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ある作家の犯罪

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 ついに俺はやってしまった。足元に転がる、冷たくなった妻の死体。衝動的とはいえ、俺は妻を殺してしまったのだ。いや、違うかもしれない。俺はずっと妻を憎んでいた。それは結婚して間もなく訪れたクリスマスのときから、ずっと俺の心を支配していた。
 どうしようもなかったのだ。殺すしか他に方法はなかった。しかしまずいことに、俺は完璧なアリバイも、完璧な計画も持ち合わせてはいなかった。
 もうすぐ人がやって来る。約束の時間は刻一刻と迫っている。俺は頭をかきむしりながら、この死体をどう処理するのかを考えなくてはならない。
 時間がない。ひとまずクローゼットに隠すか、いや、そんなことではすぐにばれてしまう。俺は捕まりたくないんだ。俺はまだ若い。ここで捕まったら、これからの人生を棒に振ることになる。それだけは絶対に嫌だ。俺はようやく一人前になったのだ。せっかくこれから人生を楽しめるというのに、こんなところで捕まる訳には絶対にいかない!
 本当は完全犯罪にする予定だった。密室を作り上げ、トリックを用いて絶対にばれないアリバイを工作するはずだったのに、どうしてこんなことになってしまったのか。俺は確かに疲れている。時間に余裕がなく、いつも焦っていた。焦燥は日増しに募り、約束の時間が迫る度にいてもたってもいられなくなる。
 ああ、どうすればいいのだ! この死体を処理しないことには、俺に明日はない。時間が止まってくれればどんなに嬉しいことか。この間にも、約束の時間は容赦なく近づいて来る。アイデアをひねり出せ。頭をフル回転させろ。名案よひらめけ!
 コツコツと足音が聞こえる。まずい、もう時間は本当にないのだ。どうすればいいのだ、この死体を――。
 俺は混乱しながら、とりあえず死体を隠すことにした。クローゼットか、ベッドの下か、それとも風呂場に運んで蓋をするか。いや、どれも陳腐だ。こんな工作ではすぐにばれてしまうだろう。
 足音が玄関の前で止まった。もうダメだ。なにも思い浮かばない。俺は仕方なく死体をクローゼットに隠すことにした。なに、開けさえしなければ大丈夫だろう。死体の処理は一人になってからゆっくりと考えればいいのだ。まずはこの場をやり過ごせれば、あとはなんとでもなる。そうだ、俺ならきっとできる。今までだって大丈夫だったじゃないか。自信を持て。俺にはまだ若い脳細胞と無限に広がる可能性があるはずなんだ!
 チャイムの音が部屋に鳴り響く。俺は鳴ると分かっているのにも関わらず、体をびくっとさせてしまう。よろよろとした足取りで玄関に向かうと、その前に髪をかき上げてボサボサにする。さも今まで仕事をしていましたといった雰囲気で。
 大きく深呼吸をして、俺はドアを開けた。そこにはいつもの男が立っていた。その顔に期待をしているかのような笑顔が浮かんでいた。
「先生、約束の時間ですが……」
「はい、どうぞお入りください」
 男は部屋に上がる。俺は今にも泣き出しそうな心を無理やりに押さえつけ、きわめて自然な表情をつくる。
 男をソファーに座らせて、俺は言った。
「少し待っていてください」
 そして俺は死体を隠した部屋に戻ると、急いで山積みにされた原稿を手に取り、男の元へと向かった。
「はい、今月の分です」
「ありがとうございます。拝見します」
 男は静かに原稿に目を落とした。俺の心臓がバクバクと鳴っている。手にじんわりと汗を掻いている。
「はい、ありがとうございました。ところで、この続きはもうお考えですか?」
 俺は男の目を見つめながら言った。
「はい。もちろんです。これからあっと驚くようなトリックで死体を消して見せますよ」
 すると男は安心した表情になり、
「先生、期待していますよ」
 と言って席を立った。
「先生の小説は本当に人気ですから、これからもよろしくお願いします」
 俺は安堵した。どうやらうまくいったようだ。あとは死体をどう処理するかを考えればいいだけだ。なに、簡単なことだ。俺はこう見えても推理作家なんだし、トリックをつくることに関しては自信がある。
「……ところで先生、奥さまはお出かけですか?」
「ええ、なんでも旅行に行くとかで」
 そして男は帰って行った。
 さて、これからゆっくりと仕事に取りかかるとするか。
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