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【 隣 】
この世の中にはトップに立つ者と立たざる者とで分けられる。
それこそ学校という名の小さな箱の中ではそれが如実に現れたりもするのだが、まぁ言わばカーストと呼ばれるものである。
トップに位置する者は大抵トップの中でコミュニティを形成し、そこから溢れた者はそれ相応の見合った定位置に着くのだ。
トップの位置をゲット出来ればそのカーストの中でも特段の発言権と色んな恩恵が受けられたりもする。
つまり学校の中でトップを手に入れる事こそがこの狭い箱の中で有意義に過ごす最大の武器に成り得ると言えるだろう。
とは言え、こんな事をつらつら宣っている俺ではあるのだが
じゃあ俺がそのカーストトップの輪の中に居るのかと問われたら「否」と答えるのだが・・・。
俺はトップから溢れた一般市民と言えば分かりやすいだろう。
トップになる者はそれ相応の能力値と言うものが予め備わっていなければならない。
例えば運動ができたり、頭が良かったり、コミュ力が高かったり、社交性があったり、性格が明るかったり、顔が良かったり、等など挙げだしたらキリがないのだが
そのキリがないモノを会得するのは大変至難の業でもあったりするのだ。
それをいくつか持ち合わせた者がカーストトップに上り詰められるのだが
如何せん俺はと言うとそのどの技も身につけてはおらず、努力もする訳でもなく、取り敢えずそのカーストトップ集団の中から目を付けられないようにする事が1番平穏に暮らせると思っている層である。
そういう層も結構多くいて、その辺が中間層に値する。
幸いこのクラスではカーストトップ集団は居てもカースト最下位、所謂根底と分類されるべき層は居なかった。
それはカーストトップ集団の本当のトップがイジメを良しとしなかったからだ。
そいつは本当に誰とでもよく喋り、分け隔てなく接するような奴で、性格良し、運動良し、勉学良し、加えて顔も良かった。これだけ揃えば役満というモノで、
誰もがこいつをトップに据えることを反対はしなかったしむしろなってくれと願っていただろう。だからこそこのクラスの誰もが奴の事を一目置いていた。
別に俺もそいつに対して何かを思うわけでもなく、あーこの世の中こんな完璧な奴も実際存在するんだなすげーなと思っていたくらいである。
こいつのおかげでクラスが平穏に過ごせているのもあるので多少は感謝する気持ちもあったのだが
高校2年の三学期に事件は起きた。
いや、事件はもっとずっと前から起きていたのだが
俺が気付くのが遅すぎたのだ。
「せんせー!そろそろ席替えしねー?」
三学期に突入してから数日後、カーストトップ集団の1人がSHR中にそうのたまった。
このクラスになってから一学期に1回、二学期に1回と学期を迎える事に席替えを行っていた。クラス全員そう仲も悪くなかったのでそんな回数になっていた。
まぁ三学期にもなったし近々席替えがあるだろうなとクラス中も思っていた頃だろう。
丁度いいタイミングでそう切り出されたのでクラス全員もそのつもりで先生の返答を固唾を飲んで待っていた。
「あーもうそんな時期かぁ?じゃあ明日にでも席替えすっかぁ」
「えー!今日やんねーのぉ?」
「今日はやる暇ないからな。明日なら時間も多少取れるんだがなぁ。放課後みんなが残ってもいいんならやってやるぞ?」
「じゃあ明日でいいや!俺今日バイトあるし」
そうカーストトップ集団の中の1人が返事をした。
こういうとこだよな、カースト上位特権は。発言権が難なく行使され、1人の発言がクラス全体の総意となってしまうのだ。
まぁ別に今日も明日も大差ないし、個人的にどの席になろうがどうでも良かったのでそこに対して怒りはない。
まぁ多少はその発言権が羨ましいなとは思うけど。
「この席ともお別れかぁ」
と俺がしんみり呟いた。窓際1番後ろの席、そこが今の俺の定位置である。
クラス席の中でこの位置はとんでもなく倍率が高い。
みんなどうにかしてこの席になろうとするが、やはりそこはくじ引きで公平さを決めるもの。
まさか自分がこの席に当たるとは思わかなった。
「なぁに?よーちゃん、もしかして俺と離れるかもしんなくて寂しくなっちった?」
俺の独り言を聞きつけたのかくるりと後ろを振り返ってニッコリと笑いかけてきたこの男。何を隠そうこの男こそが今このクラスの中のカーストトップに君臨する男なのである。
「何言ってんだお前は」
俺は呆れた顔を奴に向けた。
カーストトップだろうが誰にも態度を変えない奴なのでこっちも同じく態度は変えない。同じ様に接してくるから同じ様に接し返す。
別に誰に咎められるわけでもないし、このクラスは奴がこういう態度であるからこそこの接し方でも文句は言われないのだ。
他のクラスじゃこうはいかないだろうなぁ。
「一学期も二学期の席替えも俺とよーちゃんは前後の席だったもんね?もう俺が居なくなると寂しいでしょ?」
「いや別に」
本当に真面目に別に寂しくはなかった。他にもこのクラスに友達いるし。お前以外が俺の隣になろうが前後になろうが誰が来ようがどうでもいい。そいつと喋るだけだ。
何の偶然か、奴と俺はこのクラスになってからずっと席が前後なのだ。しかも俺が後ろでコイツが前の席になる確率100%だ。
一学期の席替えをする前も、五十音順で並ばされた席で前後だったのでそこからの付き合いになる。
「えー?俺はめちゃくちゃ寂しいけどなぁ。ほら、何かここまで偶然が重なると運命なんじゃね?って気になるし?」
「ならねーし?」
「えぇ・・・ならねーの?」
さも疑問な顔をしてこちらを見てくるカーストトップのこの男。名を菅沼 敦史(スガヌマ アツシ)と言う。
菅沼はこの高校に入ってきた当初から名が知れ渡っていた。
新入生代表挨拶もコイツがやっていたのでその顔の良さと頭の良さはすぐに全校生徒に情報が回った。
1年の時はクラスも違ったので特に接点もなかったのだが、奴の噂は常に耳に入ってきていた。
部活で弓道をしているらしいのだが、そこで1年なのに県大会まで出場したとか、趣味のカメラで何かの賞を取ったとか、1ヶ月のうちに女子に告られた回数が2桁を超えたとか、
そんな噂が常に飛び交っているような奴なのだ。
カーストトップに君臨するために生まれたのかコイツは?という程チートタイプなのである。
2年に上がりまさかそんな奴と同じクラスになるとは思っていなかったし、五十音順の席で前後からスタートした事もありその時に初めて話しかけられたのが切っ掛けだ。
こっちは菅沼の噂は耳にしてたのでその存在は知ってはいたが、奴は俺の事なんか微塵も知らないのも分かっていたので取り敢えず社交辞令の挨拶を済まし、
今後はなるべくこいつには近寄らんとこと思っていたのだが
菅沼の持ち前のコミュ力の高さで気がつくと俺はなぜかコイツと友達になっていた。
コミュ力おばけって本当にいるんだなと実感したのはこの時だ。
出来る限りクラスの中でも目立たず騒がず心静かに過ごしたいと思っていたのだが初回ボーナスによりそれは叶うことが無かった。
まぁそれも今日までの話だ。
明日の席替えではもうこんな偶然は起こらないだろう。もし起こったとしたらそれは本当に奇跡かまたは、必然だ。
何かの手によってその必然が引き起こされているのであれば俺は今度はそれに抗おうかと思っている。
菅沼の事は割とどうでもいいのだが、菅沼の後ろの席は五月蝿すぎるのだ。
授業中でも菅沼を見る女子の視線が気になるし、菅沼は目立つので先生からすぐに当てられる。後ろの席の俺はそのせいで居眠りもできない。
折角一番後ろの席なのに有意義に過ごすことが出来なかった気がする。
まぁ俺の有意義は=睡眠なのだが。
加えて休憩中はカーストトップ菅沼に集まってくるカースト集団のせいで眠れない。
席を外そうとするとなぜか菅沼は俺を引き止めるかのように話を振ってくる始末。
そんなカースト集団に目を付けられても困るので無難に返答をしていくと休憩も終わってまた次の授業が始まってしまうのだ。
とてもじゃないけどもう耐えきれない。菅沼の近くから次は離れたい。
菅沼自身は嫌いじゃないけど菅沼の周りの空気はあまり好きではないのだ。
「明日の席替えも楽しみだねよーちゃん。俺とよーちゃんは離れる事は許されない星の下に生まれてっからまた次も一緒になるよ」
「ならねーよバーカ」
「なるよバーカ」
鼻歌を歌うように呪いの言葉を放つ菅沼に対して溜息をついた。
菅沼は神を信じるタイプなのかもしれないが生憎俺は無神論者である。
この世界に運命なんてものはないし、ましてや奇跡なんてものも信じていない。
あるのは誰かが引き起こしてる必然と偶然の重なりだ。人はそれを奇跡と呼ぶのかもしれないが、そんなモノはただのまやかしにすぎない。
何かが起きる時は必ずそこにロジックがあるはずだ。俺は今度こそ、そこに気付きそして打開する。
菅沼が運命と言うのなら俺は必然的にその運命とやらを捻じ曲げてやる。
「まぁ・・・確かに明日楽しみではあるな」
「んぁ?なんか言ったよーちゃん?」
「べっつにぃ?なーんにも?てか前向けよウゼェ」
「ひっでぇーよーちゃんつめたーい」
ケラケラと笑いながら菅沼はやっと前に向き直った。
この後頭部を見るのも今日で最後だ。そう思ったら自然と口角が上がった。
「俺も・・・楽しみだよ」
そう菅沼が俺に聞こえない声で呟いていたのも知らずに・・・。
次の日
「じゃあこっちの列から教卓に置いてある紙を順番に取りに来いなー、あとせんせーやる事あるから職員室行ってくるので終わったら内線電話してくれな」
廊下側、1番前の席と教室に備え付けられている電話機を担任が指し示した。
あいつ絶対職員室で寝るつもりだぞと誰かが言った。くっそ羨ましいなおい。
窓側1番後ろの席である俺が1番最後の紙を引くことになる。
余り物には福きたる、なんて思ってはいないけど
残り2席がまた隣同士になる確率なんて、それこそ奇跡でも起きなければ有り得ない。
しかし万が一と言う場合もあるので、俺は前もって同じクラスのそこそこ会話出来る女子に席の交換を申し出ていた。
菅沼の隣の席、又は前後の席になったら席を交換してくれと・・・。
女子もそれを快く受け入れてくれた。
そりゃそうか
なんたってこのクラスのカーストトップの近くだもんな。自然と会話ができる距離が数ヶ月も続く。
三学期なのでこれが菅沼に近付ける最後のチャンスだと思えば俺の申し出を断るなんて出来るわけもないよな。
なので、例え万が一が起きた場合でも俺と菅沼が前後の席になるのは絶対に有り得なかった。
そうこうしている内に菅沼が席を立った。
残り2枚になった紙の1つを手に取り戻ってくる。
「次、よーちゃんの番」
ニコッと笑う菅沼を一瞥し「おー」と返事をした。
他のクラスメイト達は既に紙を広げて阿鼻叫喚している奴もいる。前の席になってしまったのだろう。可哀想に。
チラリと菅沼を見れば早速取り巻きに囲まれてどこになった?と聞かれていた。
菅沼は「んー?」と首を傾げていてまだ開けていないようだ。
(チッ・・・何してんだ早く開けろよ)
お前の席を知らないとこっちもどの席になったかで対応が変わるんだから・・・。
俺が紙を手に席に戻ろうとするとそれを菅沼が阻んできた。
「よーちゃん」
「・・・なんだよ」
「どこになった?」
「まだ見てねーよ」
「えー」
「お前こそどこになったんだよ」
「よーちゃんの前の席」
「俺すら俺の席まだ知らねーのに何言ってんだ」
バカなのか?仮に菅沼の言う事が本当になったとしても俺には策がある。
絶対に菅沼の後ろの席にはならない。大丈夫だ。
「分かるよ」
「は?」
「昨日も言ったじゃん。俺とよーちゃんは離れる事は許されない星の下に生まれてるんだって」
「・・・ハハッ、漫画の読みすぎ。んな運命みたいなこと言われてもね・・・」
「運命だよ」
「・・・あ?」
「俺とよーちゃんは運命で結ばれてんの。どんなに抗ったってそれだけは変わらない。よーちゃんが抵抗しても無駄。俺たちは離れられない。それに・・・俺も離す気はないしね」
「敦史何言ってんの?マジやべーウケるんですけど」
「どんだけよーちゃんの事好きなんだよー」
「よーちゃんも困ってんべ」
周りのカースト集団が菅沼の発言に茶々を入れる。
でも、俺だけは背筋が凍る気持ちだった。
だってコイツ・・・笑ってない。
真剣に、本気でそう言ってる目だ。ちっとも冗談に聞こえないし、菅沼も冗談にさせるつもりはないって目をしてる。
「ハッ・・・言ってろこのイケメンが。そういうのは女子に言えっての。俺に言うとかマジ寒い」
俺がこの場の空気を読んだ発言をすると周りも「確かにー!」と爆笑した。
半分冗談
半分本気
「よーちゃん、紙、見せて」
取り巻きがゲラゲラ笑う中、菅沼だけは俺を見てその紙を示してきた。
「・・・いいけど、じゃあ同時に見せ合おうぜ」
「いいよ」
この提案は即座に受け入れられた。
まるで俺の紙の番号を知ってるかのように・・・。
「せーのっ!」
カサリと広げたの両方の紙には、「23」と「24」の数字
(あり得ない!)
俺は咄嗟にその紙をクシャリと握り潰した。
「ほら、ねぇよーちゃん、俺の言った通りでしょ?」
菅沼の手の中の紙には「23」の数字が書かれている。
「おー!すっげぇ!また前後の席かよ!?」
「何なのお前ら!?」
「菅沼マジで預言者か何かかよ」
「こえーわ・・・」
「違うっての。だから言ってるじゃん?俺とよーちゃんは運命なんだって」
取り巻き達が一様に歓声を上げた。
(あり得ない・・・こんなのは)
俺だけがその輪から浮いていた。
(何なんだマジで?何をした?コイツ、何を・・・?)
どうしても信じられない
何か絶対に裏があると思うのだが、そのトリックが全く分からない。
紙は俺達が最後に取るのでその前に細工をしないといけないのに、その隙をどうやって作った?
菅沼はこの席を離れたのは紙を取りに行った時だけだ。
しかも教卓には残りの紙は2枚しか置いてなかった事も俺は確認している。
すり替えたとしても、俺達が紙を取る前に次席を確認してる奴が殆どだ。
被っていたらその時に声が上がるはずなのにそれすらない。
つまり、俺達の席は確かに誰とも被っていない事になる。
例え、菅沼がクラスの全員にこの俺たちが持っている紙だけは取るなと伝えているのであれば別だが、この取り巻き達の反応からすると多分そんな通達はしてない・・・と、思う。
「ねぇ、よーちゃん。これで分かったっしょ?俺達はさ、離れられねーの。離れちゃいけねーの。これからも先、ずっと…ね」
【運命】だから・・・?
菅沼が言っていた言葉が頭をよぎった。
運命?
菅沼と俺が?
そんなのあり得ないだろ
頭では分かっているんだ。
こんな事はあり得ないって
何か細工をしたんだって。
でも、
本当に何もしていないとしたら?
「・・・・だ・・かえ・・・」
「・・・ん?何?よーちゃん」
「誰か俺と席替えて!」
「・・・あ?」
急に立ち上がった俺は大声でそう言った。
その言葉を合図にしておいたからだ。
「・・・あ!私で良ければ!」
ズイッと手を挙げたのは俺と約束をしていたその女子だった。
それに習って周りの女子からも声が上がる。
これは俺も予想していたことだ。例え俺と約束をした女子が本当は席を変える気がなくても、菅沼の隣を狙いたい女子は他にもいるのだから。
「悪ぃな南谷、何番?」
「2番だよ」
「あー、うん。それでいいや、俺最近目悪くてさ・・・24だと見えにくくて・・・」
「えー!ずるいー!」
「私もそこの席がいいー!」
俺と約束していた女子以外からのブーイングが巻き起こったが、もう誰でもいい
とにかく菅沼から離れたい。ただその一心だった。
別に視力は落ちていない。
ただ菅沼にも、周りにも、そう言っとけば納得すると思ったからだ。
「わ、分かった!じゃあ席交換しよ」
と、その女子は顔を赤くしながらその紙を俺に渡そうと席を立ったその時だった。
ガンッ!!
近くで、何かが壁にぶつかったような鋭い音が響いた。
俺がその音のする方を見ると、菅沼が自席の机を蹴り倒したような光景が広がっていた。
その一瞬でクラス中がしんと静まり返った。
あの菅沼が、こんな乱暴な事をするところを見たのは俺含めここにいる全員が初めてのことだった。
「・・・ねぇ、よーちゃんさぁ・・・」
そんな空気を察していないように、いつものような口調で菅沼は話だした。
しかし、口調はいつも通りのはずなのに、下を向いたままの菅沼の表情は窺えない。
サラリとした茶系色の髪の毛が菅沼の表情を覆って見えなくさせていた。
「眼鏡、にしたらぁ?」
「・・・は?」
「あー・・・コンタクトでもいっかぁ。でもよーちゃんの眼鏡姿も気になるなぁ・・・」
「・・・菅沼?」
「目が悪くなったんならさぁ・・・それしか方法ないじゃん?・・・なにもさぁ、席変わる必要なんかなくねぇ?」
俯いたまま菅沼はいつもの調子でそう言ってきた。
倒れた机はそのままに。
「・・・か、金かかるし・・・前の席になったほーがはえーじゃん・・・」
「あー・・・そうね、金ね。金かぁ・・・じゃあ俺が出してあげるよ。あと、よーちゃんに似合いそーな眼鏡も俺が選んであげる。そうだ、今日一緒に買いに行こうよぉ」
俺の顔を見ないまま、菅沼は顔を上げて天井を見ていた。
その前髪は未だに表情を隠していてはっきり見えないが、口元は笑っているようだった。
どうにもこの空気にそぐわない菅沼の態度とその口調。
クラスメイトもその異常さに誰も声をかけられないでいる。
「そ、そこまでやってもらう義理はないだろ・・・」
なぜ菅沼が俺のメガネ代を支払う話になってるんだ。
ただ単に席を変えると言ってるだけなのに。
「義理?ハハッ義理・・・ねぇ?違うよよーちゃん。俺はね、よーちゃんの傍から離れたくないだけ。だからこれは義理とかじゃなくて俺の我儘なんだぁ
なのにさぁ、よーちゃんは俺から離れようしとした。運命なのに。変えられないのに。抗うなんて…どうしようもないね」
まただ、また【運命】だ。
「何が・・・運命だよ。どうせお前が細工か何かしたんだろ?でもなければ3回連続で前後の席になんてなるわけ・・・」
「なっただろーが」
いきなり声のトーンを下げた菅沼に俺は肩をビクつかせた。
「俺はさぁ、なーんにもしてねーよ。言ったじゃん【運命】だって。なのに・・・なのに・・・なんで?なんでそれを受け入れてくんないの?」
受け入れる?
何をだ?
菅沼が言う【運命】ってやつをか?
そんな曖昧で信憑性に欠けるもんを受け入れろだって?
「…仮に、偶然だとしても…席を変える事はお前に関係ないだろ」
「偶然…ね。関係…関係ってさ、俺とよーちゃんが何か関係を持ってればいいってこと?」
菅沼の瞳がギラリと俺を睨んだ
「むかーしむかーし、あるところに一人の華族の青年がおりました」
「…菅沼?」
「その青年の父親は貴族院議員であり、その青年もいづれは爵位を継ぎ華々しい将来が約束されておりました」
粛々と話だした菅沼をクラス全員が固唾を飲んで見守る。
誰も何も茶化す事ができない雰囲気を菅沼が作り出していた。
この世の中にはトップに立つ者と立たざる者とで分けられる。
それこそ学校という名の小さな箱の中ではそれが如実に現れたりもするのだが、まぁ言わばカーストと呼ばれるものである。
トップに位置する者は大抵トップの中でコミュニティを形成し、そこから溢れた者はそれ相応の見合った定位置に着くのだ。
トップの位置をゲット出来ればそのカーストの中でも特段の発言権と色んな恩恵が受けられたりもする。
つまり学校の中でトップを手に入れる事こそがこの狭い箱の中で有意義に過ごす最大の武器に成り得ると言えるだろう。
とは言え、こんな事をつらつら宣っている俺ではあるのだが
じゃあ俺がそのカーストトップの輪の中に居るのかと問われたら「否」と答えるのだが・・・。
俺はトップから溢れた一般市民と言えば分かりやすいだろう。
トップになる者はそれ相応の能力値と言うものが予め備わっていなければならない。
例えば運動ができたり、頭が良かったり、コミュ力が高かったり、社交性があったり、性格が明るかったり、顔が良かったり、等など挙げだしたらキリがないのだが
そのキリがないモノを会得するのは大変至難の業でもあったりするのだ。
それをいくつか持ち合わせた者がカーストトップに上り詰められるのだが
如何せん俺はと言うとそのどの技も身につけてはおらず、努力もする訳でもなく、取り敢えずそのカーストトップ集団の中から目を付けられないようにする事が1番平穏に暮らせると思っている層である。
そういう層も結構多くいて、その辺が中間層に値する。
幸いこのクラスではカーストトップ集団は居てもカースト最下位、所謂根底と分類されるべき層は居なかった。
それはカーストトップ集団の本当のトップがイジメを良しとしなかったからだ。
そいつは本当に誰とでもよく喋り、分け隔てなく接するような奴で、性格良し、運動良し、勉学良し、加えて顔も良かった。これだけ揃えば役満というモノで、
誰もがこいつをトップに据えることを反対はしなかったしむしろなってくれと願っていただろう。だからこそこのクラスの誰もが奴の事を一目置いていた。
別に俺もそいつに対して何かを思うわけでもなく、あーこの世の中こんな完璧な奴も実際存在するんだなすげーなと思っていたくらいである。
こいつのおかげでクラスが平穏に過ごせているのもあるので多少は感謝する気持ちもあったのだが
高校2年の三学期に事件は起きた。
いや、事件はもっとずっと前から起きていたのだが
俺が気付くのが遅すぎたのだ。
「せんせー!そろそろ席替えしねー?」
三学期に突入してから数日後、カーストトップ集団の1人がSHR中にそうのたまった。
このクラスになってから一学期に1回、二学期に1回と学期を迎える事に席替えを行っていた。クラス全員そう仲も悪くなかったのでそんな回数になっていた。
まぁ三学期にもなったし近々席替えがあるだろうなとクラス中も思っていた頃だろう。
丁度いいタイミングでそう切り出されたのでクラス全員もそのつもりで先生の返答を固唾を飲んで待っていた。
「あーもうそんな時期かぁ?じゃあ明日にでも席替えすっかぁ」
「えー!今日やんねーのぉ?」
「今日はやる暇ないからな。明日なら時間も多少取れるんだがなぁ。放課後みんなが残ってもいいんならやってやるぞ?」
「じゃあ明日でいいや!俺今日バイトあるし」
そうカーストトップ集団の中の1人が返事をした。
こういうとこだよな、カースト上位特権は。発言権が難なく行使され、1人の発言がクラス全体の総意となってしまうのだ。
まぁ別に今日も明日も大差ないし、個人的にどの席になろうがどうでも良かったのでそこに対して怒りはない。
まぁ多少はその発言権が羨ましいなとは思うけど。
「この席ともお別れかぁ」
と俺がしんみり呟いた。窓際1番後ろの席、そこが今の俺の定位置である。
クラス席の中でこの位置はとんでもなく倍率が高い。
みんなどうにかしてこの席になろうとするが、やはりそこはくじ引きで公平さを決めるもの。
まさか自分がこの席に当たるとは思わかなった。
「なぁに?よーちゃん、もしかして俺と離れるかもしんなくて寂しくなっちった?」
俺の独り言を聞きつけたのかくるりと後ろを振り返ってニッコリと笑いかけてきたこの男。何を隠そうこの男こそが今このクラスの中のカーストトップに君臨する男なのである。
「何言ってんだお前は」
俺は呆れた顔を奴に向けた。
カーストトップだろうが誰にも態度を変えない奴なのでこっちも同じく態度は変えない。同じ様に接してくるから同じ様に接し返す。
別に誰に咎められるわけでもないし、このクラスは奴がこういう態度であるからこそこの接し方でも文句は言われないのだ。
他のクラスじゃこうはいかないだろうなぁ。
「一学期も二学期の席替えも俺とよーちゃんは前後の席だったもんね?もう俺が居なくなると寂しいでしょ?」
「いや別に」
本当に真面目に別に寂しくはなかった。他にもこのクラスに友達いるし。お前以外が俺の隣になろうが前後になろうが誰が来ようがどうでもいい。そいつと喋るだけだ。
何の偶然か、奴と俺はこのクラスになってからずっと席が前後なのだ。しかも俺が後ろでコイツが前の席になる確率100%だ。
一学期の席替えをする前も、五十音順で並ばされた席で前後だったのでそこからの付き合いになる。
「えー?俺はめちゃくちゃ寂しいけどなぁ。ほら、何かここまで偶然が重なると運命なんじゃね?って気になるし?」
「ならねーし?」
「えぇ・・・ならねーの?」
さも疑問な顔をしてこちらを見てくるカーストトップのこの男。名を菅沼 敦史(スガヌマ アツシ)と言う。
菅沼はこの高校に入ってきた当初から名が知れ渡っていた。
新入生代表挨拶もコイツがやっていたのでその顔の良さと頭の良さはすぐに全校生徒に情報が回った。
1年の時はクラスも違ったので特に接点もなかったのだが、奴の噂は常に耳に入ってきていた。
部活で弓道をしているらしいのだが、そこで1年なのに県大会まで出場したとか、趣味のカメラで何かの賞を取ったとか、1ヶ月のうちに女子に告られた回数が2桁を超えたとか、
そんな噂が常に飛び交っているような奴なのだ。
カーストトップに君臨するために生まれたのかコイツは?という程チートタイプなのである。
2年に上がりまさかそんな奴と同じクラスになるとは思っていなかったし、五十音順の席で前後からスタートした事もありその時に初めて話しかけられたのが切っ掛けだ。
こっちは菅沼の噂は耳にしてたのでその存在は知ってはいたが、奴は俺の事なんか微塵も知らないのも分かっていたので取り敢えず社交辞令の挨拶を済まし、
今後はなるべくこいつには近寄らんとこと思っていたのだが
菅沼の持ち前のコミュ力の高さで気がつくと俺はなぜかコイツと友達になっていた。
コミュ力おばけって本当にいるんだなと実感したのはこの時だ。
出来る限りクラスの中でも目立たず騒がず心静かに過ごしたいと思っていたのだが初回ボーナスによりそれは叶うことが無かった。
まぁそれも今日までの話だ。
明日の席替えではもうこんな偶然は起こらないだろう。もし起こったとしたらそれは本当に奇跡かまたは、必然だ。
何かの手によってその必然が引き起こされているのであれば俺は今度はそれに抗おうかと思っている。
菅沼の事は割とどうでもいいのだが、菅沼の後ろの席は五月蝿すぎるのだ。
授業中でも菅沼を見る女子の視線が気になるし、菅沼は目立つので先生からすぐに当てられる。後ろの席の俺はそのせいで居眠りもできない。
折角一番後ろの席なのに有意義に過ごすことが出来なかった気がする。
まぁ俺の有意義は=睡眠なのだが。
加えて休憩中はカーストトップ菅沼に集まってくるカースト集団のせいで眠れない。
席を外そうとするとなぜか菅沼は俺を引き止めるかのように話を振ってくる始末。
そんなカースト集団に目を付けられても困るので無難に返答をしていくと休憩も終わってまた次の授業が始まってしまうのだ。
とてもじゃないけどもう耐えきれない。菅沼の近くから次は離れたい。
菅沼自身は嫌いじゃないけど菅沼の周りの空気はあまり好きではないのだ。
「明日の席替えも楽しみだねよーちゃん。俺とよーちゃんは離れる事は許されない星の下に生まれてっからまた次も一緒になるよ」
「ならねーよバーカ」
「なるよバーカ」
鼻歌を歌うように呪いの言葉を放つ菅沼に対して溜息をついた。
菅沼は神を信じるタイプなのかもしれないが生憎俺は無神論者である。
この世界に運命なんてものはないし、ましてや奇跡なんてものも信じていない。
あるのは誰かが引き起こしてる必然と偶然の重なりだ。人はそれを奇跡と呼ぶのかもしれないが、そんなモノはただのまやかしにすぎない。
何かが起きる時は必ずそこにロジックがあるはずだ。俺は今度こそ、そこに気付きそして打開する。
菅沼が運命と言うのなら俺は必然的にその運命とやらを捻じ曲げてやる。
「まぁ・・・確かに明日楽しみではあるな」
「んぁ?なんか言ったよーちゃん?」
「べっつにぃ?なーんにも?てか前向けよウゼェ」
「ひっでぇーよーちゃんつめたーい」
ケラケラと笑いながら菅沼はやっと前に向き直った。
この後頭部を見るのも今日で最後だ。そう思ったら自然と口角が上がった。
「俺も・・・楽しみだよ」
そう菅沼が俺に聞こえない声で呟いていたのも知らずに・・・。
次の日
「じゃあこっちの列から教卓に置いてある紙を順番に取りに来いなー、あとせんせーやる事あるから職員室行ってくるので終わったら内線電話してくれな」
廊下側、1番前の席と教室に備え付けられている電話機を担任が指し示した。
あいつ絶対職員室で寝るつもりだぞと誰かが言った。くっそ羨ましいなおい。
窓側1番後ろの席である俺が1番最後の紙を引くことになる。
余り物には福きたる、なんて思ってはいないけど
残り2席がまた隣同士になる確率なんて、それこそ奇跡でも起きなければ有り得ない。
しかし万が一と言う場合もあるので、俺は前もって同じクラスのそこそこ会話出来る女子に席の交換を申し出ていた。
菅沼の隣の席、又は前後の席になったら席を交換してくれと・・・。
女子もそれを快く受け入れてくれた。
そりゃそうか
なんたってこのクラスのカーストトップの近くだもんな。自然と会話ができる距離が数ヶ月も続く。
三学期なのでこれが菅沼に近付ける最後のチャンスだと思えば俺の申し出を断るなんて出来るわけもないよな。
なので、例え万が一が起きた場合でも俺と菅沼が前後の席になるのは絶対に有り得なかった。
そうこうしている内に菅沼が席を立った。
残り2枚になった紙の1つを手に取り戻ってくる。
「次、よーちゃんの番」
ニコッと笑う菅沼を一瞥し「おー」と返事をした。
他のクラスメイト達は既に紙を広げて阿鼻叫喚している奴もいる。前の席になってしまったのだろう。可哀想に。
チラリと菅沼を見れば早速取り巻きに囲まれてどこになった?と聞かれていた。
菅沼は「んー?」と首を傾げていてまだ開けていないようだ。
(チッ・・・何してんだ早く開けろよ)
お前の席を知らないとこっちもどの席になったかで対応が変わるんだから・・・。
俺が紙を手に席に戻ろうとするとそれを菅沼が阻んできた。
「よーちゃん」
「・・・なんだよ」
「どこになった?」
「まだ見てねーよ」
「えー」
「お前こそどこになったんだよ」
「よーちゃんの前の席」
「俺すら俺の席まだ知らねーのに何言ってんだ」
バカなのか?仮に菅沼の言う事が本当になったとしても俺には策がある。
絶対に菅沼の後ろの席にはならない。大丈夫だ。
「分かるよ」
「は?」
「昨日も言ったじゃん。俺とよーちゃんは離れる事は許されない星の下に生まれてるんだって」
「・・・ハハッ、漫画の読みすぎ。んな運命みたいなこと言われてもね・・・」
「運命だよ」
「・・・あ?」
「俺とよーちゃんは運命で結ばれてんの。どんなに抗ったってそれだけは変わらない。よーちゃんが抵抗しても無駄。俺たちは離れられない。それに・・・俺も離す気はないしね」
「敦史何言ってんの?マジやべーウケるんですけど」
「どんだけよーちゃんの事好きなんだよー」
「よーちゃんも困ってんべ」
周りのカースト集団が菅沼の発言に茶々を入れる。
でも、俺だけは背筋が凍る気持ちだった。
だってコイツ・・・笑ってない。
真剣に、本気でそう言ってる目だ。ちっとも冗談に聞こえないし、菅沼も冗談にさせるつもりはないって目をしてる。
「ハッ・・・言ってろこのイケメンが。そういうのは女子に言えっての。俺に言うとかマジ寒い」
俺がこの場の空気を読んだ発言をすると周りも「確かにー!」と爆笑した。
半分冗談
半分本気
「よーちゃん、紙、見せて」
取り巻きがゲラゲラ笑う中、菅沼だけは俺を見てその紙を示してきた。
「・・・いいけど、じゃあ同時に見せ合おうぜ」
「いいよ」
この提案は即座に受け入れられた。
まるで俺の紙の番号を知ってるかのように・・・。
「せーのっ!」
カサリと広げたの両方の紙には、「23」と「24」の数字
(あり得ない!)
俺は咄嗟にその紙をクシャリと握り潰した。
「ほら、ねぇよーちゃん、俺の言った通りでしょ?」
菅沼の手の中の紙には「23」の数字が書かれている。
「おー!すっげぇ!また前後の席かよ!?」
「何なのお前ら!?」
「菅沼マジで預言者か何かかよ」
「こえーわ・・・」
「違うっての。だから言ってるじゃん?俺とよーちゃんは運命なんだって」
取り巻き達が一様に歓声を上げた。
(あり得ない・・・こんなのは)
俺だけがその輪から浮いていた。
(何なんだマジで?何をした?コイツ、何を・・・?)
どうしても信じられない
何か絶対に裏があると思うのだが、そのトリックが全く分からない。
紙は俺達が最後に取るのでその前に細工をしないといけないのに、その隙をどうやって作った?
菅沼はこの席を離れたのは紙を取りに行った時だけだ。
しかも教卓には残りの紙は2枚しか置いてなかった事も俺は確認している。
すり替えたとしても、俺達が紙を取る前に次席を確認してる奴が殆どだ。
被っていたらその時に声が上がるはずなのにそれすらない。
つまり、俺達の席は確かに誰とも被っていない事になる。
例え、菅沼がクラスの全員にこの俺たちが持っている紙だけは取るなと伝えているのであれば別だが、この取り巻き達の反応からすると多分そんな通達はしてない・・・と、思う。
「ねぇ、よーちゃん。これで分かったっしょ?俺達はさ、離れられねーの。離れちゃいけねーの。これからも先、ずっと…ね」
【運命】だから・・・?
菅沼が言っていた言葉が頭をよぎった。
運命?
菅沼と俺が?
そんなのあり得ないだろ
頭では分かっているんだ。
こんな事はあり得ないって
何か細工をしたんだって。
でも、
本当に何もしていないとしたら?
「・・・・だ・・かえ・・・」
「・・・ん?何?よーちゃん」
「誰か俺と席替えて!」
「・・・あ?」
急に立ち上がった俺は大声でそう言った。
その言葉を合図にしておいたからだ。
「・・・あ!私で良ければ!」
ズイッと手を挙げたのは俺と約束をしていたその女子だった。
それに習って周りの女子からも声が上がる。
これは俺も予想していたことだ。例え俺と約束をした女子が本当は席を変える気がなくても、菅沼の隣を狙いたい女子は他にもいるのだから。
「悪ぃな南谷、何番?」
「2番だよ」
「あー、うん。それでいいや、俺最近目悪くてさ・・・24だと見えにくくて・・・」
「えー!ずるいー!」
「私もそこの席がいいー!」
俺と約束していた女子以外からのブーイングが巻き起こったが、もう誰でもいい
とにかく菅沼から離れたい。ただその一心だった。
別に視力は落ちていない。
ただ菅沼にも、周りにも、そう言っとけば納得すると思ったからだ。
「わ、分かった!じゃあ席交換しよ」
と、その女子は顔を赤くしながらその紙を俺に渡そうと席を立ったその時だった。
ガンッ!!
近くで、何かが壁にぶつかったような鋭い音が響いた。
俺がその音のする方を見ると、菅沼が自席の机を蹴り倒したような光景が広がっていた。
その一瞬でクラス中がしんと静まり返った。
あの菅沼が、こんな乱暴な事をするところを見たのは俺含めここにいる全員が初めてのことだった。
「・・・ねぇ、よーちゃんさぁ・・・」
そんな空気を察していないように、いつものような口調で菅沼は話だした。
しかし、口調はいつも通りのはずなのに、下を向いたままの菅沼の表情は窺えない。
サラリとした茶系色の髪の毛が菅沼の表情を覆って見えなくさせていた。
「眼鏡、にしたらぁ?」
「・・・は?」
「あー・・・コンタクトでもいっかぁ。でもよーちゃんの眼鏡姿も気になるなぁ・・・」
「・・・菅沼?」
「目が悪くなったんならさぁ・・・それしか方法ないじゃん?・・・なにもさぁ、席変わる必要なんかなくねぇ?」
俯いたまま菅沼はいつもの調子でそう言ってきた。
倒れた机はそのままに。
「・・・か、金かかるし・・・前の席になったほーがはえーじゃん・・・」
「あー・・・そうね、金ね。金かぁ・・・じゃあ俺が出してあげるよ。あと、よーちゃんに似合いそーな眼鏡も俺が選んであげる。そうだ、今日一緒に買いに行こうよぉ」
俺の顔を見ないまま、菅沼は顔を上げて天井を見ていた。
その前髪は未だに表情を隠していてはっきり見えないが、口元は笑っているようだった。
どうにもこの空気にそぐわない菅沼の態度とその口調。
クラスメイトもその異常さに誰も声をかけられないでいる。
「そ、そこまでやってもらう義理はないだろ・・・」
なぜ菅沼が俺のメガネ代を支払う話になってるんだ。
ただ単に席を変えると言ってるだけなのに。
「義理?ハハッ義理・・・ねぇ?違うよよーちゃん。俺はね、よーちゃんの傍から離れたくないだけ。だからこれは義理とかじゃなくて俺の我儘なんだぁ
なのにさぁ、よーちゃんは俺から離れようしとした。運命なのに。変えられないのに。抗うなんて…どうしようもないね」
まただ、また【運命】だ。
「何が・・・運命だよ。どうせお前が細工か何かしたんだろ?でもなければ3回連続で前後の席になんてなるわけ・・・」
「なっただろーが」
いきなり声のトーンを下げた菅沼に俺は肩をビクつかせた。
「俺はさぁ、なーんにもしてねーよ。言ったじゃん【運命】だって。なのに・・・なのに・・・なんで?なんでそれを受け入れてくんないの?」
受け入れる?
何をだ?
菅沼が言う【運命】ってやつをか?
そんな曖昧で信憑性に欠けるもんを受け入れろだって?
「…仮に、偶然だとしても…席を変える事はお前に関係ないだろ」
「偶然…ね。関係…関係ってさ、俺とよーちゃんが何か関係を持ってればいいってこと?」
菅沼の瞳がギラリと俺を睨んだ
「むかーしむかーし、あるところに一人の華族の青年がおりました」
「…菅沼?」
「その青年の父親は貴族院議員であり、その青年もいづれは爵位を継ぎ華々しい将来が約束されておりました」
粛々と話だした菅沼をクラス全員が固唾を飲んで見守る。
誰も何も茶化す事ができない雰囲気を菅沼が作り出していた。
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