小説「マコの秘密」

有原野分

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マコの秘密

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 あのね、マコはなんでも知っているの。
 ママのことも、パパのことも、じぃじもばぁばのことも知っているの。
 でも、どんどん忘れていっちゃう。
 はじめは、もっと覚えていたのに、なんでだろう。
 マコが生まれたとき、マコは泣いていたの。でも、悲しくて泣いていたんじゃないの。これから楽しいこと、嬉しいことがたくさんあるのを覚えていたから、だから泣いていたの。
 あのね、ここだけの秘密。
 マコ、声が聞こえていたの。
 生まれてくる前、マコは、とっても明るくて、あたたかくて、ふかふかの世界にいたの。そこには、たくさんの人がいて、みんな笑ってお喋りしているの。マコにもいろいろと聞かせてくれたよ。宇宙のことや地球のこと、人間、太陽、生命、時間、過去、未来――。
 そして、みんなが思っている一番小さな物質が、この世界をつくったことを知ったとき、マコはある人に言われたの。
「マコ、そろそろ時間だよ」って。
 気がついたら、ママのお腹の中にいたの。
 あのね、マコはなんでも知っているけど、一人じゃなんにもできないの。ときどき、あの声も聞こえるんだよ。でも、それもそのうち聞こえなくなっちゃうの。
 だから、お願い。
 マコは、一人だと、のどが渇いて死んじゃうの。
 マコは、一人だと、お腹がすいて死んじゃうの。
 マコは、一人だと、寂しくて死んじゃうの――。
 まだ、一人で動けないから、まだ上手に喋れないから、泣くしかないの。
 だから、お願い。
 マコを疑う前に、もっと信じて。
 マコを怒る前に、考えを聞いて。
 マコを捨てる前に、愛を与えて。
 お金なんかいらない。贅沢も我慢する。
 ――ただ、愛が欲しいの。
 マコは、知っているよ。
 ママがパパを愛していないこと。
 パパがママを愛していないこと。
 でも、マコは知っているよ。ママが本当はマコを愛していること。だから、マコはママが好き。
 パパは、ママをいじめるの。怖い顔をして、怒鳴るの。だから、マコがママを守るんだ。ママが泣いていたら、そっと手を握りしめるの。
 ある日、ママがいなくなっちゃった。外が暗くなってきても、帰ってこないの。マコ、どうしたらいいのか分かんなくなって、ひたすら泣いていたの。
 気がついたら、夢のなか。そのとき、久しぶりに声が聞こえたの。
「マコ、マコ、泣かないで。マコは良い子だから、私からマコにご褒美をあげようと思うんだ。次の質問に、ゆっくりでいいから、しっかりと考えて答えておくれ。時間の素粒子を止めておいてあげるから」
 久しぶりの声は、遠くから聞こえてくるようで、その瞬間すべての音がピタッと止んだ。
「ひとつ。これからも生きたいか、それともまたこっちに帰ってきたいか、否か」
 マコは、すぐに答えたの。生きたいって。
「ひとつ。ママとパパ、どちらを選ぶか」
 マコは、少し考えたけど、ママって答えたの。
「ひとつ。生まれてきたこと、生きていくこと、死んでいくこと、すべての起源と終焉の概念を忘れられるか」
 マコは、永い間、考えた。小鳥は卵を産み、蛙は玩具にされ、牛が食べられていく間、マコは考えた――。
 いつの間にか、生命の持つ底知れぬ悪意と、暗闇から襲ってくる見えない恐怖に、すべてが呑み込まれていった。宇宙が凪いで、縮小していく。星々の悲鳴は一瞬で終わり、再生への準備を始めた。それは考えも及ばないくらい小さく、また思いもよらないほど大きい。
 そのうちに、マコは口を開いたが、もう、なにを話したのかは忘れてしまった。そして、またあの声が遠くから聞こえてきた。
「よろしい。では、もう私の声が届くことはないだろう」
 そして、マコが目を開けると、そこにはママがいた。
 ――泣いている。
 マコは、恐る恐るママの手をぎゅっと握ったの。
「マコ……。ママ、マコのこと愛してるよ」
 マコは、嬉しくなって、ママと一緒にたくさん涙を流しちゃったの。
 あのね、マコはね、――これから、たくさん、生きるの。
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