでにお前に執着してたから。…お前、気をつけろよ」

「何を?琥珀が俺に何かするって?バカバカしい。アイツはそんな事する奴じゃないよ」

「今までは…だろ?今は違う。お前がそんな態度取り始めたら、アイツは多分、お前を追い込むよ。それこそ最後の線が切れたように」

佐々木が言う忠告に、俺はへーへー分かりました気を付けます。と軽く返事をしたけど
正直、佐々木が言う事はあながち間違っていないとも思った。
それはここ最近の琥珀の様子がおかしいからだ。

俺と会わなくなって、前よりも格段に琥珀からのメッセージが増えた。
既読して返事をしないだけで

《なんで返事しない?》
《今日もダメ?》
《明日は?》
《樹、返事して》
《既読してる》
《樹、会いたい》
《見てるのになんで》
《最近会わないのはどうして?忙しい?》
《樹》
《会いたい》
《会いたい、なんで会ってくれない?》
《樹、今何してるの》
《どこにいる?》
《だれと、いるの》
《樹、俺を忘れないで》
《あいたい》
《なんで、会ってくれない》
《どうして》
《こっち見ろよ》
《返事しろ》
《忘れるなんて許さないから》

既読無視しただけでこの有様だ。
見てるよ、忙しくて返事できなかっただけ。と伝えると「そう」とだけ返ってくる。
その後は決まって「今から会いたい」と続く。
そして俺は、疲れてるんだまた今度な。を繰り返している。
いい加減、琥珀も気づいている頃だろう。
俺が敢えて避けていることに。
たまに来る真野からのメッセージも

《先輩を見かけるたびに、携帯を見てますよ》
《ずっと誰かを待ってるみたいな顔してます》

敢えて名前は言ってこないけど、真野も恐らくは気づいてる。
でも、こうするしかないだろ。
むしろ、この状況を作り出したんだから、そこに漬け込むのが真野の役目だろとも思う。

日に日に琥珀からのメッセージの量が増えていく。
そして俺から琥珀へのメッセージがそれに比例するように減っていく。

そうしている内に一ヶ月が過ぎ、琥珀と会わなくなってからもうすぐ二ヶ月が経とうとしていた。

相変わらず琥珀からのメッセージは途切れることは無かったけれど
しかし最近は会いたいとも言ってこなくなった。
心境の変化でもあったのか、はたまたやっと俺から離れる事を決意したのか
真野から来るメッセージも琥珀と少しづつだけど話せるようになったと言うものが多くなってきた。

良い兆しだと思えた。
このまま俺の事も忘れてしまえばいい…とまでは言わないけど
俺の事を友人だと認識して、そして元の親友に戻れたらいい。
いつか会った時に、また笑い合えればいい。
それが一番良い形だと思うんだ。
琥珀にとっても、俺にとっても。

そんなある日、真野から俺にメッセージが入った。
ここ最近では久しぶりの真野からのメッセージだ。
琥珀とも話せるようになったと言ってたし、なにせ運命の番だ。
琥珀がどれだけ避けようとも、多分、運命がそれをさせないと思う。
真野の話を聞いてから、俺は少しだけその運命とやらが本当にあるんじゃないかと思うようになってきていた。
出会い方も、携帯の話も、全て運命だからこそなせる事なんじゃないのかって思う。

《僕、吾妻屋先輩とお付き合いすることになりました》

メッセージを開くと、そう一文書かれていた。

「っマジ!?」

寝っ転がっていたベッドからガバッと起き上がりすぐさま返事を打つ。

《すげーじゃん!良かったな!》

《はい。本当に嬉しいです。これも新島さんのおかげです》

《そんなことないって!真野ががんばった結果だろ?》

《いえ、新島さんの協力があってこそです。本当に夢みたいで…あの、新島さんは運命って信じますか?》

《あー、今それ丁度考えてたとこ。真野の話聞いてたらやっぱ運命ってあるんじゃないかって思えてきてさ》

《僕も、運命ってあると思います》

《うん。本当におめでとう》

《ありがとうございます。あと、実は今、吾妻屋先輩の家に来てるんですけど》

「えっ」

カーテンで閉め切っているけど、俺は隣にある琥珀の家の方を見た。
今、あいつら俺の隣にいんの?
マジかぁ
えーどうしよう…
いや、別にどうもしないけど。
あーでも、祝福くらいは言いに行った方がいいのか?
いやいや、それも迷惑だよな。
親戚のおっさんみたいにでしゃばって二人の邪魔したくねーし。
あと、もうだいぶ琥珀とは会ってないから、今更会うのはかなり気まずい。

俺があーとかうーとか、返事に困っている時だった。
ピコンとまた新たなるメッセージが届いたことを知らせる音が鳴った。
画面を見るとそれは真野からではなく、琥珀から届いているメッセージだった。

《樹、真野から話は聞いてると思うけど、今からこっち来れない?》

「へっ?俺が?いや、邪魔だろどう考えても」

やっと恋人同士になった二人を祝福したい気持ちはあれど、琥珀にあんな素っ気ない態度を取り続けていたしなぁと考えていると
また琥珀からメッセージが届いた。

《何か悩んでるなら大丈夫。真野から全部聞いてるよ》
《樹が俺を避けてたのは、真野に頼まれたからでしょう?》

「えっバレてんじゃん!なんで!?」

《真野から聞いた》

「アイツ話してんじゃん!」

そして違う方からまたピコンと音が鳴る。

《すみません。先輩に嘘をつきたくなくて、話してしまいました》

「ダメじゃん!?隠し通せよそこはさ!」

《あ!大丈夫ですよ?先輩怒ってないって言ってます》

「ええ?本当?」

《怒ってないよ。本物の運命と気付かせてくれた事に、むしろ感謝してるくらい》
《どうしても、樹には俺たち二人からお礼が言いたいんだ》

俺が二人に返事を返さなくても、今の俺の気持ちが分かっているかのように二人からのメッセージが溜まっていく。

マジかぁ…と俺はこの二人から入ってくるメッセージをポカンと眺めてしまった。
まあ、上手くいったから結果オーライってやつかな?
取り敢えず、隣の様子を窺ってみようかと部屋のカーテンを開けてみたところ
向かいのベランダが見えて、その奥に見えたのは久しぶりに見る琥珀の姿だった。

琥珀もカーテンを少し開けており、こっちに来てと言う様に手招きをしている。
取り敢えず《わかった》とだけ返事をして、俺は母さんへ「ちょっと琥珀の家言ってくる」と伝えて玄関を開ける。
もう遅いんだからご迷惑にならないようにねと後ろから聞こえてはいはーいと返事をし、そのまま隣の家まで歩いて行った。

流石大病院の院長を父親に持つだけあって琥珀の家はでかい。
取り敢えず夜分にインターホンを鳴らすのも失礼だろうと思い、門の前まで来たところで琥珀へとメッセージを送った。

《着いた。開けて》

《今行く》

短い返事を受信してから、少し待つと玄関口がゆっくりと開かれた。

「久しぶり樹」

「おう」

「入って」

「おう」

何かもう久しぶりすぎてどう接していいか分からなくなっている俺を出迎える琥珀。
少し見ない間に髪の毛が伸びたようだ。前髪も伸びているから眼鏡が少し隠れてしまっていて琥珀の表情がよく見えない。

「あー、えっと、髪伸びたな?」

「そう?最近切ってなかったから。樹も、身長が…うん。伸びてないね」

「うるさいよ」

「はは。上がって。」

「おう」

良かった。相変わらず琥珀は琥珀みたいだ。前みたいに接していられる。
思えば琥珀がおかしくなったのも学校が変わってからだった。
もしかしたら、環境の変化もあり、情緒不安定になっていただけなのかもしれない。
それに、運命の番だって見つけたんだ。
そりゃ気持ちだって落ち着くよな。
あー俺も恋人欲しくなってきたなぁ。

「先に2階上がってて。お茶持っていくから」

「おー。真野も2階?」

「真野はキッチンにいる。今お茶出すって言っただろ?」

あーそう言う事ね。
なんかもーすっかり仲良しじゃねーか。
仲良しと言うか、うん、恋人同士って感じ。
きっと真野がお茶淹れて琥珀がそれを運んできて、二人で部屋に入ってくるんだろうな。
…やっぱり俺邪魔だったんじゃねーの?とも思ったが、もう来てしまったものは仕方ない。

「じゃあお言葉に甘えて…」

トントンと階段を上がり、久しぶりに来た琥珀の部屋に入った。

「…適当に座っとくか」

綺麗に片付けられた部屋とシックに纏められた室内。
本当に高校生の部屋かと思うくらい琥珀の部屋は大人びている。
ソファーにもたれ掛かりふぅと息をついた。

「久しぶり過ぎて何か落ち着かねー…」

前はしょっちゅう通っていたこの部屋も今では本当に知らない人の部屋みたいだ。
しかも、何だろうこの匂い?お香か?
鼻に香ってくる匂いの元を辿ると透明のガラス瓶にオレンジの液体が注がれたアロマオイルを見つけた。

「これか、匂いの元は」

嫌いな匂いではないけど、でも凄く甘ったるくて到底琥珀の趣味とは思えない匂いだった。

「真野かな?」

真野ならこのアロマの匂いも似合いそうだ。
でも、俺はちょっと苦手かも…。甘すぎるというか。
その匂いの元に近づいてまじまじと眺めていたら、突然足元がグラつく感覚を覚えた。

「ん、おっと…!」

ガタンとその場にあった家具に捕まったけど、尚も意識を保っていられない感覚が波のように静かに押し寄せてくる。

「ちょっ…なん…だよこれ」

ズルズルと身体だけが崩れていく。
膝が床に付いた感覚だけを最後に、俺は急に意識を手放した。

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